「俺の記憶って、どこまで見たんですか?」
「えっと、由恵とかいうバイトの娘から、ゾンビが出て、さっきの門までね。直後に、あんた、縛り付けていた拘束帯を全部外し、生きのいい魚のように跳ねまわり始めてね…… 危ないから解析機は緊急停止したの」
 中島さんが言った。
「所長が言うから、もう一度縛り付けて、解析機に通したけど今度は全く反応しなかった」
「気が付くと、あんた呼吸してなかったから、慌てて胸部圧迫、人工呼吸って…… すぐ息を吹き返したから良かったけど。それですぐ、ここに運び込んだのよ」
 俺は死にかけたことより、誰が人工呼吸をしたのかが気になって、三人の顔を順番に見て行った。
「えっ、やめてください。なんで松岡さんが頬赤くするんですか? まさか、松岡さんがしたの?」
「命の恩人になんて口の利き方するの」
 いや、まあ、当然か。胸部圧迫もかなり力がいるときく。それにこっちの意識が無くなっているときのキスなんてありがたくもない。
「で、どうなの? 門は見たんでしょ? あなた、あそこに住んでたの?」
「ええ。見ましたが、記憶が戻った訳ではないんです」
 冴島さんが頭を振って、髪を手で後ろに流すと、言う。
「明日。とにかく行ってみましょう。行って目で見てみれば、霊が抑えていない記憶が反応するかもしれない。いいわね」
 すぐに答えられなかった。
 冴島さんがいつものように、俺が決断出来ないでいると手をかざしてくるかと思っていた。
「……」
「どうしたの?」
「いつものように、こうしないんですか」
 俺は冴島さんがよくやる、手をかざすしぐさをした。
「これはあなたの意志が重要だから」
「……ありがとうございます。行きます。思い出せるかは分かりませんけど」
「良かった」
 そう言うと、冴島さんがしずかに俺に手を差し伸べた。
 握手をすると、冴島さんがニッコリと微笑んだ。
「それじゃ、ゆっくり休んで」
 冴島さんがそう言うと、三人は病室を出て行った。



 退院の手続きをしていると、中島さんがやってきた。(普段着の描写)
「所長は来れないから、私と行きましょう」
 病院でタクシーに乗ると、そのまま例の住所を告げた。
「ここから行くんですか? タクシー代がもったいないんじゃ」
「あら、意外と近いわよ。それにタクシー代会社持ちだし」
「冴島さんがよく許可しましたね」
「……それだけあなたのことが気になる、って思ってればいいんじゃない?」
 中島さんはそう言って笑った。
 しばらくすると車通りの少ない田舎道になった。
 そして、タクシーが止まる。
「ここでいいですか?」
「あの門、あのあたりまで行ってもらえる?」
 中島さんが言うと、運転手はもう一度アクセルを踏んだ。
 タクシーから降りると、俺は手の平を空に向けた。
「まだ降ってはいないみたいですね」
 雨が落ちてきたような気がしたが、錯覚だったのだろう。空は降っていてもおかしくないほど暗く、低く雲が垂れ込めていた。
「ここ、確か表札が見えたわよね」
 中島さんが確かめるように門柱に近寄る。高いところに表札があるようだったが、そこはただくぼんでいるだけで何も文字は見えなかった。いや、そんなはずはない。