その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ: 非科学的潜在力女子

「なんで?」
「亜夢にはいろいろやらされるからな。寮の部屋の掃除とか、教室の掃除とか、プール掃除とか」
「掃除ばっかりじゃない」
「今まで、そういうのじゃんけんで決めてたけど、それをババ抜きにすれば全部あたしが勝ったはず」
「逆に全部負けてたの?」
 と美優が言うと、ゆっくりとアキナはうなずく。
「それもどうなのって思うけど……」
「あっ、美優。馬鹿にした。ゆっとくけどね、一対一のジャンケンは亜夢に勝てないから。めっちゃ動態視力いいのよ」
「動態視力? 見て逆を出すの?」
 美優はあきれたような顔で亜夢を見る。
 亜夢はまだ手元のトランプを見つめている。
 奈々が苦笑いしながら、美優に答える。
「ちょっとずるいよね。けどそれはみんな同じ条件だから……」
「まあ、手の振り方とか癖で見抜くのとかわらない、っちゃ変わらないけど」
 美優は気が付いたように人差し指を立てる。
「あ、じゃあ、ババ抜きだって考えを読めば?」
「それがそうはいかないんだよ」
 アキナが言う。
「私は全然変なことを考えてれば亜夢がいくら読もうとしても読めないのはわかってるから」
「?」
「じゃあ、私達の考えは?」
「伝えようとしているなら読めるかもしれないけど、なんでもかんでも人の考えが分かるわけじゃないのよ」
「へぇ」
 美優は納得したようだった。
 四人は連休を利用して、海沿いの村に行く途中だった。


 話は小林達が襲ってきた翌日に戻る。
 亜夢達四人は、空き地で男たちと喧嘩しているのを通報され、亜夢は校長室に呼び出されていた。
 皺だらけだが、誰より姿勢がいい白髪の老人、非科学的潜在力女子学園の校長はいつものように生徒を叱っていた。
「|非科学的潜在力(ちから)を使って、|超能力(ちから)で解決している限り、君たちはいつまでたっても社会に出ていけない。この片田舎から羽ばたけないんじゃぞ。確かに相手が悪い。復讐のために武器まで持ってきている。だが、それを超えるような武器で対抗してはいけないんじゃ。わかるな?」
「……」
「分かるな?」
 老人の語気が強まった。
「はい」
「声が小さい」
「はい!」
 老人は一人一人に紙を配ると言った。
「そこに反省文を書いてきなさい。反省文を見て、理解していない、と思った者は、もう一度ここに呼びだして説明する」
 亜夢が言う。
「それパワハラ……」
 人差し指を盾て左右に振った。
「違う。これは教育じゃ」
 亜夢は、むすっとして校長を睨んだ。
「亜夢、あれ聞いてみてよ」
 横に座っていた美優がそう言った。
「……」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 美優を|精神制御(マインドコントロール)するヤツの姿を見ている。亜夢はそう確信した。
「奈々、そいつが見えたら近づかないで」
「けど、助けないと美優が可哀そう」
「……」
 急に亜夢は首を掴まれた。
「や、ヤバい。い、息が……」
 亜夢は美優と唇を重ねていた。
 美優の耳を引っ張って亜夢が言う。
「こら。何をする」
 美優はにっこりと笑う。
「感謝の気持ちを体で示しただけだよ」
「ほお。感謝するなら、こっちの奈々に感謝しな」
 亜夢は立ち上がって、奈々を美優に突き出す。
「えっ?」
「ありがと、奈々♡」
 亜夢の足元で女子同士の濃厚なキスがかわされていた。
「連中が起き上がる前に寮に帰ろう」
「はぁい」
 美優と奈々が立ち上がり、空き地を出ていく。亜夢の後に、アキナが出てきて袖を引く。
「どうしたのアキナ?」
「亜夢に感謝の気持ちを体で伝えたい」 
「キスならゴメン」
 亜夢が手を合わせて頭を下げた。
「えっ……」
 それきり、寮に戻るまでアキナはずっとうつむいていた。 



