その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ: 非科学的潜在力女子

 中谷が扉を閉めると、三人は急いでヘリから離れた。
 三人は小さくなっていくヘリに手を振っていた。
 翌朝、アキナは寮監に呼び出された。
 学校で美優と亜夢がしつこくたずねると、やっとアキナが口を開いた。
「子猫、つれてきちゃったの」
「え~」
 亜夢はアキナのホームセンターでの行動からこんな事じゃないか思っていた。
 やっぱりホームセンターに寄りたがったのは、子猫の為だったのだ。
「けど、個人で飼ったら両側に違反するからダメだって。だから寮監のところで飼ってもらうことになった……」
「そっか。けど、離れ離れにならなくてよかったね」
「うん」
 アキナは笑った。
 学校につくと、クラスの中で人だかりができていた。
 亜夢が一人の肩を叩いてたずねる。
「新しい転校生だって」
「へぇ」
 亜夢がそう言うと、さっと人が捌けて亜夢と転校生の目があった。
「!」
 転校生はイスラムの女性のようで、黒い布を頭からかぶり、目だけが見えていた。
 亜夢はイヤな予感がした。
 テロに加担していた宮下加奈、三崎京子が『マスター』と呼んでいた目だけを見せている人物…… もしかして……
「……ニカーブっていうらしいよ」
「えっ?」
 亜夢は何を言われたか分からなかった。
「あの頭から被っている布のこと。イスラムの女性は外に出るときはあんな恰好なんだって」
 突然、その転校生と目があった。
『よろしく』
 思念波(テレパシー)でそう言われた。亜夢が思念波世界を覗くと、やはりそのニカーブを付けた姿が現れた。
『……』
 返事をしないでいると、思念波世界からはじき出された。
 転校生は亜夢を、じっと見つめていた。
 この娘(こ)がマスターだとしたら……
 亜夢も転校生をいつまでも見つめ返していた。



 終わり

 
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 亜夢が後ろを向いて、美優とアキナの周りの状況を思念波世界で送る。
『ありがと』
 二人も表情を変えずにフードコートの中へ入ってきた。
「ふう……」
「さあ、なに食べようか」
「ラーメンかなー、ヒカジョの周りっておいしいラーメン食べれないし」
「私はミスバーガーがいいな。県内に一軒も無くて泣いたもん」
 アキナがラーメン、美優がバーガー。亜夢もどちらかだとは思っていたのだが……
「じゃあ、私は両方食べる」
「えっ、結構量多いよ?」
 美優が言う。
「けど、ミスバーガーはヘルシーだし」
「じゃ、ラーメンどうすんの?」
 アキナの問いかけに、亜夢は固まる。
「いいの! 食べたいものを食べるの!」



 軍の飛行場につくと、強烈な超能力干渉波で亜夢の顔が歪む。
「あ、キャンセラーは車から出る前に外してね」
「はい」
 アキナも亜夢と同じぐらい、つらそうな顔になる。美優もはずすと、それなりに影響を受けたように目を閉じる。
 車を止めると、中谷が先導してヘリの方に連れていく。
 乗り込むと今度は、VRヘッドセットを着けさせられる。
「西園寺さんは初めてだっけ」
「?」
「えっと、航空機や相当の乗り物に超能力者を載せる場合、VRヘッドセットを着けてもらうことになっているんだ。航空法の……」
「わかりました」
 美優はさっさとVRヘッドセットを付けた。
 亜夢とアキナは、中谷に接続されないように余った接続端子に指を置くと、VRヘッドセットを着けた。
「あれ…… 俺、警戒されてるね」
 亜夢たちは干渉波のノイズで苦しみながらも、楽しいVRの世界に入った。
 そこは、いつもの何もない真夏の島、そして海だった。
 準備が出来ると、ヘリは離陸し、ヒカジョのある場所までの飛行を始めた。
 ヒカジョの校庭上空に来た時は、もう日が落ちていた。
 さすがにVRのなかでも動きつかれた三人は、肩を寄せ合って眠っていた。
「乱橋くん、西園寺くん、森くん! 起きて!」
 中谷が叫ぶ。
 ヘリはすぐ引き返すつもりでプロペラを回している。
「起きて! 起きないと……」
 その瞬間、電気が走ったように三人の体が震えて、ヘッドセットを外し始めた。
「?」
 中谷は不思議そうな顔をする。
 一番先にVR装置をはずした亜夢が言う。
「ダメですよ。変なこと考えたら。すぐわかりますからね」
「えっ、何もしてないよ?」
「しようとしたじゃないですか」
 中谷は顔を真っ赤にした。
 三人がヘリを降り、ヘリに残った中谷に手を振った。
「ありがとうございました」
「元気でね!」
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 以前、亜夢が見た、超能力者だけに見える幻影を仕掛けて置き、カメラで反応を記録するのだ。非科学的潜在力があるかを知る手法であり、超能力者避けでもある。大型商業施設は干渉波だけではなく、そういう対策が併用されることが多いのだ。
「えっと……」
 亜夢が説明すると、半ば聞いた時にアキナはホームセンターへ入っていった。
「アキナ、話は終わってないんだけど!」
「あたし調べたことあるから。それより、おトイレまにあわないのっ!」
 あっという間に、アキナの姿が見えなくなってしまった。
 亜夢は不安になった。
 美優と亜夢もホームセンターに入り、ゆっくりと店内を回りながら、フードコートに近づくと、亜夢は天井からつるされている装置に気が付いた。
 カメラもその装置から少しずれた位置から同じ方向を向いていて、間違いない、と亜夢は思った。亜夢は思い出したように、化粧室へ行くような独り言を言って、美優の手を引いて戻る。
「あそこ、あそのの天井にある。フードコートに入る時に油断する、と思っているのかしら」
 亜夢は指を上に向けて美優に伝える。
「あれか…… 緊張する」
「問題は先に行っちゃったアキナよ。このことをアキナに伝えないと。アキナ、一番近いトイレににはいなかったし」
「メッセージ送っとく?」
「うん」
 美優がスマフォでアキナに幻影装置の位置を知らせた。
「あっ、既読になった」
「どこにいんのよ、あいつ」
 そのまま美優が入力して、アキナの居場所をといかける。
「1Fに降りるエスカレータだって。あそこじゃない?」
 見ていると、アキナが降りてくる。
 二人が駆け寄る。
「どうしたの? 亜夢も美優も」
 さわやかな笑顔でそう言った。
「アキナが心配だったんだよ」
「え~ 大丈夫だよ? 何が見えても、怖がらなければいいんでしょ?」
「……簡単に言えばそうだけど」
 亜夢は思念波世界を使って、以前見せられた足元がなくなるような幻影を、二人に伝えた。
「へぇ。こんなだったんだ」
「こわいね」
「まあ、何かくる、と思って準備しておくしかできないわ」
 三人は互いにうなずいた。
「手をつないでいれば、どうかな」
「感覚から思念波世界を共有するの?」
「うん」
 それなら矛盾した世界を送り込んでくれば互いに比較して、すぐわかるし、一人が実世界を認識できなくなっても、思念波世界で実際の風景を送って補完することも出来る。
「それ、いいね。やろう」
 亜夢が先頭になって三人が手をつないでフードコートの入り口を通過する。
 いきなり、亜夢にはホワイトアウトするようなブリザードが吹き始める。美優は、大きな隕石が正面衝突してくる状況に、アキナは床に大きな穴が開いてそこへ落ちていくイメージ……
『見えてる?』
『先進んで』
