「えっと、OK、大丈夫。これも、これもよし」
 レポートに書き込むとラックの扉を閉める。また端まで戻って次のカードを当てる。解錠する。扉を開ける。チェックする。レポートに書き込む。また端まで戻る。
 カードを予め当ててしまえって? ラックの取っ手は一定時間無操作だと鍵がかかる。予めラックの扉を開け放しすると、扉を開放時間を監視されていて警告が出てしまう。つまり、このまま地道に一つ一つやるしかない、というワケだ。
 何度か繰り返しているうちに何をやっているのか、さっき見たサーバーのLEDが正常だったか、異常だったかも混乱してくる。目が回るような感覚だった。
 床の白い色と、サーバーラックの真っ黒いコントラストもそれに追い打ちをかけた。俺は機械になったように繰り返した。ラックを開く、LEDのチェック、ラックを閉じる、カードを操作する、ラックを開く……
 その時、パッと照明が消えた。
 緊急灯がついたが、サーバーから聞こえるファンの音は全く鳴り止んでいない。LEDも激しく点滅するものもあればずっと点いているものもあり、先輩が言っていたようにUPSがしっかり機能しているようだった。その一瞬の後、自家発電設備からの供給に替わった。天井の白色の蛍光灯が点き、壁についている自家発稼働中の表示灯が点灯していた。
「それにしても、停電が多すぎるぞ……」
 俺は持っていたPHSで監視室に電話をかけた。不明な事態が起こったら先輩の指示を仰ぐことになっていたのだ。
「……」
 PHSからの音から判断して、呼び出しはしているようなのだが、いつまで待っても先輩は出なかった。もう一度やる羽目になっているのだとしたら、次の時間帯の勤務の人に申し送ればいいのだろうか。とにかく今回の分はやらなければならないのは、間違いないのだから、停電状態でもいいから作業を進めよう。と、俺は思った。
 サーバーラックを二つほど進めた後、自家発稼働中から、さらに停電が起こった。
 また部屋が暗くなり、オレンジの非常灯がついた。今度は同時に、UPSが電圧低下を検出してバッテリー運用に切り替わったことを示す、音が鳴り始めた。
「自家発がぶっ壊れた?」
 俺の独り言は部屋中のUPSの音や、サーバーファンの音にかき消された。
 そのUPSの音やファンの風切音に混じって、金属がこすれるような、不快なバイオリンの音色というか、とにっかく気持ちを逆撫でるような音が聞こえてくる。
「なんだよ」
 くらい空間に向かって俺はそういった。誰かが脅かそうとしている、そんな気さえする。聞こえてくる音にはそれほど意図的なものを感じていた。
 俺は音がする方を確認するために、サーバーの監視を中断して壁沿いを歩いて行く。
 次第に音が大きくなり、次のサーバー列か、と思った時、身体が震えた。
 そもそもサーバーを適正温度で稼働させるために、空調が強めに働いているのだが、その震えはその寒さを超えていた。そのサーバー列だけ、より低い冷気が流れ出しているようだ。
「なんだよ。なんなんだよ」
 勇気を振り絞って俺は声を出した。何か言わないと逃げ出してしまいそうだった。
 水蒸気が凝固し、白い煙となってもうもうと出ている。俺はそのサーバーラックの扉に近づくと、ギィ、と黒板に爪を立てたような音がし、その後にバネがはじけたようにバシャーンと音が鳴った。
「なんだよ!」
 すると、ゆっくりラックの扉が開いた。
「カード操作してないぞ。解錠するわけ……」
 真っ黒い人影がラックから出てくる。まずは上体が落ちるように跳び出し、頭を反対側のラックにぶつけた。
「うっ……」
 そして、ゆっくりと足が左、右、と出てくる。人影が、上体を立て直して俺の方を向いた。
 右目は抜け落ちていて、左目だけが瞬きもせずこちらを凝視している。何もかも黒い。いや腐ってカビが生えたような色をしている。おそらく、黒いのではなく、血の色だったのだ。
「ぞ、ゾンビ……」