 亜夢、美優、奈々、アキナの四人は、汽車に乗っていた。汽車と言っても、蒸気機関車ではなかった。長距離を移動する列車のことだ。
「トランプ飽きた」
 と美優が言って、手札を膝の上に置いた。
「後、どれくらいかかるの?」
 美優はスマフォで確認する。
「おっ、後一時間を切ったよ」
「え~~」
 美優の絶望的なその声を聞いても奈々は笑顔だった。
「じゃあ、美優、おせんべ食べる?」
「おせんべ糖質でしょ」
「豆もあるよ」
「甘いからおなじよ」
 亜夢は真剣にアキナの手札から一枚を選んでいた。
「……」
 決意したように左から二番目を、勢いよく引き抜く。
 アキナが、ニヤリ、と笑う。
 引き抜いたトランプを持つ手が震えている。
「な、なんで戻ってくるの、あんた……」
 可愛らしい絵柄のジョーカーがそこにあった。
 美優が呆れたように言う。
「こんなにババ抜きやったの初めてだよ」
「わ、私も、こんな屈辱初めてだよ」
 アキナが勝ち誇ったように言う。
「亜夢がこんなにババ抜き弱いとはな。もっと早く知っておけば良かった」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 消えて行かない土埃に男は震えた。
 亜夢が指をさすと、静止していた土埃が意志をもったかのように男をめがけて飛んでいく。
 たまらず目を閉じる男。
「お、おぼえてろ!」
 ろくに開かない目でバイクにまたがり、アクセルを開ける。
「あっ、危ない!」
 段差に気付かず、バイクが転んでしまう。
 さらしの男は路面になげだされる。
 そのまま動かない。
「やばいかな……」
 そう言った瞬間、男はパッと立ち上がって走って逃げて行った。
「ふぅ。これで終わりかな」
 奈々が亜夢の背中にくっついている。
「怖い……」
「奈々。大丈夫だよ、死んでないし、起き上がってきてもすぐやっつけるから」
「違うの。美優の後ろ」
「あっ、美優、大丈夫?」
 倒れたままの美優にかけよる。奈々が、激しく腕を引っ張る。
「どうしたの、奈々?」
「ほら、見えない? 美優のすぐそば」
 回りを見回しながら亜夢は、美優を抱き起す。
「美優、大丈夫?」
 美優が声に反応してゆっくりとまぶたを開けると、亜夢はその瞳の中にいた。
『なに?』
 亜夢はその暗闇の中でそう言った。言ったというより、|思念波(テレパシー)を送った。
『お前は、この前のヒカジョだな。すると、さっきのは違う誰か、ということか』
 亜夢が送られてきた|思念波(テレパシー)の方向を探すと、空間の裂け目に、目だけが見えていた。
『あ、あの時の…… あんた、何が目的なの。もう美優に干渉しないで!』
『目的を聞かれて答えるのは小悪党さ。知りたいなら勝手に調べてみるんだな』
 スッと、裂け目が遠ざかって行く。
 亜夢は走って追いかけるが、近寄る気配もない。
『待て!』
 暗闇がどんどん小さくなり、亜夢が瞳の表面浮かび上がった。
 美優の瞳だけではなく、鼻が見え、髪やあご、おでこが見えてきた。どんどんと上昇して、自らの体に帰ってくる。
「!」
「亜夢、亜夢! しっかりして」
 奈々の声が聞こえた。
「奈々、どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフよ。亜夢が連れていかれるような気がしたから、何度も呼んだのに、まるで意識がないみたいだったから、びっくりして……」
 奈々が亜夢の背中で泣き始めた。
「良かった。帰ってきたのね。良かった」
「……」
 なんだろう、と亜夢は考える。さっきの瞳の中に入った感覚が奈々にも分かったのだろうか。
「ごめん、心配かけて」
「うん、大丈夫。今度は美優」
 念の為、亜夢は美優の鼻と口に頬をよせて、呼吸を感じた。
「美優? 起きて、美優。返事して」
「もうあの人は見えないから大丈夫だと思う」
 亜夢は振り返る。
「奈々?」
 きょとん、とした表情の奈々に亜夢が話しかける。
「奈々が、さっきから見ているのはなに?」
「美優にまとわりついていたの。闇に包まれていて、姿ははっきりしない。亜夢もその闇に包まれ始めたから……」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「なにしやがんだ……」
「無警戒すぎるんだよなぁ…… 相手は超能力者なんだぜ」
 ロン毛は頭に手をあててそう言って、今度は亜夢を睨みつけた。
「けど、仇はとってやるよ」
 亜夢の動きが止められている状態では、このロン毛に勝つ術はなかった。
 今度こそフィニッシュブローを打ってくるだろう。
「美優、亜夢を放して!」
 アキナが叫んで美優に近づこうとすると、バットを振り込んでくる。アキナは寸前で立ち止まり、それを避ける。
「なんでこんな時に|超能力(ちから)を上手く使えないんだろう」
 とアキナはつぶやく。
 次の瞬間、アキナの視界の端を人影が走った。
「奈々!」
「行かせねぇ」
 と、奈々をバットの男が追う。
 一方、ロン毛が踏み込んで左をボディに打ち込むように構えた。
 絶対にフェイントと思われたが、亜夢は二回受けたボディの恐怖を克服できない。
 超能力を使ってボディへの防御を集中させた時、顔にロン毛の右ストレートが見える。
「捕まえたぞ!」
 バット男の腕が、走る奈々の腕を捉えた。
 腕をとられバランスを崩した奈々は頭から倒れていく。
「美優…… 気づいて……」
 奈々の伸ばした指が、かすかに美優に触れる。
「!」
 鈍い音がした。
 ロン毛の腕は一直線に亜夢の頭へ伸びていた。
 ひざから崩れ落ちるように後ろに倒れる。
 しかし、それは亜夢ではない。奈々に触れられた、美優だった。アキナは何があったか分からなかった。
「奈々、美優になにしたの」
 亜夢の腕は、顔の目の前で十字に交差しロン毛の拳を止めていた。
「反撃させてもらうわ」
 ロン毛の口元が引きつったようにみえた。
 そのまま亜夢が腕を伸ばしてロン毛の頭を押さえると、飛び上がって、膝で顔を捉える。
 膝が直接触れないよう、超能力で空気の層を入れて。
 右、続けて、左。
 亜夢はつかまえていたロン毛の頭を放して着地する。
 ロン毛は足がもつれたようになり、ぐるり、と後ろを向いてから、倒れる。
「おい。こいつがどうなってもいいのか」
 バットの男は、奈々の腕をねじりあげ、片手のバットを振りかざしていた。
「どうする気」
「俺の方に来い。こいつでぶん殴ってやる。超能力を使うようなら、この女の腕をこのまま……」
 亜夢の視界にアキナが入ってきた。
 高くジャンプして、ひねりながら回転しそのまま|踵(かかと)を男の頭に落とした。
「……」
 バットが手から落ち、頭を抱えた。奈々は走って亜夢のところにやってくる。
「アキナ、ありがとう」
 亜夢がそう言うと、アキナは手のひらをバットの男の背中に、ドン、と押し付けた。
 男はそのまま突っ伏すように倒れてしまった。
「これでよし」
「く、くらぇ!」
 ぱぁっ、と土埃が舞う。
 亜夢も奈々もその埃の中に立っていた。
「やっと引っかかったか!」
 しかし、埃は静止している。二人は目を見開いたまま、さらしを巻いた男を睨みつけていた。
「なんどやっても分からないのね」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「シッ」
 踏み込むと同時に左が飛んでくる。
 しかし、亜夢は何も超能力を使わないでそれを避けた。
「超能力者ってのは」
 ロン毛は亜夢の右手側に回り込んでくる。
 そしてジャブ。
 今度は手のひらで受け止めるようにするが、手には当たらない。
「こっちの考えを読むのかよ」
 言っている途中で左を打ち込んでくる。
「けどよ」
 左、左、そして右。
「考えが回らないほど、手数を出したらどうなるんだろうな」
 左ジャブ、左、右。そして左。今度は右右。
 亜夢の右手側に回り込みながら、何度も何度も鋭いパンチを繰り出す。
 回りながら下がってそれを避けるが、最後に繰り出してくる右を避ける時間がない。
 亜夢は両手で受け止めるように構える。
 バチッ! と大きな音がなる。
 手の平との間に、厚い空気の層を作って、直撃はまぬかれていたが、それでも亜夢の手は弾かれていた。
「チッ」
 言ってから、ロン毛は少し息を吐いた。
「!」
 亜夢は突然、羽交い絞めにされて、体が動かせなくなった。
「なに?」
「なんだ、手伝ってくれるのか」
「はやくしろ」
「えっ、誰? 美優なの?」
 亜夢を捉えているのは、西園寺美優だった。
「亜夢、美優の目がなんか変」
 奈々が言う。
 亜夢は、コントロールされていた美優とホテルで対峙した時の状況を思い出していた。
「|精神制御(マインドコントロール)なの?」
「なんでもいいや、もらった」
 ロン毛は顔面に打ち込むフェイントをして、腰をいれた強いフックを亜夢のボディに入れた。
「ぐふぅっ」
 顔を警戒した亜夢は、何も超能力防御がないまま成人男子、それも素人とはいえボクサーのパンチをまともに食らってしまった。
 体がくの字に折れるだけでなく、呼吸が止まっていた。
「んはぁ……」
 息をつくと、ロン毛は亜夢の髪を引っ張って顔を持ち上げた。そしてまた顔にパンチを打ち込むフリをして、右手をボディに打ち込んだ。
「グッ……」
 苦痛に歪む唇が震え、体液が漏れて地面を汚す。
「美優、亜夢がやられてんだよ」
 アキナが近づこうとすると、バットをもった男が両手を広げてそれを阻止する。
「いいところじゃねぇか」
「俺にもやらせろ」
 小林がロン毛の男の横に立った。
「俺の|仇(かたき)なんだから」
 ロン毛が退き、小林が大きく振りかぶって亜夢の顔をめがけて拳を振り込む。
 顔面を滑ったかのように拳はすり抜けてしまう。
 亜夢が至近距離に来た小林の股間を膝蹴りする。
「うぉっ!」
 小林は亜夢の足元に転がり、のたうち回る。
 そもそもロン毛のダメージが効いていていて、まともに足を上げれないのだが、カウンターで入ったせいか、思ったよりダメージは大きかったようだ。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 美優はもう覚醒し始めているのかも知れない。
 お尻をつく寸前、亜夢には美優の体が浮いたようにみえた。
「美優、今の……」
「みーつけ」
 男の声だった。
 視線をむけると、空き地の端にバイクに乗ったロン毛の男がいた。つづけて、バイクのエンジン音が聞こえてくる。
「おっ、いるいる。女子四人だぜ」
 そいつは腹にさらしを巻いて、上半身裸だった。
「ちょうどいいな…… って、一人足りねぇじゃねぇか。一人連れてこいって、呼び出させるか」
 半帽に黒いマスクをした男はそう言った。
「ひと|気(け)のないところで見つかるとは都合がいいな」
 そう言ったのはバットを持っている男だった。
「気を付けろ、土管の近くに立ってる女だ」
 その声は灰色のつなぎを来た男……
「……小林」
「えっ、変態とか、痴漢だっていう人?」
 亜夢の声に、美優は慌てて立ち上がる。
「ここに何しに来た」
「わかるだろ。何度も馬鹿にされたままじゃ済まねぇんだよ」
 次々とバイクから降り、男五人は空き地に入ってくる。
「まったく、ヒカジョとは言え、こんなガキどもにビビるなんて」
 バットを持った男が言った。そいつが体つきも一番大きく、態度も大きかった。
 亜夢が男たちの方へ近づいて、左手を伸ばす。
「この|娘(こ)達に手出したら承知しないよ」
「ああ。まずはお前で徹底的に遊んでやるから安心しな」
