その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ: 非科学的潜在力女子

 スッと黒い人影が消えた。
『……』
 美優が、手を広げて駆け寄ってくる。
「亜夢!」
 意識を取り戻した美優は、そう言って亜夢に飛びついた。
 抱きとめると亜夢はぐるりと体を回して喜びを伝えた。
「ありがとう、亜夢!」
「良かった! 戻ったのね美優!」
「怖かったの。以前もこんなことになって……」
「それなんだけど、ちょっと詳しく聞かせてほしいの」
「あ…… あれ?」
 足が震え始め、美優は反りかえるように倒れていく。いそいで亜夢が抱きかかえる。
「あいつに抵抗するからかなり力を使ったのね」
 美優が使った超能力は美優の中に存在する力だ。
 あれだけの超能力を使えば、体中のエネルギーがなくなったようになるだろう。
 亜夢は以前乗っ取られた状態が、例の警官を巻き込んだ事件だったのではないか、と考えた。
 清川を捕まえて、一緒に美優の話を聞くことにした。
 ホテルのロビーで座って話を聞きくと、自宅にいた美優がコンビニに行こうと家を出た瞬間に、意識が飛んだ、ということだった。意識が戻った時は美優の父親の腕の中だったという。
「全然聞いてなかったけど、美優のお父さんって……」
 ありったけのシロップを注ぎ込んだ甘いアイスティーを飲み終わると、美優が答える。
「えっと…… 私の父、実は警察署長なの」
「え? もしかして、あなた西園寺署長の娘?」
 清川の言葉に、美優はうなずく。
「こ、これは失礼しました」
 頭をテーブルにこすりつけんばかりに清川が頭を下げる。
「……」
 そして何か思いついたように手のひらを叩く。
「あっ! 加山さん、もしかしてこのことを知っていたんじゃ……」
 亜夢も清川を指さして言う。
「違いないです! しかも、犯人が美優だ、と思っていたのかも。署長の娘である美優をかばうつもりだったんだ。それなら犯人を隠そうとするのも納得がいく。私が最初の映像で、男と決めつけてミスリードしようとした|理由(わけ)も」
「?」
 美優は何を話しているか分からずに、キョトンとした顔をしている。
「なんでもないの。美優が悪いことないのよ」
「それより、亜夢、あの支配してくるヤツ、あいつを捕まえないと」
 清川は懸命にメモを取っていた。
「何も見えなくなって、自分が自分でなくなるような。悲しいことしか思い浮かばなくなって、ものすごくつらい」
「……美優は、どこかでその人と会ったことはない?」
 亜夢は清川に今回の容疑者の写真を見せるように耳打ちした。
「例えばこの中にいる人とか、その傍にいた人とか」
「……」
 美優は首をかしげる。
「いないと思う…… 私、直接会ったことない」
「そう。他に何か手がかりになるようなこと、ない?」
 口元で指を動かし、言うのをためらいながらも、美優は口を開いた。
「私を支配してくる人なんだけど、私を救ってもくれたのよ」
「救ってくれた?」
「そう。私、体調が悪いことが続いて、どこからかものすごいもやもやしたものが頭に響いてね。寝れなくなったの」
「……」
「この人が話しかけて来て、寝れないって話すと、助けてやるって言って」
「美優、あなた、もしかして…… そのもやもやした時って、こう聞こえてはない音が聞こえて、見えてはいないモノが映ってこう、寝れないというか」

 驚いた美優の母は彼女に触れようとする。
 美優は、スッと手をかざし、母親を壁際のソファーへ飛ばす。
 母親は座ったか、と思うと目を閉じてしまった。
『死ネ』
 左右にステップを踏み、指から発せられる雷を避ける。
「君、どうした!」
「危ない!」
 急に飛び出してきた警官に雷が走る。
 亜夢は慌てて手をかざして、警官を吹き飛ばす。
 雷をかわすことができた警官は、無線で応援を呼ぶ。
 近くにいた刑事や警官が美優の周りに現れる。
「そこの女、電撃をやめないと撃つぞ!」
「やめて!」
 と亜夢は叫んだ。
「……」
 美優は『撃つ』と言って銃を構えた刑事に手をかざす。
「やめて!!!」
 刑事は美優が電撃を出すのを待たずに、躊躇なく引き金を引いた。
 アシストを全開にして美優へ走るが、どうがんばっても亜夢は追いつけない。
 美優に当たった、と思った瞬間、キンっと音がして、美優の足元に着弾した。
「!」
 監視カメラ映像から何度も再生した映像が、亜夢の頭に蘇っていた。
「これって、まさか……」
 最初から追っていた犯人が、美優だったなんて…… 亜夢は目を見開いていたが、見える事実を受け止められずにいた。
「違う!」
 叫ぶと同時に、|思念波(テレパシー)を美優に投げかけた。
『美優、どこにいるの!』
 目に移る美優は、指先から何本もの雷を放ち、再び発砲した弾丸を弾いている。
『美優! 私よ、亜夢だよ! 出てきて!』
 力の限り|思念波(テレパシー)を注ぎ込むと、美優の中に動くものがあった。
『亜夢、私……』
 亜夢の頭の中には、バレエを習っていた時の美優、通学途中で話しかけてくれた時、クライノートで買い物している時の美優が、幾重にも重なって現れていた。
 そして、亜夢はその中のずっと奥で、膝を抱えてしゃがんでいる美優を見つけ、それに手を伸ばした。
『美優、自分を取り戻すの!』
 美優が亜夢に気付き、亜夢の手に触れようとする。
「お前は一体何者だ」
 亜夢は現実の風景に気持ちを戻すと、黒い人影が見えた。
 小学生くらいの、小さな人影。
 その黒い人影はゆらゆらと、陽炎のように空気が震えてみえた。
「あなただれ?」
「乱橋亜夢、お前こそ何者なんだ」 
「危ない!」
 亜夢は美優に向けられた銃が、最後の弾丸を発射するのに気付くと、力を伝えて空気を巻き銃口を真下に向けた。
 バン、と銃声が起こって、跳弾した。
 陽炎のように揺れる先にいる、その黒い人影の中から、目だけがはっきりと確認できた。
「……」
『それがあなたの目なのね』

 亜夢は|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)を使う人間が、最も得意なワザを初手に見せて相手を委縮させることがある、と思い出していた。
「残念だが、これはハッタリではないぞ」
「!」
「私は触れずに君の考えを読んでいる。いくら強い超能力を持っていても、読まれたら対策される。つまり君は私に勝てない」
 亜夢は神島の周りの空気を渦巻かせはじめた。
「分かっているよ。私の周りの空気を……」
『こちらの考えを読んでも、対策できないことがあるのよ』
 空気のある方、ある方を探して動くが、神島は息ができない。
「(クルシ……)」
 空気密度が薄くなっていて、神島の声が小さく聞こえる。
 膝が緩むと、落ちるように倒れてしまった。
 亜夢は倒れた神島の額に手をあてた。
「この人、超能力者じゃない」
 |非科学的潜在力(ちょうのうりょく)は脳がもつ力で、亜夢は経験上、その肉体に超能力があるのかわかるのだった。
 亜夢は会場を出ると、IDを見せ、その場所にいた警官に説明する。
 慌てて無線を使い連絡し、集まってくる警官たちが会場に入っていく。
 亜夢はそのまま清川のところへ帰ろうとしたが、何かが引っかかった。
 会場の周りを歩いていると、発表会に呼ばれたと思われる客が何人か、エスカレータから上がってくるところだった。
 シンプルだが、気品を感じる女性に、亜夢は見覚えがあった。何故見覚えがあったのかは、後ろにいた人物で分かった。
「美優!」
「亜夢! なんでこんなところに?」
 前を歩いているのは、大通りのクライノートで買い物をしていた時に見た、美優の母親だった。
「美優、どちらさま?」
「あっ、えっと。お友達の亜夢」
「そうじゃなくて、どちらの方ですか」
「……どちらでもいいでしょ?」
「あっ、えっと、お家は大きな砂丘のあるとこに……」
 美優の母は、急に笑った。
「失礼」
 母は美優を引き寄せて、亜夢に聞こえるような小声で言った。
「あんな恰好をしているお友達なんて、どういうことですか」
「……」
 美優が下を向いて、長い髪が前に掛かって表情を隠した。
「!」
 亜夢は強力な|思念波(テレパシー)を感じた。
『ワタシのトモダチを……』
『美優?』
『よくもワタシのトモダチを倒したな』
 美優が顔を上げると、亜夢を睨みつけた。
「どういうこと?」
 美優の母が言った。
「乱れた服装の娘とはお友達にはなれない、という意味です」
『死ネ』
 美優は両手を正面にまっすぐ突き出すと、指先から電撃を発した。
 亜夢はとっさに足の力をアシストして素早くバック転をしてかわす。
「美優!」

