スマフォの映像に複数の影が映った。もうすぐ俺たちに気付いてしまうだろう。
「わかりました」
 俺とおじいさんは、トンネルの中に入った。外も暗くなっていたが、明かりのないトンネルの中は本当に暗かった。壁をつたいながら前に進む。入ってきた方を映しているスマフォの画面には、チラチラとノイズが入るだけでももうトンネルの入り口の明かりすら捉えられなくなっている。
「おじいさん、どこまで進むんですか」
「もうすこし行った先に……」
「もう少しって……」
「……」
「もうすこしってどれくら」
 急に立ち止まったらしく、俺は、ドン、とおじいさんにぶつかってしまう。ぶつかった拍子に、バサッと音がして触れていた体がなくなった。
「ごめんさい。大丈夫ですか?」
 俺はおじいさんが倒れたと思って、しゃがんで周囲を探った。
「おじいさん?」
 床はアスファルトではなく、コンクリートのようだった。一部が濡れていて気持ち悪い。壁沿いに探していたが、一向におじいさんが見つからないので、壁を離れ、トンネルの真ん中へと移動した。しかし、そこにも倒れたおじいさんの体に触れることはなかった。
「おじいさん!」
 大声で叫んだが、声は響くどころかどこかに吸い込まれるようだった。トンネル内には異空間が開いている…… 俺の頭には一瞬そんな考えが浮かんだ。
『ここだよ』
 聞こえてきたのはおじいさんの声に思えた。
「おじいさん?」
 何も見えない闇の中で、俺はよろよろと立ち上がった。いや、もしかしたら、よろよろしていなかったかもしれないが、暗くて前後左右が見えない状況から壁に触れずに立ち上がるのは、不安がともなった。
「灯りをつけていいですか」
 俺はスマフォを正面に向けた。
『やめろ!』
「えっ?」
 スマフォに真っ青で、ブヨブヨした肌が映った。目に見えるほど大きな毛穴から、太く黒い毛が生えている。そのまま下へ動かすと、足の指が見えた。おそらく最初見たのは『すね』だろう。
『やめろ!』
 俺は怖かったが、スマフォを上へと向けた。青い肌が続き虎柄のパンツ、裸の上半身……
「お、鬼!」
 鬼としか表現できない生き物だった。トンネルの天井につかえそうなほどの長身。角が生えていて、鼻の上に大きな目が一つだけあった。子供のころ、昔話の絵本に出てきた鬼そのものだ。
『やめろ!』
 スマフォに映るその鬼は、拳を振り下ろすところだった。俺はとにかく後ろに飛びのいた。
 何に躓いたわけでもないが、俺は床に転がっていた。スマフォのライトをオフにした。
『なんてことをしてくれたんだ……』
「まさか?」
 鬼の姿があって、おじいさんの姿は見えなかった。ということは、つまり……
「まさか、さっきの鬼が、おじいさんなんですか?」
『知られたからには、生かして帰すわけにはいかん』
 俺は必死に床を這った。まずは壁と思われる方へと進む。そして壁に触れたら立ち上がって、壁沿いに走る。
『逃げてくれ。人を殺すことは本望ではない』
 後ろからそう言うおじいさんの声が聞こえた。身体が鬼になってしまっても、おじいさんの心がまだ残っているのだろうか。