扉がノックされ、看護師が入ってきた。
 短い髪の、若い看護師だった。
 一瞬、冴島さんの顔色が変わったようだった。
「どうですか?」
 看護師は軽く笑みを浮かべながら、俺の方を向く。
 俺はつながっている点滴の先を見て言った。
「もう終わりました」
「あっ、そうですね。じゃあ取り替えますね。次で終わりですから」
「あの看護婦さん、俺、固形物食べてもいいんですか?」
 ちらっと冴島さんの剥いているリンゴに視線を向ける。
「ええ、影山さんはどこか体が悪いわけではなくて、ただの栄養失調ですから。食べれるものは食べて、元気つけてくださいね」
 看護師は、冴島さんの方をジロジロ見つめる。
「お姉さまですか?」
 冴島さんはニッコリ笑うと言った。
「いえ。雇い主です」
「雇い主? 社長さん…… とか?」
「ええ。まあそんなところです」
 看護師は興味を持ったように冴島さんの頭のてっぺんからつま先までの舐め回すように見た。
「社長さんが大学生のバイトのためにリンゴを剥くんですか?」
「ええ。うちの会社では剥きますけど」
 心のなかで俺のためだ、と言われたことに感激する。
「ほら、影山くん。あーん」
 自分がにやけていることを感じながら、ベッドから頭を少し上げ、口を開く。
「失礼します」
 と言って看護師が出ていくと、切ったリンゴが、勢いよく押し込まれる。
「あいすうんえうあ(なにするんですか)」
 冴島さんはリンゴの皮をゴミ箱に捨てて立ち上がる。
「若い看護師に色目を使うからよ」
「そんなことしてないですよ」
「じゃあなんであの看護師がリンゴ剥いてるだけで突っかかってくるのよ。事前に何かあったとしか思えない」
 俺はため息をついた。
「なにそのため息? こっちがため息つきたいわよ。元気そうだから、もう私は帰るわよ。明後日からだから、仕事はちゃんとやってね」
「は、はい」
 冴島さんはとっとと出ていってしまった。



 幸いなことに翌日には退院して、冴島さんからの依頼のバイトに間に合った。都心から少し離れたデータセンターでのバイトだった。初日にはデータセンターの出入り管理システムを通る関係で指紋を登録し、カードを与えられた。一日に見て回るサーバーを教えられ、提出するレポートの見方を教えられた。
 冴島さんが言っていた通り、HDDが壊れれば引っこ抜いて交換し、バックアップでいっぱいになればテープを取り出して交換し、取り出したテープは規定の保管場所に収納する。ハード故障がないかサーバーのLEDを目視でチェックして、紙にメモする。
 そして勤務時間がいきなり24時間だった。
 いや、会社側は実際は休憩を与えているから16時間拘束するが、実労働は8時間ということだった。だが、俺は初日のレクチャーが必要なため、それらをあわせて24時間ということだ。つまり公には8時間労働だが、実質は24時間ということになる。
 先輩たちも16時間の拘束のあとにレポートをエクセルに入れ直しているから、実質はもっと拘束されているらしい。俺たちがやっているんだから、お前もやって当然という、体育会系的なブラック企業の理論だった。