その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ: 非科学的潜在力女子

「(直観、だけどこの上、スタジアムのバックスクリーンなの。確かめておきたくて)」
 二人は階段を上り始める。壁沿いにジグザグに上っていく。
 登り切ったところは暗い空間だったが、少しだけ光が差し込んでいる扉があった。
「(出てみる?)」
 亜夢は扉の取っ手を掴む時、一瞬、躊躇した。
 そして開けると、眼下に広がるのはスタジアムだった。
「うわっ!」
 足場は何もなく、そのまま客席になっていた。後ろから押してくるアキナを腕で受け止めた。
「なっ!」
「アキナ、危ない! 落ちたら……」
 どうやらここはバックスクリーンのすぐ横にある作業用の扉のようだった。下に足場はない。
「亜夢、あれっ!」
 アキナが何を見つけたのか、亜夢もすぐに気が付いた。
 このバックスクリーンの下に、人質と思われる人々が一直線に並んでいた。
 そこは搬入口の門になっている場所で、落ちたら大けがでは済まない高さだった。
 その端ギリギリに、人質が立っている。
「なんだろう、みんな同じポーズしてる?」
 亜夢が言うと、その扉の左に広がる大きなスクリーンに映像が映し出された。
「えっ?」
『ヒカジョの小娘に、SATの諸君。見ているだろうか』
 スタジアムのいたるところにあるスピーカーから音声が流れた。
 音声は個人が特定できないように合成音声で流しているようだ。
『何人か解放していい気になっているようだが、まだ人質はいる。多くても少なくても人の命は同じなのだろう?』
 亜夢バックネット側にもある小さなスクリーンで人質の様子を見た。
「ナイフ。人質全員ナイフを自分の首に突き立てているんだわ」
『私が指示すればすぐに首にナイフを突き立て、落ちるぞ』
「卑怯な!」
 亜夢は間髪入れずに反応した。
 宮下への仕打ちといい、敵は全く容赦しないことを思い出す。
「亜夢、あれ、美優じゃない?」
 慌てて落ちそうになるアキナを腕で押さえる。
 並んで立っている人質の、ちょうど真ん中あたりに見覚えのある黒髪の少女が立っている。
「美優!」
 叫んでも反応はない。亜夢は思念波世界をのぞき込み、美優が首に何かを突き立ていることを感じ取る。
「アキナの言う通りあそこにいるの、美優よ……」
 体を出して、下まで飛び降りようとする。
『止まれ! ヒカジョの小娘』
 亜夢は扉を強く握って、降りるのをこらえた。
「(アキナ、敵には見えているってこと?)」
「(それしか考えられない)」
 アキナと顔を見合わせる。アキナが必死に回りを探る。
 美優の|精神制御(マインドコントロール)をしてそこから情報を得ているなら、前を向いている美優には亜夢の行動は見えない。別の方法で見ているか、本人がどこかにいる。亜夢はそう考えた。
「スタンドも、ベンチも、ここから見えるところに人はいないよ」
「スタジアムのテレビ中継室にいるのかも……」
 亜夢は自分で言って、SATの連中と確認済みであることを思い出していた。
 テレビ中継室には誰もいないのに、映像だけ確認することって……
「まさか、ネットで」
 亜夢はそう言うと、SATのリーダーに|思念波(テレパシー)を送る。
『テレビ中継室。外部のネットワークから接続出来ませんか?』
 相手の頭は混乱していた。さっきまで亜夢から|思念波を送っていなかったのに、突然送り込まれてどうしていいのかわからなくなっているのだ。
 亜夢は伝わるようにもう一度問いかける。
『テレビ中継室へは外部ネットワークから接続されていませんか? それが敵のリーダーかも。理解できたら、はい、と思ってください』
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 亜夢とアキナの間には四五メートルほど間がある。そこの壁、床、天井はまだ例の干渉波を発している。亜夢から飛び込めば、またマスターと呼んでいる人物からの洗脳を受けてしまう。
 アキナはこの干渉波を抜けてこちらに来れるというのか。
 いや…… 違う。アキナはこの通路を超えたのだ。もう洗脳されている。だから、これ以上干渉波を受けても問題がないのだ。
「ねぇ、アキナ、聞こえる? 私達は戦わないわ」
 アキナなら、自身の力で|精神制御(マインドコントロール)を破れる。亜夢はそう考えた。
「アキナ? ねぇアキナ?」
「私がアキナだ」
 何かきっかけを与えれば、きっと自分を取り戻せるはず。亜夢は考えた。
「違う。ねぇ、いつものアキナはどこに行ったの?」
「私がアキナだと言っている。マスターは教えてくれた。敵は亜夢なのだと。マスターは敵を倒すまで戦えと言った」
「マスターがどんなやつか知らないけど…… 私はそいつを許さない」
 そのマスターとやらが宮下や三崎にした仕打ちは、亜夢にとってひつとして許されるものではなかった。
「亜夢、今のは矛盾してる。しらないのに許さないという……」
 とっさに亜夢はひらめいた。
「出てきてアキナ。今のはマスターが言わせた言葉よ。アキナは矛盾なんて言葉使わないわ」
「……」
「ねぇアキナ。アキナは『矛盾』なんて意味も知らないんでしょ?」
 固まったように動かなくなったアキナは、構えを崩し、膝をついてしまった。
 うつむいた顔が少しだけ上がる。
 顔にかかった髪を後ろに流す。
「亜夢…… 私だって『矛盾』ぐらい知ってるし、使うわよ」
「アキナ! アキナよね? 戻ってきたのね!」
 亜夢はアキナに駆け寄りたかったが、寸前で干渉波の装置が作動していることを思い出す。
「アキナ、残りの人質はどこ?」
「分からない。ここを通った時に頭がおかしくなって」
「そう…… とりあえず、ここを抜け出そう」
「床が壊れれば、装置は止まるのね。それなら…… 」
 アキナが拳を床に叩きつけた。
 さすがに床部部のパネルはビクともしなかった。アキナは続けて足を振り上げて、踵を振り降ろす。
「ヤァ!」
 アキナの踵が突き刺さるように床に付くと、ドン、と鈍い音がした。
 手応えあった、という表情のアキナは、床を手で引っ張って左右に割った。
「す、すごい」
 そう言って亜夢は手を合わせた。
「さあ、行こう」
「どこに?」
 アキナは亜夢が来た方の道を示す。
「戻るの?」
「うん。たしか、私が最初に行った大型搬入路。SATの人たちも、一緒にいるはず」
 亜夢はうなずいて通路を戻る。
 そして大型搬入路の方へ入る。
「……」
 万一敵がいた場合を考えて、声は出さなかった。
 しかし、見る限り誰もいない。
 |非科学的潜在力(ちから)を駆使しても何も感じ取れない。
 亜夢は床や壁を触って、そこから思念波世界を探索する。
「……」
 アキナが亜夢に無言で問いかける。
 亜夢は首を横に振る。
 何も感じ取れない。亜夢はここがバックスクリーン裏だと推測し、階段を上り始めた。
「(亜夢、どこにいくの)」
 小さい声でアキナがたずねる。
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 現実なのか、夢なのか、思念波世界なのか……
 目を開いているのか閉じているのか、立っているのか横になっているのか。どこからくる感覚を信じていいのかわからなくなっている。
『亜夢……』
 アキナが呼びかける。
 アキナの顔がどんどん大きくなっていって、口を広げると亜夢の体を飲み込んでしまう。
 暗闇。
 そして水が流れる音がする。
 その間中、頭は上下左右に叩かれ、動かされ続けている。
 こんなに揺れていると、まともに立ち上がられない。
 亜夢は満たされた水で呼吸が出来なくなった。
『苦しぃ……』
 息を吐き切って、苦しくて死にそうだった。
 それでも体は息をしようとして、今度は水が鼻から口から入り込んでくる。
『死ぬ』
 金髪の少女が、手を差し伸べた。
 ハツエちゃん? ハツエちゃん、助けて。
 金髪の少女が分裂する。
 もう一人の少女は腕組みして言う。
『違うぞ』
『助けて、ハツエ』
『この手を掴むのよ』
『違うぞ。考え方を変えろ。概念を突き崩せ』
『助けてあげる』
『違うぞ。わかるだろう』
 手を差し伸べてくる天使のような少女と、腕組みをしてじっと見下ろしている少女。
 亜夢は手を伸ばして、少女の手を取ろうとする。
『違う!』
 手と手が触れ合う瞬間、亜夢は少女の手を叩いた。
 すると空間すべてを満たしていた水が、塵のように分解されていく。どこにも見えなかった水面が下がり、亜夢の顔がその水面の上に出る。
 天使のように見えた金髪の少女は、黒い霧に包まれた。
 目だけが、亜夢の方を睨んでいる。
『ふん、この程度で逃げれると思うなよ』
 亜夢は水を飛び出して、高く宙を舞い、ひねりながら弧を描いて着地した。
 亜夢は頭を押さえながらも立ち上がり、通路をアキナの方へ進んでいった。
「この通路を渡り切れば……」
 進もうとする亜夢の足が震え始める。
「どうして? 動いてよ!」
 亜夢は自身の足を叩き、首をひねる。
「感覚がない……」
