「……昔流行った『悪霊のせいなのね、そうなのね』ってやつですか、何でもかんでも悪霊のせいにしちゃうっていう」
「ああ、あれはあれで、ある意味正しいのよ。さっき言った人物の例は全部明確に分かるものだけ。実際は本人も気づかないパターンを含めて、もっとあるに違いないわ。そして、霊もいい方向だけじゃない。人間とは思えないような殺しをする|連続殺人犯(シリアルキラー)なんかも、そういう霊に取りつかれた結果であることがあるの。私はどちらかというとそういう悪い方を取り除く仕事をしているのね」
「除霊士、というやつですか?」
「そう」
「と言うことは、俺は除霊士の補助をするバイト、ってことですか?」
 急に冴島さんが笑った。
「そうよ。さっきの契約書はしっかり読んだかしら?」
「いえ、お腹が減っていたもので、しっかりとは……」
「遅いですけど、後で読んでおいてください」
 ニコニコと笑っている。
「ちょっと怖いです」
「仕事の説明の続きをしておきましようか。今度の仕事はビルの警備員のバイトをやってもらうの。新築のビルなんだけど、なかなか内装工事が終わらなくて、引き渡しに至らないのよ。霊のしわざのようなんだけど、そこを調べてもらうわ」
「直接冴島さんが行ったらすぐ分かるんじゃないですか?」
「他のお仕事もあるし、私が行くと霊も警戒するのよ。警戒されないタイプの人間の調査が必要なの」
「それがバイトの役目ですか」
「あなたはバイトの案内札を読めるだけ霊力があるわ。そして、あの部屋の扉開けることが出来るタイプの霊力。あなたは捜査にうってつけってこと」
「捜査にうってつけって…… つまり、霊に出会いやすい、とかそういうことなんでしょうか? では、いままではどうやってお仕事をしていたんですか…… なるほど。前任者がいたってことですね。俺はその代わりなんだ?」
 冴島さんが視線をそらした。
「まさか…… 前任者の方って、亡くなった? とか?」
「ほら、勘もいい」
「……」
「霊を引きつけ易いのは才能なのよ。ラッシュ松岡みたいに扉は開けれても霊が見えなければ役に立たない」
「ラッシュ松岡って言うのは、もしかして、あの老人のことですか?」
「そうよ。もとプロボクサーで私の運転手」
 老人が部屋の入り口の方から、こちらに会釈した。
「……じゃないですよ。俺の前の人、亡くなったんですか。そんな危険な仕事だなんて聞いてなかった」
「待って」
 と言って冴島さんが俺の前に手をかざした。
「もう契約は済んでいるのよ。手付金も払った」
 あれ? 何かおかしい。
「おっしゃる通りです。バイトはちゃんとやりますよ」
 えっ、そんなことを言うつもりはないのに…… まさか、また霊力を使った?
「良かったわ。快諾してもらえて」
 冴島さんはそういうと俺の方を向けていた手を下げた。
「それ、さっきもやったやつですよね……」
 すっと、手を向けられ、俺は続きをはなすことが出来なくなった。
「あのね。この仕組みを教えてあげる。あの契約書にサインしたから、私が手を上げた時に抵抗出来なくなってる、というワケ。いい? 私があなたに屋上から飛び降りろ、と命じたら、あなたどうなるか分かるわね? 何の証拠も残らないわ」
 俺はごくり、とつばを飲み込んだ。
「怖がらなくてもいいわ。あの契約書は強い力がある代わり、期日がしっかりあるから。松岡、見せてあげて」