「それはどうかしら?」
 冴島さんは左手で髪を後ろに払った。
「えっ、まさか、斎藤さん…… 斎藤さんって、女装家だったの? モテたと思ったのに! 俺、モテてたと思ったのに」
 斎藤さんが怒ってこっちを睨む。
「霊が取り憑いたって言ってんだろうが!」
「?」
 俺はなんのことかわからなかった。
「冴島さん、今の声って?」
「そこの女性に取りついた霊が、女性の体を使ってしゃべっているのよ。後、モテてないのは事実なんだから素直に受け入れなさい」
「そんな……」
「私はここでずっと仕事がしたかっただけ。会社に戻ればまた日常の繰り返し。私はこの現場が好きなのよ。オフィスになんか戻りたくない。このプレハブの現場が好きなの!」
「斎藤さん……」
「多分、いまのが本人の気持ちよ。今、その女性の中に居る霊に、そこを付け込まれたってこと」
「うるさい! そんなことどうだって良いの。ここで仕事ができさえさればそれで……」
「斎藤さん、いつまでも完成しないビルなんておかしいよ」
「う…… るさい」
 斎藤さんが、男のような声になった。そして、目の前に立っている人を突き飛ばすように 、両手を伸ばして突き出した。
 けれどその手が冴島さん、ましてや俺に届くはずもなかった。
「!」
 ドン、と遅れて大きな音がすると、冴島さんがプレハブから飛び出してきた。
「冴島さん!」
 俺は飛んでくる冴島さんを受け止めようと、手を開いた。冴島さんに触れるか触れないか、という刹那、遅れてきた衝撃波を受けた。
「うぉっ!」
 何十人かに同時にタックルを浴びせられたような衝撃。
 冴島さんを受け止めるどころか、建設中のビルの壁まで吹き飛ばされた。
 壁に体を打ちつけ、俺はそのまま地面に倒れた。そこにはプレハブから飛んでいたガラスの破片が散らばっていた。
 見ると、冴島さんは綺麗に着地している。
 なんとか立ち上がると、手の平にガラスの破片でできた傷がついていた。顔面にも痛みがある。ガラスが刺さっているのか、切れているのか……
「影山くん。あなたはそこで待っていなさい」
「は、はい」
 またしても体に命令(コマンド)が入ったようだった。
「さ、冴島さん、それ、なんなんです?」
「後で話す」
 斎藤さんが、再び大きく体を使って、突き飛ばすように手の平を押し出した。
「危ない!」
 思わず叫んでいた。
 あの後、さっきの衝撃波が来たのだ。
 冴島さんは右手の人差し指を立てて、何か言っているようだった。
 すると、冴島さんの目の前に大きなシャボン玉のようなモノが出てきた。
「?」
 衝撃波が来るはずなのに、冴島さんは何事もなかったように立っている。
「連続で行くぞ!」
 斎藤さんがまた激しく体を動かし、手の平を何度も押し出してきた。
 冴島さんはその都度、立てた右手の人差し指でその方向を差した。
 いつの間にか、冴島さんの周りにはシャボン玉のようなものがいくつもふわふわと浮かんでいた。