「確かにそのあたりに表札があった気がします」
 記憶の中ではハッキリと読むことが出来ていた。そこには『影山』と書いてあった。
「私も解析機の映像を見た時はちゃんと書いてあったと思ったんだけどなぁ」
 中島さんは諦めたようにこちらを振り向いた。
「どう? 何か思い出すことは?」
 あの時、俺が解析機にかけられていた時、この奥の建物を見て恐怖を感じた。
 しかし今、実物を目の前にしているのに、何も感じない。怖さも、懐かしさも。
「何かピンときませんね。あの時見たものとも違うものなんじゃないかって、そんな気すらします」
「もしかして君は、あの事件の『影山』とは関係ないってこと?」
 一家失踪したのだとしたら、確かにここにたち、その家を見れば何か恐ろしくも感じるだろうし、懐かしい気持ちも出るだろう。けれど今は何もない。何も感じないのだ。俺の一家がそんな事件と無縁であれば、何も感じないとしても、それが普通だろう。逆に何か関係があるのに何もないのだとしたら、この場所が間違っているのだ。
「俺に聞かないでください」
「入ってみますか?」
「いくらなんでも、それ、不法侵入ですよね?」
「あなたの家なんだから、まったく問題にならない」
 いや、記憶がないんだって、俺はそう言いたかった。
 けれど、自分自身でその言葉を飲み込んでいた。入って確かめたい好奇心が勝っていたのだ。
「……」
「決まりね? いくわよ。周り見ててね」
 中島さんが、大きな門の横の扉に針金を差し込む。金属がこすれるような音が何度かすると、カチャリ、と軽い音がした。
「ごめんくださ〜い」
 軽い調子で中島さんが言う。そして扉を開けると、俺に続くように合図する。
「失礼します」
 俺もそう言って中に入った。
 外から見られないよう、門からまっすぐ伸びた道ではなく、庭の中を通る道を歩きながら、奥へと進む。
 庭の木々の陰に、こちらを追うような影が動いている、そんな気がした。
「何かいる……」
 中島さんが俺の視線の先を追う。
 木々や草の葉が不自然に動いた気がするが、気配は感じない。
「ちょっと、脅かさないでよ」
 中島さんはそう言うと、屋敷に向かって歩き出そう、として立ち止まった。
 何かバッグの中をごそごそと探している。
「あった。これ、渡しとけって言われてたんだ」
「GLPですか」
 解析機にかけられる時に、外せといわれて外したままだった。
 俺がそれを受け取ると、俺と中島さんの間に、急に黒い影が現れた。
『くれよ、それくれよ』
「きゃっ!」
 中島さんは飛び退いた。
 黒い影は俺のGLPを狙っているようで、俺の腕に絡みついてきた。
「影山くんなにそれ、霊?」
「詳しくはないですけど、きっとそうだと思います」
『くれよ、その時計くれよ』
 俺は振り払うように、でたらめに腕を振る。
 黒い影は、木々の葉や、地面に叩きつけられる。
『はなせよ、おれんだ』
 巻きついた黒い影が、俺の腕を絞り上げてきた。