亜夢は思い切ってバックスクリーンから飛び降りた。
 非科学的潜在力でアシストして、ゆっくりと音を立てないように着地する。
『止まれ! ヒカジョの小娘。動いたら人質を一人ずつグランドに飛び込ませるぞ』
 やはりこちらの行動は監視されている。亜夢は、もう一度SATのリーダーに問いかける。
『テレビ中継室からの外部送信を遮断してください。出来たら、はい、と思ってください』
 はい、とも、いいえ、とも取れない複雑な思念だけが返される。
 SATのリーダーには非科学的潜在力がない。こちらの|思念波(テレパシー)は伝わっても、相手は返せない。
 何を言いたいのかわからず、もどかしさだけが残る。
 亜夢が何か行動をして、それが敵にバレているのであれば、SATの試みは失敗していて、なんらかの形で監視が続けられているのだ、そう考えるしかない。
 つまり、亜夢は行動し続けるしかないのだ。 
 一歩進むと、首に当てたナイフが首に近づく。
「なんで? どこからこのちいさな動きが確認出来るの?」
 亜夢は声に出しながら、どこから見ているのかを必死に探した。
 人質一人ひとりの精神を乗っ取って、見ているのだろうか。
 同時に複数の人間の思考が流れ込んだら、どうなってしまうのだろう、と亜夢は考えた。
 やどかりの視神経を乗っ取った時でさえ、頭のなかで処理できなくなることもあったのに。
 亜夢は意識を広げて、思念波世界を確認した。
『ここで……』
 人質の動きと、思念波世界での動きを相互に確認し、どの人が、どの思念なのかを推測していく。
『一人ひとりアクセスして、マスターとか呼ばせているテロの首謀者を探し当ててやる』
 亜夢は思念波世界で、誰に向けてではなくそう言った。
 今ここにある世界が次第にわかってくる。
『やめろ』
 人質を特定しようとした寸前、真っ黒いフードをかぶった人物が世界を覆った。
 黒い布が広がり、海のように波打ち、広がっている。
 果てしないその布の真ん中に、目と目の周りだけが見えている。
 亜夢はその海に正対して立っている。いや、亜夢の正面に、垂直の海が広がっている、というべきか。
 どちらに重力が働いているわけではない。それぞれの世界に下が存在している。
『あなたこそ人質を返しなさい』
『お前が守っている人間たちは、非科学的潜在力を持つ者を差別している。私は非科学的潜在力を持つ者を解放するために戦っている。私に従え』
 黒い布の海が、声に反応して振動して波を打つ。
『従わない。人質の自由を奪っているのに、解放もなにもない』
 亜夢の声は、小さく世界に吸収されて行ってしまうようだ。
『この国の者どもが、非科学的潜在力を持つ者の自由を奪っていることは許せない』
『あなたの非情な態度が許せない。必ず見つけ出して倒す』
『ならば、いまこの場で決着をつけてやる』
 亜夢の思念波世界に広がっていた黒い布の海が消えた。
 慌てて現実世界の目を開いた。
 人質の真ん中に立っていた、美優が亜夢の方に振り返った。
 のどに突き立てていたナイフを亜夢の方に向けて構える。
「このナイフは避けれない」
「美優! 目を覚まして」
 |精神制御(マインドコントロール)されている美優が一歩一歩近づいてくる。
 手を伸ばして押し戻すようにしながら、亜夢が言う。
「やめて、美優、止まって」
 美優と亜夢が互いに手を伸ばせば触れることが出来るまで近づいた時、亜夢の方を向けていたナイフが、突然美優ののどの方を向く。
「まさか!」
 一瞬のことで何が起こったか分からなかった。
 亜夢の手には美優の握ったナイフが握られていた。
 亜夢が手を離せば、ナイフが美優ののどへ刺さってしまう。
 亜夢の手から、血が流れ落ちる。