 亜夢が一歩、一歩、自然な雰囲気で入っていく。
 亜夢のブリザードはなくなって、クリアな世界が見え始めた。
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 子猫は逃げてしまったのだろうか。亜夢はしばらく考えていたが、干渉波が思考を妨げたせいで、それ以上考えることをやめてしまった。
 中谷のキーボードを叩く音が止まって、ピロリンと音がした。
「おっ、帰りのヘリの連絡がきたよ。お待たせ」
 中谷がパソコンを確認していると、また言った。
「もうこんな時間だ。途中で何か食べてく?」
 アキナがいきなり手を上げて言う。
「あっ、それじゃ、途中にあったホームセンター! 絶対そこがいい!」
 亜夢と美優は顔を見合わせた。
 アキナが同意を求めてくる。
「ね、亜夢も美優もいいでしょ? ね、お願い」
「う、うん」
 中谷は別に何でもいいといった感じで、立ち上がると言った。
「じゃ、さっそく出発しようか。ホームセンターのフードコートだと、混むかもしれないしね」
 署の建物を出て、中谷がどんどんと歩いていく。
 さすがにかなり歩いたので、亜夢が尋ねる。
「どこに行くんですか」
「ああ、ごめんね。清川くんが別の仕事が入ったせいで、私有車に乗ってくことになったんだ」
「中谷さんの車?」
「そうだよ。そこの駐車場」
 亜夢は、銀色の車にパステルカラーで絵が描かれた車を見つけた。その絵には見覚えがあった。
 立ち止まって、中谷に確認する。
「中谷さんの車って、あれですか?」
「そう! よくわかったね」
 いや、分かるよ、パソコンに似た感じシールは張ってあるし、PCの壁紙も、スマフォにもそんな絵があったじゃん。亜夢はあれに乗るとどういう風にみられるのかを考えてゾッとした。
「あの、私、痛車には……」
 美優が突然反応した。
「かわいい! 亜夢、かわいいよ、この車の絵。中谷さんのPCと同じ!」
「美優……」
 亜夢の不安げな表情をみてとったのか、中谷が言う。
「大丈夫、この絵の事が分かる人は同類だから、何も怖いことはないよ。この絵を知らない人が何を言おうが、別に気にならないし」
 亜夢はその考えもどうなの、と思った。大体、窓ガラスに絵がかかっていて、車検が通るのだろうか、しかも警察官が運転するのに…… とかそういう部分も気になった。
「とにかく! 早くホームセンター行こう」
 アキナは、なにか焦っているようだった。
 軍の空港へ行く途中の道で、大きなホームセンターに入った。中谷さんが駐車場所を探していると、アキナが言った。
「ちょっと先にいくから、車止めて」
「えっ?」
「いいから止めて」
 アキナは必死な表情で言った。
 中谷さんはホームセンターへの出入り口近くで車を止めて、アキナと亜夢、美優を降ろした。
「絶対フードコートに居てよ。あと非科学的潜在力の対策しているゲートがあるはずだから、絶対引っ掛からないで」
 中谷さんはすごく緊張した表情だった。
「?」
「乱橋くん、二人に説明しておいて」
「はい」
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 亜夢はアキナから知った事情を、美優に小声で話した。
「かわいそう……」
「アキナ。けど、寮じゃ動物を飼えないよ」
「……」
 アキナはアスファルトをじっと見つめていた。
「清川さんか、中谷さんに言ってなんとかしてもらおうか…… あ、美優の家は?」
 亜夢が美優の方を見る。
「私の家なら…… って、そうだ。ママが動物だめなのよね」
 美優も手を広げて首を振った。
「やっぱり中谷さんか清川さんに頼んでみよう」
 ホテルに戻ってチェックアウトを済ませると、三人は警察署に行った。
 アキナが子猫を抱えていると、警察署の入口で|立哨(りっしょう)している警官に睨まれた。いや、睨んでいないのかも知れなかったが、アキナはそう感じて、身体をよじってカバンの中に子猫を入れた。
「(待っててね)」
 亜夢と美優が署に入ってから、アキナは遅れて署に入った。
 清川さんを呼び出して、取ってあった打ち合わせ室へ向かう。
 打ち合わせ室に入ると、中谷さんが一人奥に座っていてパソコンで何か仕事をしていた。
 清川さんが亜夢の腕をつつく。
 振り返ると、清川が手を後ろで組んで三人の方を見ている。
「それじゃ、ね」
「あれ、空港まで、車の運転するんじゃ?」
「私、別の仕事が入っちゃったの。中谷さんが送ってくれる」
「そうですか。今回もいろいろとありがとうございました」
 亜夢が深々と頭を下げると、美優もアキナも頭を下げた。
 礼を終えると、清川は亜夢のそでをつまんで言った。
「また機会があったら会いたいな」
「えっ、ええ。またいつか会えたらいいですね」
「うんと、そういうんじゃなくて。ほら、連休とかあるじゃん。休みをとって、ヒカジョまで遊びに行ってもいい?」
 亜夢は、一瞬、清川への疑惑が頭をよぎって、素直に返事が出来なかった。
「……あっ、と」
 アキナが右手を差し出して握手した。
「いいですよ。ただ、来る前に連絡くださいね」
「え、ほんと、じゃ、アキナちゃんの連絡先教えて」
 アキナと清川は何かのIDの交換をしている。
 亜夢は思い出したように言った。
「アキナ、そうだ。アレ、アレの事を清川さんに頼んでみたら?」
「……」
 アキナは首を振った。
 亜夢は、アレ、と言ったせいでアキナが気付かなかったと思い、猫のような手で顔を拭くようなしぐさをして見せた。
 それでもアキナは首を振った。
「(どうして?)」
「(もういいの)」
「?」
 アキナは上機嫌で去っていく清川に手を振っていた。
「(もういいって?)」
「……」
 アキナは亜夢の言うことを無視した。
 確かに、抱っこしていたはずの子猫がいない。
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「あっ、あそこ? 今の時間なら、人通りもすくないから、アイドルとかモデルさんみたいな写真が撮れるよ。アキナも行こうよ」
「私はあんまり興味ないけど、二人が行きたいなら、行く」
「じゃ、決まりね」
 朝食を終えて、部屋に戻ると、持ってきた中で一番好きな服装に着替えて、通りにでた。
 スイーツのお店や、小物を売っているお店、有名な店がいっぱい並んでいる。そしてシャッターが閉まっていて、そのシャッターには全面、おしゃれに落書きがしてある。シャッターが閉まっている店のまえで、ポーズを取りながら、写真に撮ってもらう、ということを順番に繰り返していく。時に二人、三人で撮ったり。
「私、出会ったときからずっと思っていたの。美優はやっぱり精錬されてる。そこらのモデルよりもカッコいい」
 美優は周りを見渡し、口の前に指を立てる。
「亜夢、ここらへん、本当にモデルさんとかモデルになりたい娘(こ)とかが通ることがあるから、うかつにそういうこと言わないで」
「ご、ごめん」
「けど、本当に、すんごい綺麗な女(ひと)が通るね」
 とアキナが言う。
「あっ、ほら、あそこ。あそこって、撮影してるんじゃない?」
「亜夢、見に行ってみる?」
「!」
 アキナは何かを感じたようだった。
「亜夢、私は行かない。あと、キャンセラーいらないから、使っていいよ」
 アキナが赤いキャンセラーをはずすと、亜夢に放り投げた。
 亜夢は受け取って、それを頭につける。
「じゃ、ちょっと見に行ってくる」
 亜夢と美優はある店舗の前で撮影している一団の方へ向かっていった。
