その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ: 非科学的潜在力女子

 亜夢はアキナの言葉に反応せず、じっとカードを見つめた。
「むむっ」
 アキナも汽車の中で遊んでいた時の亜夢とは違うことを感じた。
「どうしたの、亜夢なんか落ち着いてるじゃん? これでしょ?」
 アキナは、つまんだカードをブルッと揺らした。しかし、亜夢は我慢した。
「うーん」
「そこ、長いよ」
 と美優が言った。
「まだ一周もしてないし」
 アキナは、美優の表情を見て、少し慌てて亜夢のカードを引き抜いた。
「アッ」
 アキナはジョーカーを引いてしまった。
「えっ、何? 何?」
 奈々がアキナの顔を覗き込むように言った。
 アキナは冷静に手札を並び替えてから、奈々に向き直った。
「ねぇ、今のなに? 絶対ジョーカー引いたでしょ?」
 アキナがこう小声で言っていた。
「(おかしい、電車の時の亜夢じゃない)」
 そんな風にババ抜きが進んでいった。
 数分後に、決着がついた時には……
「なんだ、やっぱり亜夢が負けたじゃん」
 一抜けしたアキナは余裕の笑顔だった。
「ぐやぢぃ……」
 亜夢は肩を落としていた。
「じゃあ、あたしから寝る場所決めるね。あたし窓際」
 アキナが海側の窓の方の位置を取った。
 さっそくその位置に移動して腰を下ろすと、空を見上げ、
「夜空が綺麗」
 と言った。
「じゃ、次は奈々だね」
「ん〜 ちょっと待って」
 奈々は顎に指を当てて、悩んでいた。
 奈々の次はハツエだったが、美優のそばに行き耳打ちした。
「(美優、ちょっと)」
 廊下に連れ出すと、言った。
「ハツエちゃんようにワザワザ布団しか無いでしょ?」
「えっ、ハツエちゃんのことだったの。あたしはてっきり」
 美優は腰に手を当てた。
 奈々は顎に指を当てたまま言った。
「亜夢のことよ」
「だって今ハツエって」
「ハツエちゃんは誰かと一緒に寝るだけだから、後は私とあなたのポジション次第で亜夢の隣をとれるかどうか、決まる、という事が言いたいの」
「なるほど」
「例えば、私がアキナの一つ飛ばして横をとったら、あなたはどうやっても亜夢の横にはなれないわよ」
「……その通りね。奈々は何がお望みなの?」
 今度は両手を後ろに回し、一歩、一歩、ゆっくり歩き始めた。
「ハツエちゃんのこと。ハツエちゃんと美優が一緒に寝よう、と言ってくれるなら、私はアキナの隣を選ぶわ。ただし、美優が反対端を選ばなかった場合は、場所を変わってもらうから」
「……」
 美優が考えあぐねていると、奈々は手を後ろで合わせたまま、くるっと回って戻ってくる。
「どお?」
「ハツエちゃんがそんなに簡単に私の言うことに従うかしら?」
「気持ちや心はお年寄りでも、体が子供だもの。抱きしめればイチコロよ。それに、食事の時の様子を見る限り、美優になついてた感じだし」
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「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
 ハツエが洞窟の入り口あたりに立っていた。 
 亜夢が振り返ってハツエの方へ歩いていく。
「今のはなんですか?」
 ハツエは腕を組んだ。
「うーんと」
 そういうとハツエは|思念波(テレパシー)で語り始めた。
『いまのは、亜夢が作り出した影じゃよ。光あるところには影がある。我々の|非科学的潜在力(ひかり)も地球上すべてを照らせる訳じゃないんじゃ。じゃから多かれ少なかれ影はある。だからと言って、影の部分をコントロールできないと、そこから|精神制御(マインドコントロール)されてしまう。そういうことじゃ』
