「(直観、だけどこの上、スタジアムのバックスクリーンなの。確かめておきたくて)」
 二人は階段を上り始める。壁沿いにジグザグに上っていく。
 登り切ったところは暗い空間だったが、少しだけ光が差し込んでいる扉があった。
「(出てみる?)」
 亜夢は扉の取っ手を掴む時、一瞬、躊躇した。
 そして開けると、眼下に広がるのはスタジアムだった。
「うわっ!」
 足場は何もなく、そのまま客席になっていた。後ろから押してくるアキナを腕で受け止めた。
「なっ!」
「アキナ、危ない! 落ちたら……」
 どうやらここはバックスクリーンのすぐ横にある作業用の扉のようだった。下に足場はない。
「亜夢、あれっ!」
 アキナが何を見つけたのか、亜夢もすぐに気が付いた。
 このバックスクリーンの下に、人質と思われる人々が一直線に並んでいた。
 そこは搬入口の門になっている場所で、落ちたら大けがでは済まない高さだった。
 その端ギリギリに、人質が立っている。
「なんだろう、みんな同じポーズしてる?」
 亜夢が言うと、その扉の左に広がる大きなスクリーンに映像が映し出された。
「えっ?」
『ヒカジョの小娘に、SATの諸君。見ているだろうか』
 スタジアムのいたるところにあるスピーカーから音声が流れた。
 音声は個人が特定できないように合成音声で流しているようだ。
『何人か解放していい気になっているようだが、まだ人質はいる。多くても少なくても人の命は同じなのだろう?』
 亜夢バックネット側にもある小さなスクリーンで人質の様子を見た。
「ナイフ。人質全員ナイフを自分の首に突き立てているんだわ」
『私が指示すればすぐに首にナイフを突き立て、落ちるぞ』
「卑怯な!」
 亜夢は間髪入れずに反応した。
 宮下への仕打ちといい、敵は全く容赦しないことを思い出す。
「亜夢、あれ、美優じゃない?」
 慌てて落ちそうになるアキナを腕で押さえる。
 並んで立っている人質の、ちょうど真ん中あたりに見覚えのある黒髪の少女が立っている。
「美優!」
 叫んでも反応はない。亜夢は思念波世界をのぞき込み、美優が首に何かを突き立ていることを感じ取る。
「アキナの言う通りあそこにいるの、美優よ……」
 体を出して、下まで飛び降りようとする。
『止まれ! ヒカジョの小娘』
 亜夢は扉を強く握って、降りるのをこらえた。
「(アキナ、敵には見えているってこと?)」
「(それしか考えられない)」
 アキナと顔を見合わせる。アキナが必死に回りを探る。
 美優の|精神制御(マインドコントロール)をしてそこから情報を得ているなら、前を向いている美優には亜夢の行動は見えない。別の方法で見ているか、本人がどこかにいる。亜夢はそう考えた。
「スタンドも、ベンチも、ここから見えるところに人はいないよ」
「スタジアムのテレビ中継室にいるのかも……」
 亜夢は自分で言って、SATの連中と確認済みであることを思い出していた。
 テレビ中継室には誰もいないのに、映像だけ確認することって……
「まさか、ネットで」
 亜夢はそう言うと、SATのリーダーに|思念波(テレパシー)を送る。
『テレビ中継室。外部のネットワークから接続出来ませんか?』
 相手の頭は混乱していた。さっきまで亜夢から|思念波を送っていなかったのに、突然送り込まれてどうしていいのかわからなくなっているのだ。
 亜夢は伝わるようにもう一度問いかける。
『テレビ中継室へは外部ネットワークから接続されていませんか? それが敵のリーダーかも。理解できたら、はい、と思ってください』