「う~ん。(そういうのにがてなんだけど)」
 平田さんは何か小さい声でボソボソと言ったが、すぐに言い直した。
「|醍醐(だいご)さん、行きましょうか」
 いや、だから、『さん』もいらないんだけど、と思ったが、さっきの感じだと慣れてくるまで時間がかかりそうだった。
 俺はそのまま普通に返事をして平田さんの後をついて行くことにした。
 暗くなったビルの中を、平田さんが照らす懐中電灯と、俺の懐中電灯で見回りしていく。
 昼間にざっと案内された時とは、他人の数も違うし、全然違う感じがした。
「この、ビルのこと、聞いてる?」
「えっと、なんか一年以上こんな感じでいつまでもビルが完成しないって聞きました」
「そっ、なんだか、変、だよね」
 平田さんは何か、注意がそがれているのか、警備室にいた時よりしゃべりがスローになっていた。
「ああ、ここコンビニに、なる予定だったんだ。けど、会社がつぶれちゃった」
 二階のあるフロアに懐中電灯の光を当てながら、平田さんはそう言った。
「へぇ~ そうなんですか」
 光を当てて部屋の中を見るが、棚もレジも入っていない状態なので、ここがコンビニ、と言われてもピンとこなかった。
 一つ上のフロアは床は整っていたものの、天井はまだ入っていなかった。ガランとした天井は打ちっぱなしのコンクリートがむき出しだった。
 その上も、その上もやはり床は張ってあるものの、天井が抜けていた。
 電力系の配線がしてあるのかすらわからない。
 そうやって一つ一つ階段でフロアを上がっていったのだが、かなり上がったところで平田さんが言った。
「あのな、ほんとうはな、電気がいつとまってもいいようにな、階段をつかうんだが」
 平田さんはエレベータフロアに向かっていた。俺は意味を察した。
「まじめにやると疲れちまうからな」
 平田さんはボタンを押して、エレベータを呼び出した。
「皆さんエレベータ使うんですか?」
「いやぁ、大体の人は使うみたいね」
 エレベータがやって来て、ドアが開くと平田さんは頭を下げてエレベータに入った。
「じゃあ、俺も使っていいですかね」
「まあ、ね。しかたないよね」
 一つフロアを上がると、エレベータを下りた。
「あれ、ここは灯りがついてますね」
 灯りがついている、と言っても天井が作られて整っているわけではなく、内装工事用にライトがぶら下がっているだけだった。
 平田さんが何かに反応した。
「か、監督?」
 俺には見えなかったが、声が聞こえてきた。
「さっさと終わらせるんだよ。天井やるのに何週間かかってるんだ」
「ウチラが始めたのはまだ一週間前だ。何週たっても出来ないのはあんたのせいだと思うがね。騒ぎ過ぎなんだよ。下請けを舐め過ぎなんだよ」
「なめられるようなことしか出来ねぇからだろ」
 なんだろうこのやり取り。酷いな。そう思いながらも、俺は立ち止まっている平田さんを回り込んでフロアの中に入ろうとした。
「醍醐さん、今はいったら……」
「!」
 いきなり木刀を振り下ろされた。
 判断がよかったのか、動けなかったのかは分からなかったが、俺はどこにも木刀をぶつけることなく立っていた。
 木刀を振り下ろしたのは、現場監督だった。