「全力よ」
 亜夢はうなずき、相手の左拳へ、そっと左拳を合わせに行く。
 ちょん、と触れ合うと、互いにバックステップして、得意の拳を後ろに引き、それを突き出す。
 高速で繰り出される拳が触れ合うか、という瞬間。
 ドン、と音がすると、陽炎のように空気が歪んだ。
「うわっ」
「きゃっ」
 亜夢と女は右手と右手を突き出したまま動かないのに、清川と中谷は吹き飛ばされたようにしりもちをついていた。亜夢と女の拳を中心として、波紋ができたように見えた。
「中谷さん。二人はまだ、やってるってこと?」
「表情からすると、そんな感じだね」
 力と力の勝負。
 女の額からは玉のような汗が落ち、一瞬目を閉じた。
「えっ?」
 そのまま女は前のめりに倒れ、亜夢が慌ててそれを抱きとめた。
「亜夢ちゃん、どういうこと?」
「おそらくですが…… 私の最初のインパクトが堪えたみたいです」
「えっ、死んじゃったの?」
「死ぬことはないと思います。呼吸もしていますし、鼓動も感じます」
 亜夢が、ゆっくりと女を床に寝かせた。
「けど、しばらくは目を覚まさないでしょう。早くこのことを伝えないと」
「伝えるのもそうだが……」
 中谷は清川の制服を見て、銃やパトレコがなくなっていることを確認した。
 今度は亜夢の方を見て、その首に『超能力キャンセラー』がかかっていないことに気付いた。
「まずいな…… 銃とか、パトレコとか抜かれてる。乱橋くんはキャンセラーを取られてる」
「あっ!」
 清川と亜夢は、今気づいたように手で体を確認する。
「絶対に探して取り返さなきゃならない。俺は探すから、二人はこのことを伝えて」
 亜夢は女のパンツのポケットからプラスチックの札を取り出した。
「それなら、この52番の札でホテルのクロークにあずけてあります」
 亜夢はそう言うと、札を中谷に投げた。
「えっ?」
「さっき、この女の人が考えていたことを読んだんです」
「わかった。じゃあ、今度は、本部にこのことを伝えて」
「はい」
 亜夢は清川の手を引いて鉄の階段を上った。
 ステージ裏の暗い通路を走っていると、前方に光る車輪が見えた。
 亜夢は、車椅子と思って警戒した。
「どうしたの?」
「さっき、あそこに車椅子の車輪が見えました」
「誰かいるってこと?」
 亜夢はうなずく。
 ゆっくりと通路を進んでいく。車輪の見えたあたりにくるが、誰もいない。
 二人はそのまま壇上を降りて会場を走り抜けようとした。
「待て」
 壇上の反対側にスーツの男が立っていた。
 今回の製品発表会の主役であるCEO。男は、ゆっくりと二人に近づいてきた。亜夢は清川の手を投げ出すように放して、会場の奥、緩やかに上がった先にある、出入り口を指さした。清川は必死に走り始めた。
「待て、と言ったはず……」
 スーツの男が、飛び上がろうとするところに、一瞬で滑るように移動した亜夢の蹴りが飛ぶ。
 男は飛び上がらずに、両腕で蹴り足をガードした。
「サエコくんを倒した…… んだね」
 接触により記憶を読まれた、と思った亜夢は、慌てて蹴り足を戻した。
 スーツの男が軽く振った腕に、弾かれたように亜夢が後ろに下がる。
「君の力を軽く見過ぎていたよ。もっと警戒すべきだった」
「|神島(かみじま)ポール|直人(なおと)…… それがあなたの名前ね」
「今の一瞬で、私の頭をスキャンしたと見せかけたいのかな? 単なる知識だろう。なにしろ私は有名だからね」
 亜夢は何も言い返さなかった。
 神島はゆっくりと上着を脱ぐと、会場側の椅子へ投げた。それは紙飛行機のようにすーっと飛んで、椅子の背もたれに掛かった。

 清川が叫ぶ。
「中谷さんが犠牲になってくれるそうです。すみませんが、合図をするので背中を押しながら立ち上がりましょう」
「おお」
「あい」
 亜夢は中谷と清川の状態を確認して、合図を始めた。
「行きますよ、せぇーの、はい!」
 背中をぶつけあい、よろよろと三人は立ち上がった。
「じゃあ、中谷さん、思い切りひぱって引きちぎります。力を入れて耐えてください」
「ああ」
「せぇーの!」
 手錠の金属が触れる部分を硬質化させる。一瞬、鋭角にとがった亜夢の腕が、金属を裂き、輪を砕いた。
「やった」
「まさかそこまでやるとはね」
 フェイスマスクをした女性が鉄の階段の上に立っていた。
「あなたがあの時のライダー?」
「そうよ。やっぱりさっき仕留めておけば良かったかしら?」
 亜夢は言った。
「あなたは本当の悪党じゃない。だからさっき私達を殺さなかった」
 階段をゆっくりと降りてくる。
 亜夢は清川側の手錠の鎖部分を見て、そこを指でつまんだ。
「!」
 ライダーの足が止まった。
「あなた、どこまで|非科学的潜在力(ちから)があるの?」
 パチン、と音がして、亜夢が触れていた鎖が切れた。
「局所的に熱を作って、鎖を切るなんて、なかなかやるじゃない」
 両手が自由になった亜夢は、清川と中谷のアイマスクを取り去った。
「今度は局所的に風をおこした…… どこまで出来るの? 頭がいいのかしら」
「?」
 亜夢は女が言っている意味が分からなかった。
「学校で習わないだろうけど、|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)って普通、特定のことを克服するために発達するのよ。あなたのように万能じゃない」
 女は階段の奥を振り返り、何かぼそっとつぶやいた。
 そして、階段から身構えると、言った。
「けど、万能であるがゆえ、一つの事は不得手なはず。だから身体補助能力であれば私の方が上」
 弾むように素早く跳躍すると、空中で前転した。亜夢が振り返る前に、その背後に着地してしまう。
「!」
 そのまま、女は蹴りを繰り出す。
 亜夢は、肺が飛び出したのではないか、と思うほど強く背中に当てられる。
 足で踏ん張らず、宙に飛び、体をひねり、回転させながらその力を流す。
 片足ずつ順番に着地し、しゃがみ込むと、払うような回転蹴りを右、左と交互にまわす。
 女はバックステップして、右も左もかわしてしまう。
 亜夢は急いでバック転して、女と距離をとる。
「やるじゃない。なんか習ってるの?」
 亜夢は首を振る。
「何にも。特撮ヒーローを見て覚えただけよ」
 女は亜夢の話を聞いて大声をだして笑いだす。
「何がおかしいのよ」
「いや、関心してるのさ。見ただけでおなじようなワザがだせるなんて…… それこそ漫画だな」
「あなただってさっきのクルクル前転するやつなんか、漫画みたいなことできるじゃない」
「あれは|非科学的潜在力(アシスト)があるからだ」
「なら私だって」
「さっきも言ったろ? 万能な|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)はありえない」
 亜夢は自分の存在を否定されたような気がした。
「自分は頑張ってこの力を得たのに」
 女は左拳ををすーっと伸ばしてきた。
「あの時の」
 清川がつぶやくように言った。
 |非科学的潜在力(ちから)比べをしようというのだ。
 お互いの拳と拳をぶつけ合う。超能力込みのパワー対決。

