何を言っても今の状態では負けだ。
 俺は話を進めることにした。
「分かりました。けど、それならもう腕時計が反応してても良さそうですけどね」
「特定はしていないけど怪しい人物と接触はしている、ということなのね。それは誰、どんな感じなの?」
 冴島さんも話を進めようという雰囲気だった。
 俺は今一番怪しい人物を頭に描きながら、言った。
「さっきの大怪我の話しですよ。現場監督です。いきなり木刀を振り下ろして来て……」
 あの現場監督が霊に取り憑かれていない、というなら、誰が取り憑かれているのだ、と俺は思っていた。
「ふ〜ん。けど、時計が反応していない、ということはそれは霊の力でやっていることじゃないのよ。おそらく本人がやっていることね。問題ないわ」
「えっ、この時計、そんなに信用できるんですか?」
 あの現場監督が悪霊に取りつかれていないのだとしたら、この腕時計が反応する頃には俺は殺されている。そんな気がした。
「信用もなにも、その時計、一体いくらしたと思っているのよ」
「いや、金額と信頼度は必ずしも一致しないと思うんですが」
「貧乏人の考え方ね。何故、お金持ちが外車に乗るのか理解できないことに等しいわ」
 俺は前々から外車に乗るセレブの考えが分からなかった。
 ここで一つ疑問が解けるかもしれない。
「じゃあ、外車に乗る意味を教えてください」
「分からないの? 詳しく調べることなく、対価に等しいものが得れるからよ。さっきも言ったと思うけど。ブランドと信頼の関係ね」
「……」
 ぐうの音もでなかった。
 俺たちが必死に『調べている時間』を連中は金で買っているというわけだ。
「まあ、なら、この時計は『信頼』にたるということですね?」
「そういうこと。また明日連絡してよ。じゃあね」
「えっ、あの……」
 反応がない、と思って画面をみると、すでに電話は切れていた。
 休憩を終えて警備室に戻ると、次の巡回は俺は一人で行った。
 さっき内装工事を行っていたフロアから工事業所も、現場監督もいなくなっていた。誰もない、工事途中のそのフロアを見回りして、巡回した時間に加えて問題なしとメモを取る。
 のこりのフロアも順調に回って、警備室に戻ってきた。
 警備室には、『巡回中』の札がかかっていて、小窓にはカーテンが閉じていた。
 鍵をあけて中に入ってみると、机の上にメモがあった。
『さきに寝るから、4:00に交代しよう 平田』
「はぁ……」
 俺は座って小窓のカーテンを開けると、警備日誌にさっきの巡回のことを書き加えた。 



 日が昇り、明るくなると、ビルの外が騒がしくなった。
 交通整理の警備の人もやって来て、トラックやワンボックス車の誘導を始める。工事は時間が来てからしか始められないが、その頃に来ようとすると、車が渋滞して来れないらしい。皆トラックの中で休憩したり、ワンボックス車の中で仮眠したりしている。
「眠いようなら、外を歩いてきたらいいよ」
 平田さんに言われるまま、俺はビルの周りを歩いていた。
 ただ、現場監督さんには合わないことを祈りながらだ。当然、昨日の木刀の件はまだ頭の中に残っていて、思い出すだけでも震えが来る。眠気が強くなるとああなる、ということだから、万一現場監督さんが徹夜していたら、相当気が立っているだろう。その場で真っ二つにされる可能性だってある。
 しかし、昨日の二度目の巡回の時には内装業者も帰っていたし、監督もいなかったのだから、おそらくしっかり睡眠を取っているであろう。まあ、それとしても顔を合わすのはいやなのには違いなかった。
「?」
 プレハブの方から視線を感じ、俺は散歩のつもりで近づいていった。