俺のモテ期はまた来なかった。
 それにしてもさっきのトンネルの中のたくさんの顔は何なのだろう。美紅さんはトンネル内に|あれ(・・)がいるのを知っているようだった。でなければ、瞬間的に反応するわけがない。

『あっ、それ、ダメ!』
 美紅さんが振り返った。
 その背後に、前髪のない、お面のような顔がいくつか浮かんでいるように見えた。
『早く消して!』

 すこしカマをかけて、このトンネルの何を知っているのか聞き出すべきだった。
 トンネルに入ろうと言い出したのも美紅さんだ。絶対に何かを知っていて誘い出したはずなのだ。俺がLEDを付けるまでは……
「お前。どこのもんだ?」
 一瞬、姿が見えなかった。
 足元、と言ったら失礼だが、それくらい背が低いおじいさんだった。
「街から来たんですよ」
「さっき見とったが。もうトンネルには入らん方がいいぞ。今、この中で何が起こっとるか、地元の|者(もん)もわからん。みんな恐れて山を回っとるからの。ええか。死ぬなよ」
 おじいさんは、山を迂回する道を何本か指し示した。
 一つは昨晩、車で走った道だった。もう一つは、トンネルの脇を登っていく山道だった。こっちは人の歩く道のようだ。
「けど、入ったら、し、死ぬんですか?」
「……わからん。みんな恐れておる。恐れておれば死んでもおかしくない」
 おじいさんはそう言うと、テントの脇を抜けて畑の方に入っていく。
 村以外の者への『脅し』なのだろうか。俺はおじいさんの後ろ姿をみつめた。
 スマフォで地図を開き、山道を抜けるとどこにつくかを確認した。こちらとはトンネルの反対側にいけるようだった。そこには『かみくう村』と書かれている。
「かみくう村?」
 俺は思わず声に出してしまった。
 畑の方から視線を感じる。
 そっちをみると、おじいさんは視線をそらす。
 畑の方に進みながら、おじいさんに声をかける。
「おじいさん、かみくう村の方なんですか」
「……」
 俺は山道をゆびさして、言う。
「あの山道を抜けていくと……」
「ああそうだ。それがどうした」
 俺はさらにおじいさんに近づいていった。
「山道を通ったら、どれくらいでつけますかね。かみくう村に行ってみようと思うんです」
 おじいさんは顔をしかめて言った。
「お前は、リニアの工事関係者だろう。そんなヤツが村に入れば『たたられる』ぞ。|祟(たた)られれば死ぬんだぞ」
「ちがいますよ。写真を撮りたかったんです。昔、カレンダーにかみくう村の写真があって。たしか、大きな水車が……」
 おじいさんの表情からは疑いが晴れていないようだった。
「今水車は止まっとる。あれは秋に動かす」
「そうなんですか。聞いてよかった。けど、綺麗な景色の村ですよね」
「……」
「行ってみたいんですが。どれくらいかかりますか?」
 おじいさんの表情が少し柔らかくなった。
「わしなら十分もあればつくが、都会もんなら倍はかかるじゃろうな。迷うからな。山道は目印の赤い布がつけてある。どこが道か分からんかったら、赤い布を探せ」