 さらに亜夢は触れている床を通じて意識を広げていく。
 人の出入り、扉の位置などが分かってくる。しかし、ここがどこか何かわからない。
『このスペースは上から見ると、カタカナのコの字型をしているようです』
 清川、中谷と順番に思考を読み取るが、二人ともノーイメージだった。
『亜夢ちゃん、亜夢ちゃん、俺の考え読み取れる?』
『どういう内容ですか?』
『署で見せられたホテルの図面を思い出してみる。それとも、言葉のような思考しか読み取れない?』
『やってみます』
 亜夢はそう送り返すと、中谷の思考を読み取った。
 今考えている信号は変化で読み取りがしやすいのだが、イメージ的なものは一度に複数の情報の励起を捉えなければならず、なかなかうまくいかないのだ。
「んふ、んふ……」中谷のイメージを読み取ろうとすると、本人は『くすぐったい』と感じているようだった。
「いもちあるい」清川の思考から『中谷さん気持ち悪い』と考えている。
 亜夢は|思念波(テレパシー)を送る。
『中谷さんのイメージを読み取るのは無理です。中谷さんが図面を思い出しながら、言葉で表現してみてください』
「ううううあえあい……」
 実際にのどを動かして声を出そうとしているらしい。
 亜夢は中谷の思考から読み取る。
『……四角い形の端に、舞台のようなエリアがあって…… その後ろ…… あっ!』
 どうやら考えているうちに、中谷自身がその場所を見つけたようだった。
『コの字型の領域って、舞台裏手だ。床がコンクリート打ちっぱなしってのも納得がいく』
 亜夢は何とか手を縛っているものを切りたいと思っていた。
 どうすれば清川と中谷を気づ付けずに手足の拘束を外せるだろう。
 いきなり腕を|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)で硬質化して振り回せは外れるだろう。しかし、同じものにつながっている清川や中谷を傷つけてしまうかもしれない。
 そうか。
 亜夢はまず、目視できるようにすることを思いついた。
 空気を動かして空間の形や大きさを確認するより、この目隠しを外す方が簡単だったのではないか。
 すぐにそれを実行した。髪の毛をコントロールして、目隠しのマスクに絡め、紐を切った。
 同じようにして、口にかまされていたタオルも切ってはずす。
「ふぅ…… 苦しかった」
「おおやあおあうあん……」
 亜夢の声を聞いた清川はそんな風に言った。
 首を左右に振りながら、後ろの手がどのようにつながれているか確認する。
 どうやって外せばいいか……
 首をまげても腕がどうなっているか分からない。
「どうしよう。後ろが見えない」
『あうあん、ああいああう、ああいおうぁえ」
「もう一度言ってください」
 そう言って、亜夢は清川の思考を読んだ。
『亜夢ちゃん、鏡がある、鏡をつかって』
 どうやら清川のポケットに手鏡があるからそれを使えということらしい。
「えっ、でも、どうやって使えば……」
 亜夢は清川に聞き返した。
「えいういうあいて……」
 すぐに思考を読む。
『宙に浮かせて使えば? 超能力ならそういうのできない?』
「そこまでは…… 出来ないんです」
「あう」
 中谷が声をだして、何か言いたそうだった。
『亜夢ちゃん、清川くんや俺の腕の事を心配してるんだろう? 清川くん側じゃない、私の腕の方はどうなってもいいからこっち側だけでも無理やり外してみなさい。そうすれば後ろを振り返ることも出来るだろう』
「けど……」
「あいあうあん」

 二人が中谷の方に近づいた時、背後から声がした。
「止まれ」
 それは男の声だった。
 亜夢が振り返ろうとすると、今度は女性の声がした。
「動くな!」
 全身を何万本もの針が立った板で挟まれたようなイメージが頭に送り込まれ、亜夢は前にも後ろにも動けなくなった。
『君には聞こえるだろう。我々と同じ超能力者なのだから』
 亜夢は無視した。
『聞こえているなら無視しない方がいい』
 スーツの男が、清川の背中に触れた。
『見えるかい? 今なら、この手で警官の心臓を一撃で止めることができるよ』
 亜夢はゆっくり顔を横に向ける。
 清川が何かを感じて、このホンの一瞬の間で全身に汗をかいてしまっている。
「きよか」
「勝手にしゃべるな。それから両手を上げろ。ゆっくりだ」
 女の声に制され、亜夢は両手を上げた。
 亜夢も背中に手のひらを当てられた。
『私の背中にいるのは…… 大通りで私と力比べをした人?』
『そうだ』
『なぜ本人が答えないの? 聞こえているんでしょう』
『……』
『女だったのね』
『……』
『そこから私を倒す自信があるの?』
「あっ、らん…… 亜夢ちゃん!」
 清川が叫んだが、亜夢はすでに意識がなく、応えられなかった。
 そのまま亜夢の体は、電気が通ったようにエビ反り、後ろにいた女に抱えられた。
「君たちも眠ってもらうよ」
 スーツの男が言うと、清川も中谷もしびれたように体を震わせ、気を失った。



 背中がムズムズして、亜夢は目が覚めた。
 目にはマスクがかけられ、口には猿ぐつわをされている。
 後ろ手に縛られ、亜夢、清川、中谷が背中合わせになっている。
 強引に足を曲げ亜夢が立ち上がろうするが、腕が引っ張られて立ち上がれない。後ろで清川や中谷とつながっているのだ。
 |非科学的潜在力(ちょうのうりょく)が解放可能な空間なのに、こうやってつながれてしまうと、簡単には動けない。
『ここは、どこだろう?』
 亜夢は|思念波(テレパシー)で清川と中谷に話しかけた。
 当然ながら、潜在力のない二人からは|思念波(テレパシー)で答えは返ってこない。亜夢は自らの|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)を使って清川の考えを読みにいく。
『な、なに? ここはどこだろう、って誰の声なの? 亜夢ちゃん? 亜夢ちゃんなの? 聞こえる、聞こえるよ~~』
 そうだ、と亜夢は思った。自分と同じ状況に置かれている二人に、ここはどこかを聞いても無駄なことだ。
 この空間を把握して、推測をしてもらった方がいい。亜夢は周りの空気に意識を広げた。
 動く空気、動かない空気、流れる方向、流れないところ。
 動かしながら感じ取ることで、空間の形をイメージするのだ。
 何か人のようなものがないか……
 空気がやけにスムーズに動く。空間が広いのか?
『どうやら天井が高いようです』
 亜夢はわかったことを清川、中谷に送った。
 今度は中谷の思考を読みに行く。
『お尻にあたる感じはコンクリート。天井が高いっていうなら、パイプペースか、地下の機械室とかだろうか?』
 その内容を清川へ展開する。

 中谷と清川は腕を組んでうなった。
 しばらくして清川が言った。
「私たちが後ろで、なんかノートを持って調査、記録している風にすれば……」
「一か八かそれでやるしかないかもな。乱橋くんも、適当に数値とか言えば、我々でそれをメモするフリをするよ」
 三人はホテルの壁を眺めるようにして立っていた。亜夢は壁を両手で触り、清川はノートに何か書き写している。中谷はノートパソコンを開いて、上や下をみて表計算ソフトに適当な数値を入力していた。
「42」
「ん? よんじゅうに?」
「はい」
 亜夢はわかったような、わからないような数値を言っては、壁を撫でる。
 かすかに|思念波(テレパシー)が残っている。亜夢はその特徴的なイメージを覚えることにした。
「すこし進みましょう」
 三人はすれ違う人に不思議な目で見られながらも、その作業を続けていった。
 しばらくして控室すべてを調べ終わるが、それ以上の気配はつかめなかった。
「控室を使っていない、ってことかな?」
「すでに会場に入っているのかも」
「会場はもう人が入れるのかな」
 中谷はノートパソコンでタイムスケジュールを確認する。
 まだ時間的に開場する時間ではなかった。入れるとすれば準備をするスタッフとか、ホテルの従業員だけだ。
「スタッフなら控室を使っただろう。俺は、さっきの少しだけ痕跡があった部屋を使った人を確認してみよう」
「お願いします」
「二人は会場の方の調査をして」
 清川と亜夢はフロアをおりて会場周りを調べ始めた。
 会場のすぐ横の、長い廊下にでると、二人の対向先に人影が見えた。
 亜夢より背が高い人と、背の低い黒スーツの男。
「!」
 清川は亜夢の様子をすぐに感じ取った。
 かなり距離が離れている。清川も目が良かったが服の色ぐらいしか判別できない。
「だれ?」
「アメリカンバイクに乗っていた人です」
「えっ? どっちが?」
 清川はそう言って、すぐにどっちがバイクに乗っていた方の人物か分かった。
「背の高い方ね」
 亜夢は清川の肩を押して、角に隠れた。
「意識しすぎると、相手にも感じ取られてしまう」
「そんなもんなの」
 亜夢はうなずいた。
「さっきのスーツの方、って今日の|発表(プレゼン)する会社のCEOだよ、間違いない」
「どうしてそんな人が|非科学的潜在力保持者(ちょうのうりょくしゃ)と一緒にいるんですか? もっとも嫌いだからここで発表しようとしたって……」
 亜夢は手をついていた壁から、|思念波(テレパシー)の残滓を感じた。
 これは、バイクの人とは違う……
「清川さん。もう一人、いや、すくなくとも、もう一人、|非科学的潜在力保持者(ちょうのうりょくしゃ)がいます」
「え、この壁から感じたの?」
「お二人さん、なにやってるの?」
 中谷が現れた。
 ジロジロと二人の恰好を眺めてから、ニヤリと笑って言う。
「あ、それ、壁ドンってやつ?」
 亜夢が清川を壁に押しやった格好がいわゆる『壁ドン』の恰好になっていたようだ。
「え、そういうわけじゃないです」
 亜夢は壁から手を離した。
「もう分かったの?」
「ああ、それが……」
 中谷は突然、言葉を止めた。
「?」
「中谷さん、話を続けてください」
 背後に車椅子の車輪が見えた。
 まさか、あの時逃げた車椅子か。亜夢は一瞬、『|宮下加奈(みやしたかな)』のことを思い出した。

