由恵ちゃんの後ろから、ショートカットの清掃員が近づいてくる。マスクを外すと、つややかな唇が見えた。
『美紅さん! 助けて』
 美紅さんはニヤリ、と笑い、掃除機を俺に向けた。床を濡らしていた赤い体液は吸い込まれ、俺の腹や手のひらに刺さっていた包丁も吸い込まれた。
『何をする』
 由恵ちゃんがそう言ったかと思うと、由恵ちゃんの肌が見る見る青く、黒くなり、目玉が落ちた。そうやってゾンビ化した由恵ちゃんが、俺の方に向き直った。
『お前をゾンビにしておこう』
 口を開いて近づいてくる。
『やめろぉ!』
 俺が言うと、美紅さんがゾンビもバラバラにして吸い込んでしまった。 
 どんどん吸い込むうち、美紅さん自身も吸い込まれていった。世界のすべてを吸い込んだ掃除機は、自身を吸い込んで止まった。
 俺の目の前にはただ何もない闇が広がっていた。
 いや、何か見える。
 俺はどうやっているのかわからなかったが、見えている何かに向かって進んでいく。
 見えていたものは、どこかの家にはいるための門だった。
『影山……』
 その門の先に、大きな屋敷が見えた。
『あれ? ここって……』
 全身に鳥肌がたった。恐怖の対象として、体が近づくのを拒んでいる。
 けれど、何か懐かしくも感じていた。
『えっと、ここって、あそこ、だよな?』
 突然、顔から壁に衝突したような、全身を打ちつけたような痛みが走り、五感が断ち切られた。



 目が覚めると、見覚えのある風景だった。
 以前、やはり除霊事務所で打ち合わせした時に気を失ってしまった時、連れてこられた病院の個室だった。
 ノックの音がすると、扉を開けて看護婦が入ってきた。
「起きたんですね…… 名前みてびっくりしちゃいました」
「……ああ、こんな短期間に入院するなんて、変ですよね」
「それもそうなんですけど、自分の勤務の時間に合わせるように入院なんて。ちょっと運命感じちゃうというか……」
 少し紅潮したような頬、視線をそらすような仕草。この看護婦さんが俺を。もしかしたら俺を好……
「たしかここよ。前もそうだったわ」
 廊下から、聴き覚えのある声が聞こえてきた。
「あら、もう御見舞にこられたようですね」
 看護婦さんは急に近づいてきて、俺に体温計を渡した。
「お熱だけ測りますので」
「?」
 正確な体温を測る場合は、舌下でという話を聞いたことがある。ここではどうするのが正しいのだろうか。
「脇のしたでいいですよ。私がやったほうが良ければそうしますけど」
 看護婦さんが俺の服の胸を開いて、体温計を脇に挟み込ませた。
「あっ!」
 と声がする方には、冴島さんがいて、俺を指差していた。
「また、こういうことするの?」
 俺は病衣の胸元を開けられ、顔を近づけられた状態で固まっている。
 看護婦さんがそのまま部屋の外を向く。
「べ、別にそういう訳じゃないんです」
「あんたに言ってんじゃないの。この看護士さんに言ってるのよ」
「体温を測っていただけですよ?」