 バットを振り出して、両手で竹刀のように構えた。
 そして、顎をクイッと動かすと、残りの連中が突っ込んできた。
 さらしを巻いた男が、しゃがんで手を開いて地面に着けていた。
「くらぇ」
 バカは行動する前に声にだしてしまう。
 亜夢は|念動力(テレキネシス)で風を起こし、土埃をそのまま相手に返した。
「ぐはっ、何しやがる」
「バカ、やる前にしゃべるからだ」
 半帽に黒マスクの男は、そう言って棒を突き出してくる。
 亜夢は左右にステップしながら避けると、今度はつくのではなく、水平に振り回し始めた。
 今度は後ろに下がって避けるが、後ろにはアキナや奈々、美優がいる。
 続けて踏み込んで振り回す棒を、亜夢は片手で受けにいく。
 一瞬、手のひらの手前で棒が止まった。
「なにっ?」
 そのまま亜夢は棒を掴んで引き、半帽の男が倒れ込みながら突っ込んでくるところに、右こぶしを振り下ろした。
「ぐぇ……」
 亜夢の拳が当たったか、当たらないかのあたりで男は、地面に突っ伏して、動かなくなった。
「やるね」
 バットを持った男は姿勢を保ったまま、亜夢との間合いを詰めていた。
「くらぇ」
 さらしを巻いた男が両手で土を放った。
 空に飛散した土は、再びさらしを巻いた男の顔面に返された。
「ぐはっ、何しやがる」
「だから、やる前に言うなよ」
 そう言うと、バットを持った男が、次の男に指図した。
 ロン毛の男が、ファイティングポーズをとって前に出てくる。
 フットワークの感じから、ボクシングの心得があることが分かる。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「まるで反重力を使って浮いているように見えた」
「超能力もそういう奇跡の力を使えるわけじゃないの」
 美優は奈々がいないことに気が付いて、あたりを見回した。
 奈々は亜夢の前で腕を合わせ、何かアピールしているようだった。
「すごいよ亜夢、なんかキレが増したみたい」
「そうかな」
「すごいよ、すごい。まるで飛んでいるようだったし」
「ん~、けど。もっと長く遠くとべるよう練習しないとね」
「えらいなぁ、亜夢は」
 美優の視線に気づいたのか、アキナが言った。
「あの二人は、いっつもあんな感じだ」
「あの二人って、出来てんの?」
 美優はアキナを睨みつけるように言った。
「|デキテル(・・・・)って?」
「あそこまでなのか、一線を越えているのか、ってこと」
「えっ? そんなの…… そんなこと…… どんなこと? あるわけないじゃん」
 アキナは視線が定まらず、足がバタバタしている。
「アキナ、女の子同士でも肉体関係はアリだと思う?」
「……そ、そんなこと聞かれても」
 美優はニヤリと笑った。
「私はアリだと思う。現に私、亜夢とラブホに入ったし」
「ラっ……」
 アキナは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
 美優はアキナをほったらかして、亜夢のところに駆け寄った。
「亜夢、すごいね。もう一回見せてよ」
 近くで見ると、すごい汗をかいていて、息も切れていた。
「美優、亜夢はすごいから楽々やっているみたいに見えるけど、これ、簡単な事じゃないんだよ」
 あんただって超能力使えないんだから、わからないだろうが、と美優は思った。
「あ、いいよ。練習だから、やって見せるね」
「ありがとう!」
 美優は亜夢に気付かれないように奈々に『あっかんべー』をした。
「行くよ」
 ゆっくり大きくステップを踏んでから、亜夢が走り出す。
 土管の近くに来ると、飛び上がって、見えない滑り台の上をスライドするように土管に入っていく。
「!」
 確かに細かく土埃が立っている。空気を操っている証拠だ。
 そして亜夢が反対側から出てくると、その周囲の草が巻き上がるように動く。
「空気の流れが……」
 美優に目には亜夢の動きの周りにある、空気の流れが見え始めていた。
 亜夢は鮮やかに空を舞い、再び二人の前に降り立った。
「すごい!」
 奈々がまた駆け寄る。
「私も……」
 美優は奈々のことが気にならなくなっていた。
 見た空気の流れを、自分も作れるかも。そう思って、土管に向かって駆け出していた。
「!」
 美優は飛び上がって、足を前に頬りだすと、そのまま地面にお尻をついてしまった。
「あれ?」
「美優、あなた何やってるの?」
 奈々が言った。
 亜夢は小走りに美優に駆け寄った。
 そして、手を差し伸べ……
「!」
「亜夢、大丈夫。痛くなかったし」
 もしかして、と亜夢は思った。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「それっ!」
 一気にアキナの側の地面からホコリが舞いあがり、落ちていたゴミが竜巻のように巻きながら上昇する。
 そして拳を押し込まれ、アキナがしりもちをついた。
「亜夢が勝った?」
「うん」
「アキナ、大丈夫?」
 亜夢が手を差し伸べる。
 小さく咳をしながら、アキナは差し伸べられた手を掴んで立ち上がる。
「平気平気。ちょっと油断した」
「この前のあれやろうか?」
 亜夢は空き地の端にある土の小山といくつかの土管を指さした。
 一つの土管は小山を突き通すトンネルのようになっていて、もう一つの土管は穴を縦にし、煙突のようにそびえたっていた。
 美優は奈々の袖の先を引っ張った。
「何を始めるのかしら?」
 奈々は何をやるのか知っていたが、答えなかった。
「見てればわかるわ。私、これ好き」
「?」
 アキナが小山に向かって走り始めた。
 ポンと跳ねるように両足でジャンプすると、くるっと一回転し、二メートルほどの高さの土管の端にたった。
 小山を超えて、反対の土管の先に行くと、アキナは手をついて逆立ちし、そして倒れていった。
「えっ?」
 美優は驚いたように口元に手をやった。
 しゅーという音とともに、土管の中を滑空してアキナが飛び出して、着地した。
「わっ」
「あれ、土管があるから体を浮かせられるみたいよ」
 アキナが息を切らせて、小山を離れる。
 すると、亜夢もさっきのアキナと同じように小山に向かって走り出す。  
 そして、そのまま、足から吸い込まれるように土管に入る。
 反対側から飛び出てくると、土管の縁に立ち、跳ねるように飛び上がる。
 オリンピック選手が床で跳躍する高さを軽く超えている。
 そして、いつの間にか半回転して、足を空に向けている。
「あっ……」
 奈々がつぶやくようにそう言った。
 アキナが学校で見せた跳躍と同じ……
 亜夢は飛び上がった頂点でひねりながら、ゆっくりと半回転して、足を下に向けておりてくる。
「スカートはめくれないのね」
 奈々にその声は届かなかった。
 ただうっとりとその跳躍をみていた。
 すぽっ、という擬音がピッタリくるような感覚で、亜夢は縦に向いている土管に収まった。
「えっ? 何、大丈夫?」
 そう言って美優が奈々をつついた。奈々はまだうっとりとした表情のままだった。
「ねぇ、奈々?」
 言った瞬間、亜夢が縦の土管からロケットのように発射された。
 高く高く舞い上がり、何度かひねりこみながら、着地した。
 体操選手のように両手を広げてから、上に掲げた。
 奈々は一人で拍手していた。
 美優はどうしていいかわからず、その光景をみつめていた。
「すごい…… ね」
「綺麗よね」
 アキナが二人のそばに来て、言った。
「説明するけど、私達だって、空を飛べるわけじゃないの」
「えっ、ほぼほぼ飛んでたけど」
「空気の粗密を作って、高く、落ちずに長く、ジャンプしているだけなのよ」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 
 放課後、学校と寮の間にある空き地に、亜夢たち四人が立っていた。
「アキナ、今日は私達だけ?」
「……まあ、いいじゃない。ごちゃごちゃいたって面倒なだけだし」
「……」
 辺りを見て、亜夢は何か考えているようだった。
 アキナは髪を後ろでゴムで止め、鍛錬の準備をした。
「亜夢。ほら、はじめよっか?」
「うん……」
 アキナが右の拳を後ろに引き、左足を踏み込む。
 美優はビックリして叫ぶ。
「亜夢! 危ない!」
「!」
 亜夢は左の拳をアキナに合わせる。
 バン、と派手な音とともに、閃光が走り、二人の姿が見えなくなる。
「亜夢!」
 美優はその光の方へ走り出していた。
 光がおさまると、アキナは突き出した右手をゆっくりと戻す。そして亜夢の姿がないことに気がつき、左右を見回す。
 美優はアキナの前で訴える。   
「アキナ、何したの? 亜夢はどこに行ったの?」
 美優がうつむいて泣きかけた時、アキナは何かを感じて空を見上げた。
「!」
「美優」
 背後から目隠しをされ、ビクッと反応する美優。
「亜夢? 亜夢でしょ? どこにいたの?」
 そっと手を離すと美優は後ろを振り返って亜夢に抱きつく。
 亜夢は指を突き立てて空を見上げる。
「空?」
「アキナの力を利用して自分の体を跳ね上げてみたんだ」
「びっくりしたよ…… もう、倒れたのかと思っちゃった」
 アキナが美優の背中を叩いて、奈々の方を見る。
「あっちに戻ってな。ここにいたら危険だから」
 美優は慌てて奈々の方へ走り去る。
「ちゃんと力比べを見せようよ」
「不意打ちしようとしたのは誰よ」
「……」
 二人は間合いを整えると、右こぶしを引き、左足を踏み込んだ。
「それっ!」
「行けぇ!」
 拳がぶつかったか、と思う瞬間、バチン、と大きな音がして付近の空気が陽炎のように歪んだ。
「なに?」
「これ、|超能力(ちから)比べなのよ」
「押し合いをしているの?」
「実際のところはわからないんだけど、そんなようなものらしいわね」
 奈々も美優と同様に自らの|潜在力(ちから)を使う術を知らない。
 亜夢とアキナがお互い振り込んだ拳同士は、触れ合うことはなかった。
 拳と拳の間に、何か斥力のようなものが働いているようだった。
 亜夢が少し押し込むと、腕を包むようなドーナツ状の空気のゆがみが大きくなった。
「すごい汗……」
 アキナは額に玉の汗をかいている。お互い、足にも力が入っている。本当に拳を中心に、押し合っているのだ。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「あっ、いや、ない訳じゃないんだとおもうんだけど」
「私と同じだ」
 奈々の両手を包み込むように握って、美優は続ける。
「私も|潜在力(ちょうのうりょく)がわからないの。自分では使えないし」
「マジ?」
 似たような境遇に、奈々も興味が湧いたようだった。
「けど、干渉波の中じゃ眠れなくて」
「それは皆同じだよ。非科学的潜在力女子学園(ヒカジョ)に来る生徒はみんなそうだよ」
 この国では非科学的潜在力(ちょうのうりょく)は危険なものとみなされていた。公共交通機関や都市部には、超能力者が|能力(ちから)を発揮できないように、超能力者だけに効果がある干渉波を出力していた。
 人権問題になるため、その事実は公にされていない。だが、能力を持つものは都市部で生きていけないため、自然と干渉波の密度の低いこういった田舎町に移り住むようになっていた。
「不眠症で医者に行くと、検査されて。検査の結果、この学校に転校することを勧められた」
「そうだね。みんなそう」
「だって、学校の名前が『非科学的潜在力女子』って言ってるんだから、みんな|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)があるんだよ」
 四人は顔を見合わせて笑った。

