「見えた? 何か見えたのね?」
「美紅さん?」
 柔らかいからだを押し付けてきた。しかし、トンネル内の闇で何もみえない。ただ柔らかくて、いい匂いがする、それだけだった。
「!」
 俺は自分だけが気持ちよくなっていることに気付いた。
 触れている体が、小刻みに震えている。美紅さんは恐怖を感じているのだ。
「助けて……」
「美紅さん、そこに何かいるんですか?」
「わからない、わからない、わからないの…… 助けて。ここから出して」
 俺は腕を伸ばし、トンネルの壁に手を触れた。
「今来た方に戻ればいいはずです」
「たすけて……」
 トンネルに触れている方とは逆の手を、美紅さんの肩に回す。
 すこしずつ、ゆっくりと壁を伝いながらもどる。すると、その明かりが見えてくる。
「ほら、出口ですよ」
 俺は美紅さんの方を振り返るが、美紅さんは両手で顔を押さえている。
「見えますか?」
「たすけて……」
 俺は美紅さんの様子が変だと思いながらも、そのまま壁伝いにトンネルを抜けた。
 一人で歩こうとしない美紅さんの肩に手をかけ、言った。
「ほら、もう外に出ましたよ?」
 ぶるっと体を震わせ、美紅さんは顔を覆っている手を下げる。透きとおるような白い肌に、真っ赤な口紅の唇。内向きに軽くカールしたショートボブ。
 美紅さんは自らの手をじっと見つめると、服の汚れでもきになるのか、腕や肩、胸、足を確認するように見回した。
「どうしたんです?」
「何かがかかったのかと思って」
「なんですかね?」
「蜘蛛の糸かなにかが……」
 美紅さんはスマフォを取り出して何かを確認していた。
「あっ、ごめんなさい。急用を思い出して。私帰らないと」
「えっ? 歩いていくんですか? タクシーでも呼ばないとどこへも行けないですよ」
「……だ、大丈夫よ。あっちの先の道で、車で待ち合わせてるの」
 美紅さんは、俺が冴島さんの車に乗せられてきた道の方をさす。
「せっかく車なら、こっちまで来てもらえば?」
 美紅さんは首を振る。
「本当にごめんなさい。泊まるなんて言ってたのに」
「……あっ、それ、あの、本気にしてよかったんですか? 今は俺もバイト中なんでここを動けないけど、街に帰ったら会えませんか? よければ連絡先を……」
 美紅さんは微笑みながら、手を振った。
「大丈夫。そんなことしなくても、また会える気がするわ」
「そ、そんな…… 俺がイケメンじゃないから教えたくないだけじゃ……」
 美紅さんは俺の手を取る。
「私達の縁を信じましょう? ね?」
 そして踵を返して、去っていく。
「さようなら」
 俺が手を振ると、振り返って手を振り返してくれる。
 俺は姿が見えなくなるまで見送った。
「はぁ…… なんだったんだ」