 再び襲ってくる強い頭痛。
 干渉波の何十倍もつよいものを流している、亜夢はそう思った。この壁、この床、この天井…… すべてが発信装置なのだ。
 かろうじて動く手を動かし、手首の内側を付けて指を開く。
「光球…… で……」
 手の平の中に光が集まり始める。
 突き出した手から放たれた光球が床を突き破る。
「!」
 亜夢は急に、体が軽くなるのを感じた。
「亜夢、勝負」
 亜夢は耳を疑った。
 アキナがものすごい形相で亜夢を睨みつけている。
「聞こえないなら、こっちから行く」
 アキナは足を肩幅ほどに自然に開き、腰をすこし落として、拳を引いた。
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 なんだろう、亜夢は考えた。まるでここから逃げて行った、と言わんばかりだった。慌てて閉めて、締め切らなかったという演出めいた扉の様子を怪しんだ。
「……」
 しかしここを引くわけにはいかない。亜夢は扉に近づいていく。三崎のように反対側で罠を張っている場合がある。亜夢は取っ手ではなく、扉の真ん中を勢いよく押して扉を開いた。
「えっ?」
 開いた通路の奥に、ウエーブのかかった茶色い髪の女性が立っているのを見つけた。
「アキナ?」
 服装は間違いなくアキナで、髪型もそうだった。ただ、顔の前に髪がかかっていて、断言が出来なかった。
 押し開いた扉が、再び閉まっていく。
 アキナなら、思念波世界で確認できる。亜夢は|非科学的潜在力(ちから)を使って、扉の先にいる人物がアキナなのかを確認する。
『アキナ!』
 床に煙が待っていて、足元が見えない。
 低い天井から、いくつか柱が立っていて、周りには死角がたくさんあった。見える範囲にはアキナの姿は見えない。
『アキナ、いるの?』
 この思念波世界は間違いなくアキナのものだった。しかし、本人の姿がない。つまり、|精神制御(マインドコントロール)されているのだ。
『アキナ、そこにいるよね。私の目の前』
 さっきアキナが見た、少し顔をうつむけて、髪で顔が見えない姿が現れ、スッと亜夢の体を突き抜けて行った。
『えっ?』
 今のは、何? 亜夢は思念波世界から現実に視線を戻した。
 もう一度、扉を押し開いて、一歩中に踏み込む。
 今までの通路と違い、天井も横幅も、少しずつ狭い感じがした。
 奥に立っている女性が、顔を上げ、髪を後ろに流した。
「アキナ!」
 亜夢は近づこうとしたが、違和感で足を止めた。アキナにしか見えない女性は、亜夢の声にピクリとも反応しない。
「アキナ? だよね……」
 反応のない、うつろな目。アキナが|精神制御(マインドコントロール)されているのだとしたら、うかつに近づけばアキナの|非科学的潜在力(ちから)で倒されてしまう。
「……」
 アキナは頭を手で押さえ、苦しい表情に変わる。
「痛い…… 痛いよ、亜夢…… 助けて」
 亜夢は半歩踏み出すが、何かが歯止めをかけている。
「亜夢…… 来ちゃダメ」
「えっ? アキナ、今なんて」
「罠だよ…… もう私助からないから、亜夢だけでも引き返して……」
「アキナ、今助けるよ!」
 亜夢は気持ちを振り切って、アキナの方へ走った。
 通路の壁、床、天井に、電子回路のように青白い模様が光り、浮き出てきた。
「うわぁ あああああ」
 亜夢はアキナに近づく半ばで膝をついて倒れてしまった。
 頭を抱え、無意味に連呼した。
「くるなくるなくるな、くるなぁぁああ」



 何度も何度も体が揺すられている。
 足先や体は止まっているのに、頭だけがフラフラと安定しない。
 あっちからこっちから殴られているように、頭に痛みが走る。痛みの八割ぐらいは感じなくなっているけれど、それでも叩かれるたび、痛みはある。
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 白いヘッドホン、おそらく中谷から借りた超能力キャンセラー、をした亜夢が、亜夢に向かってそう言った。
『三崎さんの持っている、私のイメージ?』
 そっちの亜夢は、ヘッドホンの上から耳をおおった。
『うるさい! あんたは誰なんだよ!』
『私は乱橋亜夢だよ。三崎さん。あなたの姿を私に見せて』
 ヘッドホンを押さえたまま、しゃがんで丸くなった。
 体を震わせると、もう一人の亜夢はブロックノイズのようになって空間に溶け込んでいってしまった。
 何もない空間……
『わかったよ……』
 亜夢も体をブロックノイズのように分解させ、空間に溶けていった。
『見つけた』
 何もない空間の何もない裏側で、息をひそめて立ち尽くしている三崎を見つけた。
 亜夢は裏側の平たい空間を横歩きしながら近づいていって、そっと手をつないだ。
『大丈夫。心配ないから』
 亜夢と三崎の間で、宮下加奈を救い出したことを共有した。
 宮下が流す涙をみて、三崎も涙した。
『さようなら、マスター』
 三崎がそういうと、遠くに小さな暗闇が出来た。そこにさらに小さく開いたところから、のぞき込む目があった。
『ふん。思念波世界ばかりで役に立たないお前なぞ、こちらからお断りだ』
 その小さな闇からたくさんの、先のとがった円錐が突き出して来た。
『あっ…… だめっ…… 逃げれない』
『諦めないで!』
 亜夢が三崎の背中に回り、三崎の手を取った。
 手首の内側同士を付けて、指先を開く。
『大きな光球を作ってあの針をすべて飛ばすの』
 三崎がうなずく。
 亜夢も祈るように力を注ぐと、三崎の手の中にエネルギーが集まってくる。
 円錐のとがった先が二人を貫こうとする瞬間、光球がその円錐を粉砕した。
 広がっていく光球の光が、ずっと先にあった闇を消し、世界を広げ、すべてを明るく照らした。
 光に包まれた世界で、三崎と亜夢は向き合っていた。
『ありがとう。これでマスターから解放されたわ』
 亜夢はうなずいた。差し出される手をとり、握手をかわした。
『まだ先があるから』
 亜夢は三崎に背を向けた。
『うん。気を付けてね』
 思念波世界を出ると、三崎は目を開けていた。
 亜夢が体を引き起こすと、三崎はすっと体を離した。
「もう大丈夫」
「場所……」
「わかるわ。亜夢の考えを読んでたから」
 そう言って、三崎は一人で梯子を下り、去っていった。



 梯子を下りて、亜夢は天井が高い通路を奥まで進んだ。
 その間に、三崎に操られていた人質に何人か出会った。三崎のコントロールからは外れていたが、ここがどこなのか、なぜここにいるのかが分からない様子だった。亜夢は三塁側ベンチへの行き方を案内した。
「もうこれで三崎さんに操られた人質は全員かしら……」
 そう言って周りを見渡し、シャッターで行き止まりになっている横の大きな扉を開いた。
 先には重機がいくつかおいてあって、さっきまでより室温が下がった気がした。
 角に非常口を示す灯りが光っていて、その下の扉から少し光が漏れていた。
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 指と指の間に輝く光が集まり始める。
 亜夢はその光を見つめた。
「まさかあなたも光球を投げれ……」
『死ねぇ!』
 手に収まらないほどの光球が形成され、放たれた。
 亜夢の体に高速で向かってくる。
『やっぱり』
 亜夢は光球を手のひらで叩いて落とした。
「光をつかって思念波世界とすり替えただけ。あなたの|非科学的潜在力(ちから)は実際に空間や物体に働きかけることはできないんだわ」
 三崎はすこしうつむいて、上目で睨んだ。
「そんなこと…… ない…… マスター!」
 さっきと同じように手首を付けて、手を開いたまま押し出した。
 三崎の手の中に、ゆっくりと小さな光が集まってくる。先ほどの勢いとは全く別ものだ。
 亜夢は、とっさに思念波世界を覗き見た。
 同じ格好をした三崎の姿。
 それをうしろから見ている闇と少しだけ見えている目があった。
 闇の中の目は亜夢の事に気付かない。後ろからサポートしているだけだ。
『あなたがマスターね。そろそろ目以外も見せてもらえないかしら』
『!』
 吸い込まれる煙のように闇が消え、必死に両手を突き出している三崎だけがそこに残った。
「あなたが光球をだせるなら、私だって出来る」
 三崎は顔を歪めながら力をこめるが、反対に光球は小さくなっていく。
 亜夢が同じように手首の内側を合わせてを開いた。
 一度腰のあたりに引いて、押し出す。
「ほらっ!」
 光る球状の物体が、亜夢の手から放たれる。それは片手に収まるほどの小さいものだったが、スピードを増しながら三崎の手の中に入った。
 消えかかっていた三崎の光球と、亜夢の繰り出した光球がぶつかると、割れたように光が飛び散った。
 両手が弾かれるとともに、三崎は仰向けに倒れてしまった。
「だ、大丈夫?」
 亜夢が三崎に駆け寄る。肩で呼吸している三崎は、ただ天井を見つめていた。
「マスター……」
 それを聞いて、亜夢は三崎の思念波世界に入った。
 亜夢の身長を超える大きな正六面体が組み合うようにそこにあった。
 六面体のひとつひとつの面から角のように円錐が張り出してきて、組み合っていた六面体が崩れ落ちた。