 亜夢、美優、奈々、アキナの四人は同じクラスだった。
 |森明菜(もりあきな)はウエーブした髪が肩まであって、体つきは華奢な感じがするが、目つきは鋭く、一見、不良少女のようだった。念動力や|思念波(テレパシー)が使える。
 |八重洲奈々(やえすなな)は髪型はボブだったが首の後ろは少し刈り上げているくらいのショートボブだった。まだ、自分の|潜在力(ちょうのうりょく)が何なのか、分かっていなかった。
 |西園寺美優(さいおんじみゆ)は髪は長いが、たいていの場合、ポニーテールにしていた。都心の警察署長の娘で、都心に暮らしていたが、家族が美優の能力に気付かない時、テロリストの仲間と思われる超能力者に|精神制御(マインドコントロール)されてしまい、事件を起こした。自ら超能力を使ったことはないが、空間を歪めて銃弾を弾いたり、電撃を放ったりする|潜在力(ちょうのうりょく)があるようだ。
 |乱橋亜夢(らんばしあむ)肩のあたりで切りそろえてあり、大きい瞳は言葉がいらないほど気持ちを伝えている。空気を扱うことに長けているが、体を硬化させたり、|思念波(テレパシー)も使える。
 学校はそういう非科学的潜在力を持った生徒を集めて教育していた。
 この国では超能力者にだけ影響のある超能力干渉波を使って、都心から超能力者を排除していた。学園長がその事態を憂い、その子らに救いの手を差し伸べるとともに、教育の場を与えることが目的だった。
 学園に、|潜在力(ちから)を伸ばすような授業はなかった。
 卒業して、歳をとるに従い、|潜在力(ちから)がなくなっていくのが一般的だった。|潜在力(ちから)がなくなると、干渉波の影響を受けずに生活できるようになる。つまり、|潜在力(ちから)を伸ばすことは彼女達に有利にならないのだ。
 干渉波の下では生活できない生徒を助け、教育をする。
 卒業後もしばらくはこの田舎でくらし、やがて|潜在力(ちから)を失うにつれ様々な街へと散らばっていく。
 亜夢は言った。
「みんな、そうやって超能力が使えたことを忘れていくんだ」
 美優は不思議そうに亜夢の顔を見ていた。
「それは幸せなことじゃないの? 私、年齢が上がれば|潜在力(ちから)がなくなる、なんて初めて知った」
「そうかも知れないけど。私はイヤ」
 アキナがうなずいた。
「クラスの中でも一部の|娘(こ)は私と同じ考えを持っているの。そういう|娘(こ)達で放課後、|潜在力(ちから)を強くするために自主練してるのよ」
「美優もくる?」
「……」
 美優は奈々を振り返った。
 奈々はとまどったような表情を見せた。
「奈々も見学はしているのよ」
「じゃ、見学してみる」



