清掃員らしい作業服を着てマスクをした小柄な女性が、業務用の少し大きな掃除機を持って部屋に入る。
 部屋の中には、タバコをくわえた男が立っていた。男は黒いスーツに、黒いネクタイをしていて、暗い部屋にも関わらず、黒いサングラスをしていた。
「建設中のビルにいた霊を回収してきました」
「ごくろうさま。あとは俺がやっとく」
 男のタバコは火がついているように見えるが、その火はいつまでも同じところで光っている。
「一つ報告があります」
 清掃員の姿だったが、聞こえてくる声は若々しく張りのある声だった。
「なんだ?」
 男は受け取った掃除機の吸い込み口を壁についている穴に差し込み、掃除機本体にある丸いスイッチをひねった。
 そして掃除機の電源を入れると、ものすごい轟音が始まった。
 しばらくすると壁の穴の上に『完了』と表示された。男は掃除機の電源を切る。
「ん? 報告があるなら早くいってくれ」
 清掃員の恰好をしたショートボブの女性は、マスクを取った。つやのある真っ赤な口紅が印象的だった。
「はい。今回の件は、冴島除霊事務所が依頼を受けていたようなのですが、その中に、影山という男が」
「影山?」
 何を報告されたのか分からない様子だった。
 女が補足をいれる。
「一年…… 一年半ぐらい前の事件の」
 その一言で男は何か思い出したようだった。清掃員の恰好をした女に詰め寄ると言った。
「えっ? 本当にそうなのか?」
「はっきりと顔は見ていないのですが。冴島はそう呼んでいました」
「とにかく確認しろ。不確かな情報をボスに伝えるわけにはいかん」
 男は掃除機を壁から外すと、本体の丸いスイッチを元の状態に戻した。
 掃除機を返されると、女は再びマスクをつけて部屋を出ていく。
 一人になった男は、短くならないタバコを吸って、煙を吐き出した。
「……影山家の生き残り、か」



 大学の帰り道、俺は財布の中身を確認していた。試験の勉強でろくにバイトできていないせいで、また飯に困るほど金がなくなっていた。札は尽き、小銭も大きいヤツはなくなっていた。探しても探してもアルミと銅のものばかり。まずい。今日はまたキャベツの千切りにソースをかけた飯で我慢しなければならない。
 駅のホームについたとき、突然スマフォがなった。『冴島』さんだった。
「もしもし。またお財布がピンチなんです!」
「うるさい! そんなこときいてない。今いる場所を教えなさい」
 俺は駅の名前を答えた。
「……松岡、影山が駅に ……そう。じゃあそこに来てもらえばいいわね。影山くん、そこの道をまっすぐ北にいくと、大通りに出るから、そこで待ってて。車で迎えにいくから」
「はい」
 何のことかわからなかったが、これで食い物には困らないだろう、と俺は思った。金はなくとも、飯はもらえる。
 言われた通りに大通りへ出て、車道に近い場所で待っていると、やたら飛ばしている黒塗りの高級車が止まった。窓が開くと冴島さんが叫んだ。
「こら! ぼけっとしてないで、早く乗りなさい」
 表情は極めて冷静だった。
 俺は慌ててガードレールを飛び越えて、停車中の車の助手席に乗り込む。
 ドアを閉めると、お腹がなった。
「……」
 ルームミラー越しに、こっちを見たのが分かった。
「すみません。お腹が減っていたので」
「サービスエリアまで我慢できる?」