 崩れ落ちると、今度は円錐が引っ込んでいき、また六面体の山が作られた。
『三崎さん?』
 亜夢は声に出すが、それに答えてくるとは思っていない。
 けれど呼ばないとこの場所で三崎を探すこともできない気がしていた。
『三崎さん!』
 脈打つように円錐が飛び出しては引っ込む。山が崩れて、組み直る。
 正六面体の山はどんどん低くなっていくが、領域を広げていく。
『三崎…… さん……』
 とがった円錐が出てきて、亜夢の体を突き抜けるか、という瞬間、亜夢は空間に浮き上がっていた。
 足元には針が出てはひっこむサイコロが眼下に広がっている。
 奥の方で、吹き上がるように正六面体が飛び出てくる場所がある。
 亜夢は、グッと足に力を入れると、空間を移動した。
 真下の正六面体が吹き上がってくるところを真上からみると、そこは赤黒く、何かが違っていた。
 亜夢はゆっくりと空間を移動しながらそこへ近づく。
『三崎さん。返事して?』
 じっと下を見つめていると、突然すべての正六面体がなくなった。
『!』
 目の前に、白いヘッドホンをした亜夢の姿があった。
『あなた、だれ?』
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 目的の高さに達した、と思った瞬間だった。
「読みが浅いわ」
 三崎が、両手で鉄パイプを振り上げていた。
 飛び出てくる杭を叩くように、タイミングを合わせて振り下ろす。
 亜夢は慌てて腕を交差させ、振り下ろされる鉄パイプを受け止める。
「うわっ……」
 寸前でパイプの勢いを殺して腕で受け止めた。
 しかし今度はこの高さから落ちていくことになる。
 全力で着地の為に、超能力で空気圧を高めてアシストする。
 着地の時にバランスを崩して、背中を打ってしまう。
「完全にやられた……」
 肉体的にやられたダメージよりも、読みが足りなかった自分が悔しかった。
 あの場所に立てこもられたら、こちらからしかける術がない。
 何か方法はないだろうか、亜夢は考えた。透視でも出来たら…… X線とかで見ている世界のように、この死角がなくなれば。
『何度も言っておろうが』
 後ろから金髪の少女が現れる。
『ハツエ……』
『常識を超える事ができるのが非科学的潜在力なんじゃ。それにやる前じゃ。やってみんうちから諦めんことじゃ』
『はい』
 亜夢は上の通路に隠れている三崎を見通すつもりでじっと見つめた。
 通路に上がるには垂直につけられた梯子をつかうしかない。さっきの扉のノブを触れたときのように、こちらが触れば思念波世界に引きずり込むつもりだろう。そして物理的に飛び上がってしまえばさっきの二の舞い。
 見つめたからといって、透視出来たり相手の考えが読めたりするわけじゃないのね。亜夢は見上げながら、そう思った。
「そうか……」
 亜夢はため息のような、小さい声でそう言った。
 梯子に近づき、それに触れた。
『!』
 亜夢が下を向くと、そこに深い穴が開いていた。
 見上げると、亜夢の指一本だけが梯子に掛かっていて、そこに全体重がかかっていた。
 ぶらり、と体が揺れた。掛かっている右の指が痛くなってくる。
 本当に全体重が指先に掛かっている……
 亜夢は非科学的潜在力を使って、下から風を吹かせ、指の負担を減らした。それどころか、腕を動かしていないにも関わらず、一つ一つ、梯子を上に移動していた。
『さあ、これどうなる』
 明らかにここは思念波世界だった。
 本当に風を吹かせているわけではなく、思念波世界の中で理屈が通ればいいのだ。
 亜夢はその思念波世界の中である人物を探していた。
『そんなペースでは永久に上がってこれないわ』
 三崎がそう言った。亜夢が瞬きすると、梯子の先がずっと先に延びていた。下の穴の大きさも広がり、より深くなっている。
『さあ、どうするの乱橋亜夢』
 亜夢は見える世界のなかに、人物の影を探していた。
 さらに何段か梯子を上がった時、亜夢は非科学的潜在力で勢いよく体を跳ね上げると、梯子の隙間を蹴り込んだ。
「痛い!」
 思念波世界が崩れ去ると、亜夢は梯子の上に達していた。そして、正面には三崎が額を押さえて倒れていた。
「思念波世界だけではなく、本当に梯子をのぼっていたというわけか」
「梯子の段数は数えてなかったけどね」
「何…… 失敗すればこの高さを落下することになるのにか」
 三崎はゆっくりと立ち上がった。
「私が思念波世界を使った攻撃だと思うなよ」
 そういうと、手首を合わせ、両手を開いた形で前に突き出した。
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「なんだ、ばれちゃった」
 ニヤリと笑って亜夢の方を見た。
「あなたにも協力者がいるんじゃない」
 三崎は、通路の扉開け、閉める間際に言った。
「じゃあね」
「待てっ」
 亜夢は廊下を走り、その扉のノブを両手でグイッとひねった。
『!』
 開けた先は床が抜けていた。床が抜けているどころではない。上も下も正面も、夜空のように星が見えるだけだった。
『宇宙空間?』
 床があるであろう距離まで足を下げていくが、床にぶつからない。
『これ、マジだ……』
 亜夢はそう言って元の通路に戻ろうとすると、後ろにいる黒い人影に気付く。
『あっ』
 押し出され、亜夢は扉の外の闇の空間を進んでいく。身体をひねりながら、後ろを向くが、扉はどんどん遠くなってく。
『そうだ、息が出来るんだから』
 息ができる、ということはこの無重力に思える空間にも空気があるのだ。亜夢は自らの|非科学的潜在力(ちから)を使って、空気を動かし、自分の身体を扉の方へ進めようとする。
『だめだ、ピクリとも動かない』
 宇宙空間ではジェット機は進むことが出来ない。ロケットエンジンの理屈が必要なのだ。
『気付くのが遅いよ』
 正面に、三崎が現れた。ロケットパックを背負い、ミサイルランチャーを持っている。
『さよなら……』
 次々に発射されるミサイル。亜夢は空間を動くこともできずにミサイルの着弾を待つしかない。
 違う! これは違う!
「ふぅ……」
 亜夢は大きく息を吐いた。
 見えている世界は、急に扉の内側の世界、つまり亜夢がさっきまでいた廊下に戻った。
「もう少し気づくのが遅かったら、ミサイルで粉々にされてた」
 亜夢は目の前にある扉のノブを見つめた。
 三崎はこのノブを反対側から触って待っていたに違いない。私が触れると同時に思念波世界を展開して、引きずり込んだ。さっきの力くらべの時からやり方が変わっていない。
 亜夢は上着を脱いでそれをドアノブに巻き付けた。上着の上から強くノブを握って回すと、扉を蹴った。
「?」
 そこは車両が通れるくらいの広い空間になっていた。
 三崎の姿は見えない。
 亜夢は扉に触れないようにその広い空間に出た。右も左もシャッターで閉鎖されている。天井は高く、二階ぐらいの高さに手すりがついていて、そこをあるけるようになっている。その二階の手すりのついた通路へ上るために、垂直に鉄製の梯子が伸びていた。
 エリアを見回して、この中に三崎がいるとすれば、ここから死角になっている二階の通路にいるように思えた。
「……」
 亜夢が思念波世界を覗き見れば、その瞬間に三崎がその世界を支配してくるだろう。三崎を|思念波(テレパシー)で察知しようとするのは危険だ。物理的に視覚で確認するしかない。
 垂直に伸びている梯子のそばに近づくと、亜夢は躊躇した。
 もし自分が三崎だったら…… これを罠に使うだろう。
 梯子の真下にきたら、上に隠れている三崎がこの梯子の上を掴む。
 怪しんで梯子から離れたら、下から見えない死角に移動すればいい。
 この梯子の金属を掴んだ瞬間に思念波世界に引き込めばいいのだ。
 だったら…… 亜夢は真上を睨みつけるように見つめた。
 両足を足を曲げて、勢いよくジャンプする。
 電車からみたレールのように、目の前を梯子が流れていく。
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 亜夢は人質の一人から手を放した。
 その人は亜夢の方を振り返る。亜夢が方向を指さすと、うなずいて小走りに去っていった。
 同じように亜夢は列の最後尾にいる人を次々に解放していく。
 あるときは無人の闇にライトが当たっていて、そこに本人を連れ出せばよかった。
 また別の人は亡霊のような人が大勢いて、亜夢が叫ぶと、亡霊が一人の姿に合体したりした。
 思念波世界では一人一人まったくことなる形で、自分を見失い、他人にコントロールされていた。
 通路の端まで人質をすると、様子に気付いたのか奥の扉からショートヘアの女性が出てきた。
 自分の意志で動いているとしたら、その女性はテロの仲間側、つまり超能力者だった。
「そこで何してるの?」
 鋭い眼光で亜夢を睨む。
「!」
 先のとがった|探査針(プローブ)で何度も何度も突き刺されるイメージ。どこかでこの状況を経験したことがある。
 都心で捜査協力をしていた時、タキオ、タキオ物産の人?
