俺はそのことを聞こうとした時、平田さんが言った。
「この上にさ、飲み物の自動販売機と休憩スペースがるんだよ。そのフロアはちゃんと出来てるんだよね。あんまり先に完成しすぎたから、作り直しになるかもしれないけど」
「えっ、いくらなんでも出来たところを作り直しなんて」
「監督のことだからな〜 何かまたいちゃもん付けられるに決まってる。さあ、いこう、結構変わった飲み物も置いてあるんだよ。俺のお気に入りのカフェイン入りドリンクもあるからさ」
 平田さんは何か乗り気で、エレベータを待たずに階段で上がる選択をした。
 俺もエレベータを待たずに、平田さんの後をついていった。
 上がってみると、確かにフロアは完成していた。広い休憩スペースに、飲み物の自動販売機が並んでいた。
 最新型のディスプレイにタッチするタイプだった。
 平田さんが正面に立つと、好みの飲み物が少し目立つように光って表示される。
「これこれ。コンビニとかでも置いてある所少ないんだよね」
 そのドリンクを象徴するカラーのピンクとグリーンがビビッド過ぎて、飲んだことのない人間からすると毒々しく見える。
 平田さんが、カードをかざすと、ガツン、と音がして飲み物が出てくる。
 平田さんがそれを取って、休憩スペースのスツールに腰掛けた。
 俺が代わりに自動販売機の前に立つと、天然果汁系のものが光っていた。
「なんだそのチョイス……」
「いや、今日はココアにしますよ」
 と言って交通系ICカードをかざすと、同じようにガツン、と音がして飲み物が出てきた。
「ここすわっちゃっていいんですか」
「養生用のビニールがついてるからいいんだよ」
「そうですか」
 俺も座って、平田さんと同じように外の景色を眺めた。
 繁華街側に窓がついているせいか、下から様々な色の光が見えて、夜景として綺麗だった。
 俺は、少しこのビルの事を考えた。
 何ヶ月も完成がずれると、入居予定だった企業へ違約金とかを支払わなければならないんじゃないか、ということだった。それになかなか入れる時期が分からなければ、空いているフロアにテナントがつかないだろう。完成を先延ばしして、得をする人は誰もいない。監督が難癖をつけて完成を引き伸ばしているとしても、違約金のことを考えれば、会社側から無能として監督を入れ替えてしまうだろう。
 では何故、会社は監督を変えず、ビルも完成しないのだろう。確かに、例としてだが、床やら壁やらがキッチリ出来なければ、つまり最初の構想通りに出来ないとしたら、そのまま引き渡すことは出来まい。最初の計画通りに仕上がるまで作り直しになる。しかし……
「さあ、休憩終わり。下に行ったら警備巡回の結果報告について説明するから」
「はい」
 俺は少し残していたココアを傾けて飲みきり、ゴミ箱にいれた。
「ん? 監督のいたフロアはまだ巡回していないんじゃ?」
「警備巡回は基本無人のフロアだから、あそこは誰もなくなってからやるんだよ」
「なるほど……」
 俺たちは階段を使わず、一気にエレベータで警備室のフロアまで下りた。
 エレベータを下りて、警備室へ向かう途中、黒い髪の女性の姿を見かけた。廊下の角を曲がる時、一瞬横顔が見えた。黒いメガネの女性…… 斎藤さんだった。
 今、やっと下りてきたのだとしたら、最初にエレベータで見かけたときからは随分時間が経っている。
 斎藤さんは一体どこにいたのだろう。そして何をしていた?
「醍醐さん、やり方教えるからこっち」
 平田さんに呼ばれ、警備室へ戻った。
 警備巡回の結果報告書の書き方を教わった。
「今度は…… そうだな、二時間後にやるから、醍醐さん一人で回ってみる? 図面見ながら一人で回るとすぐおぼえるよ」
「ちょっと不安ですが、やってみます」