「はい」
 俺はおじぎをして「行ってきます」と言った。
 おじいさんは畑仕事をしながら、ちらちらとこちらを見ているようだった。
 トンネルの脇から山道を上がっていくと、ところどころ、赤いちいさな布キレで印がしてあった。道を見失ったときはこれを探せという事だろう。道と行っても、しっかり杭などがうってあったりするわけではなく、草の生え方が微妙に違う程度で、獣道のレベルだった。
 流れ出ている水で濡れているところもあり、滑ったり踏み外したりしないよう、ずっと下を向いてあるいた。
 くねくねと曲がる道を上り切ると、今度はずっと下りになっていた。
 下りの道は横がそのまま谷になっていて、谷からは水の流れる音が聞こえた。ここにも小さな川があるようだった。
 下りの道が終わると、大きくカーブして、その先で林が終わっているようだ。
 俺はそこまでたどり着くとスマフォを開いた。電波が届かないらしかった。たしかトンネルの出口についた時もそんなだった。この周辺にはアンテナがないのだろう。
 林を抜けると、あたりは開けていたが田んぼでも、畑でもなかった。
 かといって雑草が伸びきっているわけでもない。雑草を誰かが手入れしているようすもない。
 砂地でもない。除草剤でも撒いているのか、そういう理由によって、草が生えなくなっているに違いない。
 俺はカレンダー以外に何か『かみくう村』の情報があったような気がした。
「なんだっけ?」
 何で見たのか。
 新聞か、教科書かなにかだ。とにかく何か『事件』と結びついていた気がする。
 俺は道をまっすぐ進んでいくと、山裾で少し高くなっているところに数件の家を見つけた。そこが村だろう。
 階段状に積んでいる石をあがると、家があった。
 家を囲む塀も、表札もない。俺は踏み込んでいった。庭には軽トラックが置いてあったが、荷台が錆びきっていた。
「動くのかなこれ?」
 少し回り込むとそれが動かないことが分かる。後ろのタイヤが外れているのだ。
 家に近づいてみると、遠くから見ていたときには気づかなかったことがわかる。扉はきっちりしまっているのではなく、少し開いている。二階の窓ガラスは割れたまま、何も補強されていない。
「人が住んでいないのかな」
 流石に玄関を開けて呼ぶのは気が引けた。少しだけ庭側の窓をみたが、雨戸が閉まっていてやはりそこからも人が住んでいる感じがしなかった。
 さらに坂を上がっていくが、人とすれ違うことがなかった。
 人の声とか、気配というものが感じられなかった。だが、全てが廃屋というわけでもなさそうだった。人が住んでいてもおかしくないような家もある。そのなかのどれかに、あのおじいさんも住んでいるのだろう。
 俺は一通り村の家を見た、と思ったが、川沿いの水車のことを思い出した。坂の上の方に来ていたので、どこだろうあたりを見回していると、坂を降りた低い所に水車小屋があった。
 そこからみると如何にも小屋であり、人が住んでいるとは思えない作りだったが、カレンダーで見ていた風景でもあり、下りていくことにした。
 下りていく間、俺は考えていた。
 なぜ人の気配がしないのか。トンネルの反対側までおじいさんが下りてきて畑仕事をするのはなぜなのか。
 この草も生えていない空き地は何なのか。それらに何か共通することがないか、この疑問を解く鍵はなんなのか。そんなことを考えながら小川の横にある水車小屋についた。
 スマフォを構えて水車小屋の写真を撮ろうと構図をさぐっていると、画面になにか妙な影が通り過ぎた。
「?」
 スマフォを下げて、あたりを見回す。動くものは何もない。小川が流れている。水車は止まっている。それけだ。俺はもう一度スマフォを顔を前に戻すと、水車の前に何か影が見える。
「!」
 慌ててスマフォを下ろすが、そこには何も見えない。