「あら。こっちは覚えているわよ。白いヘッドフォンのお嬢さん。そういえば今日はしてないのね」
 一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
 相手がどれくらいの|非科学的潜在力(ちから)を持っているか分からないまま、近づいてくるなんて、よっぽどの能力者か、無謀な性格だ。亜夢は少し後ろに視線を配ってから、後ずさりして距離を保った。
「あら、力比べとかしてみたりしないの? ライダーとは拳を合わせたって聞いたけど」
 その女性は拳を前に突き出してきた。
「思い出した。三崎京子」
「そうよ。だけど名前なんて意味ないわ。それよりどうするの。どっちの力が強いか、確かめてみる? みない?」
 亜夢は転びそうになって足元を見た。壁に手をつけて後退する。
「なんでそんなに自信があるの?」
「別に。私は一人じゃないからかしら」
「?」
 亜夢はとっさに周囲に意識を広げた。思念波世界にも何も見えない。
「いない、とか思ってるでしょ。ほら、あなたのお仲間を連れ去ったやり方。あれと同じよ。私は私の能力と支援してくれる『あのお方』と力が合わせて戦うの」
「あのお方」
「言わないわよ。存在は知っているでしょ? それで充分」
 美優の思念波世界に入り込んだ時、精神制御している相手を見た。美優の非科学的潜在力を引き出す、強力な超能力を持っている人物。
「あら、少しやる気になったみたいね」
 亜夢は後ろに下がるのを止めた。右足を引いて、拳をためた。
「こんなことで力なんてわからないわ。けどあんた達の間ではこれをするんでしょ。じゃあ、いくわよ!」
 三崎は走り込みながら引いた拳をまっすぐ突き出してきた。
 亜夢は体をひねり、それに合わせるように振り出す。
 バチン、と空気が爆ぜるような音がして、亜夢は周りが見えなくなった。
『?』
 亜夢は両手を広げて、空から舞い降りてくる雪が、手のひらで溶けるのを眺めていた。
 見上げる空は暗く、深かった。無限に雪の結晶が降りてくるように思えた。
 黒い革ジャンをきた長髪の男が、亜夢に近づいてきた。
『へぇ。こんなところあるんだ』
 何がある? ただくらい空の下に雪が降っているだけだ。
『俺知らなかったよ。君、ここの出身かい』
 雪、こんなに雪深いところに住んだことなど、ない。雪が降るのが私の出身地ではない。亜夢はなぜ今雪が降っているのかわからなかった。
 革ジャンの男がたずねる。
『出身じゃないなら、いったいここになにがあるんだい?』
 男の後ろに、金髪の少女が見えた。
 あれは…… ハツエちゃん? そうか……
「!」
 亜夢は拳を振り切った。
 拳を合わせていた三崎は、廊下を滑りながら通路の奥まで後退した。
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 アキナ達はドームスタジアムの大型搬入路に到着した。
 テロリスト達の姿はなかった。
「おかしい…… ここを利用しないなら、あれだけの大人数の人質をどうするつもりなんだ」
 アキナは人質の扱いを想像してゾッとした。
「周囲を調べろ。1分後にもう一度ここに集合だ」
 アキナは班の一人と一緒に行動した。
 フィールドに通じる大きな通路は全く人がいない。どうぞ使ってくださいと言わんばかりだ。
 通路の横にシャッターがあり、その脇の扉を進んだ。
 扉はシャッターの内側に通じていて、その通路ももぬけの空だった。大きな通路を使用しない意味。アキナは自然とそんなことを考えていた。全員を殺してしまうつもりなら、大型通路は返って使いにくい。かといって、ここから攻め込まれるわけだから、抑えないといけない場所なのだ。
「!」
 大きく手を動かしアキナを先導していた男が合図した。脇の扉から奥に入るようだった。
 アキナは男の後をついていく。
 入った先は人がすれ違うのがやっと、という幅の通路だった。
 こんな狭い通路にする意味があるのだろうか、とアキナは考えた。
「この通路の壁とか、天井とか、なんか慌ててつけられたような」
 男は立ち止まって、アキナが指摘した壁や天井を注視した。
「うん。確かに変だ」
 周りを見渡してから、無線を使う。
「B-5搬入路脇の通路ですが……」
「あっ!」
 そう声を上げると、アキナは床に伏せてしまった。



 亜夢はライトスタンド側のブルペンに入っていた人質集団を追跡した。
 あれだけの人数だ。宮下がいた集団くらいで分割されていて、その各々にコントロールして先導する超能力者がいるはずだ。一度に戦っては不利だが、宮下の集団だけ別の行動を取ったのに残りの集団は全く変化がないことから、もしかすると一人一人が独自の判断で行動している可能性もある。
 亜夢はブルペンへ入るための扉の前に立った。
 扉に手を当てて、思念波世界を覗き見る。
 周囲の人の気配はない。
 ゆっくりと開けて、音を立てないように中にはいる。
 野球用の投球練習場があり、周囲のいくつか通路と、それに通じる扉があった。人質たちは、もうここにはいない。どこの通路を通って、どこに向かって行ったのか。
 壁に手を当てながら、目で見る世界に注意をしながら、思念波世界を交互に観察して、どこへ向かったのかを探る。ブルペンの周りを半周ほどした時、前方の扉の方から、小さく声が聞こえた。
 亜夢は素早くその扉に近づき、手を当てる。
 その扉からは何度も開閉した思念波が見える。
 ここだ、と亜夢は思った。ここから先に移送車を用意して、人質を運ぶつもりなのだろうか。それとも単に密集させて御しやすくしようとしているのだろうか。
 扉を少しだけ開けて、その先を下から覗き見る。人の背中が見えた。さすがにこの通路にあの人数を通そうというのは無理があるのか。亜夢は後ろの人から順に|精神制御(マインドコントロール)を解いて助けてみようと考えた。おそらく超能力者はいくつかの分割はあるにせよ、統括する集団の真ん中あたりにいる。狭い場所にいるなら、全員と同時に戦うことはないだろう。
 後ろからそっと近づいて、亜夢は人質の頭に手を当てる。
 思念波世界に入り、空っぽな空間の真ん中にあるラジオのような機械を見つけた。
『?』
 ラジオは時折ノイズ交じりの音声で言った。
『次、進んで』
 亜夢はこれだ、と思った。美優の時は支配者の姿がどうどうと世界に存在していたが、行動だけを制御する時はこんなイメージなのだろうか。亜夢はアンテナ用の金属の棒が突き出たラジオという機械を取り上げ、床に叩きつけた。
 壊れるわけではなく、ラジオはブロックノイズで分解されるように掻き消えていく。
 境界のない空から、本人がその世界の中心に降りてきた。
『?』
『目が覚めたら、何もしゃべらず、後ろのブルペンを通って、三塁側ベンチの方向へ逃げて』
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 亜夢にも宮下の|思念波(テレパシー)が感じられた。それがカルマの守護者とかいうテロの首謀者だった。
『お前がマスター?』
 その思念波で見える世界は、黒い霧のようながうごめいていて、ふわりと目だけが見えている。黒い霧がかかっているせいでマスターと呼ばれた人物の背丈も性別も想像がつかない。
 浮いているように見える目が、なんどか瞬きすると亜夢と宮下に言った。
『もう終わりだ!』
 黒い霧のなかで、そう口が動いていたように見えた。
 思念波の世界が見えなくなると、亜夢は車椅子の宮下とともに宙に浮いていた。
「!」
 亜夢は宮下の車椅子から飛び退いて、ドームのフィールドへ落ちていく。着地の寸前に、非科学的潜在力で空気の床をつくりショックを吸収した。
「うわぁぁぁ」
 亜夢が降りてしまったせいで反対に宮下がドームの天井近くまで速度を上げて上昇した。
 屋根にあたる寸前で静止し、今度は亜夢をめがけて落下してくる。
 単純に落ちる勢いだけではない。何かの力が働いている。
『発想の転換が肝心じゃぞ』
 金髪の少女が現れて、亜夢にそう言った。ハツエの非科学的潜在力がまだこの空間にとどまって、亜夢をたすけようとしている。
 亜夢は手を広げ、車椅子ごと宮下を受け止めようとした。
「違う!」
 亜夢は車椅子の落下地点からジャンプした。
 勢いよく落ちてきた車椅子は、ドームスタジアムのフィールドに激突し、破片は飛び散り、飛び散らなかった部分はひしゃげ、歪んだ。
 車椅子がフィールドを転がり終わった。
『なに?』
 驚いたような|思念波(テレパシー)が、亜夢と宮下に届いた。
 二人は抱き合った状態で、宙を舞っていた。ゆるやかな弧を描いて、ゆっくりとフィールドに着地した。