このエントリーをはてなブックマークに追加


あらすじ

乱橋亜夢は超能力が使える女子高校生だった。都市部では超能力者にのみ影響を与える干渉波で守られており、超能力者は地方へ追いやられていた。地方には、そんな超能力者を集め、教育をして社会に送り出そうという非科学的潜在力女子学園(略してヒカジョ)に、ある事件をきっかけに、都市部からの転校生、西園寺美優がやってきた。


登場人物

乱橋亜夢 : ヒカジョの生徒
八重洲奈々 : 亜夢の友人。超能力が使えるらしいが、どんなことができるかわからない。
西園寺美優 : 都心での事件に巻き込まれた亜夢の友達。超能力はあるが、自らは使えない。
森明菜 : 亜夢と一緒に超能力の訓練をしている。





 非科学的潜在力女子2


 さして高くない山々に丘、何を作っているのか分からない、雑草だらけのぼんやりとした田畑。たまに通る車は、軽のトラックか、農業用のトラクターだった。のんびりした田舎町、と言えば印象がいいが、それは刺激がない、変化がないということを意味していた。
 そんな閑散とした街、いや村の風景に、突然、大勢の女子高校生の流れがあった。
 制服を着た女子の行列は、学校と、その近くにある同じぐらいの大きさの寮の間に発生する。
 おそらく、男はこれに奇妙な興奮を覚えたのだろう。
 二人で並んで歩いている女子高校生の後ろをつけはじめた。
 男に気が付いた女生徒が「気持ち悪いね」と言ったのが聞こえたかどうかはわからないが、急に女生徒を追い越し、前に回ると、いきなり立ち止まって灰色の服のチャックを下げ、ごそごそと何かを取り出した。
「キャー」
 男はその声にひるまず、そのままズカズカと歩み寄り、女生徒の手を取ると、自分の股間へ引き寄せた。
「いゃぁ!」
 声に反応して、一人の女生徒が男性を突き飛ばす。
 いや、それは正確な表現ではない。
 |手を触れずに(・・・・・・)男を吹き飛ばした。
「美優、大丈夫だった?」
「き、キモかった…… 急に跳ね上がってきたし」
 亜夢は飛び込んでくる美優を抱きしめた。  
「お、お前……」
 灰色の服の男は、亜夢を知っているようだった。
 亜夢も、男の顔をみて言った。
「あっ、あんた、もしかして、小林じゃないの?」
 亜夢の後ろから、ひょい、と顔をだした奈々が確認する。
「ほんとだ」
「アキナ、小林って捕まったんじゃなかったの?」
 前方を歩いていたウエーブの髪の女生徒が、振り返る。
「えっ?」
 亜夢と奈々が小林を指さす。
「あれ? こいつなら、ちゃんと警察に引き渡したよ」
 アキナがゆっくりと道を戻ってくる。
「あっ、お前……」
 逃げ場を失った小林は車道側に下りた。
 そして、パパッと走って道の反対側にわたる。
「覚えてろよ」
 亜夢たちに背中を向けて、出していたものをしまうと、学校と反対側へ走って逃げて行ってしまった。
「……なんなの?」
 美優が言うと、
「変態ね」
「チカンよ」
「露出狂」
 全員が顔を見合わせ、一瞬の間があってから笑顔を見せた。
「つーか警察はなにやってるのよ」
「学校でナイフ使って人質とったりしたんだから、刑務所いきじゃないの?」
「そうだよね」
「ああいう変態が野放しなのは怖いね」
 美優が震えるように言った。
「ほんと怖い」
「大丈夫」
 亜夢が美優の体を引き寄せてそう言った。
「私達が守るから。ね?」
「まかしといて」
 とアキナが言った。奈々は口元に人差し指を当てて言った。
「えっと…… 私は|潜在力(ちょうのうりょく)ないけど、応援する」
「えっ?」
 美優は、興味を持ったように奈々を見つめた。 
このエントリーをはてなブックマークに追加

 黙ってしまって切れかけた話しを奈々がつなぐ。
「じゃあさ、その亜夢が怖くなるほどの人間が、都心にはいるってこと?」
「!」
 亜夢は想像して、寒気がしていた。
 力を集中させ、銃弾を弾く能力…… |思念波(テレパシー)で|精神制御(マインドコントロール)するテロリスト。
 超能力干渉波によって守られているはずの都心部に、もっとも強力な超能力者が隠れている可能性がある。
「どうしたの亜夢。顔色悪いよ」
「ちょっと思い出しちゃった」
「その弾丸を弾いた|娘(こ)のこと? かわいい子なんでしょ」
「それはそうなんだけど……」
 本当にこっちに戻ってきてよかったのだろうか。亜夢は思った。
 事件が解決したわけではないのに。
「あっ、こんな時間。連ドラマ始まるよ」
 奈々がそういうと、皆で部屋を出て、寮の食堂へと移動した。
 そうだ、と亜夢は思った。|思念波(テレパシー)で美優の力を操れるならば、そいつがどこにいても、美優がどこにいても、捉えてしまう。だから、美優に|精神制御(マインドコントロール)を防御する術を教えなければ、きっとまた利用される。それを出来ることができるのは、この国にはきっとここ…… ヒカジョ、しかない。
「私。間違っていた」
「?」
「どうしたの、亜夢」
 亜夢はアキナの声は聞こえていたが、反応できなかった。
 西園寺所長の家のキャンセラーを外すのはかわいそう、というのは違う。キャンセラーを外し、テロリストと戦う覚悟をもたなければ、また美優は利用されてしまうのだろう。
 亜夢は立ち止まって、廊下の窓から夜空を見た。
 その空の下にいるであろう、美優を思っていた。
「……」
 
 
 
 翌日、亜夢のクラスは午前の授業が終わり、各々が、お弁当を出したり、学食へダッシュしようと教室の扉を開けようとしていた。その時、担任が割り込んできた。
「すまんすまん、席に戻って、少し話しを聞いてくれ」
 ガタガタと聞こえていた音が、一瞬止まった。
 そして、あちこちからブツブツと文句が出る。
「先生、お弁当食べてからじゃダメだったの?」
「A定がなくなっちゃうよ~」
「TPOを考えろって、このま先生いってたじゃん」
 文句をいいながらも、皆、ぞろぞろと席に戻っていく。
「……」
 席でつっぷしていた亜夢は、何かを感じ取って、先生の横をじっと見てた。教室の外に…… 誰かいる。
「!」
 うっすらと扉に映る影に、亜夢は反応した。
「乱橋! こらっ、立ち上がるな」
 担任の言葉を完全に無視して、その扉を開けた。
「美優!」
 開けた扉の先には、都心の学校の制服のままの美優が立っていた。
「亜夢!」
 二人は飛びつくように抱き合った。
「なんで?」
「お父様が、転校しなさいって…… 亜夢、亜夢の学校って、|ここ(ヒカジョ)だったのね!」
「そうなの…… 黙っていてごめんね」
「確かに言いづらいよね。けど…… よかった。一人じゃなくて」
 美優は亜夢の顔を見つめながら涙を流した。
「よろしく。亜夢」
「こちらこそよろしく」



 終わり
 
このエントリーをはてなブックマークに追加

 中谷が口を開く。
「署長。我々は、あの、乱橋さんには確認したいことが……」
「メールでも電話でも、確認だけなら、やりようがあるだろう。|都心(こっち)にいると超能力者には負担が大きいと聞く」
 おそらく署長は美優の超能力に何となく気付いているんじゃないか、と亜夢は思う。
 中谷は署長にキャンセラーのことは言い出せず、上げかけた手のやり場に困ったようだった。
「いいな?」
「はい」
 清川と中谷はそう答えると同時に、姿勢を正した。
 
 
 
 陽が傾きかけたころ、亜夢は軍の飛行場にいた。
 加山は別件があってこれず、清川は業務上、ヘリには乗れなかった。中谷が一人、非科学的潜在力女子学園までヘリの旅についてくることになっていた。
 激しい超能力干渉波のせいで、亜夢は顔をしかめていた。
「つらいかい? キャンセラーは、大ぴらになるとまずいから、持ってこれなかったんだ」
「きついけど、だいじょうぶです」
「ヘリに乗れば、またあの南国の楽園さ」
「今回は、中谷さんは出てこなくていいですから」
「ああ。これ以上乱橋君に迷惑かけるわけにはいかないからね」
「……」
 亜夢は少し拍子抜けした。
 調子にのってまたこっちのVR世界に入ってくるだろう、と思っていたからだ。
 用意されたヘリに乗り込むと、亜夢はVRゴーグルをつけられた。
「規則だからね」
「はい」
 超能力者を航空機に搭乗させる場合、安全な飛行の為と他の乗客の安全を守るために超能力者にVRゴーグルをさせる決まりがあった。超能力者に起こる心の不安や、同様が航空機の安全に影響があるからだ。VRゴーグルは、それらをシャットダウンし、心の平静を保つためのものだった。
 中谷が亜夢の付けたVRゴーグルのスイッチを入れると、目の前に南の国の映像が現れた。
 左を見ても、右をみても、透明度の高い海と白い砂浜、青い海、青い空がどこまでも広がっている。
「ちゃんと見えてる?」
「はい」
 中谷はパイロットに合図すると、爆音とともにヘリは上空へと飛び立つ。
 亜夢の頭の中には、目に見える南国の楽園ではなく、美優の姿があった。
「さようなら、美優」
 もう会うこともないだろう。



