「かげやま、さん?」
 俺の名札を読んだらしい。
「はい」
「どこかでお会いしましたか?」
 俺は首をかしげながら言った。
「そういうことはないと思います。強いて言えば私がバイトを終えて帰る時にすれ違ったことが1回」
 女性は一点の曇りもない笑顔を見せた。
「そう、そうね。いちどここですれ違ったわ!」
 笑いをこらえるようにしばらく口を押えてから、
「ごめんなさい。私だけ名前を知ってしまって。えっと、私は上村杏といいます」
 すべてを袋に入れて、支払いをお願いするところだったが、俺はその名前を聞いて何かとつなげかけていた。
「うえむらあん、さんですか」
 女性はうなずく。俺は自然と顔がほころんでいた。
 その時、何か変な気配に気づいた。周りを見渡すと、店長が店の端から睨んでいる。俺は慌てて金額を告げた。
「千と五十八円になります」
「はい、ちょうどあります」
 商品の袋を渡す時、上村さんが俺の手に触れた。
 ハッとして、目を合わせてしまうと、上村さんは軽くウインクした。
「また来るわね」
 手を胸のあたりで小さく振り、そう言って店を出ていく。
 店長が睨んだまま、近づいてくる。
「ちょいちょい、何やってるの! まったく」
「はい?」
「はい、ぎもんけい、って、その言い方、私をなめてるの?」
 胸倉をつかまれるのか、と思うほど店長は顔を近づけてきた。
「いいえ、なめているとかそんなことはありません」
「いい。お客さまと親しくなるのはリスクがあるんだから、バイトとして、そういうことをやらないでください」
 そう言うと、バックヤードに戻りかけた。
「美人だったから?」
 店長が足を止めた。
「お客様が美人だったからなんですか?」
 こっちに振り返って、またズカズカと近づいてきた。
「そんなわけあるか。お前が客と仲良くなって、変な噂がたったり、お客と仲が悪くなった時どう責任とるんだよ。あの人、近所の客なんだぞ」
 店長もそれくらいのことは考えていたのか、と思い言い返すのを思いとどまった。
 俺は自分の制服をつまみ上げて揺らし、言った。
「バイトとしてじゃなければいいですね」
「ああ、その通りだ」
 店長はバックヤードに入ってしまった。
 俺はそれからしばらく無言で淡々と仕事をこなした。
 すると、またそとの駐車場が騒がしくなった。
 商品を整理するついでに、窓際を回って駐車場を確認する。一人、二人…… いや六人、七人。あ、またやってきた。
 さっきと同じ場所に不良のような男たちが集まって、踵をべったりつけて座っている。
 俺がのぞき込んでいることに気付くと、連中はぞろぞろと店内に入ってくる。
 俺はレジ側に急いで戻る。バックヤードの扉が少し開いた。店長が見ているようだ。
 店内を列をなしてぐるっと回っていくと、各々飲み物や食べ物を一つづつもって並んだ。