「僕も今計測して分かったところだよ」
「もしかしたらずっと前から計画していたのかも」
「そうだね。それに非科学的潜在力の機密情報にアクセスできる人物って、ことだよね」
 |非科学的潜在力者(ちょうのうりょくしゃ)に与える電磁波の情報や、それを携帯電話の基地局やアンテナをベースに展開しているという事実は公表されていない。中谷は職務上偶然知りえただけで、亜夢のキャンセラーと、この干渉波の強さを測るシステムだけしか作っていないし、それらを作る知識を他人がアクセスできるような形にはしていない。
「もしそうだとしたら、かなり、やっかいな相手だね……」
 相手も干渉波の知識があるのなら、亜夢や中谷の恰好をみれば、何をつけているのか、何を測定しているのか推測できるだろう。こちらは相手を探せないのに、相手はこっちの危険度が読めてしまう訳だ。
「乱橋くん。相談があるんだけど」
 加山は腕を押さえながら立ち上がった。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか、腕」
「清川君、結構やるね。何かやってるの?」
「署で空手を習ってます」
「えっ、うちの署にそんな強いひといたかなぁ……」
 加山は痛みをこらえながら、かすかに笑った。
 清川は加山の銃を拾ってから、加山に近づいていく。
「あの…… 銃を抜いたことを黙っておくかわりに、理由を教えてください」
「……」
 笑いが消えた加山の鋭い眼光に、清川は身構えた。
 襲い掛かろうとする加山を、清川は体をずらしてよけながら、腕をねじり上げた。
「?」
「イタタタっ」
 加山はそう言って、体をくの字に曲げる。
「連れて行くんなら連れていけ」
「加山さん」
 清川はとまどいながらもねじり上げている力は緩めなかった。
 加山を他の警察官のところへ連れていくことにした。
 事情を話すと、清川のパトレコに映っていた状況から、 一時的には加山は護送車に入れておくことになった。
 数人の警官に連れられ、加山が護送車へと運ばれていく。
「加山さん……」
 加山は清川の方を一度も振り返らなかった。
『中谷さん、今どこですか?』
 清川はSMSで中谷にメッセージを送った。
『会場のフロアの上の控室になっている部屋のあたりだ。早く来てくれ。ちょっと話したいことがある』
 清川は迷ったが、加山の話を送ることにした。
『加山さん、理由は教えてくれなかった。今護送車の中入ってる』
『えっ? マジ?』
『そっちいったら話すね』
 清川は通用口側から、カードをかざしてホテル内へ入っていった。



 亜夢は完全に干渉波キャンセラーをはずしていた。
 つまりホテル内は超能力者の力が最大限に発揮できる環境だということだった。
「清川さん、こっちです」
 清川が手を振って、二人に向かってやってくる。
「何があったの?」
 中谷は近寄るようにと、手招きした。
 小声で話し始める。
「加山さんがいたところ、あそこに超能力キャンセラーがあったんだ。中の様子を測定していると、それ一つじゃない」
「えっ、早く探さないと」
「いえ、探したら警戒されます。わざと残しておいて油断させよう、という中谷さんの考えです」
「……けど」
「キャンセラーの位置を探すにはこっちも大げさな機械を使って歩き回らなきゃいけない。今探すには、いろいろ都合がわるいんだよ」
 清川は納得したようにうなずいたが、
「こっちが気づかれないようにするのはわかった。けど、向こうを見つけるにはどうすればいいの?」
 そう言って少しあたりを見回した。
「私が見つけます」
「乱橋さんが見つけられる、っていうことは、相手も乱橋さんを見つけられるわけじゃない?」
「……」
 中谷が笑った。
「だから相手を油断させているんじゃない。いくら|非科学的潜在力持ち(ちょうのうりょくしゃ)とは言え、探そうとしなければ見つかるものでもないだろうさ」
 亜夢の表情が少し明るくなった。
「ありがとうございます。中谷さん」
「なるほど。それにかけるしかないってことね」
「まあそういうことだ」
 亜夢が説明する。
「探すにあたって、壁とかドアノブとか変な感じに触っているので、不自然に思われないようにしたいんです」 

「おい! 配置から離れるな。今回は四人だけのそうさじゃないんだぞ」
 亜夢はムッとした顔で加山を見つめる。
「中谷は?」
 指を立てて、木の上を示す。
 その方向から、ガリッ、ガリッ、と木の皮を靴で削る音がする。
「こら! 中谷。何やってる!」
「あった!」
 バキッと枝の折れる音がして、中谷は何かを持ったまま落ちてくる。
「きゃっ!」
 そのまま小さな木の中に潜ってしまい、姿が見えなくなった。
「中谷さん! 大丈夫ですか?」
 まるで何事もなかったように、中谷はすっと立ち上がってきた。
「加山さん。これです」
 棒状の金属とプラスチックボックスが組み合わさったものだった。
 中谷はプラスチックボックスを開けてみせる。
 そこにはノートパソコンと、むき出しの電子回路が接続されていた。
「なんだ?」
「干渉波キャンセラー、ですよ」
 中谷がノートパソコンの電源ボタンを長押しして電源を切る。
 またさっきと同じ場所に立って干渉波を測定する。今度は、さっきまでとは比較にならないような、高い値が出ることを二人に見せる。
「やっぱり。これだけじゃカバーできる場所が狭いから、きっと後何箇所かあるはずです。この機械についている指紋を調べる事と、ホテルの中を捜査する事の許可をください。絶対、他にも干渉波キャンセラーがあるはず」
「……」
 無言の加山は、固まったように動かない。
 それを見て、亜夢は中谷の手を引いて通用口方向へ連れ出す。
 中谷の耳元に、小さい声で話し始める。
「私達だけで早く中を調べましょう。干渉波キャンセラーがあったら会場は超能力者のやりたい放題にされてしまう」
「待て」
 いままでの加山の声と感じが違った。
 亜夢と中谷はその場で止まり、ゆっくりと後ろを振り返った。
 二人の方へ銃口を向けている加山がいた。
「加山さん。何しているか分かってますか?」
「今、その調査を進めてはいかん」
「まさか加山さん、テロリストの一味」
「違う。断じて違う。が、調べられてはこまるんだ」
「意味が分からない!」
 叫ぶように亜夢が言う。
「動くな!」
 加山の銃は、亜夢の足に向けられた。
「……」
 二人は両手をゆっくりと上げた。
 その時、加山の背後に、見知らぬ影が動いた。
「!」
 バシッと音がすると、加山の手から銃が蹴り上げられる。
「清川さん!」
 手首を押さえな加山の顔が歪む。
「加山さん、なんで銃なんか」
「なんか訳があるみたいだけど……」
「中谷さん、行きましょう。早くキャンセラーを発見しないと」
「なに、どうなってるの?」
「清川さん、加山さんのことを頼みます」
 二人はカードを使って、通用口からホテルの中へ入っていった。
 フロアを勝手に走っていく亜夢を、中谷が呼び止める。
「乱橋くん! フロアが複雑だから、パソコンに入っている図面を見ながら対応しよう。迷子になるよ」
 亜夢は立ち止まって、速足で戻ってくる。
 中谷は気づかれないように、かるくため息をつく。
「明らかにここ干渉波の影響が軽いです」