 アキナは、深刻な表情をして車通りのある道へと小走りで向かっていく。
「どうしたんだろう?」
「……」
 しばらく亜夢もアキナの後ろ姿を見つめていたが、手招きする美優の方へ走っていった。



 亜夢と美優が撮影風景を楽しんだ後、車通りのある方へ行くと、アキナが膝をついて座っているのに気付いた。
「あれ、アキナじゃない?」
「行ってみよう」
 二人が走って近づくと、アキナは何かを抱きかかえて泣いていた。
「アキナ……」
「どうしたの、アキナ」
「……」
 泣いているばかりで、状況が分からない。
「ミィ」
「?」
 亜夢がアキナの抱えているものをみると、それは子猫だった。
 子猫が必死に何かを探していた。
「どうしたの? その子猫」
「……」
「話さないと分からないよ」
 アキナが道路の真ん中あたりを指さした。
 赤い染みが広がっていた。亜夢は、アキナの思念波(テレパシー)を聞いた。
『親猫が死んでしまったんだ。近くにこの子猫が一匹だけ残されていて』
『もしかして、さっきキャンセラーを外したのは?』
『そう。この子猫の声を聞きたかったから』
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「ん~」
 亜夢はアキナの手を少しずらそう、と考えた。もっと気持ちがいい位置に……
「あっ……」
 アキナが、急に亜夢の感じるポイントを探りあてるのと同時に、背中側に体をピッタリ押し付けてきた。
 亜夢は激しい鼓動に連動した自分の息づかいで、さらに自分が興奮していくのが分かった。
 もう、ダメだ…… 美優に気付かれてもいい。美優の胸を触ってしまおう……
 震える手を美優の胸のそばに持っていくと、いきなりその手を引き込まれた。
「えっ?」
 汗ふきタオルと勘違いした、としか思えないような手の動かし方だった。
 違うのは、それはタオルではなく亜夢の手であることだ。
 美優の体の、さわりたかった部分を、なでるように動いていく。
「あっ……」
 美優も自分で当てておきながら、感じてしまったような声を出す。
 亜夢は、いきなり冷静になった。
「もしかして、二人とも覚醒している?」
 亜夢は思念波世界にダイブした。
 かなりの干渉波があって、はっきりと二人を見つけられないが、覚醒していれば、覚醒している姿が見えるはずだった。
 アキナの中では、何かけむくじゃらの抱きまくらにしがみついているのが見えた。
 場所は寮のアキナの部屋、そのもののようにも見えるが、寮部屋にしてはすこし小さくなっている。亜夢はどこが違うかがすぐわかった。同部屋の娘(こ)の机やベッドが省略されているのだ。
 アキナは寝言をいいながら、その抱き枕を揉んだ。
「あん……」
 そうか、これが連動して私の胸に……
 アキナの世界を抜け、亜夢は美優の思念波世界に入っていく。
『ん?』
 美優が裸で寝ていた。
 全身に汗をかいていて、手に持ったタオルで身体をぬぐっていた。
『こっちも現実そのまま』
 美優はそのタオルを股間へと滑らせるところだった。
『えっ…… あの……』
 その後も、亜夢は眠れないようなことばかりが起こった。
 ようやく落ち着いたころ、外は明るくなりはじめていた。
 干渉波は強かったが、夜中じゅう起きていたせいか亜夢は少しの間眠ることが出来た。
 三人はホテルのレストランで朝食をとっていた。
「やっぱり寝相ひどかったね」
「うん、帯以外はズタズタだったけど、へたすると帯も解けそうだったよ。それにしても亜夢は綺麗に寝てたね」
 オレンジジュースを置くと、亜夢が言った。
「ま、私の場合は、あまり寝れてない、ってのもあるけど」
「やっぱり干渉波キャンセラーの外は駄目だった?」
「いや、まぁ、それだけじゃないんだけど」
 亜夢がそう言うと、美優は深刻な面持ちで視線を下げた。
 そして小さい声で言った。
「AKKだっけ。マスターをつぶさないと、またテロを起こされるかもしれないもんね」
 亜夢は、自分より美優の方が真剣に今回の件を考えている、と思って反省した。
 女の子同士とは言え、肌を合わせてしまったせいで興奮して寝れなかった、とは言えなかった。
「……そうだよね。マスターを倒さないと、また同じことが繰り返される訳だもんね」
「まあまあ。亜夢も美優も、食べてるときぐらい楽しく行こうよ」
 亜夢も美優もうなずいた。
 亜夢はのしいこと、で一つ言いたいことがあった。
「そうだ美優、せっかく都心に三人でいるからさ、あそこの通りで写真とろうよ」
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 亜夢はその仕草を見て、ぐぐっとくるものがあった。
 同じシャンプー、同じボディーソープを使って洗い、同じ浴衣を着ているのに、美優からはいい匂いがしてくるような気がする。
 亜夢がふと横をみると、アキナも目をつぶって鼻を近づけている。
 同じことを考えているのか、と思って笑った。
 ここへ来て、疲れが出ていた。キャンセラーをしていなかったせで、亜夢は干渉波の影響を受け疲れが溜まっていたのだ。
 帰りのパトカーでも目を閉じていただけで、亜夢は寝れなかった。
「お風呂も入ったし、ねる?」
 と亜夢が言うと、美優は机に置いてある目覚まし時計を指さす。
「見てよ、まだこんな時間」
「じゃさ、ババ抜きやろうか、ババ抜き」
 結局、亜夢も付き合って、トランプを夜中過ぎまでやってから、眠りについた。
 正確に言うと、美優とアキナは眠りについたのだった。亜夢は寝れなかった。
 間に挟まれていれば、少しは干渉波の影響はすくなくなる、という理屈だったが、亜夢には、その理論が全く当てはまらないほど干渉波の影響が強かった。以前、都心にいた時よりも痛みやノイズの度合いは高くなっているように感じる。
 天井を見つめながら、苦痛に耐えていた。
「うん……」
 声の方を見ると、美優がかけ布団をはいでいた。亜夢は上体を起こして、掛け直そうとした。
「あつい…… よ……」
 美優が布団を蹴ったらしく、白くてきれいな足が、浴衣からはみ出ていた。
 亜夢は美優を起こさないようにそっと浴衣の端をつまみ、足を隠すようにもどした。
 ふとんをもって、枕に頭を戻そうとすると、今度は美優の胸元が気になってしまった。
 もしかして、美優、ブラしてない? 亜夢は思った。もしかして、乾燥機にかけた時からずっと下着を着けていなかったのだろうか。
「ううん……」
 美優が寝返りを繰り返すと、再び亜夢の方を向いた時には胸が見えそうになっていた。
「み、美優って、こんなに寝相が悪かったの?」
 亜夢は美優の体を見ていてドキドキしてきた。
 触りたい、唇でその先端をいじってみたい。亜夢は超能力干渉波のノイズや痛みどころの騒ぎではなくなっていた。
「えっ……」
 布団のなかで、美優が足を絡めてきた。
 すべすべの柔らかい足が、からんで、こすれあった。
「あっ……」
 美優がまた寝返りをしようとして、ふとももが亜夢の方に強くあたってきた。
 勝手に息が荒くなって、亜夢は、それが美優やアキナに聞こえてしまうのが怖かった。自分の口を手で押さえるが、絡まる足の快感に、興奮が収まらなくなってきていた。
 亜夢は自らの足を積極的に動かし、美優のあそこを刺激するように動かした。
 キャンセラーを着けている美優とアキナは、小さい声なら聞こえないだろう、と判断して亜夢は快感に伴う吐息を隠す事をしなくなっていた。
「ああ…… はぁ、はぁ……」
 その時、急に後ろから手を回された。
