薫は自分の妄想のなかにいた。真琴の顔がやわらかな肌の上ですやすやと寝ている情景。それは自分のお腹の上にいるかのように変換され、どんどん想像が膨らんでいた。
「北御堂さん」
「はい!」
 急に佐々木ミキの声がして、ビクっと立ち上がった。こんなに過激に反応することなかったのに、と悔しくなった。
 薫は立ちくらみが起こって、エバーマットに膝をつき、再び座りこんでしまった。
「北御堂さん大丈夫ですか」
「ええ、ちょっと立ちくらみが」
「この状態はいつまで続くんでしょう?」
「…あの、そんな時間経ってましたか?」
「そうですね、そう言われるとそんな時間は経ってないんですけど」
 じゃあ、まっとけ、少なくとも私の妄想が一段落つくまで! と薫は思った。
「これは真琴の戦いなので、私達はどうすることも出来ないんです」
 まだ二回目の戦いなのだが…とは言い出せなかった。戦いとしては二度目だが、真琴の頭痛とは数え切れないほど付き合っている。頭痛が終れば必ず真琴が起きてくる。一方的にこちらから終わらせることは出来ないのは、ずっと一緒だ。
 その時、用具室の外で声がした。
「知りません。開けれませんから!」
 何かモメているようだ。
 まずい、と薫は思った。
 外の声を注意して聞いた。
「だから、開けれません」
「練習で使うから、カラーコーンを取るだけだよ!」
「今は開けれません」
 薫は、ここで開けられたら、真琴と上野に変な噂が立ってしまう、と思った。
 突然、隠れていた生徒会長が動いた。
「京町会長」
 ミキが心配そうな声を出した。
「ミキは後ろに立って中を覗かれないようにして」
 まともなこと言うじゃん、と薫は思った。
 ガラっと用具室の扉を開け、京町が外にでると、また扉が閉まった。
「カラーコーンなら、舞台そでのところに移してあります」
「せ、生徒会長?」
「連絡済みのはずですが」
「ああ、そっちにあるの? 判ったよ」
 バスケ部員は舞台そでの方へ走って行った。
「サキ、それぐらい答えないでどうするんです」
「すみません」
「もう少しですから…頼みますよ」
 サキは頷くと、京町はその肩を軽く叩いた。扉を開け、ミキの脇をすり抜けると、扉が閉まった。
「もう大丈夫です」
 京町は薫にそう言うと、また部屋の隅に立った。