「もっとうまく恐怖と向き合う必要がある、ということですか」
「おねえちゃんすごいね。そのとおりだよ」
 ハツエは笑った。
 亜夢の指の間に小さな稲妻が走った。
「いてっ…… 静電気かな?」
 亜夢は自身が発したそのちいさな雷には気が付くことはなかった。



 その日は、ハツエの家に泊まることになり、皆が二階に布団を並べた。
 亜夢は端っこの窓際で寝たいと言ったら、アキナが私もそこで寝たかったと言い出して、ババ抜きで抜けた順に寝る場所を決めることになった。
 アキナがカードを配り始めると、一階からハツエが上がってきた。
「なにやってるの?」
 亜夢が内容を説明すると、
「わたしもやる~」
 と言って両手を上げて近づいてくると、美優と奈々の間に座った。
「けどハツエちゃんは一階で寝るんでしょ?」
「ううん。さみしいから上でねる」
 アキナはカードを配るのをやめて言った。
「じゃ、もう一度カードを集めて」
 カードを混ぜて配りなおすと、ジャンケンがで始まる場所を決めた。
「えっ?」
 亜夢はジャンケンでハツエに負けたのだった。
「……」
 亜夢は相手の手を見て自分の出し手を変える。超能力サポートによる超動体視力によって、ジャンケンは負けなしのはずだったのだ。
「ハツエちゃん……」
 亜夢がハツエを見つめると、ハツエはニヤリと笑った。
『おぬしがやれるのなら、儂にやれないわけがないじゃろ?』
 と亜夢へ|思念波(テレパシー)でそう答えた。
「じゃあ、あたしからね」
 ハツエは美優に向かってカードを向けて、美優に一枚引かせた。
 美優はにっこりして手札を並べ変え、一組を真ん中に捨てて亜夢にカードを向けた。
「はいどうぞ」
 亜夢は美優から一枚引くが、何もそろわない。カードを並び替えてアキナにカードを引かせる。
「怪しい。いかにもこの飛び出しているカードが怪しい」
 アキナはそう言いながら亜夢の手札を順番に触っていく。
「怪しくないから」
「跳び出させているなんて怪しいよ。だから、周辺も怪しい」
 亜夢はハツエの視線に気づき、はっと思い出した。
「ちょっとまって」
 そう言ってアキナの目の前からカードを引き上げると、ふーっと息を吐き、目を閉じた。
 カードを一度混ぜてから、もう一度アキナの方に向ける。
「取っていいの?」
 亜夢は静かにうなずいた。
 今度はカードにデコボコはなかった。亜夢の手にあるカードは、なめらかな扇形に並べられていた。
「やっぱりさっきのは怪しかったんじゃん。キレいに並べても亜夢がジョーカー持ってる事実は変わらないから」
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「リミッター?」
『限界、というべきだったかな。ここまでしかできない、とか、もうダメだ、とかすぐに思わんようにせんと』
 亜夢は目の前で腰に手を当て、胸を張ってそう言い切る少女に頭を下げた。
「わかりました。頑張ります」
 亜夢とハツエは山を降りる訓練を再開する。
 転びそうになったり、幹や岩にぶつかる、と強い恐怖を持った時こそ、持てる|非科学的潜在力(ちから)を出し切るべきだ、と何度も心に呼びかけた。
 亜夢は次第にハツエのスピードに食らいつけるようになってきた。
 激しく呼吸をしながら、亜夢が言う。
「早くなったでしょうか?」
「はやくなったよ」
 ハツエが声に出してそう言った。
『転んだり、危険な場面できっちり超能力がつかえている。亜夢にとってはそこが進歩じゃな』
「はい」
 金髪少女が、後ろで手を合わせ、亜夢に近づいてくる。
「なに? ハツエちゃん」
「おねえちゃん、それじゃあ、もっとこわいところに行ってみる?」
 その言葉を聞くと、とたんに亜夢は体中に鳥肌がたった。
「い…… え……」
 ハツエがまっすぐ腕を上げ、一直線に指を伸ばした。
