「バイトの影山くんね。この扉の一つ左。一つ左の扉ですよ。今開けますから」
 俺はまた奥の扉に向かった。
 扉が開くものだと思っているが間違いなのだろうか。判断がつかないままじっとしていると、またカチャリ、と音がした。そうか、と思い俺は扉のレバーを押し下げようとした。
「あれ? やっぱり開かない……」
 ガチャガチャと何度もやってみるがビクともしない。
 俺は仕方なくインターフォンに戻った。
「冴島除霊事務所です」
「影山ですが……」
「いい加減にして。一つ左の扉よ。ほら、開けたから入りなさい」
 俺はそのまま体をそらして左の扉を見た。
「開いてないですよ?」
「……」
 インターフォンのランプが消えた。
 正面の扉が急に開いて、スーツ姿の女性が現れた。ショートカットで、金属フレームのメガネをかけている。
「扉は開きません。鍵をあけてるんです。あなたがレバーを押し下げて、扉を開けるんです。わかりましたか?」
 苛立ったような感じだった。俺は申し訳ないと頭をさげた。
 女性は指で左側の扉の方を指図した。
「あと、扉を開けないで時間がたつと自動的に鍵がかかるの。早く開けること」
 女性はそう言うと、目の前の扉が閉まって、インターフォンから声が聞こえた。
「今あけたから入ってください」
 俺は急いで左の扉に行き、レバーを押し下げる。ようやく扉が開いて、中に入れた。
「うっ?」
 つるピカ頭で、袈裟を着た人物がこっちを睨んでいた。俺は何も言わずにじっと見ていると、それが生きているものではなく、人形である事に気づいた。
「な、なんだ……」
 奥で扉が開く音がした。
「どうしたの? そんなところで固まって」
「……」
 冴島さんは袈裟を着た人形の肩をぽんと叩いた。
「ああ、これ? 私のおじいさんよ。冴島除霊事務所の創業者」
 冴島さんは衝立の先にあるテーブルに行くのを見て、俺もそれについていく。
 錫杖がシャリン、となった。
「えっ?」
 俺は袈裟を来た人形を振り返った。どう聞いてもそこから音がしたからだ。
「い、今動きませんでしたか?」
「あれ、創業者のおじいさんよ。もしかして挨拶してないの?」
「えっ、に、人形だと思っていました」
「……だって。だとしたらよく出来た人形よねぇ」
 冴島さんはまたおじいさんの肩をポンポンと叩く。
「えっ、でもピタッとして動かなかったですよ…… こ、こんにちは、はじめまして」
 冴島さんはテーブルに戻っている。
「おじいさん、こちらに座りませんか?」
 テーブルの方から冴島さんの笑い声が聞こえる。
「ほら、人形と遊んでないで、こっちに来なさい」
「えっ、に、人形? 騙したんですか? なんだ、やっぱり人形じゃないですか…… けど、さっきの錫杖の音は??」
 確かに耳に残っている。錫杖についている輪が鳴ったのだ。間違いない。