 亜夢は思念波の世界に向かって言う。
『あなたはマスターとか呼ばれていたみたいだけど、もう宮下さんはあなたをマスターと呼ばないわ』
『……』
 亜夢はゆっくりと宮下をフィールドに座らせた。
『私はあなたを許さない』
『ふん…… そんな出来損ない。くれてやる』
 宮下が両手で顔を覆った。
『本当に許さない!』
 思念波世界から黒い霧の景色が消えた。
 亜夢は宮下の肩に手を回した。
「大丈夫宮下さん?」
 宮下は片手を顔から放すと、うなずいた。
「ええ。大丈夫。助けてくれてありがとう……」
 亜夢もうなずいた。
 宮下の周りに縛り付けられ、人質となっていた人々が一斉に正気を取り戻す。
 前後の記憶がつながらないせいか、ブツブツ話しながら、バラバラに動き始めていた。
 亜夢はライトスタンド側のブルペン方向に走り、手を広げて反対側に押し戻すようなしぐさをする。
「みなさん、そこのベンチの奥の通路に隠れてください。まだテロリストはこの中にいます」
 亜夢はそう言って、人質を誘導する。そしてSATのリーダーに向かって|思念波(テレパシー)を送る。
『一部人質を解放しました。三塁側ベンチ裏に逃がしますから、後をお願いします』
 人質だった一人が亜夢に言う。
「君はどうするんだ?」
 首を振って、宮下の方へ促す。
「それよりこの方は車椅子が壊れてしまって、歩けないんです。助けてもらえますか」
「わかった。そこの君、手伝ってくれないか」



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 そんな馬鹿な、と亜夢は思った。

『亜夢。あまりに現実に即しすぎている。非科学的潜在力の奇想天外な部分を忘れている』
 ハツエはそう話しかけた。
『だから突然目の前に木の幹が迫った時に、回避できない。確かに科学的な理屈にしたがった方が効率はいいかもしれないが、非科学的潜在力が持つ力はそれだけではない。自ら可能性を狭めていることになる』
「ハツエちゃんが子供の姿であるように?」
 金髪の子供はうなずいた。
『白髪のババアが、こんな子供の恰好をしているのも非科学的潜在力じゃ。それにこんな風に』
 ハツエは両手を前に突き出して、手でボールを押さえるような恰好をつくる。
『見ておれ』
 ハツエが腰を落とすと、そこに小さな光の粒が集まって次第に大きく光り輝く球を作り出した。
「うわっ!」
 放たれた光球は岩に当たり、その岩を真っ赤に溶かした。
 陽炎が立ち上り、周囲が高温になっていることが分かる。
「な、なんです?」
『エネルギーの塊を投げたのじゃ。科学を応用しよう、という発想ではこんなことは出来ないはず』
 確かにこんなものは漫画かアニメでしか見たことがない。エネルギーというあいまいなものを塊にして投げつける。岩を溶かすほどの熱力を手と手の間に作り出したとすれば、手だって無傷じゃいられないはず。亜夢は信じられない気持ちでいっぱいだった。
『これだって亜夢が空気の流れを利用して体を飛ばしているのと大差ないことじゃ。ヒカジョのチカラはそもそも科学的ではない。だから非科学的潜在力、と呼ばれておる』
「私にもできますか?」
『できるじゃろうな。ただ、発想が科学的である限りこんなことは出来ない。この光球について言えば、|非科学的潜在力(ちから)もものすごく使う』
「……」

 ハツエとの訓練の時、見せてくれた技だ。
 それを、宮下はあっさりやってのけようというのか。さっきのライダーといい亜夢はテロリストたちとの|非科学的潜在力(ちから)の違いに圧倒されていた。
 あれを食らったら、私も燃えてしまう。亜夢はひるんだ。
「喰らえ!」
 放たれた光球はハツエのものよりは小さかったが、亜夢を倒すには十分な大きさだった。
 正面から向かってくるエネルギーの塊に、亜夢は呆然と立ち尽くしていた。
 避ける? 避けれない。きっと誘導してくる。じゃあどうすれば助かる?
『科学を忘れなさい。|非科学的潜在力(ちから)そのものを感じて』
 亜夢はトン、と後ろから肩を押されるように感じた。ハツエがそこにいるようだった。
 すると亜夢は右腕・右足を引き、タイミングを合わせてから上体をひねり右こぶしを突き出した。
「そのまま返すから!」
 突き出した拳が光球を砕き、いくつもの小さい光がはじけた。小さい光はさほど距離を飛ばないうちに輝きをやめ、消え去った。
「えっ…… 返せなかった」
 亜夢は予想と違う事態に戸惑った。
 宮下は前髪で片目みえなかったが、もう一方の目は驚いたように見開いていた。
「光球を素手で砕くなんて……」
 宮下は亜夢を見ず、どこかドームの天井の方に視線を泳がせた。
「はい」
 そう言うとまた手を開いて、亜夢の方へ向けた。
 もう一度光球を放つつもりだ。
 亜夢は撃たれる前に宮下を止めるつもりで、走り始めた。
 両手でかこった真ん中が光はじめ、大きくなると、それを放った。
「間に合わなかった……」
 亜夢はつぶやくように言うと、自らをめがけて飛んでくる光球に拳を突き出した。
 光球がまるで吸い込まれるように亜夢の拳にあたり、砕け、消えて行った。
 亜夢はそのまま走って、宮下の車椅子のひじ掛けを押さえた。
「捕まえた」
『マスター!』
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 野球用のベンチに出ると、頭を下げてフィールドに近づいた。ベンチの部分は人質がいるフィールドより低くなっている。
 すこしだけ頭を上げると、人質はセンターの守備位置あたり、セカンドベースより後ろからバックスクリーンの方へ固まっていた。
 亜夢は人質の動きをじっとみていた。
 動きの規則性、動きの中心、特徴はないか。ただブラブラと集まったり、広がったりしているのではないなら、見ていればなにかわかるかもしれない。
 しばらく見ていたが、やはりわからなかった。亜夢は気づかれたか、とも思ったが、気づかれたのだとしたら、さっきのような思念波を使って浸食してくるだろう。
「……」
 亜夢はとりあえず、隊のリーダーに|思念波(テレパシー)を使って『ベンチに出て人質の観察をしている』ことを伝えた。
 亜夢はリーダーが何か返してくることは受け取らないことにしていた。受け取った情報が、亜夢を使ってバレた場合に隊全体を危険にさらすことになるからだった。
「あっ……」
 人質が、ライト方向、亜夢がいるのとは逆側の外野へ動き始めた。野球用のフィールドはレフトとライトにブルペンがある。そこに閉じ込めるか、またはそこを使って人質を移動させようとしているのか。亜夢は焦って階段につまづき、頭を上げてしまった。
「(まずい)」
 亜夢は小声でそう言った。頭を上げてしまったところを、人質集団にいる何人かに見られてしまったのだ。
 人質集団が一部分離して、三塁側のベンチへと動き出した。
 もしかすると、何人かの真ん中に非科学的潜在力を持ったテロリストが配置されていて、それを中心に人質が動いているのかもしれいない。中心から周囲の人質を|精神制御(マインドコントロール)しているわけだ。
 亜夢はブルペンに入っていく集団が完全に見えなくなったタイミングを見計らって、ベンチを飛び出た。
「そこにいるの?」
 人質の十数人がこちらをじっと睨んでいる。
 人質の、普通の人間の反応ではない。亜夢が予想したような、|精神制御(マインドコントロール)された状態とみるのが正しだろう。
「返事がないけど、そういうことね」
 亜夢が動くと、人質集団がそれに合わせるように動く。その集団の中心に、非科学的潜在力を持った人物が隠れているのだ。
『あなたヒカジョね? 早くここから出て行きなさい。でないと味方を呼ぶわよ』
 向こうからこっちは丸見えだ、と亜夢は思った。
 実際の動きと、|思念波(テレパシー)で見える世界から探り出せる。こっちは相手の姿が見えず、どれがその人物かを特定できない。亜夢は左右にフラフラ動きながら、隠れている相手を見つけようとする。
「なぜ出ていかないといけないの」
 一番人が集まっているところの、その向こうにいるはずだ。亜夢は飛び上がってっても見たが、見えなかった。
『ヒカジョは私達の仲間だ。仲間を失いたくない』
「仲間じゃないわ。潜在力のない人を人質にしたり、傷つけたりするのは仲間じゃない」
 亜夢は言いながら細かく左右に動いて、敵を特定しようとする。
『彼らに虐げられて、ヒカジョに通うことになったのに? 彼らの干渉波なんて出さなければ、共存できたかもしれないのに、彼らはそれをしようとしない』