 その先には、岩がいくつかあって、穴が開いていた。周囲の木々は枯れていて、草も生えていない。何か、周囲に悪い空気が漂っているようにも見える。
「行ってみてきて」
「あの、怖いからいきません」
「ね。行ってきてみてよ」
 ハツエの青い瞳を見ていると、|精神制御(マインドコントロール)されたかように、足が勝手に動き出した。
『みてみるがよい。これはテストじゃ』
 ハツエを振り返り、亜夢はゆっくりうなずく。
 そして岩の間を抜け、その穴へと入っていく。
 空気が悪いというか、何かよどんでいて、生臭かった。黒く霧がかかったようにモノがまともに見えない。
 亜夢は気持ちを広げて、目だけではなく、耳や体に伝わる感覚を使いながら、周囲全体を感じることで、見えない部分を補った。
 歩み入っていくと、虫も生き物もいない、と思われた洞窟内に殺気を感じる。
「誰?」
 声が響く、と思われたが意に反して声は吸い込まれるようにかき消されていく。
 亜夢はもっと大きい声で言った。
「誰かいるの?」
 ゴウゴウ、と風の吹くような音だけが穴の奥から聞こえてくる。
 正面の闇の濃淡が、ゆらっと動いた。
「!」
 一瞬、指先が見え、そこから|雷(いかずち)が放たれた。
 都心で見たビデオの映像と同じ…… 
 亜夢は手で払うようにして、雷を地面に誘導する。
 雷の光で、相手の顔が一瞬見えた。
「美優?」
 再び白い指先だけが見えると、雷が放たれた。
 素早くその雷をいなしながら、間合いを詰める。
 手首を取って、雷を頭上へ向かわせる。
 パッと洞窟全体が明るくなって、亜夢は雷を放つ相手の顔をはっきりと見た。
「私?」
 鏡でみる自分の顔が、ニヤリ、と笑った。
「うわぁぁぁぁ!」
 亜夢が拳を突き出すと、避けることもなく顔面に当たる。雷を放つ偽物の亜夢は、まるで砂で作った城のように砕け散った。
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 美優は怖くて手腕をちぢ込めてしまって、腕で寄せられた胸が、水着の胸元を押し広げてしまう。まるで、意思を持って進んでいるかのように、ヤドカリは、その隙間へ進み入る。
「いやぁ! どこはいるのよ、奈々、取って取って」  
『ぶぅぅぅぅぅっ!』
「?」
 奈々は何者かの声を聴いた気がして、美優にまたがったままあちこちを見回す。
「奈々、早く早く!」
「今誰かの声というか、視線というか……」
「ヤドカリが、痛いから、取って」
 奈々は見えない気配を無視して、美優の水着に手を入れる。
「やっ……」
『おおっ』
「あれ?」
「あん……」
『おおおおっ!』
「これ?」
「違う!!」
『ああっ!』
「いたいた…… ちょっと待って」
 奈々はヤドカリを捕まえて、慎重に水着の中から取り出す。
 そして、何を思ったのか、ヤドカリをしげしげと眺めた後、大声を浴びせかけた。
「こら! ノゾキをするな!」
『!』
 そして寄せる波に、そっとヤドカリを戻した。
 立ち上がって美優は水着を整えながら言う。
「奈々、急にどうしたの? ヤドカリにそんなこと言ったって無駄でしょ」
「いや、なんとなく……」
 奈々はヤドカリを返した海を見つめている。



『なかなか勘の鋭い子じゃの』
 金髪のハツエが振り返って言った。
 亜夢の目尻は下がりきっていた。
『ええ、堪能しました……』
 そう言っている口元がだらしなくなっている。
『何をいっておるのじゃ? あの奈々という子の話をしておるんじゃ』
 亜夢は緩んでいる顔を手で押さえて戻そうとしている。
『ヤドカリを通して見ているのに気づかれたってことですか?』 
 ハツエは顎に手を当てた。
『そうじゃ。おぬしのヤドカリの視覚を借りる技が未熟だったとは言え、二人ともうっすら気づいておった。非科学的潜在力を使う素質は十分にあるの』