 アキナの手が、亜夢の浴衣の中に入ってきた。亜夢は下着を着けていたが、アキナは大胆にもその上から揉んできた。
「ほにゃほにゃ…… どうにゃ……」
 亜夢はびっくりしてアキナの顔を見るが、目は閉じていて、寝ているようだった。話していることhばも、寝ぼけていてはっきりしない。
「(アキナ?)」
 亜夢は起きているのか確かめるように言った。アキナの反応はない。まだ亜夢の胸をふにゃふにゃと触っていた。
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「?」
 美優が、自身の不安を語る。
「えっとさ、浴衣って寝相が悪いと、|開(はだ)けそうじゃない?」
「美優、寝相の問題じゃなくない。旅館に行ったら100%朝|開(はだ)けてるんですけど」
「いや、やっぱりそれはアキナの寝相の問題」
 亜夢は二人の浴衣姿、しかも|開(はだ)けた状態のもの…… を想像して口元が緩んだ。
「亜夢?」
「Tシャツ持ってきてるから貸したげるよ。開けても問題ないでしょ?」
「わたし借りる!」
 アキナはTシャツで対策することに疑問を挟む。
「亜夢、それなら浴衣なくてもよくない?」
「足が寒いよ」
「足は…… そうだな、隣で寝てるんだから、くっつければ」
 アキナの言葉で、亜夢の想像はさらに加速した。
 まずい。ただでさえキャンセラーがないから、私だけ寝れそうにないのに…… と亜夢は思った。Tシャツに下は何もつけず、太ももをすり合わせる、なんてことをしたら、私は、イケないことをしてしまいそうだ。そもそもダブルベッドに三人寝るってだけで興奮気味だったのに。
「亜夢、エレベータ来てるよ?」
 亜夢はエレベータに乗っている美優から声を掛けられる。
「あ、ゴメン、ぼーっとしてた」
 美優が言う。
「やっぱり亜夢がキャンセラーつかいなよ」
「だ、大丈夫だよ、そのせいじゃないから」 
「そお…… 無理しないでね」
「うん」
 夜の街に出て、美優の下着を探した。
 下着のお店も何件かあったが、手持ちのお金では買えそうになかった。
「カードもってればなぁ」
「ハツエの家の近所じゃ、カード使える店なんてないもんね」
 美優が|精神制御(マインドコントロール)されたのは、超能力の合宿の為、にハツエを尋ねていた時だった。そこに行く時は、カードは使えないため、持っていなかったのだ。
「けどこんなのがこの金額なんて、ちょっとびっくり」
「ほら、これなんか真っ赤で、ここんとこスケスケだよ。びっくりしだよ。女子がこんなのはく時ってどんな気持ちなの」
「アキナ、ちょっと黙って」
「値段はびっくりじゃないけどさ……」
 美優は一人で残念そうだった。
 そもそも美優はここいらのハイブランドの店で普通に買い物をしている人だったのだ。それなのに|非科学的潜在力(ちから)がつかえるようになった為に、ヒカジョに移ってきたのだ。
「諦めて食事にしよ。食事」
 アキナと亜夢の意見が通って、分厚いステーキを出す店に入った。
 アキナと亜夢でビーフステーキー500gを分け合って平らげ、美優はチキンを食べた。
 三人は満足して、ホテルに戻った。
 順番にお風呂に入り、美優は最後にお風呂に入り、風呂場で肌着を洗ってフロアにある乾燥機を使った。
 美優は戻ってくるなり、亜夢たちに言った。
「なんか、このヘッドフォンと浴衣は似合わないよね」
「そんなことないよな、亜夢」
「うん、それなりに」
「そお?」
 自らの手で袖を引っ張って腕を伸ばし、くるっと回る。
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 キャンセラーをつけている人が、着けていない人のことを考えて心を痛めないように、そうしてもらった方がいいのかもしれない。亜夢はそう思った。
「そ、そうですね。そういうことできますか?」
「中谷さん、ちょっとホテルに電話してみて」
 中谷は不安げな顔をする。
「ダブルの部屋に3人の料金っていけるのかな」
 清川が怒ったように言う。
「出来るかどうかかけてみてから言ってください」
「は、はい」
 中谷がホテルに連絡を取ると部屋は空いていて、それでよければ構わないということだった。
 二人で使う部屋を三人入るため、かなり狭くなることが予想された。
 しかし、運転しながら清川が言う。
「いいなぁ」
 中谷がつまらなそうに答える。
「何が」
「中谷さんのことじゃないです。女子三人でお泊りのことですよ。ねぇ?」
「……」
「あれ?」
 清川がルームミラーを見ると、後ろの三人は寝てしまっていた。



 ホテルに着くと、中谷がホテル側に事情を話す。家出少女とかではない、とか料金は警察署が持つからという話を一通り話した。そして、部屋のキーを亜夢に渡した。
「チェックアウトは10時らしいから、それまでに署に来て俺か、清川くんを呼んで。チェックアウトしたら、ヘリが用意できるまでは署で待機かな」
「はい」
 亜夢の眉間にはしわが寄っていた。
 中谷はそれに気づいたようだった。
「つらい」
「ちょっとキャンセラーに慣れ過ぎた、っていうのもあるかもしれません」
「もう少し作れるように署長に掛け合ってみるよ」
「ありがとうございます」
 三人は手を振る中谷に頭を下げた。
 キーホルダーに刻印してある部屋番号を目指した。
 部屋のあるフロアでエレベータをおり、亜夢とアキナは荷物を抱えているのに、美優には何もなかった。
 アキナが言う。
「あっ、今気づいた、美優の着替え……」
「着替えは大丈夫だよ」
 美優は手を振ってそう答える。
「けど、下着は」
「……がまんするよ」
 以前泊まった時のことを思い出し、亜夢がフロア案内図を指さして言った。
「ほら洗濯は出来るよ。乾燥機も使えるからすぐ乾くし。それとも、今から買いに行く?」
「店開いてるの?」
「開いてるんじゃない? お腹も減ったし」
 亜夢はつらそうに頭に手を当てていたが、一方でお腹にも手を当て、言った。
「いってみるだけ行ってみようよ。高かったら買わなければいいだけだし」
「そうだね」
 部屋に荷物を置くと、三人はそのまま部屋を出た。
「亜夢、部屋着はあれつかうの? 浴衣」
「美優も思った? 浴衣って、ちょっと、あれだね。なんつーか」
 干渉波のせいか、二人の言っている意味がよく分からない亜夢は首をかしげた。
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「以前、私がこっちにきて、アキナと|思念波(テレパシー)で話したことがあったでしょ? 何かズレはあるのよね。距離がどう関係したのかはわからないんだけど」
 亜夢はあごに指を置いてそう言った。
 腰に手をあてて、アキナが返す。
「そうなのか。そんな違和感、わからなかったぞ」
「何かが見えなくなっているのよ。重要ななにか。きっとそれが、|精神制御(マインドコントロール)には重要なファクターなんだわ」
 中谷と清川が、わざと亜夢の視線に入るように近づいてきた。
「お話し中すみませんが……」
「?」
 中谷が説明を始めた。
「ここを出ないといけないんだ。このドームスタジアムを所有者に返さなきゃいけないしね」
 亜夢たちは顔を見合わせた。
 清川が気持ちを察したように言う。
「えっと、あなたたち、今日はヒカジョには帰れないわ。ヘリの手配はしてるけど、早くても明日の午後になりそうよ」
「じゃあ、今日は……」
「みんな一緒の部屋ってわけにはいかないけど、署のホテルに泊まってもらうわ」
 亜夢は人差し指を立てて言った。
「私が泊まったあそこですか?」