「そうなんだ、いいなぁ、私もいってみたいな」
 奈々がそうつぶやいた。寮の部屋で、亜夢は美優と出会った、ブランドショップの並ぶ大通りのことを話していた。
「私も、もう次はないかな」
「えっ、亜夢なんかやらかしたの?」
「そういうわけじゃないけど。きっと次は別の人がよばれるんじゃない?」
 あの署長がもう一度自分を呼ぶわけがない、と亜夢は思っていた。
「けどいいなぁ。昔の記憶しかないけど…… 私も都心に戻りたい」
 アキナもうらやましそうに言った。
「結構怖い目にも会ったって、聞いてた?」
「まぁ、それは…… 亜夢だからさ。それはなんとかなったんでしょ」
「どういう意味よ」
「まえ、校長室の前通った時にさ、校長先生の思考を読んで、亜夢の|能力(レベル)のことを知っちゃたんだ」
「?」
「学校で五本の指に入るって。他がだれかまではわからなかったけど」
 亜夢は自身の鼻を人差し指で押さえた。
「私が? 学校で?」
「そうだよ、みんなそう思ってたけど、亜夢はすごいんだよ。特別なの」
「……」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「とにかく、本人に気付かれないようにしてください」
 手を合わせて亜夢が言う。
「そうだね」
 二人はそう答えた。
「あと、キャンセラーの話です」
「超能力干渉波キャンセラーは普通は誰もしらないはずなんだが」
 クルリ、と指を回して、このホテルにも仕掛けてあったことを示し、清川が言う。
「だって、ここについてたじゃない。他に知っているひとがいるってことでしょ?」
「中谷さん、西園寺所長の自宅をしらべて欲しいんです」
「探して、キャンセラーを外してくれってことだね?」
「いや、あるかないかだけ分かればいいです。外したら」
 亜夢には複雑な思いがあった。
 キャンセラーをそのままにすれば、美優は自分が超能力者だと気づかないまま、また|心理操作(マインドコントロール)されてしまう。
 しかし、キャンセラーをはずせば…… おそらく今の家には暮らせないだろう。不眠症で病院に行き、超能力鑑定に掛けられる。判定が出れば、亜夢のように家族と離れて暮らすことになってしまう。それでは美優がかわいそうだ。
「外したら美優がかわいそう」
「……」
 清川は何か考えるように黙って前方を見据えていた。
 中谷が口を開く。
「もしあの|娘(こ)が超能力者なら、いつか分かってしまうことなんだよ。遅いか早いかの問題だ。それに、キャンセラーは違法装置だ」
「じゃあ、なんでこれは使っていいんですか」
 亜夢は|白いヘッドホン(キャンセラー)を手にとって突き出した。
「捜査協力の間、内緒でつかってるだけさ」
「私の代わりに、美優にこれをあげてください」
 諦めたように首を振り、中谷が答える。
「無理を言わないでくれ。これは署でしかるべき管理をするんだ」
 亜夢の瞳から涙がこぼれ落ちた。
 清川がなぐさめる。
「亜夢ちゃん。美優だってそんなに弱くないわ。家族とはなればなれになったって、ちゃんとやっていけるわよ」
「……けど」
 中谷がつぶやくように言った。
「はやく我が国も超能力者に対する差別をなくさないと」
 三人が署に戻ると、加山とともに署長に呼び出され、亜夢が呼ばれた元の事件である警察官障害事件の調査は別の担当者が引き継ぐことになったと告げられた。事件の映像に映っていたのは署長の娘である美優であった。署長は、美優が|思念波(テレパシー)により|精神制御(マインドコントロール)されていたという報告を至急まとめるように清川と中谷に指示した。
 今回の|精神制御(マインドコントロール)は遠隔からの|思念波(テレパシー)によるものであり、証拠になるようなものがまるでなく、あくまで亜夢の見立てでしかないのだが、とにかくそのように記述することを求められた。
「真の犯人を捕まえるにはまだ時間がかかる。乱橋君にずっと協力を仰ぐわけにはいかない」
 署長はそう言うとポンと加山の肩を叩いた。
「加山、ごくろうだったな。引き継ぎが終わったらこの件からはずれてくれたまえ。清川も、中谷も報告書の作成が終わったらおしまいだ。今までの業務にもどってくれ」
 署長は亜夢の目の前にきて、右手を差し出す。
 亜夢が手を差し出すと、左手を重ねてくる。
「乱橋君。本当にご苦労だった。美優を助けてくれたそうじゃないか…… 本当に感謝している」
 署長が最初からどこまでわかっていたのか、加山に何を指示したのかはわからなった。
 だが、美優の無実がわかった為か、喜んでいるのは事実のようだった。
「ありがとう。今日にでも帰れるようにヘリを準備させる」
「えっ?」
 清川と中谷が驚いたような顔をする。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 亜夢が説明するのことに、美優は激しく同意している。
「そうそう。なんでわかるの?」
「ここは大丈夫だけど、ここに車で結構酷かった?」
「うん。外にでると結構酷いよ。以前は家にいるときも駄目だったけど、助けてやるって言われてから数日たつと、ぐっすり眠れるようになったの」
 亜夢は大きくうなずいた。
「清川さん、西園寺さんの家に中谷さんを向かわせて、超能力干渉波キャンセラーがないか調査した方がいいかも」
「えっ?」
 言われた清川が戸惑った。
 『超能力干渉波』の意味を考えた美優も戸惑い気味に言う。
「私、超能力者? なの?」
「あっ!」
 亜夢は立ち上がり、両手を開いて黒板を消すかのように大きく振り回した。
「違う違う。いまの忘れて」
「えっ? えっ?」
 清川が亜夢の脇腹をつついてくる。
「(中谷さんはどうするの? 行かせるの?)」
「(後で話します)」
 亜夢は美優に向き直って、繰り返す。
「うん。わかったありがとうね、美優。もしかしたらまた何か聞くかもしれないけど。今日はここらへんでね。明日、時間があったら遊ぼうよ」
「う、うん……」
 美優を押し出すようにして、母の方へ連れていく。
「ご協力ありがとうございました」
「今日、美優にした事、夫に話しときますからね。しかるべき処分をしてもらいますから」
「お母さま、美優のお友達にそんなこと言わないで」
「なに言ってるの。友達でもけじめは必要なのよ」
 亜夢は二人に深くおじぎをした。
「ご協力ありがとうございました」
 いつの間にか清川もとなりでお辞儀をしていた。
「ふん」
 激しく息を吐き、美優を引っ張って帰っていった。



