「ごめんさい。ちょっと歩き疲れて、中で休憩させてもらったの」
 休憩していたのなら、横になっていたはずでテントに影は映らないだろう。
「あれ? 信じてくれませんか?」
 急に近づいてきて、俺の首の後ろに肩を回した。
「こんな素敵な男の人がいるなら、今日は私、ここに泊まっちゃおうかな?」
 その言葉の一つ一つを発する時の、唇の動きに俺は見とれていた。
 誘惑している。俺を誘っている。そういう気持ちが奥から湧き上がってきて、その女の腰に手を回しかけた時、手首に違和感があった。
「!」
 急に飛び退いた俺を見て、女は首を傾げた。
 俺の視線は唇にくぎ付けになっていた。
「どうしたの?」
 声にエコーがかかったように俺の頭に何度も響いてきた。何だろう……
「私、|美紅(みく)っていうの。あなた、お名前は?」
 また手首に違和感があった。
「俺は…… |影山(かげやま)|醍醐(だいご)」
「かげやま、だいご、さんっていうのね。いいお名前ね」
 そう言って口元に浮かぶ笑みに、気持ちが持っていかれそうになる。
 また近づいてくる。首の後ろに腕を回してくる。そして、その魅力的な唇が迫ってくる。
「あ、あの……」
 俺はその唇を迎え撃つように顔を寄せる。
 触れるか触れないか…… すっと、顔を避け耳元に吐息がかかる。
「本当に泊まっていっちゃおうかな」
 下半身に血液が集中していくのがわかる。
 もう一度腕がその女の腰に回りそうになると、また手首に反応がある。
「!」
 俺はまた飛び退いていた。なんだろう…… 工事現場の時にもあった違和感。
「なんなの?」
「あ、いや。その…… 俺、美紅さんとは知り合ったばかりだし」
 とりあえず口から出まかせで誤魔化してみる。
「……まあいいわ。私もしばらくここにいさせて」
「疑うわけじゃないですけど、ちょっとテントの中を見させてください」
「あっ、そういうこと? 逃げたりしないから確かめてよ。本当に休憩させてもらおうと思ってきただけなのよ」
 テントの中を確かめる。
 物色したような様子もない。何か仕掛けているようでもない。
 ただ、何かそれだけではないものを感じる。バッグやテントに何かが残っているような気がする。匂い、というか、ざらつく感じ…… いや違う。ホコリというか、チリなのか。
「影……」
 俺がいうと言うとテントの中で何かが動いたようが気がした。
「どうしたの?」
「いえ。なんでもありません。それより、疑ってすみませんでした」
「いいのよ。疑うのも無理はないと思うから」
 美紅さんはスマフォを取り出して、何か操作している。
「醍醐さん、あ、ごめんなさいね。影山さん、の方が良かったかしら?」
 美紅さんは口元に軽く握った手を当てている。
「俺も美紅さんって、呼んでるんだし、醍醐でいいですよ」
「ありがと。ねぇ、醍醐さん。お近づきの印に写真撮ってもいいかしら」
 スマフォのインカメラで並んで写真を撮ろうということらしかった。自然と顔が近づく。俺は、ふと目線を落とすと、少し開いた襟から白い膨らみが見えた。