「そうそう。あのホテル」
 中谷が手を叩いた。
「はいはい。そういう話は車の中でしようか。さあ、駐車場へいこう」
 亜夢たちは、バックネット近くの出入り口から入って、地下の駐車場へ向かう。
 パトカーにつくと、中谷が助手席に回った。
 美優の暗い表情に気付いたようだった。
「西園寺さん、苦しいかい?」
 テロリストが仕掛けた機械が止まり、超能力干渉波が全開で働きだしているはずだった。
 中谷が手を合わせて言う。
「キャンセラーなんだけど、二人の分で終わりなんだ」
「!」
 亜夢はそれを聞いて、急に白いキャンセラーを外した。
「美優、私の使っていいよ」
「亜夢、だって」
 亜夢は首を振った。
「きっと、美優は|精神制御(マインドコントロール)されているから、これをしていないとまた敵にに狙われるよ」
 それを見ていた中谷が言った。
「キャンセラーをした子が両端に座って、してない子が真ん中にすわると、してなくても多少は楽になると思うよ」
「そうなんですか?」
「じゃ、亜夢先に入って、アキナはそっちから」
 後部座席は運転席後ろにアキナ、真ん中に亜夢、助手席側に美優という順で座った。
 清川が運転席に座ってエンジンをかけると、助手席に座った中谷が聞いた。
 車は署に向かって出発した。
「どう乱橋くん?」
「多少…… は楽かも」
 本当はひどくつらかった。
 中谷は表情から気持ちを察した。
「二人とも、もっと頭を寄せてあげて」
 美優もアキナも亜夢と体を前後させて、耳と耳がつくように頭を寄せてみた。
「どお?」
 頭が痛いのは治らないけど、と亜夢は思った。別の部分がいろいろ触れられて、気持ちよくてうれしい。
 ハンドルを握る清川が提案する。
「ね、ホテルのへや、ダブルベッドの部屋1つにする? 三人で川の字になって寝れば真ん中のひとも寝れるんじゃない?」
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 亜夢は必死に現実世界を見ようとするが、何も感じることが出来ない。
 ただ目の前にいる布をまとった人物を見つめることしかできない。
『その力を、なぜ良いことに使わないんだ』
 布の中に浮かぶ目が、細く疑うような目つきになる。
『では聞くが、お前の非科学的潜在力(ちから)の使い道が良いことなのか、考えたことはあるのか』
『……』
 布が波打ちながら、遠く、小さくなっていく。
『ま、待て!』
 意識を切り替えていないのに、思念波世界が見えなくなっていく。
「あっ!」
 バイクの轟音が聞こえてくる。
 意識がなくなっていたかに見えた七瀬がバイクにまたがっている。
 スタジアムのバックスクリーンにある大きな扉が開き、バイクはそこを走り抜けていった。
「まてっ」
 まるで床に靴が接着しているかのように足が動かない。
「まてっ!」
 バイクが通り過ぎると、扉はゆっくりと閉まっていった。
 完全に扉がしまり、バイクの音も聞こえなくなると、足が急に上がった。
 亜夢はどうしていいかわからず、ずっとバックスクリーンを見つめていた。



 亜夢とアキナはSATに人質全員解放までの話を伝えた。
 かなり長い拘束時間だった。すでに対テロ用情報統制(ICCT)は解けており、テロリスト側の超能力干渉波制御も崩壊していたため、二人は中谷の作ったキャンセラーをつけていた。
「ありがとう。これで報告書は作っておくよ」
「お世話になりました」
「誰も殺さずに済んで良かったよ」
「はい!」
 亜夢は二番目にうれしい言葉をかけられ、笑顔でそう返事をした。
 一番うれしいことは……
「乱橋くん」
 中谷と清川がやってきた。
 二人の後ろから、美優が言った。
「もうSATへの説明は終わったの?」
「美優!」
 中谷と清川の間をすり抜け、亜夢は美優に駆け寄った。
 |精神制御(マインドコントロール)され、ここまで連れてこられた美優を奪還した。亜夢はそれが一番うれしかった。
 抱きしめて、跳ねるように何度もジャンプした。
「ちょっと、亜夢……」
「良かったよ。本当に良かった」
「あの敵の、一瞬の隙をつけたのは本当にすごいよ」
「SATの人が、通信機を切ってくれたおかげだよ」
 美優は首を振る。
「スタジアムのカメラの映像は、ちょっとした補助にすぎないわ。あの一瞬の隙に取り返せるだけ、亜夢の力が上がったってことよ」
「そうなのかな」
 アキナが近づいてきて、言った。
「さっき自分で言ってたじゃない。相手は七瀬をバイクごと回収したんでしょ? それぐらい|精神制御(ちから)が強いってことじゃない」
「そう考えると、たかがカメラの映像を切ったがぐらいで奪い返せたのはすごい疑問だわ」
 アキナも美優も、真剣な顔をして黙ってしまった。
 亜夢はしかたなしに考えて言葉をつないだ。
「もしかすると、遠いところから|精神制御(マインドコントロール)するってことに、根本的な問題があるのかも」
 アキナが言う。
「思念波世界では距離がないんじゃんかったのか?」 
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「そうじゃなきゃ、強力な超能力干渉波キャンセラーね。けど、このドームなら私達もキャンセラーなしのフルパワーだ」
「そもそも私が力を付けたとは思ってないんだな」
「こっちだって、修行してんだよ」
 七瀬はそう言って構えたアキナを挑発する。
「ほら、パーマ。かかってきな」
 クイっと指をまげて、呼び込むようなしぐさをする。
 アキナはそのまま七瀬に向かって走り出してしまった。
「ダメよ。バラバラに戦ったら不利……」
 亜夢が言うが、遅かった。
 拳がぶつかり合い、ヒカジョの力比べが始まっていた。
 大きな音がして、拳がぶつかる寸前で止まる。
 互いの|非科学的潜在力(ちから)をそこに出し切る。
「フン」
 七瀬は急に腕を引き、前のめりになったアキナを軸をずらしてかわす。
 振りかぶった拳を、態勢を崩して突っ込んだアキナの顎に振り下ろす。
 亜夢には、すべてがスローモーションのように見えた。
 が、実際は一瞬だった。
 アキナはスタジアムの人工芝の上に転がされた。
「アキナ!」
 死んではいない。
 思念波世界で覗き見る。アキナは気を失っているだけ、だけど、しばらく動けない。
「さて、あとはあんた一人だ」
『ちがうぞ。亜夢。思い出せ』
 七瀬の後ろにハツエが見えた。
「私の本当のちからかどうか確かめるといい」
 七瀬が走って亜夢へ向かってくる。単純に拳や肉体をアシストしただけでは負ける。亜夢はそう思った。
「ほら、どうした、手も足もでないのか!」
 七瀬は言葉を発しながらも、左、右ストレート、左ローキック、右の回し蹴り、と連続で攻撃を仕掛ける。
 亜夢は腕、足に|非科学的潜在力(ちから)で空気の層を作りながら、受け止める。それでも、ひとつひとつの打撃がおもく、反撃する隙がない。
「マスターのアシストなんて、はじめから……」
 話しながら攻めつける。
 亜夢は左右のフックをしゃがんで避けると七瀬の動きが鈍った。亜夢は立ち上がりざまにサマーソルトキックを狙う。
 亜夢の蹴りが空を切ると、間合いを詰めてきていた七瀬もサマーソルトキックを放つ。
 亜夢も、半身になって蹴りをかわす。
 私が何か七瀬美月より優っているもの。そこで勝負をしないといけない、と亜夢は考えた。けれど、ハツエはそんな事が言いたかったのだろうか……
 いやもしかして『あとはあんたひとり』に対して『違うぞ、亜夢。思い出せ』 と言ったのか?
