ヒカリの気配が消えた。真琴は、自分の頭痛が治まっていることに気がついた。
 勝った。
 近所の小学生とメディア交換したりしてヒーローものを見まくるような趣味がこんなところで発揮されるとは。 
「キリさまのおかげだ」
 キリさま、とは真琴が好きなヒーローの変身前を演じた役者のニックネームだった。記憶するまで何度も見たのは、キリさまが出演している作品でもあるからだった。
 真琴は辺りが急に明るくなるのを感じた。
「新野? 新野さん?」
 すぐそばで声がする。
 体の感覚が夢ではなく現実のものを感じた。顔が少し涼しくなるのを感じたのだ。目を開けて確認するのが怖くなった。明るく感じたのも同じ理由、すなわち布団を捲られたのだ。
「こんな格好で」
 見られた。
 手をつないで寝てるとこ。
 ソッチの気があるとか、誤解されないだろうか??
 真琴は顔が真っ赤になるような感じがした。
「…仲が良いのね」
 真琴はどのタイミングで目を開ければ良いか悩んでいた。起きてしまえば気恥ずかしいので、握っている手も離したいのだが、切っ掛けがなかった。
「新野さん、布団から顔を出したほうが良いよ」
 え、起きてることバレてるの、と思いながらも、身体を伸ばして品川さんと頭が並ぶように姿勢を変えた。ついでに、とばかり、繋いでいた手も離した。
 保健室の先生は、布団をかけ直して整えた。
 しばらく二人の様子を見ているようだったが、やがてパーティションを動かして机に戻り、仕事の続きを始めたようだ。
「変な風に思われなくて良かった…」
 真琴は小さな声でつぶやいた。
 隣で品川が、もぞもぞと寝返りをうった。
「あ、ごめんね」
 品川さんは、まだ起きるような様子ではなかった。
 しばらく横で寝ていたが、真琴は、自分がいてはベットはちょっと狭いな、と思い、そっと布団を抜けて保健室の先生の方へ行った。
「すみません。もう大丈夫なんで、教室戻ります」
「新野さんか。品川さんとは仲良いんだね」
「あ、ちょっと心細かったもんで、一緒に寝てもらっただけです」
「そう。大丈夫なら戻って良いわよ」
 新野がおじぎをして教室に行こうとすると、先生は立ち上がり、
「新野さん。熱を測るのを忘れていたわ」
 椅子に座るように手招きするので、真琴はそこに座り舌下に体温計を入れられた。
 しばらくすると電子音がなり、先生はノートを付け終ると、
「これでよし。行っていいわよ」
 と言った。
 真琴は会釈をして静かに保険室を後にした。
 教室に戻ってみると、まだ国語の授業が続いていた。夢の中の出来事を思い返すと、もっと長い時間の経過があったはずだ。授業が終わっていない事に違和感を覚えた真琴は、薫の横を通る途中、小声で聞いた。
「(何分経ったの)」
「(10分くらいかな)」
「え!」
 真琴は教室の静寂に不釣り合いな大きい声を出してしまった。
「頭痛がおさまったのなら、静かに授業を受けてくださいね」
 そう言われて、思わず立ち止まってしまった。
「すみません」
「新野さん、品川さんはどうしましたか」
「まだ休んでいます。酷くはなさそうですが」
「分りました。それでは新野さん席についてください」
 まるで、何ごともなかったかのように授業が再開された。
 真琴はまるで授業に集中出来なかった。
 ぼーっと、外を見たり、品川からはどういう夢だったのかを考えたりした。
 授業が終わりちょうど休み時間に、体調が戻った品川が教室に帰ってきた。雑談でざわついている教室内で、窓際に立っていた真琴を見つけると、走り寄ってきて言った。
「ありがとう! 良くわからないけど!」
 言うなり品川は体を預けるように、真琴に抱きついた。
「え? 何のこと?」
「どういうこと! 真琴に何するの!」
 そばにいた薫が大声を出すせいで、何か教室内が騒然とし始めた。
「落ち着いて、ね」
 真琴が押し戻すように引き離すと、品川さんは握手をしようと右手を差し出した。
 周りの視線を感じて、真琴は説明するように言った。
「頭痛、治ったんだね。良かったね」
「ああ、そうでしたわね」
