放課後、真琴と薫は一緒の帰り道、品川の事を話していた。
「あんなにはっきり掴んだのに、すぐには頭痛にならなかったね」
「何故なのか、とかそいうことをヒカリに聞いた?」
「ごめん、聞かなかった」
「…」
「接触すれば頭痛が起こることは間違いないよね」
「そこは大丈夫な感じだけど。だって前回は、熱があるんじゃないか、っておでこを触ったんだよね」
「今回は手だよ。共通点は接触したってだけ」
「そうだね。触れば良いんじゃないか、っていうのは間違ってなさそうなんだけど」
 何か含みのある言い方だ、と真琴は思った。薫は、これ以外にきっかけを見付けているのかも知れない。
「他になにかある?」
「…前回は直ぐだった。今回は時間が掛かった」
「相手の様子も明らかに違ったよね。品川さんは最初から頭痛だった。今回は、本当かどうかは判らないけど、エントーシアンが支配していた」
「そうだよね。真琴、王子とか言われてたし」
 薫はクスっと笑った。
「やめてよ。傷つくなぁ」
「真琴が以前言っていたのは、ヒカリと真琴が頭の中でぶつかるから、頭が痛くなるんじゃないか、ってことだったよね」
 そんな事を何度か言ったことがある。今でも真琴はそんな風に考えている。だから、品川が頭痛もなくエントーシアンが正面に出てしまっているのだとしたら、かなり状態は悪い。支配される寸前なのかも知れない。
「でも! ボクが触れたら頭痛は起こった」
 その点が救いだ、と思った。
「『王子』状態の品川さんって、やっぱりエントーシアンの支配にあった、と思う?」
「ヒカリもボクの記憶を共有したりするから、ボクを認識することが出来ると思う。ただ、完全に支配出来ていないから『王子』ってなったんじゃないかな」
 そう記憶は覗かれているようだ。その時に頭痛がするのかも知れない。それにしても『王子』は嫌だ。ここは宝塚ではないのだ。
「逆に、触れたことで本人の意識が戻ろうとして頭痛になった、と考えるのは?」
「ボクに何かそんな力がある訳じゃないと思うけど」
「…ヒカリよ」
 薫は人差し指を立てて言った。
「確認は取れないけれど」
「確かに、あの時ヒカリを呼んだ。けどヒカリは何も答えてくれなかった」
「頭痛の時は? ヒカリと言ったい何を話したの?」
 真琴は続きを話そうとしたが、駅についたので話は街についてから、喫茶店で話そう、という事になった。
 真琴は、ヒカリの話しをする時に、『どうせ聞かれても誰も理解出来ないだろうから、いいや』という気になれなかった。薫もそういう事を理解してくれていた。
 街の喫茶店で知っている店は大抵、同じような年代の娘がざわざわと話しをしているので、真琴はそこで話す気になれなかった。それで、薫のスマフォで『寂れたカフェ』で検索してその喫茶店にたどりついた。二人は店の扉を開けたが、客どころか店員も誰もいない感じで、これダメかな、と思った。
「すみません」
 と薫が呼びかけた。
 カウンターから人影が立ち上がるのが見えた。一応、営業しているのだろうか、と思い二人はおそるおそる中に入った。
「やってますか?」
 カウンターから頭少しが出る小柄な老人は、頭を少し下げると右手で奥の席を案内してきた。
 薫はその席にすっと入って行き、真琴もそれに続いた。こういう時、薫は冷静なので何か大丈夫な理由があるに違いない、と思っていた。
 二人が席につくと、カウンターの老人が言った。
「ご注文はいかがなさいます?」
 二人は注文すると、本題に入った。
「ヒカリは、品川はまだ大丈夫。戦え、戦うことで、品川を救うことが出来る、って言ったわ」
「戦うって、お昼のように」
「ボクとヒカリと、品川さんと、品川さんの中にいるエントーシアン。全てがいる場所で決着をつけなきゃならいなんだ、って言って」
「?」
「多分、ボクや品川さんの夢の中のことだと思う」
 薫は、そんな馬鹿な、と思った。
「共通の夢が見れるとでも?」
「そんな感じ。寝ている間中、接触していれば出来るんだと思う」
「え? そのやり方をヒカリは教えてくれなかったの?」
「うん」
 信じられない。鍵も渡さず、動かし方も判らない人間に車で迎えに来い、と言っているようなものだ。薫はめまいがした。
「おまちどうさま」
 注文した飲み物が運ばれてきた。見かけほどよぼよぼではなかったし、服装もきっちりしていて紳士な雰囲気だった。またカウンターの向こうに戻ると、椅子に座るのか分からかったが、姿が見えなくなった。
「で。そのおそらく接触していれば同じ夢がみれるという根拠は?」
「ヒカリとコミュニケーションをとるのは、夢の中で明確に言葉になる時と、何かイメージのようなもので伝わることがあるの」
「良く判らないけど…」
「とにかく、ボクにはぼんやり感じられたんだ」
 真琴にはそう表現するしかなかった。
 その後三十分ほど、ヒカリから伝わったことを薫に話し続けた。
 薫はさすがに聞き疲れたような顔になったが、とにかく、共通の夢を作り出し、そこで戦い、勝つことで敵のエントーシアンを排除することが出来る、ということだった。
 脳細胞はアンテナであり、人の心はあるところから発せられているという事らしかった。それはヒカリと同じように別の世界から発せされている。だが、何かの理由によって『エントーシアン』のように、今ある精神を押しのけて肉体を奪おうとする精神体が現れた。
 ヒカリも同じ精神体なのではないかと思ったが、二人の間では、これまでの経緯から乗っ取る意思はなさそうだ、という結論にはなっていた。
 乗り移る人間には、鍵穴が必要だったが、品川さんに何故鍵穴があいたのか。真琴にヒカリが着いたのと同じく謎だった。
 そして鍵穴を増やすような侵略を食い止めるには、夢の戦いに勝つしかない。
「負けたらどうなるの?」
 薫は聞いたが、真琴はそれに答えなかった。
「それより明日の作戦を」
 薫は一番不安な部分の答えを得られないまま、二人で明日の作戦を練った。今の時点ではそれを考えてはいけない。進むしか他はなかった。
 明日、万一真琴が勝たなかったら?
 万一? どれくらいの確率なの? 本当に負けるのは万に一つ?
 薫には不安が残ったのだった。