「くらえっ!」
 亜夢はもう一人いる超能力者の力を借りる。
 次の瞬間、亜夢の指先から電荷が飛び出した。
 雷。
 一面白くなってしまうほど、まばゆい光が発せられた。
 七瀬がもし避けきれなければ…… どうなる? やってしまっておきながら、亜夢は自身の行為に恐怖した。
 主線となる稲妻を七瀬が避けると、スタジアムの人工芝へ落ちる。
 しかし、枝葉の雷が七瀬の腕から入って、足先へ抜ける。
「!」
 七瀬は目を見開いたまま、動きが止まった。
『乱橋亜夢!』
 突然、声が聞こえると亜夢には現実世界が見えなくなった。
 黒い布をまとい、目だけがこちらを睨んでいる。
『七瀬は返してもらう』
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『亜夢? 私、助かったの?』
『気が付いたの? 良かった』
 亜夢は美優を抱きしめると同時に、思念波世界の外を見た。
 人質たちは、手に持ったナイフを手放して、自分の居場所にびっくりしている。
 アキナがバックスクリーンから言った。
「亜夢、あそこで誰か叫んでる」
 見ると、三塁側ベンチにSATの人が出てきて何か叫んでいる。
「(回線を止めた 人質の安全を確認している)」
 やはり何か外部との通信があったのだ、亜夢は現実の美優の頬に口づけした。
 外部の通信で画像を確認し、他人数の|精神制御(マインドコントロール)をしていたのだ。亜夢は考えた。通信がなくなればすべての力を発揮できない。だから、私でも美優を取り戻すことが出来たのだ。
「美優、目を覚まして」
「そこはほおではなくて、ここにすべきじゃないの?」
 美優が唇を指さした。
 亜夢は慌てて弁解する。
「こんなに周囲の目があるから、勘弁して」
 言われてから美優は、周りにいる人質たちに気が付いたようだった。
 亜夢は、非科学的潜在力(ちから)を使って、人質と美優とアキナをグランドに下ろした。
 SATの人の誘導で、人質がグランドの外へと逃げていく。
 亜夢とアキナ、美優は、周りを確かめならが、ゆっくりとグランドを歩いていた。
「私は|精神制御(マインドコントロール)されないと思っていたのに」
「もう少し鍛錬が必要なのかもね」
「また、合宿?」
「いいな。今度は皆で砂浜で遊ぼう」
 亜夢は、美優と奈々の水着姿を思い出していた。
「……うん」
「もうさすがに泳げないわよ。砂浜で遊ぶのは来年ね」
 亜夢は肩を落とした。
 その時、バックネット側から爆音が響いた。
「なに? バイクの音」
「あっ、あそこだ」
 客席の出入り口に、大型バイクの姿があった。
 すると、バイクがスタンドの階段を駆け下りてくる。
 階段の途中で、急に前輪が跳ねたかと思うと、バイクが飛んでネットを超えてきた。
「やばい!」
 コンビニで戦った時は信じられないくらい強かった、と亜夢は思った。アキナと連携が取れれば同等。連携がまずければ一対一の局面を作られて負けてしまう。それと、ここで美優をかばうことになったら、そもそも連携どころではない。
「美優、とにかく下がってて」
「……ん」
 美優はバックスクリーン方向へ走りだした。
「アキナ、一緒にやらないと…… 倒せない」
「わかってる!」
 アキナは右の拳を左手に何度もぶつけていた。
「七瀬美月」
 バイクの女の目元が、軽く引きつったようだ。
「調査結果は正解みたいね」
「名前がわかったらどうだというのだ。知られたところで何も変らない」
 亜夢は一歩前に詰め寄る。
「スタジアムとマスターとの通信は切ったわ。通信が切れたらただのバイク乗りじゃないの?」
「なんのこと?」
「あなたのマスターが|非科学的潜在力(ちから)をアシストできないってこと」
 バイクのスタンドを下ろし、足を大きく外に回しておりる。
「コンビニで負けたのは、私がマスターから力を借りていたからだと思ったの?」
 アキナが前に進み出て言った。
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 坂を上って小さな路地を入っていくと、緑白赤と横に並んだ旗が見える。
『あそこよ』
『美優!』
 手を触れようとして、亜夢はやめた。
 これは…… 私の記憶。美優側の記憶ではないはずだ。
 もしかすると、思念波世界の境界をコントロールされたのかも。
 黒い布の高波に騙されて、美優の側にいたはずが、自分の中に戻されてしまった、ということだ。
 亜夢は進行方向を反転して、黒い布の波を追いかけた。
 黒い布はクラゲのように、広がってはすぼまり、追いつきそうになっては、離れていく。
 どうすれば追いつけるのかわからなかった。
『なぜ……』
 亜夢は分からず、もう一度最初の小さい陸地を目指す。
 すると、黒い布のクラゲが、さっきより近づいてきた。
『……』
 亜夢は慌ててしゃがみ、陸地の裏側へ顔を向けた。
 そこに暗い穴が開いてて、何かが隠れていた。
『美優!』
 闇の中に手を入れると、膝を抱えている人がいた。そのまま手を取って引っ張りだす。
『美優』
 目を閉じた美優がその穴から出てくる。
 完全に体を穴から取り出しているのに、目が開かない。
『美優?』
 亜夢が問いかける。頬をに触れるが、美優の目は覚めない。
『お願いだよ。意識を戻して』
『させるか』
 黒い布から、目だけが見えている人物が立っていた。
『二人とも、この思念波世界に封じ込めてやる』
『あなたに負ける訳ない!』
 布が広がって、亜夢と美優を包み込んでくる。
 亜夢は手をこするようにして布に何かを飛ばした。
『なんてことを……』
『なぜ布にこだわるのか分からないけど、布なら燃やせるわ』
 燃えて、クズになっていく。どんどんもえて、小さくなっていくと思われた瞬間、燃えるスピードより速く、布が広がり始めた。
『燃えている布にくるまれて、ここで終わるのよ』
 周りに燃えている布が迫ってくる。上に逃げても、下に逃げても、布は燃えながら追ってくる。
『美優、目を覚まして』
 亜夢は美優が燃えないように、あっちへこっちへ引っ張りまわさなければならない。
『しかたない』
 亜夢はもう一度手をすり合わせるようにして、火花を飛ばす。さらに布が違う場所からも燃えていく。
『あなたの不利になるのよ』
 確かに布は燃え進んでいくが、一か所目の部分のところへ炎が届くことはなかった。
 広がった炎が、亜夢と美優の逃げ場を削っていった。
『まさか、もう…… だめ……』
 布のくずが周りを覆い、亜夢は足を滑らせた。
 ここに閉じ込められたら、肉体はどうなるのだろう。
 ヤツに支配され、悪事に使われるのか。
 亜夢は怒りがこみ上げてきたが、どうにもならなかった。
『ハツエ! 助けて!』
 布で声が吸い込まれた。
 と、その時、ブロックノイズのように布が消えていく。
 炎も、布も、何もなくなっていく。
『どうしたの……』
 マスターと呼ばれているヤツも、何かを言っているようだったが、音は聞こえてこない。
 そのままブロックノイズの波に飲み込まれると、布と一緒に消えてしまった。
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「一瞬だけ、手の硬化が遅れた……」
『まったく、どうして肝心な時に躊躇するのじゃ』
 金髪の少女が、美優の肩越しに見えた。
『ナイフを押さえるだけに力を使うな、ここを使え』
 ハツエは頭を指さした。
「!」
 亜夢はそのままナイフを握りつぶした。
 そして、美優の手からナイフを奪い取ると、グランドへ投げ捨てた。
「ならば」
 突然、美優の両手が亜夢の首に当てられた。
 亜夢も必死に美優の手を外そうとする。
 今度はナイフではない。素手だ。何かすれば美優が怪我をしてしまう。
 亜夢は我慢して|非科学的潜在力(ちから)を抑えていた。
『進歩がないのう……』 
 そうか。亜夢は思った。接触しているなら、美優の思念波世界にダイブできる。
 小さな陸地。
 亜夢はそこに静かに降り立った。
 自分の足をついたら、他に踏み出せる場所がないような狭い陸地。
 残りはすべて海。波打つ黒い布でできた海。水平線まで真っ黒だった。