「違う、あの人……」
「?」
「さあ、行こう。出発だ」
 そう言いながら、全員の肩を加山が叩いて回った。
 いつもの通り清川の運転するパトカーで会場となるホテルへ向かう。
 近くまで車が来ると、加山が車を左のスペースに止めさせた。
「清川は署に戻って車を置いて、歩いてこい。我々もここから歩く」
 通りの正面にある、新しくきれいなビル。それが会場となるホテルだった。
 ホテルにつくと、セキュリティカードが渡された。
 亜夢はそれを同じく渡されたフォルダーに入れ、首にかけた。出入りがある場所、警察の要請があった場合は、そのカードをかざして確認するとのことだった。
 刑事である加山も中谷も同じ扱いを受けた。警察は自分の身分証で確認されないのだろうか、と思ったが、渡されている身分証の確認は時間がかかるため、カードを渡すのだという。
「これをなくしたら大変だぞ。慎重に管理して」
 渡している警官が指示する通りに、亜夢は首にかけてから、紐を少し絞って、落ちにくく、取られにくくした。
 三人はその後、配置の場所へ回った。
「外? 外の警戒をして意味があるんですか」
「最終的には内側でなにかことを起こそうとするだろうが、最初は外から入ってくるわけだ。それを止める」
「外は広すぎて、守っているこっちから入ってくるとは思えません。中に入らせてもらえないんでしょうか?」
 加山は表情を変えなかった。
「指示に従わないなら、君に協力してもらわなくてもいい」
「……」
 またこれだ。と亜夢は思った。捕まえたいとか、事件を防ぎたい、というのが本質ではないのだろうか。だから協力をするつもりなのに。
 亜夢はあきらめたように視線を回りに移した。
 この干渉波の状態でも、本当に近くまでくれば超能力者かどうかはわかる。テロリストがこっち側の通路を選択してくれることを祈るしかない。亜夢はそう考えた。
「乱橋くん、出入りできるのは、駐車場と地下鉄の駅、そしてここホテルの通用口の三つ。駐車場に入るには、その右に見えるスロープを下っていくしかないから、集中すれば通用口と車両を同時に抑えられるんじゃない?」
 中谷が指さす位置を確認しながら、亜夢は神経を集中させた。
 やはり干渉波キャンセラーを使っていては外部の状況が分からない。キャンセラーをオフにして、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
 強力な干渉波で分かりにくいけれど、スロープの入り口付近を通過する人や、目の前の通用口周辺の人の気配を感じて取ることができた。
「……なんとか、やれそうです」
 中谷が例のアンテナを動かしながら、少しでも干渉波の少ない場所を探す。
 そうやってウロウロしているうち、亜夢から中谷の姿が見えなくなった。
「中谷さん?」
 加山は通用口でカードをチェックしている警官の後ろに立ち、表示される内容を見ている。
 亜夢も同じように、スロープと通用口の出入りを神経を研ぎ澄ませて警戒している。
 しばらくすると首をかしげながら、中谷が亜夢のところへ戻ってきた。
「乱橋さん」
「?」
 中谷がある場所に向かって何度も指し示した。
「あそこ。あそこ、干渉波が異常に少ないんだ」
 亜夢は中谷の指さすところに立ってみる。
「確かに、けれど、不自然に軽すぎます。まるでキャンセラーを使っているみたい……」
「キャンセラーねぇ?」
 亜夢は樹木の影を探すように歩き出す。
「乱橋くん、ちょっと勝手に配置から動かないで」
「中谷さん、ここで測ってみてください」
 追ってその木々の中に入ると、確かに干渉波の値が強く表示される。
「中谷さん。あそこ」
 亜夢は木の高いところに電源線が通っていることを指摘した。
「木の上になんかありますよ。きっと」
「……ほかの方向にもあるはずだな」
 加山が走ってやってくる。

 亜夢はキャンセラーの右耳側を触りながら、何かが変わり始めていることを感じた。
 加山がパソコンを操作して、今回の要人と犯行予告を説明した。
 ついこの前、株式の時価総額が世界のベスト100に入ったという新興企業の、新サービスの発表会にテロリストが目をつけたようだった。
 テロリストはこの企業に対して、対立する大国でのサービス停止を要求するもので、応じなければ発表会を行うCEOをその場で殺害する、というものだった。
「この企業が、大国への情報提供をしているといううわさがあって、他企業へのけん制も含んでいると思われる」
「まあ、確かにここが集めた情報が軍事利用されていたら、小規模なテロリスト集団はたまったもんじゃないしょうね」
「わざわざ我が国で発表する意味あるのかしら?」
「うわさだけど、ここが一番非科学的潜在力に対して対策を取っているいる都市だから…… らしいよ。非科学的潜在力を締めだしている都市は他の国では考えられないみたいだから」
「……」
 亜夢はキャンセラーに触れた。
 確かに、ここでは超能力者は力を発揮できない。
「非科学的潜在力を持つ人の人権無視だって、国連から何度もたたかれてるけど、我が国はこの干渉波を出すのやめないからね」
「そんなことはいい。とにかく、我が国で実施することもテロリストの反感を買っているようだ」
「テロリストは非科学的潜在力保持者?」
 と亜夢が言う。
「……か、そっちの立場を味方する側ってことだね」
 と、中谷が返す。
「非科学的潜在力を使ってテロを起こす可能性がある。だから私が呼ばれる、ということですね」
 亜夢の視線は加山に向けられるが、加山は何も答えない。
「非科学的潜在力を持ったものが空港を通過して入国することはありえない。都市部の非科学的潜在力への防衛手段は完璧なのだから」
 確かに空港のそれは頭がおかしくなるほどひどい。
 しかし、それを聞いて、亜夢はにやっと笑った。
「じゃあ、私が捕まえたらヤバいじゃないですか。都市部に非科学的潜在力者が入ってきたことになっちゃうから」
「犯罪を防ぐことが最重要であって、その為にあ非科学的潜在力が使われてもかまわないとの見解だ」
「矛盾してるのよ」
 そう言った後、初めから矛盾している、と亜夢は思った。
 超能力者を探させようとするのに、私に超能力を使うな、と言っている。
 見つけようと意見をいうのに、それを聞き入れない。加山の態度は初めからおかしいのだ。
「後二十分ほどで会議が始まる。そろそろ大会議室へ移動しよう」
 会議室にはもう人が詰まっていて、加山の後を三人がついて行った。
「ヘッドホンははずせ」
 大会議室の入り口に立っている警官に注意され、亜夢は干渉波キャンセラーを外して手で持った。
 しばらくすると、上席の人間がぞろぞろ入ってきて、会議が始まった。
 説明している内容は、ほとんど加山が言ったことをなぞったもので、目新しい情報はなかった。
 大会議室の後ろの隅で、加山達四人は立って話を聞いていた。
 見るからに、その他大勢という扱いだった。
 会議が終わると、中谷が小声で言った。
「(会場内で、他に|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)持っているひと、いた?)」
 亜夢は首を振った。
 中谷は手を広げて呆れた、という顔をした。
「なのにこの扱いか…… 捕まえる気あるのかな」
 加山が足を止めて、敬礼した。
 前方にいた、上席の人が亜夢たち四人のところにやってきたのだ。
「君たちは非科学的潜在力者の協力者を連れていると聞いた」
「はい。こちらであります」
 やってくる人影をみて、亜夢は思った。もっと恰幅の良いひとをイメージしていたけど、この人はスリムで背が高い。
 亜夢が、まだ距離があると思っていると、スッと目の前に進んできた。
「君が……」
 署長は、まるで品定めするようにつま先から頭のてっぺんまで見てから、言葉をつないだ。
「よろしく頼むよ」
 右手を出すので、亜夢も控え目に手を握る。
「!」
 亜夢は何か気づいたような表情をするが、署長は気にする様子はなく踵を返して去っていく。
 清川が寄ってきて言う。
「かっこいいわよね。亜夢ちゃんもそう思ったんでしょ?」

 小さい声だったせいか、亜夢は聞こえなかったように話をつづけた。
「時折、私は|他人(ひと)が何を考えているのか分からないことがあるんです。今回もそういう気持ちになりました。人間って、表情や態度とは考えていることが全く正反対なことってあるんでしょうか?」
「……」
 清川の視線が定まらなかった。あっちをみたり、こっちをみたりしている。
「そ、その、友達ってどんな『触れ合い』だったの?」
「えっ?」
 亜夢は初めて聞いた言葉のように驚き、頬が赤くなった。
「そ、そんなこと言いました?」
「あ、あと、友達って、同性? 異性?」
 亜夢は否定するように、指を開いて手の平を振った。
「あの、そいうことじゃなくて、えっと」
 清川と亜夢はしばらくお互いの顔を見てから、それぞれ床に視線を落とした。
「表情と考えていることが違う事があるか、ってことだよね?」
 亜夢は首を縦に振る。
「うんと、あるけど…… じっと見てればその表情が偽物なのかはわかるよ」
「……そうですか」
「頭で拾った|言葉(テレパシー)じゃなくて、目で見た表情とか、触れ合って感じたことを信じたほうがいい、と私は思う」
「清川さんの経験上ってことですか」
「うん」
 清川は顔が赤くなった。
「ちょっと、なに言わせるのよ。一般的な話としてね。そんななんか経験とか急に言われると」
「試してもいいですか?」
「えっ?」
 目を丸くしている清川を、亜夢は抱きしめ、互いの頬を合わせた。
 しばらくじっとしていて、頬を離すと見つめあった。
「亜夢ちゃん……」
 清川はスッと瞳を閉じた。
 迎え入れるように顔を上に向ける。
 亜夢はそれを無視して、こんどは逆の頬をくっつけた。
「あっ……」
 亜夢が腕に力を入れ、体を密着させると、清川は声を上げた。
「……ごめんなさい」
 清川が抱き返そうとした時、亜夢はそう言って体を離した。
「えっ?」
「あの、私、なんて言っていいか…… ごめんなさい」
「えっ、えっ?」
 清川は何が起こったのか分からない。
「あっ、こんなところにいたの、会議始めようよ。加山さん怒ってるよ」
 中谷はそう言って二人に近づいてきた。
 なにやらただならぬ雰囲気を察して、中谷が清川に耳打ちする。
「何があったの……」
「……」
 清川は『こっちが聞きたいくらいよ』と思ったが声には出さなかった。
「会議なんでしょ。早く行きましょ」
「そうですね」
「って、ちょっと、俺を置いていかないでよ」
 中谷は慌てて二人を追いかける。
 