 同時に亜夢はジャンプした。加えて超能力でアシストして。
「宮下加奈」
 亜夢が着地すると、人質が左右に分かれた。
 その奥から、車椅子の女性が亜夢の方に進んでくる。
 車椅子の女性は、亜夢を睨んだ。
「従わないなら、殺せと言われている」
「そういう指示にあなたは従うのね、宮下さん」
「名前を呼ぶな」
 そう言うと、宮下は何かを包むように手を形作った。
 宮下の顔が青白く照らされた。
 両手の真ん中辺りの空間が、光り始めていた。
「光球……」
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 一人が亜夢に話しかけてきた。
「ちょっと興味があるな。思念波で見える世界からは、人質の集団は見えないの? 見たらどう見えるの?」
「集団という形でみることは出来ないんです」
「どういうこと?」
 質問をしている隊員は首をかしげた。
「上手く表現できないんですが、各フロアの一人ひとりいる状態のビルで、一階にいるのに二階の人や三階の人が見えないのと一緒です。目で見える行動と、各フロアを動き回りながら、これだ、って見なきゃいけないんです」
「集団を一度にみることは出来ないということか」
「それと、そのビルには全世界の人間がいます」
「は?」
 おそらくその規模の途方もなさにびっくりしたのだろう。
「なら探せない」
「探せるんです。他の感覚の補助があるから」
「……」
 何か考えているようだった。
 言葉をまとめ終わったようで、話し始めた。
「匂いがこうなら、この部屋とこの部屋。見た目がこうなら、この部屋とこの部屋のように調べる対象を絞れるということか。もしそうなら、情報が集まるだけ集まるといい。触れればさらに感覚情報が増えて、対象が減るわけだから」
「そういう感じです」
 亜夢は付け加えることはない、といった感じでそう言った。
 その内容が、亜夢がしていることに近い表現だった。
「!」
「乱橋? どうした?」
 亜夢は美優にアクセスした。
 何もない空間に、小さな影だけがある。その中に入らないと、彼女は出てこない。
 亜夢は自分の姿をそこに作り出そうとするが、そこにたどりつけない。
『どこ? 今どこにいるの?』
 黒い穴のような影は答えない。その先に美優はいるはずなのに……
 亜夢はヤドカリの感覚を借りたように、美優の視覚や聴覚に割り込もうとした。
「うっ……」
 亜夢は入り込んでいた思念波で見える世界から、現実に引き戻された。
「おい、君、どうした?」
 隊員はガーゼを切って亜夢に渡した。
「?」
「鼻血が出ているぞ」
 亜夢はガーゼを受け取って鼻を押さえた。
「いま、いきなり殴られた」
「確かに、顔がぶれたように見えたけど」
「思念波で、しかも美優を経由しているのにこんなことが出来るなんて……」
 恐ろしい。しかし、ならばなぜ攻撃してこないのか。こんなに力があるなら、|精神制御(マインドコントロール)の対象も、美優じゃなくて、直接私でもいいはずだ。亜夢はそう思った。亜夢を直接攻撃しない理由がなにかあるのでは、と疑い始めた。すべてにおいて力が上、という訳ではないのかもしれない。
「こちらの位置が知られたとかはないのか?」
「知られたかもしれません。なので……さっきのことを実践しましょう。私は直接フィールドの人質の様子を見てみます」
 危険な作戦であることは間違いなかった。
 けれどこちらの位置がばれてしまったとすれば、亜夢がいるだけで逆探知されてしまうのだとしたら、もっと大勢を犠牲にすることになってしまう。
「死ぬなよ」
 亜夢が完全に隊を離れてから、リーダーが新たな位置を指示して動き始める。
 亜夢は一般客の通路に出て、スタンドを通ってフィールドに降りることにした。
 内野のフィールドは高くまでネットが張ってあって、降りることが出来なかった。
 亜夢はまた中に戻って、三塁側のベンチへ抜ける扉を探した。取っ手に触れ、鍵がかかっている場合は、非科学的潜在力を使って、反対側のサムターンを回して解錠した。
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「……」
 腕を組んでリーダーが何か考えている。
「一瞬で済むこと。何か仕掛けて行ったのか」
「たぶん」
 男たちが急にあわただしく動き始め、装置の下や、裏を探し始めた。
「爆弾のようなものではないと思いますけど」
「……ここに二人残して、後はスタジアムの状況を確認するため、上のフロアにあがるぞ」
 リーダーが言うと一人はもくもくと部屋を探しつづけ、一人は扉の外に立って銃を構えた。
 亜夢はリーダーについて、緊急用の階段を使ってスタジアムの端、一番高い場所へのぼっていく。
「警備室は無事だったんですか?」
「無事だ。警備室で見れる監視カメラの映像も、実はテレビ中継室からみることが出来るらしい。だからそこを押さえたんだと推測したんだが」
 ドームスタジアムの観客を人質にしているからには、どこからか監視しているはずだ。そうしないとどこからか逃げられてしまう。
 客席に出る箇所から、少しだけスコープを出して、スタジアムの様子を見た。亜夢もその映像を見た。
 どうやら人質となった人たちは観客席からフィールド部分に下ろされ、集められているようだった。
「フィールドに集めていても、どこからかは逃げられてしまいますよね。どうやって統制しているんでしょう」
 亜夢がそう言うのも無理はなかった。
 誰か高い位置に立って声をかけているわけでもないし、集団に先頭となるような人もいない。中心に立っている人間がいるわけでもない。ヒツジはいれど、犬も羊飼いも存在しないのだ。それなのに集団が解散しない、というのはおかしい。どこからか監視・統制されているはずだ。
「……」
「外から追い立てているのでないとしたら、内側でしょうか?」
「人質の中に入っているということか。だが、監視の及ばない外側の人間はどうする」
「そう…… ですよね」
 亜夢はスコープから送られてくる映像をじっと見つめた。
 集団の外側がばらけず、まるでおしくらまんじゅうをするかのように、集団をまとめている。外側の人にもなにか統制がかかっているのだ。非科学的潜在力をつかったとしてもこれを長い時間やっていれば疲れてしまう。
「テロの要求はどういうものなんですか?」
「国際刑務所に収容中の非科学的潜在力をもった仲間の解放。それと非科学的潜在力に対する差別行為を即刻中止すること。やつらは具体的に干渉波の停止、と言っている。公には非科学的潜在力を持った人間にだけ働く干渉波があるなんて事実は知らせていないからな。それを差別の中止、と言い換えている」
「干渉波の件だけなら、私もテロ側に付きたいくらいです」
 リーダーはものすごい形相で睨んだ。その様子から亜夢は拳が飛んでくるような錯覚を覚えた。
「……」
「すみません」
 状況を変えて行かないと事態が悪くなる、と思い亜夢は提案した。
「私がグランドにおりて、人質の様子をみてきます」
「状況が分かってないんだぞ」
「けど、こうやって見ているだけでは分からないじゃないですか」
 亜夢はリーダーの頭に|思念波(テレパシー)で話しかけた。
『グランドの状況は、これで伝えることができます』
「なに?」
「テレパシーです。とりあえず、リーダーには送れますから。このドーム内は干渉波がないので、テレパシーは届きますよ」
 リーダーは恐れているのか、驚いているのかはわからなかった。直接脳に話しかけられる感覚は、されたものでなければたとえようがない。
「俺を特定した? というのか」
「しばらく皆さんと行動していて、思念波で見える世界と比較して、丸なのか四角なのか三角なのかって。それでリーダーがどう見えるのか覚えただけです」
「間違えて他人に送ったりしないのか?」
「干渉波がなければ大丈夫ですよ」
 リーダーは黙って何か考えていた。
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「えっ、美優のように操られている人物がたくさんいるってこと?」
「まだ特定はできていないが、このテロの中心人物は相当な非科学的潜在力の持ち主だ。同時に複数の人物の|精神制御(マインドコントロール)を行うことが出来るはずだ。これの問題は|精神制御(マインドコントロール)されている人物は、その時だけ非科学的潜在力を使えることだ。だから普段は干渉波による影響もないし、非科学的潜在力のテストをしても無能力者と判定されてしまう」
「怪しいと思っても、検査しようがないということですか」
 空港や重要施設の検査をすり抜けてしまえるということだ。