 企業トップが捕まった状態で、新サービスは副社長以下が代理でプレゼンをして終わった。
 発表会が終わった後、清川の運転する車に亜夢と中谷は乗った。
「弾丸を弾けるほどの能力がある、ということです」
「そうなんだ、西園寺所長の娘が」
「そうなんです……」
 亜夢は詳しい仕組みを語った。
 美優が本人は気づいていないが、潜在的に超能力者であること。それを利用して|思念波(テレパシー)を使った|心理制御(マインドコントロール)されてしまっていること。何度か|思念波(テレパシー)で対話することで個人を識別できるようになる。つまり覚えられた個人とは狙って|思念波(テレパシー)を交換することが可能になるということだった。テロのを企ている連中の中に、|思念波(テレパシー)を使った|心理制御(マインドコントロール)が得意な人がいる、と清川と中谷に説明した。
「これは重要なことなのですが、美優には自身が超能力者であることは伝えていません」
「えっ、だってさっき」
 清川は亜夢を指さす。
 すこしうつむいて亜夢は答える。
「……あれ、気づかれたでしょうか?」
「鈍感じゃない人ならね」
 間に入って中谷が言う。
「けど、今聞いた内容は言ってないんだろう? 本人の力で超能力が使えないんだから、自分が超能力者だ、なんて気づかないよ。超能力者だから|思念波(テレパシー)でコントロールされていて、コントロールされているからあんなすごい超能力を使えているんだ、と説明を受けないと」
「う~ん。どうかな?」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 スッと黒い人影が消えた。
『……』
 美優が、手を広げて駆け寄ってくる。
「亜夢!」
 意識を取り戻した美優は、そう言って亜夢に飛びついた。
 抱きとめると亜夢はぐるりと体を回して喜びを伝えた。
「ありがとう、亜夢!」
「良かった! 戻ったのね美優!」
「怖かったの。以前もこんなことになって……」
「それなんだけど、ちょっと詳しく聞かせてほしいの」
「あ…… あれ?」
 足が震え始め、美優は反りかえるように倒れていく。いそいで亜夢が抱きかかえる。
「あいつに抵抗するからかなり力を使ったのね」
 美優が使った超能力は美優の中に存在する力だ。
 あれだけの超能力を使えば、体中のエネルギーがなくなったようになるだろう。
 亜夢は以前乗っ取られた状態が、例の警官を巻き込んだ事件だったのではないか、と考えた。
 清川を捕まえて、一緒に美優の話を聞くことにした。
 ホテルのロビーで座って話を聞きくと、自宅にいた美優がコンビニに行こうと家を出た瞬間に、意識が飛んだ、ということだった。意識が戻った時は美優の父親の腕の中だったという。
「全然聞いてなかったけど、美優のお父さんって……」
 ありったけのシロップを注ぎ込んだ甘いアイスティーを飲み終わると、美優が答える。
「えっと…… 私の父、実は警察署長なの」
「え? もしかして、あなた西園寺署長の娘?」
 清川の言葉に、美優はうなずく。
「こ、これは失礼しました」
 頭をテーブルにこすりつけんばかりに清川が頭を下げる。
「……」
 そして何か思いついたように手のひらを叩く。
「あっ! 加山さん、もしかしてこのことを知っていたんじゃ……」
 亜夢も清川を指さして言う。
「違いないです! しかも、犯人が美優だ、と思っていたのかも。署長の娘である美優をかばうつもりだったんだ。それなら犯人を隠そうとするのも納得がいく。私が最初の映像で、男と決めつけてミスリードしようとした|理由(わけ)も」
「?」
 美優は何を話しているか分からずに、キョトンとした顔をしている。
「なんでもないの。美優が悪いことないのよ」
「それより、亜夢、あの支配してくるヤツ、あいつを捕まえないと」
 清川は懸命にメモを取っていた。
「何も見えなくなって、自分が自分でなくなるような。悲しいことしか思い浮かばなくなって、ものすごくつらい」
「……美優は、どこかでその人と会ったことはない?」
 亜夢は清川に今回の容疑者の写真を見せるように耳打ちした。
「例えばこの中にいる人とか、その傍にいた人とか」
「……」
 美優は首をかしげる。
「いないと思う…… 私、直接会ったことない」
「そう。他に何か手がかりになるようなこと、ない?」
 口元で指を動かし、言うのをためらいながらも、美優は口を開いた。
「私を支配してくる人なんだけど、私を救ってもくれたのよ」
「救ってくれた?」
「そう。私、体調が悪いことが続いて、どこからかものすごいもやもやしたものが頭に響いてね。寝れなくなったの」
「……」
「この人が話しかけて来て、寝れないって話すと、助けてやるって言って」
「美優、あなた、もしかして…… そのもやもやした時って、こう聞こえてはない音が聞こえて、見えてはいないモノが映ってこう、寝れないというか」
このエントリーをはてなブックマークに追加

 驚いた美優の母は彼女に触れようとする。
 美優は、スッと手をかざし、母親を壁際のソファーへ飛ばす。
 母親は座ったか、と思うと目を閉じてしまった。
『死ネ』
 左右にステップを踏み、指から発せられる雷を避ける。
「君、どうした!」
「危ない!」
 急に飛び出してきた警官に雷が走る。
 亜夢は慌てて手をかざして、警官を吹き飛ばす。
 雷をかわすことができた警官は、無線で応援を呼ぶ。
 近くにいた刑事や警官が美優の周りに現れる。
「そこの女、電撃をやめないと撃つぞ!」
「やめて!」
 と亜夢は叫んだ。
「……」
 美優は『撃つ』と言って銃を構えた刑事に手をかざす。
「やめて!!!」
 刑事は美優が電撃を出すのを待たずに、躊躇なく引き金を引いた。
 アシストを全開にして美優へ走るが、どうがんばっても亜夢は追いつけない。
 美優に当たった、と思った瞬間、キンっと音がして、美優の足元に着弾した。
「!」
 監視カメラ映像から何度も再生した映像が、亜夢の頭に蘇っていた。
「これって、まさか……」
 最初から追っていた犯人が、美優だったなんて…… 亜夢は目を見開いていたが、見える事実を受け止められずにいた。
「違う!」
 叫ぶと同時に、|思念波(テレパシー)を美優に投げかけた。
『美優、どこにいるの!』
 目に移る美優は、指先から何本もの雷を放ち、再び発砲した弾丸を弾いている。
『美優! 私よ、亜夢だよ! 出てきて!』
 力の限り|思念波(テレパシー)を注ぎ込むと、美優の中に動くものがあった。
『亜夢、私……』
 亜夢の頭の中には、バレエを習っていた時の美優、通学途中で話しかけてくれた時、クライノートで買い物している時の美優が、幾重にも重なって現れていた。
 そして、亜夢はその中のずっと奥で、膝を抱えてしゃがんでいる美優を見つけ、それに手を伸ばした。
『美優、自分を取り戻すの!』
 美優が亜夢に気付き、亜夢の手に触れようとする。
「お前は一体何者だ」
 亜夢は現実の風景に気持ちを戻すと、黒い人影が見えた。
 小学生くらいの、小さな人影。
 その黒い人影はゆらゆらと、陽炎のように空気が震えてみえた。
「あなただれ?」
「乱橋亜夢、お前こそ何者なんだ」 
「危ない!」
 亜夢は美優に向けられた銃が、最後の弾丸を発射するのに気付くと、力を伝えて空気を巻き銃口を真下に向けた。
 バン、と銃声が起こって、跳弾した。
 陽炎のように揺れる先にいる、その黒い人影の中から、目だけがはっきりと確認できた。
「……」
『それがあなたの目なのね』
このエントリーをはてなブックマークに追加

 亜夢は|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)を使う人間が、最も得意なワザを初手に見せて相手を委縮させることがある、と思い出していた。
「残念だが、これはハッタリではないぞ」
「!」
「私は触れずに君の考えを読んでいる。いくら強い超能力を持っていても、読まれたら対策される。つまり君は私に勝てない」
 亜夢は神島の周りの空気を渦巻かせはじめた。
「分かっているよ。私の周りの空気を……」
『こちらの考えを読んでも、対策できないことがあるのよ』
 空気のある方、ある方を探して動くが、神島は息ができない。
「(クルシ……)」
 空気密度が薄くなっていて、神島の声が小さく聞こえる。
 膝が緩むと、落ちるように倒れてしまった。
 亜夢は倒れた神島の額に手をあてた。
「この人、超能力者じゃない」
 |非科学的潜在力(ちょうのうりょく)は脳がもつ力で、亜夢は経験上、その肉体に超能力があるのかわかるのだった。
 亜夢は会場を出ると、IDを見せ、その場所にいた警官に説明する。
 慌てて無線を使い連絡し、集まってくる警官たちが会場に入っていく。
 亜夢はそのまま清川のところへ帰ろうとしたが、何かが引っかかった。
 会場の周りを歩いていると、発表会に呼ばれたと思われる客が何人か、エスカレータから上がってくるところだった。
 シンプルだが、気品を感じる女性に、亜夢は見覚えがあった。何故見覚えがあったのかは、後ろにいた人物で分かった。
「美優!」
「亜夢! なんでこんなところに?」
 前を歩いているのは、大通りのクライノートで買い物をしていた時に見た、美優の母親だった。
「美優、どちらさま?」
「あっ、えっと。お友達の亜夢」
「そうじゃなくて、どちらの方ですか」
「……どちらでもいいでしょ?」
「あっ、えっと、お家は大きな砂丘のあるとこに……」
 美優の母は、急に笑った。
「失礼」
 母は美優を引き寄せて、亜夢に聞こえるような小声で言った。
「あんな恰好をしているお友達なんて、どういうことですか」
「……」
 美優が下を向いて、長い髪が前に掛かって表情を隠した。
「!」
 亜夢は強力な|思念波(テレパシー)を感じた。
『ワタシのトモダチを……』
『美優?』
『よくもワタシのトモダチを倒したな』
 美優が顔を上げると、亜夢を睨みつけた。
「どういうこと?」
 美優の母が言った。
「乱れた服装の娘とはお友達にはなれない、という意味です」
『死ネ』
 美優は両手を正面にまっすぐ突き出すと、指先から電撃を発した。
 亜夢はとっさに足の力をアシストして素早くバック転をしてかわす。
「美優!」
このエントリーをはてなブックマークに追加