 空は真っ白で、すべてがうっすらと光っていた。
『美優!』
 言った声は届かない。海に飲まれてしまう。
『美優っ!』
 さらに大きい声を出すが、独り言のような声に聞こえる。音が吸い込まれるようだった。
『この布だ』
 そうだ、ついさっきも見た。
 この布は、敵のマスターが着ていた服だ。このどこかにあのフードがあり、その中から見ているはずだ。
『……』
 ここに飛び込む。どんな世界になっているのか。布に見えて、液体のようにふるまうかもしれない。亜夢は足を着けてみようとして、その足をひっこめた。
 手で触ってみよう。亜夢は膝を曲げて姿勢を低くする。手が海に届く、と思った時に、海面が遠ざかった。
『……』
 急に、ぐらぐらと陸地が揺れると、水平線の端が高く上がった。
『まさか……』
 持ち上がった黒い布が、こちらに迫ってくる。
 高さが認識できるほど近くなり、亜夢は慌てた。
 布の波の高さが、亜夢の背を何倍も超えている。
 亜夢は布の波の反対を振り向く。
『えっ……』
 反対側も、布が上がっている。高い波。この陸地は、布に挟まれてしまう。
 波が近づいて逃げ場がない、と思った瞬間、亜夢は布の波を飛び越えた。
 黒い布の、高い波の向こう側は、布の端があって、|世界(・・・)|が(・)|切(・)|れていた(・・・・)。
 亜夢は黒い布の波を超えてから、切れた先へ飛び込んだ。
 そこは黒い布の海で隠されていた、海底にあたる部分だった。
 空間を進みながら、亜夢は匂いを感じていた。
 大通りに、ハイブランドが並ぶ中、ガラス張りの店の中にいる美少女。
『美優!』
 亜夢が必死に進むと、ガラスが割れ、そのまま美優の姿が消えてしまった。
『美優!』
 目の前に壁が現れる。
 壁についたバーにつかまり、足を高く上げてる女の子。バレエのレッスンが始まったのだ。
 並んでいる娘たちを追っていくと、亜夢の目を引く娘(こ)が一人。
『美優!』
 亜夢はその壁に近づき、美優にしがみつく。
 美優は淡々とレッスンを続け、亜夢がよりつよく抱きしめると、美優は光の粉のように散って、消えて行った。
『どこなの?』
 次に見えてきたのは、坂だった。
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 亜夢は思い切ってバックスクリーンから飛び降りた。
 非科学的潜在力でアシストして、ゆっくりと音を立てないように着地する。
『止まれ! ヒカジョの小娘。動いたら人質を一人ずつグランドに飛び込ませるぞ』
 やはりこちらの行動は監視されている。亜夢は、もう一度SATのリーダーに問いかける。
『テレビ中継室からの外部送信を遮断してください。出来たら、はい、と思ってください』
 はい、とも、いいえ、とも取れない複雑な思念だけが返される。
 SATのリーダーには非科学的潜在力がない。こちらの|思念波(テレパシー)は伝わっても、相手は返せない。
 何を言いたいのかわからず、もどかしさだけが残る。
 亜夢が何か行動をして、それが敵にバレているのであれば、SATの試みは失敗していて、なんらかの形で監視が続けられているのだ、そう考えるしかない。
 つまり、亜夢は行動し続けるしかないのだ。 
 一歩進むと、首に当てたナイフが首に近づく。
「なんで? どこからこのちいさな動きが確認出来るの?」
 亜夢は声に出しながら、どこから見ているのかを必死に探した。
 人質一人ひとりの精神を乗っ取って、見ているのだろうか。
 同時に複数の人間の思考が流れ込んだら、どうなってしまうのだろう、と亜夢は考えた。
 やどかりの視神経を乗っ取った時でさえ、頭のなかで処理できなくなることもあったのに。
 亜夢は意識を広げて、思念波世界を確認した。
『ここで……』
 人質の動きと、思念波世界での動きを相互に確認し、どの人が、どの思念なのかを推測していく。
『一人ひとりアクセスして、マスターとか呼ばせているテロの首謀者を探し当ててやる』
 亜夢は思念波世界で、誰に向けてではなくそう言った。
 今ここにある世界が次第にわかってくる。
『やめろ』
 人質を特定しようとした寸前、真っ黒いフードをかぶった人物が世界を覆った。
 黒い布が広がり、海のように波打ち、広がっている。
 果てしないその布の真ん中に、目と目の周りだけが見えている。
 亜夢はその海に正対して立っている。いや、亜夢の正面に、垂直の海が広がっている、というべきか。
 どちらに重力が働いているわけではない。それぞれの世界に下が存在している。
『あなたこそ人質を返しなさい』
『お前が守っている人間たちは、非科学的潜在力を持つ者を差別している。私は非科学的潜在力を持つ者を解放するために戦っている。私に従え』
 黒い布の海が、声に反応して振動して波を打つ。
『従わない。人質の自由を奪っているのに、解放もなにもない』
 亜夢の声は、小さく世界に吸収されて行ってしまうようだ。
『この国の者どもが、非科学的潜在力を持つ者の自由を奪っていることは許せない』
『あなたの非情な態度が許せない。必ず見つけ出して倒す』
『ならば、いまこの場で決着をつけてやる』
 亜夢の思念波世界に広がっていた黒い布の海が消えた。
 慌てて現実世界の目を開いた。
 人質の真ん中に立っていた、美優が亜夢の方に振り返った。
 のどに突き立てていたナイフを亜夢の方に向けて構える。
「このナイフは避けれない」
「美優! 目を覚まして」
 |精神制御(マインドコントロール)されている美優が一歩一歩近づいてくる。
 手を伸ばして押し戻すようにしながら、亜夢が言う。
「やめて、美優、止まって」
 美優と亜夢が互いに手を伸ばせば触れることが出来るまで近づいた時、亜夢の方を向けていたナイフが、突然美優ののどの方を向く。
「まさか!」
 一瞬のことで何が起こったか分からなかった。
 亜夢の手には美優の握ったナイフが握られていた。
 亜夢が手を離せば、ナイフが美優ののどへ刺さってしまう。
 亜夢の手から、血が流れ落ちる。
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「自分で自分の行為を変態と認めたことになりますからね」
 言いながら清川は腕を組み、目を伏せてうなずいた。
「だから、絶対にばれないように清川くんの名前で」
 ハンドルをバン、と叩くと、清川は言った。
「私はどうなるんですか? 盗まれたパンツを買い戻す婦警って、どう思われると思ってるんですか?」
「ストレートに考えれば、百合ロリじゃないかな?」
「百合&ロリ」
 清川はなぞるようにそう言う。
 今度は中谷が腕を組み、目を伏せてうなずく。
「う~ん。男のロリより、より変態度合いが増した感があるな」
「絶対にいやです」
「本当は…… 清川くん」
 まさか、油断しかかったところで、証拠をつきつけるのではないか。清川は顔をひきつらせた。
「えっ?」
「この金額出す、っていったらどうする?」
 スマフォの計算機アプリに、かなりの金額が提示される。
「えっ? それマジですか」
 有休を取って、近場の海外旅行か、国内の贅沢旅館をつかう旅が出来そうだった。
「ボーナスの半分を突っ込む形になるな」
 後ろ髪引かれつつも、その為に変態の汚名をかぶることになるわけだ。清川は現実を直視した。
「すこし心が揺らぎますが……」
 中谷は人差し指を立てて、清川を諭すように話し始める。
「そうだな。清川くんの染みつきパンツを乱橋くんのだ、とウソをついてもその金額が手に入るわけだからな」
 真実を知って、ワザと言っているのか、天然なのか、清川には判断がつかなかった。
「な…… なにをいってるんです」
「俺は構わないんだ。差し出したパンツがどう使われるか、と考えればそんなウソは付けないはずだからね」
 清川は『はぁ?』と逆切れ気味に言い返そうとした言葉を、ゆっくりと飲み込む。 
「えっ……」
 中谷は清川の肩をつつく。
「どう? 取引できるかな?」
「……どうつかうか、聞いてもいいですか?」
「XXXを○○○して△△△」
「ぎゃあ!」
 清川は強い嫌悪感とともに、鳥肌が立つのを感じた。
 その時、駐車場に爆音が響いた。
