俺は数秒前の自分の決断を後悔した。
「いや口説いてません。なんでもないです」
「嘘、職場に女がいるんでしょ? そいつにサーバールームで壁ドンかなんかして。瞳を閉じてくるから、唇だけでもいただいとこうか。とかそんな感じ」
「……鋭い」
 と、思わず口をついて出てしまった。
「何よ! 馬鹿にしないでよ。請求するから本当に。それと、さかのぼって前回のキャンプ道具も費用請求するから、覚えときなさい!」
「えっ、そんな、ちょっと、待って!」
 と、言っている間には通話が切れていた。
 俺は来月の生活を頭に思い描き、想像上の空腹で体が震えた。



 次の勤務の時、俺がデータセンターに着いて準備していると、香川さんが遅れてやってきた。
「あ、香川さん」
「影山。お前、前回の勤務の時……」
 香川さんは暗い表情で、そう言った。
 その時、別のバイトの人から声がかかった。
「おい、影山、5台ほどハードディスク壊れたから、サーバールームに行って早く交換してきてくれ」
 俺は香川さんに軽く手を合わせ、
「ごめんなさい。後で話聞きますから」
「ああ。いいよ」
 俺は急いでハードディスクを準備し、サーバールームへ移動した。
 最初のサーバーラックを開けた時、俺はGLPを着けている手首の違和感に気付いた。
「あれ?」
 今は別段なんていうことはない。ただの〇ップルウォッチのまがいもののようにみえる、GLPで間違いなかった。だとしたら、違和感はいつあったのか。
「……」
 香川さん、香川さんに対して反応したのだとしか思えない。
 香川さんに何か霊的な様子は見られないが、これから何かあるというのだろうか。
 ハードディスクを交換し、レポートにメモし、ラックを閉めた。後4台だ。
 サーバー列の端に行き、該当ラックのカードを当てる。
 バシャン、とバネがはじけるような音がしてそこへ向かう。ラックの扉を開けて、どのハードディスクが壊れたかを確認し、紙に書き写し、ハードディスクを交換する。レポートして、ラックの扉を閉める。
「ふぅ……」
 正常なディスクを抜かないこと。正確にレポートに書き残すこと。発生から30分以内に交換を終えること。それらが少しプレッシャーになって、寒いほどのサーバールームで、俺はほんのり汗をかいていた。
 その時、プルプルプルプル…… と固定電話の音が鳴りひいびた。
 サーバールームに電話器があったか、あまり正確に記憶していなかった俺は慌てて音のする方に動いた。
「これか」
 電話を認識した後、果たしてこれに出ていいのか悩んだ。サーバーメンテの為に技術者が入ることがあり、その人はここに入る前にスマフォ・携帯を預ける必要がある。その人たちが使うためのものじゃないか、と思ったからだ。
 俺はあたりを見回し、そういう技術者がいないことを確認する。
「はい」
「影山か?」
 香川さんの声だった。
 俺は思わずGLPの表示を確認した。
「はい」
 GLPには何の表示もない。違和感も感じられない。
「お前、篠原さんと何してたんだ」
「えっ?」