「全力よ」
 亜夢はうなずき、相手の左拳へ、そっと左拳を合わせに行く。
 ちょん、と触れ合うと、互いにバックステップして、得意の拳を後ろに引き、それを突き出す。
 高速で繰り出される拳が触れ合うか、という瞬間。
 ドン、と音がすると、陽炎のように空気が歪んだ。
「うわっ」
「きゃっ」
 亜夢と女は右手と右手を突き出したまま動かないのに、清川と中谷は吹き飛ばされたようにしりもちをついていた。亜夢と女の拳を中心として、波紋ができたように見えた。
「中谷さん。二人はまだ、やってるってこと?」
「表情からすると、そんな感じだね」
 力と力の勝負。
 女の額からは玉のような汗が落ち、一瞬目を閉じた。
「えっ?」
 そのまま女は前のめりに倒れ、亜夢が慌ててそれを抱きとめた。
「亜夢ちゃん、どういうこと?」
「おそらくですが…… 私の最初のインパクトが堪えたみたいです」
「えっ、死んじゃったの?」
「死ぬことはないと思います。呼吸もしていますし、鼓動も感じます」
 亜夢が、ゆっくりと女を床に寝かせた。
「けど、しばらくは目を覚まさないでしょう。早くこのことを伝えないと」
「伝えるのもそうだが……」
 中谷は清川の制服を見て、銃やパトレコがなくなっていることを確認した。
 今度は亜夢の方を見て、その首に『超能力キャンセラー』がかかっていないことに気付いた。
「まずいな…… 銃とか、パトレコとか抜かれてる。乱橋くんはキャンセラーを取られてる」
「あっ!」
 清川と亜夢は、今気づいたように手で体を確認する。
「絶対に探して取り返さなきゃならない。俺は探すから、二人はこのことを伝えて」
 亜夢は女のパンツのポケットからプラスチックの札を取り出した。
「それなら、この52番の札でホテルのクロークにあずけてあります」
 亜夢はそう言うと、札を中谷に投げた。
「えっ?」
「さっき、この女の人が考えていたことを読んだんです」
「わかった。じゃあ、今度は、本部にこのことを伝えて」
「はい」
 亜夢は清川の手を引いて鉄の階段を上った。
 ステージ裏の暗い通路を走っていると、前方に光る車輪が見えた。
 亜夢は、車椅子と思って警戒した。
「どうしたの?」
「さっき、あそこに車椅子の車輪が見えました」
「誰かいるってこと?」
 亜夢はうなずく。
 ゆっくりと通路を進んでいく。車輪の見えたあたりにくるが、誰もいない。
 二人はそのまま壇上を降りて会場を走り抜けようとした。
「待て」
 壇上の反対側にスーツの男が立っていた。
 今回の製品発表会の主役であるCEO。男は、ゆっくりと二人に近づいてきた。亜夢は清川の手を投げ出すように放して、会場の奥、緩やかに上がった先にある、出入り口を指さした。清川は必死に走り始めた。
「待て、と言ったはず……」
 スーツの男が、飛び上がろうとするところに、一瞬で滑るように移動した亜夢の蹴りが飛ぶ。
 男は飛び上がらずに、両腕で蹴り足をガードした。
「サエコくんを倒した…… んだね」
 接触により記憶を読まれた、と思った亜夢は、慌てて蹴り足を戻した。
 スーツの男が軽く振った腕に、弾かれたように亜夢が後ろに下がる。
「君の力を軽く見過ぎていたよ。もっと警戒すべきだった」
「|神島(かみじま)ポール|直人(なおと)…… それがあなたの名前ね」
「今の一瞬で、私の頭をスキャンしたと見せかけたいのかな? 単なる知識だろう。なにしろ私は有名だからね」
 亜夢は何も言い返さなかった。
 神島はゆっくりと上着を脱ぐと、会場側の椅子へ投げた。それは紙飛行機のようにすーっと飛んで、椅子の背もたれに掛かった。
このエントリーをはてなブックマークに追加

 清川が叫ぶ。
「中谷さんが犠牲になってくれるそうです。すみませんが、合図をするので背中を押しながら立ち上がりましょう」
「おお」
「あい」
 亜夢は中谷と清川の状態を確認して、合図を始めた。
「行きますよ、せぇーの、はい!」
 背中をぶつけあい、よろよろと三人は立ち上がった。
「じゃあ、中谷さん、思い切りひぱって引きちぎります。力を入れて耐えてください」
「ああ」
「せぇーの!」
 手錠の金属が触れる部分を硬質化させる。一瞬、鋭角にとがった亜夢の腕が、金属を裂き、輪を砕いた。
「やった」
「まさかそこまでやるとはね」
 フェイスマスクをした女性が鉄の階段の上に立っていた。
「あなたがあの時のライダー?」
「そうよ。やっぱりさっき仕留めておけば良かったかしら?」
 亜夢は言った。
「あなたは本当の悪党じゃない。だからさっき私達を殺さなかった」
 階段をゆっくりと降りてくる。
 亜夢は清川側の手錠の鎖部分を見て、そこを指でつまんだ。
「!」
 ライダーの足が止まった。
「あなた、どこまで|非科学的潜在力(ちから)があるの?」
 パチン、と音がして、亜夢が触れていた鎖が切れた。
「局所的に熱を作って、鎖を切るなんて、なかなかやるじゃない」
 両手が自由になった亜夢は、清川と中谷のアイマスクを取り去った。
「今度は局所的に風をおこした…… どこまで出来るの? 頭がいいのかしら」
「?」
 亜夢は女が言っている意味が分からなかった。
「学校で習わないだろうけど、|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)って普通、特定のことを克服するために発達するのよ。あなたのように万能じゃない」
 女は階段の奥を振り返り、何かぼそっとつぶやいた。
 そして、階段から身構えると、言った。
「けど、万能であるがゆえ、一つの事は不得手なはず。だから身体補助能力であれば私の方が上」
 弾むように素早く跳躍すると、空中で前転した。亜夢が振り返る前に、その背後に着地してしまう。
「!」
 そのまま、女は蹴りを繰り出す。
 亜夢は、肺が飛び出したのではないか、と思うほど強く背中に当てられる。
 足で踏ん張らず、宙に飛び、体をひねり、回転させながらその力を流す。
 片足ずつ順番に着地し、しゃがみ込むと、払うような回転蹴りを右、左と交互にまわす。
 女はバックステップして、右も左もかわしてしまう。
 亜夢は急いでバック転して、女と距離をとる。
「やるじゃない。なんか習ってるの?」
 亜夢は首を振る。
「何にも。特撮ヒーローを見て覚えただけよ」
 女は亜夢の話を聞いて大声をだして笑いだす。
「何がおかしいのよ」
「いや、関心してるのさ。見ただけでおなじようなワザがだせるなんて…… それこそ漫画だな」
「あなただってさっきのクルクル前転するやつなんか、漫画みたいなことできるじゃない」
「あれは|非科学的潜在力(アシスト)があるからだ」
「なら私だって」
「さっきも言ったろ? 万能な|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)はありえない」
 亜夢は自分の存在を否定されたような気がした。
「自分は頑張ってこの力を得たのに」
 女は左拳ををすーっと伸ばしてきた。
「あの時の」
 清川がつぶやくように言った。
 |非科学的潜在力(ちから)比べをしようというのだ。
 お互いの拳と拳をぶつけ合う。超能力込みのパワー対決。
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