 二人を追って、中谷が会議室に入ると、プロジェクターに大きな部屋の図面が表示されていた。
「どこですか、ここ」
「某ホテルの会場だ」
 加山は一呼吸おいて、全員の視線を確認すると、言葉をつないだ。
「今日は悪いが、まったく別の任務についてもらう」
「……」
「要人警護ですか?」
 中谷が言うと、加山はうなずく。
「まったく別だ、とは言ったが、関係がないわけじゃない。犯行予告はあの超能力事件の後に犯行声明した者と同じだ」
「ってことは、犯人からつかまりに出てきてくれるってわけじゃないですか!」
 清川がうれしそうに手を叩く。
「初めての捕り物ですよ。こう、押さえつけて『確保!』って! キャー!」
 自分の手に手錠をかけて、くるくる回している。
「そんな簡単な任務じゃないぞ。警護は我々四人だけじゃない。この後、全体会議があるが、多くの人と連携してやらなければならない」

 亜夢は椅子に座ると、ホテルの人が部屋番号を確認しにやってきた。
「加山さんが先に『危険だ』と言ったのが悪いんでしょう?」
「そうだな。窓際はいろんな人の目にさらされる。なるべく人の中に紛れる癖をつけないとな」
「具体的な誰かを想定して言っているの?」
「……」
 加山は黙った。
 亜夢は立ち上がると「朝食をとってくる」と言ってテーブルを離れた。
 加山は窓側を見ながら、亜夢が戻ってくるのを待った。
「加山さん、どうぞ取っていらしてください」
 亜夢が戻ると、加山は朝食を取りに立った。
 亜夢は山のように盛った皿を、端から順に平らげていく。
 亜夢は二つ目の皿を平らげた時、加山が戻ってこないことに気付いた。
「?」
 ホテルのカフェを見渡す。
 入り口に加山らしき影が見える。
 加山が口を動かしていることが分かると、亜夢は素早く干渉波キャンセラーを外して、意識を集中する。
『ここに来ちゃいかん』
『……』
『大切なお方……』
 超能力の干渉波が強くて、ところどころしか聞き取れない。
 加山が、亜夢の方を向く。
 亜夢は顔をそむけて、ゆっくりとキャンセラーを付けなおす。
 加山が食事をもって席に戻ってくる。
「遅かったですね」
「ああ」
「何してたんですか?」
「フロントに今日までの分の君の宿泊料を払ってきたのさ」
 ウソ、フロントと話す内容に『来ちゃいかん』とか『大切なお方』などという単語は入るはずがない。
「へぇ……」
「今日は小口処理の締め日なんだ。事務処理は面倒だが、守らないとこっちが損をするからね」
 言ってもいいくだらないことを言って、言いたくない事実を言わずに済まそうというわけだ、と亜夢は思った。
「加山さん、早く食べてくださいね」
「いくらなんでも俺の方が早く…… えっ、もう二皿食べたのかい?」
 今気づいたように驚いた表情を見せる。
「最後の皿も、もう、おわりますよ」
 言いながら皿を持って口に流し込む。
 食事が終わると、加山と一緒に警察署へ向かった。
 亜夢は通りを歩いている学生の中に、美優がいないかを探していた。
 しかし、美優を見つけることはできなかった。
「清川と中谷を呼んでくる。ここで待っててくれ」
 加山がそういうと、亜夢は急いでスマフォをチェックする。
 美優からのメッセージは昨日の晩の分で途切れている。
 今日は学校に来なかったのだろうか。体調でもわるい? 亜夢はメッセージを送った。
 亜夢はそのまま、清川らの声が聞こえてくるまで待ったが、返信はおろか、既読にもならなかった。
「……」
 清川がやってきて、会議をすると言う。
 亜夢と清川がエレベータに乗って会議室のあるフロアまで上がった。
 廊下を歩いている時、亜夢は尋ねた。
「昨日、こっちで知り合った友達と遊んだんです」
「へっ? そ、そうなの?」
 清川は軽く拳を握った。
「それで、どうしたの」
「私、触るとその人の考えというか、無意識のテレパシーをひろうことがあるんです」
「……」
 清川は立ち止まった。
「友達は触れ合いを喜んでいるようだったのですが、聞こえてくるテレパシーはなぜか酷い差別や怒りのことばだったんです」
 清川の腕が小刻みに震えていた。
「ふ、触れ合いって……」

「あ、うん」
 美優がいなくなった部屋は、急に奇妙な知らない世界となって亜夢の気持ちを焦らせた。
 干渉波キャンセラーをしっかりと頭につけると、部屋をでた。
 廊下を通過して、受け付けを通過した。
「お客さん…… 部屋番号は」
 亜夢がどぎまぎしながら番号を答えると、
「ちょっと上向いて」
 亜夢はわからず上を向いた。どうやらカメラで確認しているようだ。
「あ、はいはい…… ご利用ありがとうございました」
 良かった、と思うと同時に、なんだ、ずいぶん失礼な、とも亜夢は思った。
 ラブホを出ると、細い路地をどちらに戻ればいいのか悩んだ。
 しばらく進んだのち、あまりに知らない風景だと思って、亜夢は反対方向へ歩き出した。
 小道を進むと、元の大通りの坂の途中に出た。
 美優は通りの反対側で黒塗りの大きな車に乗りむところだった。
「美優!」
 亜夢は思わず声を出して、手を振った。
 黒塗りの車の運転席の男が先に反応して、亜夢を睨みつけた。
「……」
 少しして、後部座席の窓が開き、美優が顔を出した。
 左手は口の前に人差し指を立てていて、右手で手を振った。
 亜夢は手を振って応えると、運転席の男は正面を向いて、車が走り出した。
「はぁ……」
 亜夢は大通りを下り、ホテルへの道を戻った。
 ホテルに入ると、ロビーに加山が座っていた。
「どこに行っていた?」
 亜夢は加山の表情に驚いた。
 本当のことを答えてはいけない気がした。美優に迷惑が掛かる。根拠はなかった。
 亜夢は言った。
「夕食を食べてました」
「誰と?」
「一人です」
「こんな時間まで? 知り合いでもいるのか?」
 捜査協力はするが、夕食の時間ぐらい個人の自由だ、と亜夢はくってかかるところをぐっと抑えた。
「……」
「もう何日もないが、明日からは夕食もホテルで食べるようにしてくれ。君が街をウロウロするのは危険だ」
 亜夢は周りを確認してから言った。
「私が犯人から狙われているとか? それとも単に私が超能力者だから?」
「どっちもだ」
 即座に言い放った。
 亜夢はムカついて加山を見ていられなくなった。
 バン、と叩くように肩に手を置き、
「わかったな」
 と言って去っていった。
 亜夢は加山の後ろ姿をにらみつけ、完全に見えなくなってから、指を立てた。
「あのクソ野郎が!」
 フロントに言って部屋の番号を言うと、ホテルの人は亜夢と目を合わせないように鍵をそっと出した。
「す、すみません」
 そういって鍵を受け取ると、部屋に戻った。

 翌日、亜夢が朝食を食べにホテルのカフェに下りると、入り口に加山が立っていた。
「今日は俺もここで食べる」
「……」
 亜夢は『なにを見張るの?』と言いかけてやめた。
 別の気の利いた言葉で返したかったが、加山に対しての怒りで頭が混乱してしまった。
「こっちにしよう」
 窓際に行きかけた亜夢を制して、加山は部屋の真ん中の席を指定した。
「窓際は危険だ」
「危険? どういう意味ですか」
「それを言わせるな」
「加山けぃ……」
 刑事、と言いかけて口をつぐんだ。