「そうだ。だからこのドームに入られた」
「さっきの宮下と、七瀬もそうなんですか?」
「|精神制御(マインドコントロール)されているのかどうかまではわかっていない。ただ、都心に潜伏出来るとしたらそうなのかもしれんな」
 美優もこの為に連れ去られたに違いない。テロリストの手下としてこのドームスタジアムのどこかにいるのかも……
 亜夢はぶるっと震えた。犯人の仲間とみなされれば人質の安全の為であれば『射殺』されるかもしれないのだ。
 エレベータ脇にある、階段を使ってテレビ中継室のフロアへ上がる。
 そこはTVの解説員たちがドームの中を見下ろす場所ではなく、ドーム内の映像・音声が統括される場所だった。
 階段室からフロアの廊下に入り、角から小さなスコープを出して状況を確認する。亜夢はその映像を後ろから見ていた。廊下に見張りすら立っておらず、まったくの無警戒だった。
 指で階段室に戻るように指示される。
「おかしい。乱橋くん。壁伝いに部屋の中に誰かいるか察知できるか」
「やってみます」
 亜夢は階段室側の壁に手を当て、どこかに人の意識がないかを探った。
 すぐに首を振る。
「雑音が多すぎて判断つきません。部屋に近づくかしないと」
「その非科学的潜在力を使用する場合、相手にも気づかれるのかね?」
 亜夢はしばらく考えた。
「五分五分、といったところでしょうか。私が気づいた段階で素早く引けば気づかれないでしょうけれど……」
「わかった。確認はやめて、強行突入する。乱橋くんは非科学的潜在力で各人のアシストをしてくれ」
「はい」
 もう一度廊下に出て、スコープで廊下の様子を確認する。
 すぐに判断をして、廊下を走り扉の左右に展開する。最も扉に近い位置の二人は銃を構える。そして大型のカッターのようなものを持った人が扉に近づき、扉のデットボルト(本締)を一瞬で切り離した。
 大型のカッターをさっと下げると、扉の両脇にいた人が突入する。
 ひもでつながれているかのように、ぶつかりもせず次々に突入していく。亜夢も最後の方に同じようにして突入した。
「いません」
「罠か?」
 そう言うとすぐに扉付近の数名が廊下に出て、外を再度警戒する。
 一番最初に入った人物が、端から端まで確認して首をかしげる。
「乱橋くん確認を」
「えっ?」
「ここに人がいたのかどうか」
 つまみやレバーが並ぶ機器に触れ、いつまで人がいたか、それとも人がいなかったのかを調べた。人が活動していたのなら、なんらか亜夢が感じ取れてもおかしくはない。しかし、何も感じ取れない。
「……」
 亜夢は首を振った。
 リーダーが言う。
「もっとわかりやすいところにしよう。この部屋にはいったかどうかだ」
 扉の取っ手を調べるよう指示された。亜夢がそっと触れてみる。
「あっ、誰か触れています」
 何を見たのか、必死に何かを探している感じが分かる。
「一瞬だけここにいたようです。何かを探していて、それをしたらすぐ出て行ってます」
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「中谷さん。中谷さんは正しいことを言ったんです。泣かないでください」
「清川くん……」
 中谷は清川の肩に手をかけた。
「ありがとう」
 清川は笑った。



 パイプスペースでは、亜夢達非科学的潜在力女子がいない想定で作戦を話し合っているところだった。
 男に促されて、亜夢とアキナが入ると、中の連中は話すのを止め、一斉に二人の方を見つめた。
 亜夢はふてくされたような顔をして、床に目線を落としている。
「私達も作戦に協力します。協力させてください。お願いします」
「亜夢、その言い方……」
 再び、この集団のリーダーが亜夢のところにやってきて、言った。
「本当にやれるのか。半端な気持ちだと」
「やります」
「私もです」
 亜夢とアキナはほぼ同時に答えた。
「よし」
 リーダーが声をかけると、すぐに男たちが行動した。アキナと亜夢はそれぞれ別々の班に分けられ、おのおの作戦を説明された。
 短い説明ではあったが、皆首を縦に振った。
 男たちは銃を持ち、装備を確認した。
 亜夢とアキナも、チョッキを着けるように言われた。
「それは外して」
 確かに、キャンセラーを外すと、非科学的潜在力の外へ広がるような力が使えない。
 二人は言われた通り、干渉波キャンセラーを外す。
「えっ?」
 亜夢とアキナは顔を見合わせる。
「亜夢、ここ、都心じゃないの?」
「ここ干渉波がない」
「テロリストが非科学的潜在力をつかうのだから、そういう状況でも不思議はないな」
「……」
 亜夢は一瞬、言うべきか、言わないべきか悩んだ。そしてそのまま考えた事を口にした。
「テロリストが何故干渉波をキャンセル出来るんですか? 政府に内通するものがいるんじゃないですか?」
「……それは今議論する内容ではない」
「しかし」
「人質の解放が先だ」
 亜夢はうなずいた。アキナも目で合図した。
「いくぞ」
 亜夢の班は、一度駐車場あたりまで下がってから、作業用通路を使ってテロリストが指令室として使っているだろうテレビ中継室の真下へと向かった。アキナの班はグランドの下を通って、人質を逃がすための大型搬入口の確保をすることになった。
 腰をかがめながら素早く通路を通りテレビ中継室の真下に到着する。
 亜夢は男たちから携帯端末でテロリストの画像を見せられる。
「このドームを占拠した連中だ」
 最初の人物は、車椅子に乗っていた。
「宮下加奈」
「知っているのか。その通りだ。宮下は車椅子に乗っているが、油断できん。車椅子ごと宙に浮いたりする」
 次の写真の女性の写真は、目元に見覚えがあった。
「よくアメリカンバイクに乗って行動している女だ。最近分かったんだが|七瀬(ななせ)|美月(みつき)という名前だ。二年ほど前まで、都内の高校に通っていたらしい。その他の経歴はまだわからない」
 いつもはフェイスマスクをしていて、顔全体の輪郭や口元をみるのはじめてだった。
 亜夢は七瀬の写真を指さして言った。
「さっきまで私達の乗ったパトカーをつけていました」
「そうか。ならば、君たちと同時にドームに戻ってきているかもしれないな。残念ながら、顔がわれているのはこの二人だ」
 亜夢は拍子抜けした。自分が把握している情報を上回っていないからだ。
「以前、署長の娘が|精神制御(マインドコントロール)されていたのは知っているな。我々の予想では、ああいう人物がまだたくさんいると予想している」
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 アキナが返す。
「けど、協力するふりして、テロリストを殺さないようにすることもできたんじゃないかな」
 亜夢は立ち止まって振り返る。
 アキナも、亜夢が誰を見ているかに気付いて、振り返る。
 視線の先の男は首を振る。
「アキナ、その場合は私達もターゲットにするって、そう言ってたじゃない」
「……」
 再び階下方向に向き直り、亜夢はゆっくりと階段を下り始めた。
「あの人は、非科学的潜在力を持つ者としての共感をすてろ、って言ってた」
「そうだったね」
「同じ人としての共感はないんですか?」
 亜夢はそう言って立ち止まり、またしんがりの男の顔を見た。
「ない。テロリストは人ではない」
 亜夢は男の冷静な表情が気に入らなかった。
「……が、君たちが協力しないと、テロリストにも、我々にも、そして人質にもだ。余計な犠牲者が増えるのは間違いない。なぜ協力を拒否した? 短時間で制圧するためのベストな選択なのに」
 亜夢は男を睨みつけていたが、男の言葉を考えているうちに視線をそらした。
「……誰も傷つけたくないのよ」
 ゆっくりと階段を下りていく。
 それを最後に誰も話さなくなり、しばらく靴音だけが響いた。
 階段を下りきると、少し広がっているホールに出て、最初に通ったオートドアを出た。
 亜夢達に気付いて、中谷と清川が車から出てくる。
「どうしたの? もう終わったの?」
 清川に呼びかけられると、亜夢とアキナは小走りで近づいた。
「いえ…… そういうわけでは」
 男はオートドア近くで立ち止まった。
 中谷が険しい顔をして亜夢の胸倉をつかんだ。
「な、なにをするんですか?」
「じゃあ、なぜ君たちは帰ってきたんだ。ドームの中の人質をすくっていないのに!」
「……テロリストを殺す気で行動しろと。そうしなければ私やアキナも殺すと言われたから。そんなことできない、と思ったし、それに、私、誘拐された美優を探す為ににきたんだよ」
 中谷は急に手をあげ、亜夢の頬をはたいた。
「痛い」
