薫と真琴の作戦により、品川と真琴は国語の授業を抜け出して保健室にいた。
 真琴の肉体は昼間の保健室で、品川の寝ているベッドにいたが、彼女の精神は暗く、光のない空間にいた。
『ヒカリ! ヒカリ! どうすれば』
 どうして良いのかが分からず、焦っていた。
 しかし、声が闇に吸い込まれたかのように、何の手応えもなかった。
 そんな暗い空間に小さく声が響いた。
『ここは    ここは    …だから    イメー  して  ここ  は  』
 ヒカリの声はさらに小さくなっていく。
『マコト… マコト…』
 真琴は何かを思い出した。何度も何度も経験してきたこと。それは頭痛の度に、味わっていたことだった。
 これは夢だ。
 真琴は思った。
 幼い頃からこの頭痛と戦ってきた。この痛みから逃げる為に何度もしてきたこと。
 それが寝ることであり、夢をみることであった。
『ヒカリ!!』
『マコト!』
 目の前に真琴によく似た女の子が現れた。
『ヒカリ!それでボクはどうすればいいの?品川さんは?品川さんを取り込もうとしている敵はどこ?敵と戦うにはどうすれば良いの?』
 物凄い勢いで喋った。本当に喉を使って発した言葉ならこうは早く言えない。ここは肉体を使用しない世界なのだ。
『落ち着いて。そんなに色々一度に訊かれても答えられない。まずはボク達が勝てる世界を創造すること。これが出来ていないとヤツらにやられてしまう』
『世界を創造するって…』
『創造した世界にヤツらが現れるのを待つしかない。世界が創造できない内に攻め込まれたら、ボク達が乗っ取られる』
『…どうすれば…どうすれば良いの?』
 ヒカリは弱ったような顔をして話すのを止めた。
『いい?大事なことから言い直すよ。…まず落ち着くこと』
 何も予備知識なしでここにつれてきたのは間違いだったのか、とヒカリは思った。このまま何もイメージ出来なかった場合、敵は品川を支配してしまうかもしれない。
『相手を打ちのめして、勝つためのイメージなの。悪を倒す善のイメージ、というか』
『イメージ?何なの?勝つってどういうこと?善って?』
『それをボクに言われても困る。マコトが見ているテレビとかから借りてきても良いんだ。具体的な方がいい』
 何時もみているテレビなんて言ったって、と真琴は考えた。近所の小学生とソフトを貸し借りしているヒーローモノぐらいしかない。
『それでもいい』
『え?』
『ヒーローモノの世界でもいい。相手を悪役にして、マコトがヒーローになればいい』
 女の子だからヒロインでしょ、と真琴は思った。いや、別にここは現実ではないのだから、男の姿を借りても構わないのだが。色々なことを考えたが、時間がなかった。
『分った。とにかく、やってみる!』
 そうだ。とにかくやるしかないのだ。
 真琴はいつも見ているヒーローの世界を思い浮べた。セリフをそらで言えるほど見たものであった。
 町並みの一つ一つの風景を思い出していた。主人公を自分に置き換える。後は事件の依頼人、相棒、そしてバイクだった。これだ。何度も何度も見た映像と同じ中にいる。
『私のカズヤを助けて』
 そう言う依頼人の言葉が映像でリピートされる。
『奴は現れるのか?』
 真琴の相棒が言った。
『おそらくな』
 相棒の姿は真琴が記憶しちている映像とは違って髪が緑色だった。あ、これはヒカリだ、と真琴は思った。
『よし、それじゃ作戦の通りに…』
 そう言うと真っ赤なバイクに跨り、
『行くぜ!』
 真琴はそう言った。映像を見ながら、セリフを真似てみたりしていたが、こんなに思いっきり言うのは初めてだった。気分が昂揚していくのを感じた。
 バイクはスルスルと振動もなく加速した。真琴には現実のバイクに乗った経験がなかったせいかもしれない。まるで飛んでいるかのように加速し、道を曲がっていく。
 山の道を走り、深い谷に掛かる大きな橋の中程で、黒ずくめの、『おなじみの』戦闘員が出てきた。
 真琴はバイクを止めてヘルメットを脱いだ。戦闘員は仕掛けのタイミングを待つように周りを取り囲んできた。
『出たなワローム!』
 本当に自分の記憶の通りに話を進めていた。何度も見たシーンのセリフを間違える訳がなかった。
 声をきっかけにしたように襲いかかってくる戦闘員に、拳を叩き込み、引き戻す動作から肘を食らわせた。
