調理師の人も、帰り支度を済ませていて、嫌そうな顔を見せたが、ホールを覗いてみてくれた。
「……いないな。チーフはそこで寝てるけど」
「えっ!」
 しまった。降霊師に何か霊を憑けられたのかも知れない。
「だって、井村さん着替えてない」
「知らねぇよ。ホールに女の子は見えねぇぞ。チーフ寝てんだし、お前が確かめろ」
 俺はホールに出て、チーフが真ん中のテーブルに突っ伏して寝ている以外、他人がいないのが分かった。
 そのままVIPルームを開けたが、そこにも誰もいない。
 ホールから裏に戻ってきて、着替え終わった女の子に声をかける。
「井村さん。井村さんを知らない?」
 何人かは首を振る。
 一人が言う。
「チーフが寝ちゃった後、VIPから逃げ出したのを見たよ。制服のままじゃん! って思ったけど、それを追っておっさんが出てきたから、怖くて何も言えなくなっちゃった」
「ありがとう」
 前掛けをはずして、チーフの机に放り投げると、俺は店を飛び出した。
 どっちだ…… どっちに行った? 俺に霊感があれば……
 俺は天を仰いだ。夜の空には、雲が垂れこめていた。
 その時、雲の一部が明るく照らされた。
「ん?」
 あの下で何か雲が明るくなるほどの光が放たれた、ということだ。
 ビルか、車道か…… 俺は考えたがその雲の方向に、光を放つ人工物が思い当たらなかった。つまり、人工物の光ではない。何の光かは分からないが、不自然な光であるということだ。
「一か八か、あの雲の下に行ってみるしかない」
 俺は走った。
 電話番号を聞いておけば良かった。メアドでも、メッセージIDでも、なにか連絡方法を交換しておくべきだった。
 俺は普通の男女が、始めにすることをしていないことを悔やんだ。
 近づいていくと、そこはどうやら公園の中のあたりであることが分かった。
「あれっ?」
 公園は、鉄製の高い門があり、それは既に閉まっている。
 しかし、光は公園内でまだ光ったり、している。
 登れば上って入れないことはないが…… 監視カメラがある。
「もし井村さんとあのおやじだったとして、どうやって入ったんだ?」
 俺は塀沿いに走った。塀の上には鉄の槍のようにとがった先が並んでいる。
 どこかから入れる場所があるのかもしれない。
 しかし、入れる場所は見つからない。
 光は強く、もう、すぐそばで光っている。
「ほら、もう観念してこっちへおいで」
「やめて、近づかないで」
 井村さん、の声じゃないのか。俺は中を見つめる。暗くてよく分からない。
 塀の槍のような先端を飛び越えて、中ににはいるしかない。
「こうなりゃ、やけだ」
 勢いをつけて、走った。
 塀の前で、俺の体は自分の予想以上に跳ね上がった。
「えっ?」
 塀の槍のような部分を軽く超え、体をひねりながら着地する。
「俺、体操選手とかだったっけ?」
 俺は飛び越えた塀を見つめた。身長の倍、はないにせよ、この高さを飛び越えたことなどなかった。
 通りにはロイター板があるわけでもない。跳ねるように飛び越えられた理由がない。