「ありがとうございました」
 その時、派手な音の着信音がなって、橋口さんは手袋を外してスマフォを確認した。
「どうかしました?」
「注文していた鞭(むち)が入荷したみたいね」
 橋口さんが、ニヤリ、と笑った。
「ムチ?」
「黒い火狼(ほろう)に焼かれてしまったのよ。ムチがあれば今日だってこんなに遅くはならなかったし、逃した降霊師も捕まえられたかもしれないわね」
「そんなにすごいんですか」
 訝しげに俺を見てくる。
「勘違いしているかもしれないけど、もちろん、普通の|鞭(むち)じゃないわよ。呪術的な刻印がされている対霊体用の特殊|鞭(むち)なんだから」
「なるほど」
 カチャリ、とバイクのギアを変えると、クラッチを切ってハンドルを開け、ドルン、と大きな音を出した。
「じゃあね」
「おやすみなさい」
 俺は橋口さんが去っていくまでそこで手を振った。
 そして家に帰ると、寝間着にタオルをクビから掛けている冴島さんが迎えてくれた。
「お帰り」
「ただいま」
「……」
 俺がダイニングキッチンの方へ行くと、冴島さんがついてきた。
 椅子に座って、大きくため息をついた。
「お疲れのようね」
「ええ、少し疲れました」
「悪いけど、バイトが重なっちゃったの」
 俺は自分自身を指さした。
「俺のバイトが、ってことですか?」
 冴島さんが、首からかけていたタオルで自身の頭を少し拭った。
「当然でしょ。私はバイトする必要ないもん」
「重なるってことは、新しいバイトですね」
 今、俺は『ミラーズ』というアメリカン・パイレストランのバイトをしている。しかし、今日、追跡していた降霊師を逃してしまったため、近日中にこのバイトは終了せざるを得なかった。
「今度はコンビニね」
「コンビニ……」
 俺が疲れたような声でそう言ったせいか、冴島さんは食器棚のところに行ってカップを取り出そうとする。
「コーヒーのむ?」
「ありがとうございます。飲みます」
 冴島さんが豆をセットすると、コーヒーメーカーがうなりを上げて豆を粉砕し始めた。
「ミルクと砂糖は?」
「両方ください」
 テーブルに一通り準備すると、冴島さんが俺の正面にすわった。
 肘に顎をのせ、こっちを見ている。
「どうしたんですか?」
「コーヒーが入るのを待ってるのよ」
「バイトについて教えてくださいよ。今度はどんなことなんですか」
 冴島さんは話し始めない。
 しばらくすると、コーヒーの香りがしてきた。
 俺は、冴島さんの方は向いてはいたが、井村さんのことをずっと考えていた。
 力があればおっさんの魔の手から救えたに違いない。冴島さんや、橋口さんのように除霊能力を鍛えれば、俺だって井村さんを……
「コーヒー入ったわよ」
「ありがとうございます」