 腕を取られ、正面から殴りかかる敵を、体を持ち上げて蹴り飛ばす。体が降りてくる反動と腕力で、両腕をとっている敵を振り投げた。
 戦闘員達が少し距離を取って離れると、真琴は上着から【ドライバー】を取り出した。
 【ドライバー】をへそのあたりに当てると、【ドライバー】の両脇からベルト状に特殊な金属が伸びてきて腰に装着された。
『へん…しん!』
 全く無意識に、一番好きだった変身ヒーローの声色を真似ていたが、気が付く者はいなかった。
 輝く光の包まれ、体に強化パーツが付けられていく。
 秒も掛からない間に、真琴はヒーローの姿になった。
 バイクから剣を取り外すと、それを素早く横に一閃した。
『悪党にレクイエムはいらない』
 真琴が言うと、剣に切られた戦闘員達が爆発とともに消え去った。
 剣をバイクに収めると、再び跨ってバイクを走らせた。
『順調だね』
 相棒がバイクコンソールにある通信装置から話し掛けてきた。
『ああ、何か罠なんじゃないかと思うくらいだ』
『気を引き締めていけよ』
『ボクを誰だと思ってるんだ』
 自信有り気に答えると、またグイっとバイクは加速した。
 バイクが石切り場のようなところに出ると、ヒーローの姿をした真琴はアクセルを緩めて慎重に進んだ。辺りを確認し、すばやくバイクを降りる。
『このあたりのはずだ』
 もし品川さん、いや品川さんを取り込もうとしてる敵がいるとすれば、この辺りだ。切り残した大きな岩の上から現われたり、突然攻撃を仕掛けてくるはずなのだ。
 バイクから大型の剣を引き抜きながら、その大きな岩の頂きを見つめていた。
『こっちだ、どこを見ている』
 敵は、全く反対側の谷から姿を現した。
『まずいぞ…』
 相棒が直接話し掛けてきた。
『状況をコントロール出来ていない』
 ヒカリは真琴の想像と違うところから敵が現われたことは非常に重大なことだと認識しているようだった。
『多少はそういう事もないと』
 完全にヒーローに成りきっている真琴は強気だ。
『真剣勝負なんだぞ』
 真琴は敵に向って走り始めた。
 近づけさせまいと、戦闘員が出てくるが、振り放った剣の前には一瞬の時間稼ぎにしかならなかった。
『品川さんを返せ!』
 敵との間に遮る敵はいなかったが、さすがに人質を取られていては動けなかった。口では返せ、と言ってみたが相手がそれを聞いて何か取り引きをしてくるとも思えない。このままでは逃げ切られてしまう。時間切れは相手の思う壺だ。
 真琴には打開策が必要だった。
『相棒、あれを寄こせ』
 右手を後ろに回し、ヒカリに武器の転送を要求した。
『それ以上近づいたらこいつの命はないぞ』
 真琴は転送されてきた武器の感触を確かめると
『近づかないさ』
 右手のハンドガンで素早く敵の目を撃ち、
『ここから倒すんだからな』
 敵がひるんだ隙に、品川はヒーローの姿をした真琴の方へ走りだした。
『逃がすか!』
 敵は紅色のじゃがいものような形になり、ゴロゴロと転がりながら品川を追った。真琴はハンドガンで撃ち続けたが、まったく手応えがなかった。
『まずい!』
 品川に体当たりされる直前、真琴が身を呈して食い止めた。
 体が軋むような、いやな感覚が伝わってくる。真琴は拳で叩いたり、膝で蹴ったりするのだが、敵はその丸い形を崩さない。
『相棒!』
 真琴が叫ぶと、再び剣が握られた。
『ディバイド!』
 剣は二つに分かれ、片手で持てるほどの大きさになった。真琴はそのじゃがいものような敵に何度も突き立てた。
 敵は人型にもどると、ヨロヨロと後ずさりした。
『今だ! バレルロール・キック!』
 真琴は高く飛び上がると体を捻りながら弧を描き、敵を蹴り倒した。
『な、ん、だ、と』
 そう言うや否や、敵は爆音とともに粉々に飛び散ってしまった。
『品川さん』
 変身を解いた真琴は、倒れたままの品川に話しかけた。変身を解いた彼女は、不思議とヒーローものの主人公の姿ではなく、自分自身の姿だった。
『え? 新野さん?』
『良かった、無事で』
『相手は完全にいなくなった。これで普通の品川さんに戻るはずだ』
 ヒカリが真琴に話しかけてきた。
『新野さんありがとう』
 品川が体を預けるように抱きついてきた。真琴は電車で鍛えられた足腰でそれを受け止めた。
『良かった。本当に』