「あれは霊を吸い込む、特殊な吸引装置よ! 影山くんもあの女を捕まえて!」
 俺は気を失っている斎藤さんを、そっと寝かせると、冴島さんの後を追った。
 掃除機を抱えたおばさんは、ものすごいスピードで冴島さんの先を走っている。
 そして清掃のおばさんは建築現場の囲いの外へと、掃除機を放り投げる。すると本人も、ひょい、と囲いを飛び越えてしまう。
「!」
 俺は、急にストップした冴島さんにぶつかる……  
 と、冴島さんは華麗に俺を避ける。
「痛てぇ……」
 俺は勢い余って建築現場の囲いにぶつかった。
 そんなことは気にもとめず、冴島さんはガラケーで電話を始めていた。
「松岡。現場の裏手に掃除機を持った人物が逃げたわ。追いかけて」
「はい、お嬢様」
 パタンと携帯をたたむと、冴島さんは俺に向かって手を上げた。
「影山くんここまででいいわ。残りのバイトを全うしてね。じゃ」
「えっ?」
 冴島さんはそう言うと、囲いを支えているパイプを伝って飛び越え、行ってしまった。
「えっ? えっ? 俺はどうすれば?」
 誰もいないところで、俺は誰に言うわけでもなく、そう言った。



 斎藤さんから霊が抜けた後、不思議なことにビルの工事が進み始めた。
 俺がやっているビル警備のバイトは、二週間で契約が切れた。警備のバイト代はそのまま現金でもらって帰ったが、電気、ガス、水道代には少し足りなかった。俺は除霊のバイト代が振り込まれるかどうか、毎日通帳を確認していた。
 しかし、なかなか振り込まれない。バイト終了から何日か経った後、俺は耐え切れずに冴島さんに電話を掛けた。
「どうしたの影山くん」
「あ、つながった。冴島さん、バイト代を振り込んでください。電気・ガス代とか水道代とか……」
「ああ、そんなこと? 松岡にやっておくよう言っとくから。それよりテレビつけてみなさいよ。VBSテレビ!」
「は、はい」
 映像が映ると、ちょうど、俺がバイトしていたビルの完成を祝ってテープがカットされるところだった。
「あれ?」
「気づいた?」
「タレントの香山ユキちゃんだ! 俺、ものすごいファンなんですよ」
「……ツーツーツー」
「あっ、あの?」
 画面を確認すると、通話が切れていた。
 テレビ映像を見ると、テープカットしている端に冴島さんらしき人が映っている。
 そ、そうか!
 俺は慌てて電話を掛け直した。
「もしもし、冴島さん?」
「……」
「冴島さん、今日、ビルの完成祝いにいた香山ユキちゃんのサインもらってません? もらってたら俺買いますから売ってください!」
「……他にいう事はない?」
「えっ?」
「他に言うことはないか?」
「えっと…… 1万円ぐらいまでなら払います!」
「……」
「どうしました?」
 電話の向こうで、息を吸う音が聞こえた。
「そおんなにサインが欲しいなら、お前の給料と同じ額で売ってやる!」
 冴島さんの、耳がおかしくなりそうなくらい大きな声。
「えっ?」
「聞こえないのか? お前の給料と同じ額で売ってやる。だから振り込みはなし! ツーツーツー」
「???」
 俺はスマフォをじっと見た。どうしよう。電気、ガス、水道代が……
「そんなぁ……」
 俺のモテ期は遠いようだった。