「馬鹿! すぐもどるんだ。作戦に参加しろ」
「だから私達、人殺しの為に学園から連れてこられたんじゃ……」
 中谷は亜夢を突き飛ばした。
 足がもつれ、よろよろと後ろにさがると、しりもちをついてしまう。
「何をするんですか」
「君たちは俺と清川がしたくてもできない能力を持っているんだ。持っている者として、責任を果たす義務がある」
「……欲しくてこの|非科学的潜在力(ちから)を持っているわけじゃない」
「俺らだってそうだ!」
 中谷は亜夢たちに背を向けた。
 鼻をするるような音が聞こえる。
 清川が代わりに進み出て、オートドア付近に立っている男の方を指さす。
「早くいきなさい。人質を救うの」
 亜夢は立ち上がって清川にくってかかる。
「私達は誰も殺したく」
「いいかげんにして!」
 中谷とは反対側の頬を、パチン、と叩かれた。
「亜夢。テロリストに対抗できて、ドームの人質を救えるのはあなたたちだけなのよ」
 亜夢は両目から涙があふれていた。
 アキナは口を真一文字にむすんで、清川にうなずいた。
「行こう。亜夢」
 エレベータ近くで立っていた男は清川にうなずいて、泣き叫ぶ亜夢とアキナを先導し、ホールへ入っていく。
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「もしかしたら、キャンセラーである必要はないのかも、ってことさ。干渉波を止めれれば、その空間は非科学的潜在力を使える人の|聖域(サンクチュアリ)になる」
 中谷は立ったままノートパソコンを開けて何か調べてみようとする。
「ちっ、圏外じゃなにも……」
 ドームの入り口から、数人の男が急ぎ足で出てくる。
 男たちはみなバラバラでカジュアルな服装だった。しかし、あからさまに組織だって行動している。
「えっ?」
 亜夢が言った時には、四人は男たちに囲まれていた。
 たとえようのない無言のプレッシャーがかかかっている。
 一人が口を開く。
「君たちがヒカジョの子だね?」
 亜夢とアキナは中谷の方を見る。
 中谷の身体がブルっと震えた。
「じゃあ、中谷くんに聞こう。この|娘(こ)たちを借りるぞ」
「……この|娘(こ)達はものじゃありません」
 すると男たち前がんが、深々と礼をした。
「君たちの協力が必要だ」
 中谷がうなずいた。
 亜夢とアキナはそれを見て返事をした。
「はい」
 男たちが出てきた入り口へ戻っていく。
 亜夢とアキナがそれについて行く。清川と中谷が続いて入ろうとすると、しんがりの男が立ち止まって手を広げる。
「中谷さん、清川さんはここでお待ちください」
「えっ……」
「命令を守らないと……」
 しんがりの男は手のひらを水平にして首に当てた。
「……」

 亜夢とアキナは男たちが軽快に階段を上がっていくのに、必死になってついていっていた。
 階段を上がりきって、小さい扉を潜って入った部屋は、どうやら狭いパイプスペースでコンクリート打ちっぱなしで様々な配管がそのままだった。その部屋の中には、配電盤やら機械類が並んでいた。
 最初から部屋にいた、リーダーらしき男が近づいてきて、亜夢とアキナの前で立ち止まった。
「君たちが非科学的潜在力を使う子か」
 二人は同時にうなずく。
「この戦いは負けられない。大勢の命がかかっている。敵は銃を持っていて、加えて電撃、身体の硬化など、君たちと同様に非科学的潜在力を使う。その力は君たちにとっては当然で、我々が銃を持ってそれに対抗するのは酷いと思うかもしれんが、奴らは非道でこのスタジアムの人間を人質に取っているような人間だ。我々が行うことに協力をしてもらうために呼んでいる。もしそれができないようなら、悪いが君たちも同罪として、銃を向けることになる」
「……なぜ、いきなり私達に銃を向ける話をするのですか?」
「同じ非科学的潜在力を使うものとしての共感を捨ててくれ、ということだ。そして、テロリストとして犯人を殺してしまうかもしれないが、それについて理解してもらう必要があるからだ」
「……殺すかもしれない、というのには」
「参加できないというのか」
「はい」
 亜夢は男を睨みつけるようにしてそう言った。
 アキナも慌ててうなずいた。
「分かった。水沢。この子達をもとの場所に連れて行け」
 呼ばれた水沢という男が、亜夢とアキナに銃を突きつけた。
「悪いが、作戦に賛同いただけないなら、さっきいた地下駐車場に戻ってもらう」
 亜夢とアキナは手を上げて後ろを向いた。
「扉を出ろ。さっきの廊下の先の階段から戻るぞ」
 男がしんがりをつとめ、亜夢が先頭になって階段を下りていく。
「亜夢。本当にこれでいいのかな?」
「テロリストだって人だよ。人殺しに加担できないよ。だいたい私達は連れ去られた美優を探しに来たんだし」
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「えっと…… 非科学的潜在力を使うテロリスト集団よ。なんの略だかわすれたけど」
 清川が言うと、すかさず中谷が略したの部分を説明する。
「Aはなんだったかな? アカシックだったかな。KKはカルマの|守護者(キーパー)という意味らしい」
「カルマの守護者なら|KG(カルマガーディアン)じゃないんですか」
「清川くん、俺が決めたんじゃないんだから、そこ突っ込まないでくれる?」
 中谷は必死にキーボードを打って、どこかにアクセスしている。
 亜夢が画面をのぞき込むと、ブラウザでたくさんのタブを開いている。
「おかしい…… どこにも書き込みがない」
「書き込みがないってなんのことですか?」
 亜夢がたずねると、中谷は説明した。
「ショートメッセージSNSや、電子掲示板システムに書き込みがないんだ」
「まだ始まったばかり、とか人質になっていることに気付かないんじゃないの」
 アキナがそう言うと、清川が言った。
「もう一時間以上経過しているわ。どこにも出れないだろうから、さすがに気づいているでしょうね」
 中谷がノートPCの上で手首をこねている。
「あれだ…… 清川くんはしってるかしらないけど」
「なんですか?」
 中谷がふーっと息を吐いた。
「|対テロ用の情報統制(インフォメーション・コントロール・フォー・カウンター・テロリズム)だよ」
「対テロ用情報統制(ICCT)…… うわさは聞いたことはあります」
「これが発動されているってことは、相当やばいぞ。中の人の安否も。おそらくSATも動き出している。犯人をやることが主だからな。人質が生きてようが死のうが関係ない」
「えっ? 警察組織は国民の安全や財産を守る仕事ではないんですか?」
 亜夢は顔を真っ赤にして怒った。
「全員を均等になんか守れない。だから、そのた大勢の命や財産を脅かされないうちにテロを排除するのが目的なんだ。まさか今日これが発動されるとはな」
「中谷さん。じゃあ、私達は何のために呼ばれたんですか? 」
「……」
 中谷は亜夢から視線をそらして、ノートパソコンの画面を見つめた。
 そして、なにやらまたキーボードから打ち込みを始めた。
「俺たちも、とにかく現場に向かおう。清川くん」
「はい」
 清川はもくもくとパトカーを走らせた。
 都心に近づくにつれ渋滞で移動が遅くなった。しかし、問題のドームスタジアムの周囲は交通規制すらなく、まるで何事もなかったような状況になっている。
 亜夢たちが乗るパトカーも誰に制止されることもなく、ドームスタジアムの駐車場に入ることができた。
「どうなってるの?」
「情報統制しているから、見た目でわかるような規制を取れないんだろう」
 中谷は自らのスマフォを清川につきつける。
「アニメの壁紙がどうしましたか?」
「違う! 『圏外』だってことだよ。他人の趣味に口出さないでくれ」
「いいとも、わるいとも、ロリコンだとも、変態どすけべとか、何も批判してないじゃないですか」
「言った言った、今言った!」
 中谷と清川はまるでプロレスの開始直後のように、手を合わせ、指を絡ませるようにして、力比べをしている。
 亜夢とアキナも自分のスマフォを取り出して確かめる。
 確かにアンテナ強度の表示が『圏外』になっている。
「ほんとに圏外だ」
「中谷さん、これも情報統制なんですか?」
 ようやく中谷が力比べに負けたようだった。
「ああ。かなりピンポイントで圏外を作り出せるそうだよ。これは政府と携帯電話会社と細かく取り決め……」
 中谷は口を開けたまま立ち止まった。
「そうだ。干渉波キャンセラー。携帯電話の会社なら問題なく作れるのかも?」
「?」
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