亜夢は人質の一人から手を放した。
 その人は亜夢の方を振り返る。亜夢が方向を指さすと、うなずいて小走りに去っていった。
 同じように亜夢は列の最後尾にいる人を次々に解放していく。
 あるときは無人の闇にライトが当たっていて、そこに本人を連れ出せばよかった。
 また別の人は亡霊のような人が大勢いて、亜夢が叫ぶと、亡霊が一人の姿に合体したりした。
 思念波世界では一人一人まったくことなる形で、自分を見失い、他人にコントロールされていた。
 通路の端まで人質をすると、様子に気付いたのか奥の扉からショートヘアの女性が出てきた。
 自分の意志で動いているとしたら、その女性はテロの仲間側、つまり超能力者だった。
「そこで何してるの?」
 鋭い眼光で亜夢を睨む。
「!」
 先のとがった|探査針(プローブ)で何度も何度も突き刺されるイメージ。どこかでこの状況を経験したことがある。
 都心で捜査協力をしていた時、タキオ、タキオ物産の人?
「あら。こっちは覚えているわよ。白いヘッドフォンのお嬢さん。そういえば今日はしてないのね」
 一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
 相手がどれくらいの|非科学的潜在力(ちから)を持っているか分からないまま、近づいてくるなんて、よっぽどの能力者か、無謀な性格だ。亜夢は少し後ろに視線を配ってから、後ずさりして距離を保った。
「あら、力比べとかしてみたりしないの? ライダーとは拳を合わせたって聞いたけど」
 その女性は拳を前に突き出してきた。
「思い出した。三崎京子」
「そうよ。だけど名前なんて意味ないわ。それよりどうするの。どっちの力が強いか、確かめてみる? みない?」
 亜夢は転びそうになって足元を見た。壁に手をつけて後退する。
「なんでそんなに自信があるの?」
「別に。私は一人じゃないからかしら」
「?」
 亜夢はとっさに周囲に意識を広げた。思念波世界にも何も見えない。
「いない、とか思ってるでしょ。ほら、あなたのお仲間を連れ去ったやり方。あれと同じよ。私は私の能力と支援してくれる『あのお方』と力が合わせて戦うの」
「あのお方」
「言わないわよ。存在は知っているでしょ? それで充分」
 美優の思念波世界に入り込んだ時、精神制御している相手を見た。美優の非科学的潜在力を引き出す、強力な超能力を持っている人物。
「あら、少しやる気になったみたいね」
 亜夢は後ろに下がるのを止めた。右足を引いて、拳をためた。
「こんなことで力なんてわからないわ。けどあんた達の間ではこれをするんでしょ。じゃあ、いくわよ!」
 三崎は走り込みながら引いた拳をまっすぐ突き出してきた。
 亜夢は体をひねり、それに合わせるように振り出す。
 バチン、と空気が爆ぜるような音がして、亜夢は周りが見えなくなった。
『?』
 亜夢は両手を広げて、空から舞い降りてくる雪が、手のひらで溶けるのを眺めていた。
 見上げる空は暗く、深かった。無限に雪の結晶が降りてくるように思えた。
 黒い革ジャンをきた長髪の男が、亜夢に近づいてきた。
『へぇ。こんなところあるんだ』
 何がある? ただくらい空の下に雪が降っているだけだ。
『俺知らなかったよ。君、ここの出身かい』
 雪、こんなに雪深いところに住んだことなど、ない。雪が降るのが私の出身地ではない。亜夢はなぜ今雪が降っているのかわからなかった。
 革ジャンの男がたずねる。
『出身じゃないなら、いったいここになにがあるんだい?』
 男の後ろに、金髪の少女が見えた。
 あれは…… ハツエちゃん? そうか……
「!」
 亜夢は拳を振り切った。
 拳を合わせていた三崎は、廊下を滑りながら通路の奥まで後退した。