「ごめんなさい。三十分遅れます」
 俺はチーフにあれこれ言う隙を与えずに、言って即、通話を切った。
 俺はおっさんの動きを追った。
 小道に入ると、急に木々が生い茂る場所に出た。鳥居が見えるから、神社だろう。
 スマフォで写真を撮っている観光客のふりをしながら、おっさんの視線の先をみると、前髪を降ろしてメガネをかけた男が立っていた。
 急にメガネの男が膝をつき、手を合わせておっさんに祈るような恰好をする。俺はスマフォで動画をとって、場所を動きながら、おっさんとメガネ男の様子を映した。
 おっさんが手を出すと、男がバックから封筒を渡す。おっさんは封筒の中身を確認したようだ。
 おそらく金を渡したのだろう。
 急にメガネ男の額に手を当てて、目をつぶらせると、おっさんは両手を広げて何か話し始めた。
 観光客は、神事かと思っておっさんのことを映したりしている。おっさんは神主ではないしこれは神事ではない。違法の降霊にちがいない。おっさんは観光客の目も気にせず、どうどうと呪文のように言葉を読み上げ、ポケットから出した白い紙を広げ、メガネ男の頭にのせた。
 気合の入った声が響くと、メガネ男は、背中に何か冷たいものでも入れられたかのようにブルブルと震えた。そして、立ち上がった。
「えっ?」
 なぜか、さっきまでいたはずの観光客らがいなくなっている。俺は慌てて、木の幹に隠れた。
 木の幹から、そっと顔を出してみると、メガネ男はおっさんよりはるかに背が高くなっている。メガネを外して、バックに無造作にしまう。おっさんと強く握手を交わして、立ち去っていく。おっさんはニヤリと笑いながら封筒を自分の懐にしまう。と、急におっさんが俺の方に走ってくる。
 まずい…… バレた。
 幹に隠れて、右に逃げるか、左の低木に隠れてしまうか考えた。
 物凄いスピードで足音がしてきて、低木に隠れる時間はないと判断した。GLPの竜頭を回して『黒王号』にセットする。これで逃げれば時間は稼げるはずだ。
「……」
 いつのまにか通りすぎて、おっさんは、鳥居の方にいた。
「えっ?」
 俺は『黒王号』を呼ぶのをやめ、慌てておっさんの後を追った。
 おっさんは鳥居を出たあたりで肩で息をしながら歩いていて、俺は容易に追いつくことができた。
 どこにいくのか追跡をつづけると、結局『ミラーズ』へ戻ってきた。
 するとおっさんは躊躇せずに店に入った。
 俺はGLPで時間を確認すると、チーフを怒らせるわけにもいかず、追跡をここで終了することにした。
 店の横のビルの入り口から入って、裏口の暗証番号で入る。
「こら、カゲ。なんですぐ切るんだよ」
「す、すみません」
 俺は頭を下げた。そしてすぐに前掛けを着けて準備をつづけた。
「すみませんじゃねぇんだよ。すぐに切らなきゃまだ説明できたんだが、説明聞かずに切ったからな。その罰金を給与から抜いとくからな」
「えっ、働いた時間が少なくなる分が減るだけじゃないってことですか?」
 チーフは机をたたく寸前だった。
 そして、叩いた。
「たりめーだろうが」
 チーフと俺と調理師の人しかいなかったが、場が凍りついように思えた。
「申し訳ありません」
「キャー」
 声がして、調理師の人がホールの様子を見る。
「チーフ、ハゲの変な客が」
 俺はその言葉でさっきのおっさんを思い出した。俺が入る前にここに入っていたはずだ。常連のハゲのおっさん。