新野が教室を出ていった後、北御堂薫は教室でスマフォを操作していた。薫の養育係であるメラニーからの連絡を読んだり、塾の通信教育のカリキュラムを進めたり、普段チェックしているファッションブログを読んだりした。一通りやることがなくなって、スマフォをスリープさせたかと思うと、パッと鞄をもち普段通りに下校を始めた。
 さすがに気配はみせないな、と薫は思った。静かにしていれば、逆に相手が動きだし、判るのではないか、と考えたのだった。だが、相手はそこで姿を見せなかった。ということは、暴力的なことをしようと思っている訳ではないのだ、と薫は考えた。
 普段通りに学校の通路を通って駅まで行き、電車に乗った。右にも左にもこちらを凝視しているような者はいない。スマフォとかで視線を変えている人もいなさそうだった。
 終点の街につくと、薫は試してみたい考えが浮かんだ。その考えのままに街を歩いていった。
 北御堂がついた先は、さびれた喫茶店だった。
 ドアを開けると、カウンターごしに頭が見えるか見えないかの背丈のマスターが静かに挨拶した。
 店内には薫以外に客がいない。
 予想通りだった。どうして客がいないのに店が維持出来るのかは判らないのだが、この店には客がいなかった。そして今日も他の客に出会うことなど微塵もおもわないまま、この扉を開けたのだった。
「ブレンドコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
 小柄なマスター、というかお爺さんは、ゆっくりとカウンターの向こうに消えていった。
 いつもと違い、薫は窓際に座った。
 ただ、この喫茶店は窓らしいまどではなく、ガラスのブロックを積み上げたような窓で、クリアに外が見えなかった。
 薫は、頭を上下左右に動かしながら、外で自分を見張っている人間がいないかを確かめた。
 ざっと見渡す限りを見終わると、マスターがブレンドコーヒーを持ってきた。意外と本格的で、良い香りのコーヒーだった。
 ここからじっくり外を監視すれば、相手を特定出来る、と薫は考えた。待っていれば、相手はイチかバチかで入って来るかもしれない。その時はこちらの勝ちだ。誰かに会うフリをして誤魔化すことは出来ない、まさか常連、という訳もないだろう。
 じっくり待っても相手が動かないなら、マスターに話して裏口から出てもよい、それなら尾行を撒けるだろう。
 北御堂はコーヒーを少し口に運びながら、何枚か外の様子を写真にとった。
 長身の女は、北御堂が喫茶店に入るのを見届けると、スマフォの『リンク』で姉に連絡した。応答が返ってきたのだが、果たしてその通りに実行して良いのか悩んだ。
 姉は、店に入って誰に会っているのか確かめろ、だった。さすがに見た感じからして客は少なさそうだし、北御堂と面識はないものの、制服なので同じ学校であることのみならず、学年まで判ってしまう。
 やはり出てくるところを待って確かめるしかない。建物の角から、チラチラと店の入り口を見ながら、姉にメッセージを送った。すると姉は『裏から逃げられたら困るから私もそっちに行く、位置を送って』と返してきた。
「え? 位置??」
 しかたなしに位置を送ろうとしたが、操作が判らずにアレコレとメニューを出したり、地図を出したりしたが、位置が送れずにどんどん混乱してしまった。
 薫は、ゆっくりとコーヒーを飲んでから、今度は角砂糖を一つ入れ、いつ溶け終わるとも判らないほどソっとかき混ぜた。特に砂糖を入れて飲む習慣があったわけでもないが、時間があったので、かき混ぜていれば暇つぶしになると思ったのだった。
 そしてふと、見づらいガラスブロックから外をみると、ビルの角で見覚えのある制服を着た女生徒を見つけた。間違いない、あれが視線の主だ、と薫は思った。見かけた女生徒がかなりの高身長なので、薫の記憶に残っていたのだ。
 スマフォのズームを効かせて、その女生徒の写真をとると、コーヒーは残したまま支払いを済ませ、外に出た。