 その美優の触れた手が心地よかった。
 お互いに髪を洗い、流して、美優からシャワールームを出る。
 亜夢は少し熱くしたシャワーを頭から浴びながら、美優のテレパシーの違和感を考えていた。
 もし美優があのテレパシーを送ってきたのだとしたら…… 顔の筋肉や体が示す態度と、感情が完全に独立・分離していると思える。人に、そんな芝居が出来るものなのだろうか。
 そして一番重要なのは『ヒカジョ』と言ってくることだった。
 美優には言ってないし、バレてない、と思っていた。
 いや、もし、あのライダーが美優だったら…… 車椅子の人と美優が知り合いだったら…… まさか表通りの有名ブランドで買いものする美優が、裏路地の『みきちゃん』とかと知り合いだったら……
 どれも可能性が低くて、偶然が過ぎる。
 コンコン、とシャワールームのガラスを叩く音がする。
「映画とか見れるんだよ。早く上がってきて」
 亜夢はシャワーを止め、同時に違和感への考察をやめた。
 美優と同じように下着だけつけると、ベッドの上にのってリモコンを操作しながら映像メニューを眺めると、美優が、
「これにしよう」
 と言うので、亜夢はうなずいた。
 ホラー映画の終盤、連続する脅しと恐怖の繰り返しに、美優と亜夢は頬を寄せ、体を合わせていた。
 映画の中の主役が、エンディングを迎えてキスをするシーンに、美優も盛り上がったのか目を閉じて亜夢の方を向いた。
 亜夢はくちびるを当てる、というくらい軽いキスをして、体を離した。
 美優はうつむいた。
「わからなかった?」
 亜夢は美優の表情が暗いことが気なって、美優の腕に触れた。
「ごめん」
「それって|わかってて(・・・・・)の『ごめん』なの?」
「えっと…… 」
 美優に触れていた手を振り払われる。
「わかってるんでしょ? 言わないとダメなの?」
 背を向ける美優を、亜夢が振り向かせる。
「わかってる。私も好きだよ。美優。大好き」
「じゃあ!」
 亜夢は美優を強く抱きしめ、口づけをした。
 互いの唇が少し開いて、舌が出入りして唾液の交換をした。
 美優の口から吐息のような声が聞こえる。
 唇が離れ、亜夢が美優に覆いかぶさる。頬と頬が触れ、亜夢は美優の耳に語り掛ける。
「まだ決断がつかないの。美優の気持ちは受け止めたよ。だから私の気持ちも受け止めて」
「けど、悩むってことは…… スマフォのあの|娘(こ)」
「私の答えを急がないで欲しいの…… お願い」
 閉じていた亜夢の瞳から、美優の頬に涙がつたう。
「……うん。ごめん、亜夢」
「ありがとう……」
 亜夢の四肢と美優の四肢は絡まりながらも、限界の一線を保った。
 スマフォの振動が連続して、二人は体を離した。
 美優は亜夢に向かって、口に人差し指を立てて合図する。
「ママ? どうしたの」
 母親からの電話のようだった。 
 真剣な表情と、綺麗な言葉の受け答え。
 亜夢は美優との育ちの違いを感じた。
 電話を終えると、美優は大きくため息をついた。
「どうしたの?」
「急いで帰って来いって。車を迎えに行かせるって。だから、今日はこれでおしまい」
「そう……」
「亜夢は時間いっぱいまで居てもいいよ」
「美優がいないのに、残ってても面白くないよ」
「そう? 亜夢の支度を待ってられないかもしれないけど」
 美優は急いで服を着ている。
 亜夢も脱ぎ捨てた服を慌てたように拾って身に着ける。
 美優はあっという間に支度を整えて、部屋を出ていく。
「亜夢、ごめんね。支払いはするから心配しないで」

 ガラス張りの仕切りの先に、綺麗なくびれのラインが見える。
「綺麗なおしり……」
 亜夢はため息をついた。
 シャワーの音がし始めると、あっという間に水しぶきと蒸気で中の様子はぼんやりとしか見えなくなってしまった。
 干渉波キャンセラーであるヘッドホンを両手ではずした。
「女の子同士なんだから。意識し過ぎよ」
 亜夢は自分の頬を両手で挟むように叩き、服を脱いでベッドの上に畳んだ。
 ゆっくりと歩き、美優のいるシャワールームの扉を叩いた。
「私も入れて」
 美優は微笑み返した。
 扉が開くと、濡れてピカピカした美優の肌がまぶしかった。
「洗いっこしよう」
 鏡写しにしたように向き合った体。
 スポンジを使わずに、直接手にボディソープをつける。
 右手が左手、左手が右手。
 腕をずっと伝って、小さな肩の盛り上がりに触れる。
 お互いが鎖骨のあたりを洗いあうと、くすぐったいのか、口元がゆるむ。
「亜夢……」
 美優は亜夢のうなじのあたりに手を滑らせてくる。
 同時に体を引き寄せる。
 正面から体が触れ合い、亜夢の体は躊躇したように下がった。
「?」
「……」
 亜夢は美優の胸の上から脇の下をまわって、背中に触れた。
 同時に、引いていた体を元にもどした。
 亜夢は美優の体を強く引き寄せる。
「あっ……」
 亜夢は戸惑ったような表情を見せる。
 美優は首を振り、瞳を閉じて亜夢を見上げる。
 ぴったりと触れ合っている胸から、鼓動が伝わってしまうのではないか、と亜夢は思う。
 亜夢もゆっくりと顔を近づけながら目を閉じ、唇を重ねる。
『あなた、ヒカジョね』
 唇を離し、亜夢は目を見開く。
 美優はまだ口づけを待っているようで、そんなことを言った風ではない。
「……」
 美優の魅力的な唇を、口でなぞるようにキスをつづける。
 さっきのようなテレパシーは聞こえてこない。
 背中に回していた手を、少し下に、美優の腰から下がっていった。
『ヒカジョのクソが何やってんだ!』
 亜夢には、触れている美優の体や、見えている表情と、入ってきたテレパシーが一致しなかった。
「?」
 美優は不思議そうに亜夢を見つめる。
「ごめん、美優…… 背中を洗うから。後ろ向いて」
「どうしたの?」
「なんでもないよ。ほら、からだ冷えちゃうよ?」
 美優は背中を向けた。
 たぶん、かるく触れているだけなら聞こえてこないだろう。亜夢はそう考えていた。
 暖かいシャワーで流すと、美優が言う。
「交代しようか」
 美優は亜夢の背中に体を押し付けるようにして洗ってくる。
 当然のように胸に手を回してきて、押し上げたり、敏感な部分に指で触れてくる。
「あっ……」
『けッ、感じてんじゃねーぞ、ヒカジョの分際で』
 亜夢はハッとして振り返る。
 亜夢の表情をみると、美優がおびえたような顔になる。
「ごめん。違うの」
「流すね」
 美優はシャワーヘッドを亜夢の背中に向けた。
 丁寧に、優しく流してもらう。

「やった! これ大切にするね」
 美優の笑顔に、亜夢もうれしくなって笑った。
 美優は向かいの席にもどり、亜夢ももとの椅子にもどった。
 しばらくすると、注文した料理が運ばれてきて、二人は楽しく食事を進めた。
 食事のおいしさに亜夢は興奮し、夢中になって食べた。
 しかし、ドルチェが運ばれてきた頃、他のテーブルで会計をしているのを見て、亜夢は忘れていたことを思い出した。
「美優、ここ高いんでしょ? 私、これだけしかないの」
 テーブルに指で数値を書いた。
 美優はそれをみてうなずく。
「亜夢はそれだけ出してくれればいいよ。後はこっちでもつから」
「えっ、そんなの悪いよ!」
「しっ、声が大きい」
 席と席の間隔があいているから、他の席の声など気にならなかったのだが、亜夢の声は大きかったらしく、一斉に視線を集めてしまった。
 周りを見て、頭をさげる。
「ご、ごめん」
 美優は小さく笑った。
「それより亜夢はそのお金出しちゃって大丈夫なの?」
「明日のごはんは明日もらえるし、朝食はホテルのだから払わなくていいのよ」
 支払いを済ませると二人は店を出た。
 周りは、いい雰囲気の男女ばかりだった。
「亜夢、ちょっと話があるんだけど」
「なに?」
「ここじゃ話せないから、ここ入ろ?」
 美優は『ここ』と言われた場所に、男の人に肩を抱かれた女性が入っていくのをみた。
「ここって」
「ラブホテルだけど?」
「えっと……」
「あ、お金は気にしないでいいわ」
「そうじゃなくて、ホテルなら、私の止まってるところでも」
「狭いでしょ?」
「せまいけど…… って、どういうこと?」
「|理由(わけ)は後で。じゃ、入ろう」
 二人は勢いよく飛び込んだ。
 休憩と告げて料金を払い、指定された番号の部屋へと進む。
 扉を開けて入った先には、大きなベッド、ガラス張りの仕切りの先にシャワールームがあった。
 ベッドの枕元にはコンドーム。
「はぁ~ けっこう食べたね。お腹苦しいよ」
 美優はリラックスした感じで『ボン』とベッドに横になる。
「えっと、私こういうの慣れてなくて」
「歩くのに疲れたりすると結構入ったりするよ。追いかけてくる人を撒く時なんかも」
「追いかけられるの?」
「割とね」
 亜夢は美優をみて納得した。
 顔、スタイル、そしてお金持ち…… すべての要素が、追いかけたりする理由になる。
「話って?」
「そうだね。けど、時間あるからさ、シャワー浴びてもいい?」
「えっ?」
「亜夢の一緒に入る? 一人で入っても、どうせガラス張りだから、同じだよ」
「えっ、えっ?」
 亜夢の頭の中に、奈々のことが浮かんだ。
 奈々にアキナとのキスを問い詰めたのに、自分は美優ともっとすごいことをしようとしている。
 都心である、この場所からはテレバシーは通らない。
 だから後で言わなければ、バレることはない。
「あの、あの……」
「?」
 美優は体を起こして、亜夢の様子をじっと見た。
「そんなに考えるんなら一人で入っちゃうね。入りたかったら後できてもいいよ」
 上着を脱ぎ、ブラを脱ぎ捨て、スカートを下ろし、パンティは…… しっかり畳んでタオルの横に置いてから、シャワールームへ入った。