『美優も、ですか』
『ああ、奈々のようにではなく、ほんのすこし疑った程度じゃったが』
『……』
『おぬしもげんきがでたようじゃから、ちょっとここから出ようかの』
 大きくてツルツルした岩に腰掛けている亜夢。その正面に金髪のハツエが立っていて、ハツエが亜夢の両頬を手でなでていた。
「気がついた? おねえちゃん」
 目の前にいるハツエに驚き、体を少し引いてしまう。
 亜夢はハツエの手をどけると言った。
「今のは、夢?」
『さっきいったろう。おぬしの思考のなかじゃと』
「そうでした」
『三キロ程先のヤドカリの視覚を借りたのも真実のおぬしのちからじゃ』
「わたし、今までこんなことしたことなかったのに……」
『おぬしが自分自身のこころの中にリミッターを設けているだけじゃ。元々あれくらいのことはできたのじゃぞ』
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『通常、目や視覚の仕組みが違うからの。儂ぐらい|非科学的潜在力(ちから)を極めれば造作もないことじゃが。どうじゃ。わしから|超能力(ちから)を学ぶ気になったか?』
 亜夢は小さくうなずいた。
『凄すぎます』



「あっ、ヤドカリだよ」
 奈々が砂浜の生き物を見つけて指さす。
「えっ、ヤドカニでしょ?」
「?」
 奈々は正しく聞こえていないようだった。
「綺麗な貝殻をお家にしてるね」
 奈々が四つん這いになってヤドカリの動きを追いかける。
「知ってる? 大きくなったらこの貝殻を捨てて、他の貝殻とかに入るんだよ」
 美優はちょっと返しに詰まった。
「し、知っているわよ。ヤドに住むカニだからヤドカニっていうんでしょ?」
「?」
 奈々はさっと手を砂に差し込むと、砂ごとヤドカリを救い上げた。
 美優の前に手を伸ばす。
「ほら? きれいだよね?」
「きゃっ」
 美優は身震いして後ずさりした。
「大丈夫だよ。ほら、よく見て」
 奈々が殻の側をつまんで持ち上げる。
「これは『カニ』じゃなくて、ヤドカリだから。カニじゃないから横にも進めるよ」
「……しってるわよ。ヤシガニとかと勘違いしただけよ」
「ほら。触ってみる?」
 奈々が一歩前に出ると、美優は海の側に一歩下がった。
「大丈夫。噛んだりしないから」
 また一歩出ると、美優は小さく飛び上がるように後ろに下がる。
 その時、また大きな波がきて二人の足元をすくう。
「きゃっ」
 美優が不意に倒れ込んできたせいで、奈々も一緒に転んでしまった。
 倒れた時に奈々が体をひねったせいで、奈々が手をついて美優の上にいた。
「あれ?」
 美優は手に引っかかっている布に気付いた。
「きゃあ」
『ぶっ!』
 奈々は美優が持っている布が、自分のビキニ(胸の部分)だと気づき、声を上げるとともに腕で胸を隠した。
「ん? 今、何か言った?」
「とにかく、美優。それ返して。ねぇ、返して」
 奈々はパッと美優の手からビキニを取り返す。
「重いよ」
「つけるまで待ってて」
 美優にまたがったまま奈々はビキニを付けなおしている。
「あれ? 奈々、ヤドカリは?」
「えっ? 転んだ時に投げちゃったかな」
 奈々が水着を着け終わった。
『もう終わり?』
 美優は何か叫ぶ声が聞こえたような気がした。
「?」
「どうしたの美優」
 美優はあちこちを見回すが、誰も見つからない。
「あっ、ヤドカリ、そこにいるよ!」
 ヤドカリは美優の首元に上がっていた。
 奈々が言うが、美優も気が付いたが触ることが出来ない。
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『やめなさい。何度思い返してももうその事実を覆すことは出来んぞ』