 薫が相槌をうった。周りも、ああ、そうか、一緒に保健室行ってたよね、という話しになった。
 真琴も右手を差し出し、握手した。
「ありがとう。なんか助かった」
「いいよ。品川さんが助かってボクも嬉しい」
「あれって夢だよね?」
「そうだね」
「でも、助けてもらったよね。それって間違いないよね? そんで多分、あのままだとヤバかったんだよね?」
「たぶん。ボクも実は良く判ってないんだ」
「あのさ。アドレス渡しとく。今度、新野さんが困った時はアタシが助けるよ」
 真琴は小さな紙を渡された。
 電話番号とメアドが書かれていた。
 登録しようと携帯を取り出すと、
「あれ? スマフォじゃないんだ…」
 品川は少し呆れたような感じで言った。
「そうだよ?」
「真琴、品川さんはおそらく『リンク』でやり取りしたいんだと思うよ」
 品川はうなずいた。
「…無理にスマフォにしなくて良いよ」
 すると薫が
「いいえ。こういうきっかけがないと。真琴。スマフォにしてください」
 薫は、どんどん話しを進め、真琴の母に電話させ直接会話し、真琴の母が休みの次の火曜日にスマフォを買いにいくところまで話しを進めてしまった。
「良かったね、品川さん」
 薫は二人に微笑んだ。
「薫っていつもこんななの?」
「ボクからのコメントは控えるよ」


 次の週の火曜日の放課後、真琴と薫は駅で真琴の母と待ち合わせて、携帯電話のショップに行った。事前に薫が電話で機種を抑えておいたので、機種の選択などに時間は掛からなかったが、手続きで時間がかかった。
 ようやく購入が終わり、店をでた三人は、お茶をしようと有名チェーンの喫茶点を回ったが、どうも席が空いていない。
「あそこにする?」
 真琴は、例のおじいさんがいる店の方を指しながら言った。
「えっ」
「どこどこ、座れるならどこでもいいじゃん!」
 真琴の母は、店を知らなかったが、真琴の指差す方向に歩き始めた。
 以前来た時と同じように、暗い店内に入った。
 やはり客は誰もいない。しかしカウンターに店主なのかおじいさんがいて、何もかもが先週と同じだった。そう考えると店が今も営業出来ていることが不思議な感じさえする。
「確かに、独特な感じね」
「私としてはあまりここを利用したくはないのですが…」
「ボクもあれだけど。しかたないじゃん」
 おじいさんがメニューを持って、カウンターの裏からやって来た。注文を繰り返すと、またカウンターの裏へと消えていった。湯気が見えたり、香りがしてくるので、ちゃんと作っているのだろうが、カウンターの向こう側のことなので、良くわからない。
「これで私の電池が厳しい時でも、替わりに真琴が色々調べたり、予約してくれたりするのよね」
「いや〜 どこまで操作覚えられるかな〜 って感じだよ」
「おばさんの私でも出来るんだから。あんたもこれくらい覚えなさいよ」
「あ、そうだ、品川さんのあれ入れないと。なんだっけ?」
「『リンク』よ。やってあげる」
 薫が真琴のスマフォを『リンク』をインストールした。インストールした状態で真琴にスマフォを戻し、
「起動出来る?」
「ば、馬鹿にしないでよ」
 真琴が色々やっているが起動しない。どうやらタップすれば良いところを長押ししてしまったようだ。
 真琴は肩を震わせながら
「…ゴメン、起動して」
 スマフォを薫に預けた。
「はぁ…こりゃ道のり長いな」
 薫はそう言いながら、起動して初期設定までを終わらせてしまった。
「!」
「どうしたの?」
「真琴が読みなよ」
 そこには品川からのメッセージが書かれていた。
『よろしくね。王子さま』
「キーッ!! 一番最初を取られたけど!! 私もメッセージする!!」
 薫は自分のスマフォで『リンク』を使い、真琴にメッセージを出した。
『私もよろしくお願いします。王子さま』
 スマフォにはそう表示された。
「なに? あんた、あだ名『王子』なの?」
 母にチラ見された真琴は
「もーいや。やっぱスマフォ嫌い!」
 そう言うと、皆が笑った。
 真琴と薫は、もう頭痛のことなど忘れていた。

 一話  完