 その時、亜夢はふと、美優の苗字を聞いていない、と思った。
「そうなんだ…… けど、美優の苗字って、私聞いてなくない?」
 亜夢が言うと、美優は少し怒ったような表情になった。
「あ、ごめん。私の苗字って言ってなかったけ? 私、|乱橋(らんばし)っていうんだ。乱橋亜夢」
「そういうことじゃないの……」
「……ごめん。いいたくないこともあるよね」
 しばらく、二人は何も話さなくなってしまった。
 案内されたテーブルにつくと、ウエイターがメニューを持ってきて、美優と亜夢に説明を始める。
 二人は食べたいものを選んで告げると、ウエイターはそのまま下がった。
 亜夢は何を言うか悩んだ末、口を開いた。
「その制服、カッコいいね……」
「そお? 昔は葵山学院も私服で通えたらしいんだけど」
「私服。それもそれでいいね。気楽で」
「そうよね。私はどっちかっていうと私服がいいけど、制服があった方が生徒が集まるらしいの」
「あ、なんかそんなはなし聞いたことある。制服じゃなかったって」
「けど、それ、相当昔よ。知ってるのはおばさんね」
 亜夢は清川の顔を思い出して笑った。
「亜夢んところはどうなの?」
「……」
「?」
「制服だよ。つまんない制服」
 細かいところを話すわけにもいかない。『みきちゃん』が知っていたように、どうやら制服の話から『ヒカジョ』だとバレることもあるようだからだ。
 亜夢は自分が振った話題がまずかった、と後悔した。
「写真とかないの?」
「……」
「?」
 亜夢は慌ててスマフォを探すふりをする。
「うーん。制服で写真とることないからなぁ」
「そうなんだ」
「ごめんね」
 と言って、亜夢はスマフォを机に置いた。
 すると、通知が来て待ち受け画面が表示された。
「!」
「あっ!」
 亜夢は慌ててスマフォをしまう。
「ご、ごめん。ちょっと見ちゃった。その制服なの?」
「えっと…… この|娘(こ)はナナって言って……」
 同じ学校かどうか、というところを言うか、言わないか、それともウソを言うか…… 亜夢は必死に考えた。
「友達なの」
「へぇ…… なんかそういうの……」
 さっきまで亜夢を見ていた美優の視線が、泳ぎ始めた。
「?」
「そういうのいいな」
「美優の待ち受け見てもいい?」
「あ、えっと、だめ。亜夢、そうだ。亜夢の写真撮っていいい? 一緒にならんだ写真」
「ん、いいよ」
 美優はスマフォを持って亜夢の横にくる。亜夢は席をひとつずらして美優に座らせる。
「こっちをバックにした方がいいね」
 店の中庭が見える窓をバックにして、写真をとった。
 何枚かの写真の中から、美優が選ぶ。
「これなんかどう?」
 亜夢は写真を見て、
「うん、いいね。そのスマフォの写真綺麗だね。私のなんか比べ物にならないわ」
「じゃ、これに決まり」
 美優はそう言うと、ささっとトリミングし、待ち受けの壁紙にその写真を設定した。
 亜夢に顔を寄せてきて、スマフォの画面を見せる。
「どう?」
「うん、いい感じ」

「これ、なんですか?」
「グラン・バットマンといいます。どうですか?」
「……えぇっ。無理そうです」
「そお? さっきの柔軟体操の様子をみているかぎり、これくらいできそうですけど。やってみましょう」
 亜夢は無理やり美優の近くに押し戻され、バーにつかまり足を跳ね上げる。
「な……」
 先生が近づいてくる。
「もう一度やってみてください」
 亜夢は顔をしかめながら、足を跳ね上げる。
「……もう一度」
 美優が笑う。
 亜夢がもう一度足をすばやく跳ね上げる。
「亜夢…… 殺気があるよ。これ格闘技じゃないんだから」
「!」
 先生が手のひらをポンと叩いた。
「そう。それが言いたかったんです。何か違う、と思ったんですが」
 亜夢の放課後は超能力を使って、上級生や同級生と組手のようなことをやっていた。どうしてもこういう動きに殺気が込められてしまうようだ。
「じゃ、こんどは足を上げて上体をつけてください」
 一瞬なら跳ね上がる足も、上げたまま状態を足に付けていくとなると痛みに負けて、超能力が使えない。
 先生は亜夢が『出来る子』だと思ったのか、しつこくフォローにくる。
「せ、先生。痛い! 痛い、イタイ、裂けまくります」
 一瞬驚いたような顔になり、場が凍り付いたかと思ったが、今度は急に笑い始めた。
「裂けるほど痛いかもしれませんが、裂け『まくる』っていうのは何なんでしょうかね」
 他の生徒もそれを聞いて笑い始めた。
「けど、これ裂けまくってます!」
 美優もお腹を押さえて笑った。
「面白い人ですね。けど、なんとか出来てますよ。うん、出来てます」
 先生はさらにバーレッスンを進めていく。
 亜夢も「無理です」と言いつつ、こなしてしまうために、他の生徒と同等に扱われてしまう。
「じゃあ、十分休憩にします」
 そう声がかかった時には、亜夢の全身から汗が吹き出ていた。
「きついよ、美優。バレエって、もっと可愛らしいものを想像してたよ」



 レッスンが終わり、亜夢は水を飲みに更衣室を出て行った。
 亜夢が使っていたロッカーは、きちんと閉まっておらず、中が見えていた。
 美優はふと、亜夢の外したヘッドホンを手に取った。
 スイッチを入れて頭に付ける。
「!」
 美優の表情が変わった。
 廊下の方で音がすると、美優は亜夢のロッカーにヘッドホンを素早く戻した。
「どうしたの?」
 美優の表情を見て、亜夢がたずねる。
「どうもしないわ」
「そ、そうならいいけど」
 二人は黙って帰る支度を終えた。
「今日の|夕食(ごはん)ってどこで食べるの?」
「この近くのイタリアン・レストラン」
 更衣室を出て、エレベータを使って降りた。
 二人はそのビルを出ると、街の人混みの中を歩き始めた。
 坂を上って小さな路地を入っていくと、緑白赤と横に並んだ旗が見える。
「あそこよ」
「わあ、なんか雰囲気あるね」
「そうでしょ? ここママの知り合いの人がやっているお店なの」
「なんかすごいね」
 美優が中に入り、亜夢も続いて入っていく。
 薄暗い感じで、高校生の二人で入るような店の雰囲気ではない。
 大人のデートに使うような雰囲気と、静かに溢れる高級感に亜夢は気圧されていた。
「こんなとこ、あたし来てもいいのかな」
「大丈夫よ、大騒ぎしに来たんじゃないんだし。お食事するところなんだから私達だって居ていいはずよ」
「あとさ、これ、つけてたらまずいかな」
 亜夢は右耳のあたりの、白いヘッドフォンを指さした。
「食べる時にはずせば…… いいんじゃない?」
「よかった」
 ウエイターが目の前に立ち止まり、一度後ろに戻る。そこで何か確認した後、再び二人の前に戻ってきた。
「美優様、こちらでございます」
「名前も告げてないのに、いきなり『美優様』だって」
「『美優』って名前で予約入れたから、しかたないじゃん」
 そこが聞きたいのではない、と亜夢は思った。さっき言っていたように知り合いのお店だから、顔で入れるのだ、と亜夢は思った。

↑このページのトップヘ