 亜夢とアキナを連れてくる途中に出てきたアメリカンバイクに乗った女が現れた。
「あの女!」
 清川はすばやく車を降りると、迷わず拳銃を抜いて構えた。
「警察よ。さっきの公務執行妨害で同行してもらうわ」
 バイクはクラッチを切って、ドルン、と空ぶかしした。
「止まりなさい! 聞こえないの?」
 中谷が車にパソコンを置いて出てくる。
 中谷も拳銃を抜いていた。
「止まりなさい!」
 撃てないと判断したのか、当たらないと考えたのか、バイクの女は二人を無視してオートドアの方へバイクを走らせる。
 そのままドームスタジアムの通路を入っていき、貨物用のエレベータに乗った。
「待ちなさい!」
 清川と中谷が中に入った時には、エレベータの扉が閉まっていた。
「くそっ!」
「中谷さん、パソコンで連絡して」
「わかった」
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 直後、亜夢は思念波世界の中で、SATのリーダーが、はい、という意思表示をしたことを確認した。
 おそらく方法としてはそれしかない。亜夢はそう考えた。
 SATの人たちならネットワークの解析をするはずだ。すぐに外部からのアクセスを確認し、覗き見ている相手を特定するか、接続を遮断することができるだろう。
 お願い…… 亜夢は祈るような気持ちになった。



 地下の駐車場の車の中で、中谷はノートパソコンを操作していた。
 運転席にいる清川がたずねる。
「そのパソコン、どうやって通信してるんですか? 私のスマフォ、圏外なのに」
「ああ、これ? 携帯電波と警察無線のデータチャネルのハイブリッドだよ」
「よくわからないけど、納得しました」
 よくわからないのに納得できるってことは、興味がないのに質問してきたってことだな。中谷はそう思った。
 若い男女が車中で二人っきり。加えて中谷も、清川も独身だった。
「清川くん。こんな時しか聞けないこと、聞いてもいいかな」
「は、はい…… なんですか」
 清川は何を聞かれるか、と身構えた。
 相手は独身のロリコンだ。襲われる、とは思われないが、前触れもなくコクってくることはあり得る。
 ポケットから清涼系のタブレットを取り出すと、清川はスッと口に含んだ。
「署でさ、あの…… パンツ無くなったって件があったよね」
 ヤバい。この件はヤバい。清川は必死に頭を働かせる。
 あの件が中谷にバレていることはない。
 |絶対にだ(・・・・・・)。清川は中谷がカマをかけている、と判断した。
「えっ、もしかして、中谷さんが犯人なんですか?」
 清川が中谷の顔を指さした。
「なんで俺が。なんで今自白しなきゃならんのだ」
「だって、今しか聞けないことって」
「自白って、聞いてないだろ? 自分が犯人ってのは、自白であって聞いてないでしょ?」
 言いながら、中谷はバタバタと手を振った。
「そうでした」
 中谷は急に落ち着いた様子で、静かに言った。
「無くなったパンツって、乱橋くんのだよね?」
「そうですけど…… 中谷さん、怪しい。怪しさ満開です」
 中谷は清川から顔をそむけて、軽くノビをした。
「俺に譲ってもらえないだろうか」
「はぁ? 誰がっ」
 清川は慌てて口を押えた。 自ら所有していると言ってしまっている、いやそう受け取られてしまう。
「えっ?」
 間を開けてはダメだ、と清川は思った。とにかく話して気を紛らわせる必要がある。
「誰がそんな口きいてるんですか。ロリコンは女子高校生はアウトじゃないんですか」
「誰がロリコンなんだよ。いいじゃないか。若くてかわいい女性のパンツが欲しい。健全な男のあかしだ」
 こっちの誘いに乗ってくれた、と清川は安堵した。
「本人を口説くんじゃくてパンツに行くところが健全じゃないでしょ?」
「三次元の美女に欲情するのは健全だ」
「だからパンツが問題だと」
「三次元ならいいだろうが!」
 中谷の興奮を抑えなければならない。清川はすこし間をおいてから言った。
「二次元の萌絵に欲情していた方が害がないんですけど」
「清川くんが……」
 中谷は清川の両肩にがっしり、手をかけた。
 ビクッと、清川の体が勝手に反応する。
「な、なんですか」
「清川くんが署内の掲示板で買います、って書いてくれないか」
「え?」
 意外な言葉に、そう返すしかできなかった。
「俺の名前で書き込んだら、さすがに署に居られない」
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「(直観、だけどこの上、スタジアムのバックスクリーンなの。確かめておきたくて)」
 二人は階段を上り始める。壁沿いにジグザグに上っていく。
 登り切ったところは暗い空間だったが、少しだけ光が差し込んでいる扉があった。
「(出てみる?)」
 亜夢は扉の取っ手を掴む時、一瞬、躊躇した。
 そして開けると、眼下に広がるのはスタジアムだった。
「うわっ!」
 足場は何もなく、そのまま客席になっていた。後ろから押してくるアキナを腕で受け止めた。
「なっ!」
「アキナ、危ない! 落ちたら……」
 どうやらここはバックスクリーンのすぐ横にある作業用の扉のようだった。下に足場はない。
「亜夢、あれっ!」
 アキナが何を見つけたのか、亜夢もすぐに気が付いた。
 このバックスクリーンの下に、人質と思われる人々が一直線に並んでいた。
 そこは搬入口の門になっている場所で、落ちたら大けがでは済まない高さだった。
 その端ギリギリに、人質が立っている。
「なんだろう、みんな同じポーズしてる?」
 亜夢が言うと、その扉の左に広がる大きなスクリーンに映像が映し出された。
「えっ?」
『ヒカジョの小娘に、SATの諸君。見ているだろうか』
 スタジアムのいたるところにあるスピーカーから音声が流れた。
 音声は個人が特定できないように合成音声で流しているようだ。
『何人か解放していい気になっているようだが、まだ人質はいる。多くても少なくても人の命は同じなのだろう?』
 亜夢バックネット側にもある小さなスクリーンで人質の様子を見た。
「ナイフ。人質全員ナイフを自分の首に突き立てているんだわ」
『私が指示すればすぐに首にナイフを突き立て、落ちるぞ』
「卑怯な!」
 亜夢は間髪入れずに反応した。
 宮下への仕打ちといい、敵は全く容赦しないことを思い出す。
「亜夢、あれ、美優じゃない?」
 慌てて落ちそうになるアキナを腕で押さえる。
 並んで立っている人質の、ちょうど真ん中あたりに見覚えのある黒髪の少女が立っている。
「美優!」
 叫んでも反応はない。亜夢は思念波世界をのぞき込み、美優が首に何かを突き立ていることを感じ取る。
「アキナの言う通りあそこにいるの、美優よ……」
 体を出して、下まで飛び降りようとする。
『止まれ! ヒカジョの小娘』
 亜夢は扉を強く握って、降りるのをこらえた。
「(アキナ、敵には見えているってこと?)」
「(それしか考えられない)」
 アキナと顔を見合わせる。アキナが必死に回りを探る。
 美優の|精神制御(マインドコントロール)をしてそこから情報を得ているなら、前を向いている美優には亜夢の行動は見えない。別の方法で見ているか、本人がどこかにいる。亜夢はそう考えた。
「スタンドも、ベンチも、ここから見えるところに人はいないよ」
「スタジアムのテレビ中継室にいるのかも……」
 亜夢は自分で言って、SATの連中と確認済みであることを思い出していた。
 テレビ中継室には誰もいないのに、映像だけ確認することって……
「まさか、ネットで」
 亜夢はそう言うと、SATのリーダーに|思念波(テレパシー)を送る。
『テレビ中継室。外部のネットワークから接続出来ませんか?』
 相手の頭は混乱していた。さっきまで亜夢から|思念波を送っていなかったのに、突然送り込まれてどうしていいのかわからなくなっているのだ。
 亜夢は伝わるようにもう一度問いかける。
『テレビ中継室へは外部ネットワークから接続されていませんか? それが敵のリーダーかも。理解できたら、はい、と思ってください』
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