 木の幹がブロックノイズのように崩壊し、顔を手で覆っているはずなのにハツエの姿が見えた。
 思考の中の暗闇に立つ金髪の少女。
『恐怖につながる事象を何度も繰り返しても前進せん。もっとポジティブなことを思い返せ』
 その思考の中の暗闇で、亜夢は顔を覆っていた手をはずした。
『分かりにくかったかの。であれば、もっと楽しいこと。で良い』
 亜夢がぼんやりと美優と奈々の着替えの様子を思い出した。
『なんじゃ?』
『……』
『もしかして、美優と奈々に興味があるのか?』
 亜夢は顔が熱くなるのを感じた。
『な、何を言ってるの?』
『今、二人の着替えのところを想像したろうが』
『人の考えを盗み見たわね』
 金髪の少女は手を広げて持ち上げた。
『ここは最初からおぬしの思考の中じゃ。周りも実際の風景と違って真っ暗。それに金髪の少女はこんな言葉遣いをせんと言ったろう。ちょっと考えればすぐにわかるはずじゃ』
『……ここは私の思考の中?』
 金髪の少女がうなずいた。
 そして、暗闇がまるで壁であるかのように、手を広げ、パン、と押し付けた。
『ほれ、さっきの映像』
 ワンピースの水着を着た美優がこっちを見ている映像が、その暗闇の壁に現れた。
『……』
 ハツエは映像を指で撫でた。
『いい体つきじゃの。おっ、もっとすごいのもあるんじゃの?』
 金髪の少女が、横に歩いていき、また真っ黒な壁に向かってパン、と手の平を押し付けた。
 すると、捜査協力のため都心に出ていた時、亜夢が美優に誘われるままラブホで休憩していた時の映像そこに映し出された。体を洗っている美優の姿。髪をアップにして、体は泡だらけだったが、体のラインは明らかに分かる。
『ほう。これはエロいの』
『私の記憶を抜き出すのやめてください!』
 亜夢は自らの頬を押さえた。
 金髪の少女、ハツエは真っ黒い壁をパン、パンと叩くとその映像が消えた。
『こっちはどう思ってるんじゃ?』
『?』
 ハツエは再び、壁に手の平を押し付けた。
 パン、と音がすると、そこにはビキニスタイルの水着を着た奈々の姿が映った。
 ハツエが亜夢の顔をじっと見ている。
 亜夢はハツエの視線に気づいて、また頬を押さえた。
『ほう。こっちも良いのか。優柔不断じゃのぅ』
『もうやめてください。プライバシーの侵害……』
『こっちはあのアキナ、というのとキスしかけたそうじゃないか』
 亜夢は表情を変えて、金髪少女に詰め寄った。
 そして拳を振り上げ、言った。
『もうやめなさい。やめないと……』
『まぁ、待て。そうじゃ、いいことをおしえてやる』
 ハツエ少し避けて、また壁をパン、と叩く。
 今度は水着の二人が、砂浜でじゃれあっている姿が映し出された。
『えっ?』
『これは今の二人のようすじゃ』
『私はこれを見ていませんけど』
『……これはヤドカリからの映像を人間が見れるものに直したのじゃ』
 ハツエが亜夢の方を振り返ってニヤリと笑った。
 映像にくぎ付けになりながら、亜夢は言った。
『だからこんなにローアングル』
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 美優は少し急ぎ足で歩き始めた。
「そうだよ。そんなに時間ないから、早く行って遊ぼうよ」
「う、うん」
 駅を過ぎ、ジグザグに下りながら、海岸へと降りた。
 小さいが、何件か家が建っており、その先に小さい砂浜が見えた。
「あそこだね」
 美優が小走りに走っていくと、奈々も追いかけるように走った。
 砂浜の上にレジャーシートを置き、そこに二人は座った。
 海水浴日和だったが、他に浜には人がいなかった。実質的には二人だけのプライベートビーチと言える。
 美優がスウェットを脱ぎながら言った。
「暑いね~」
「そうね」
「波打ち際まで行ってみようよ」
 奈々は立ち上がってお尻を払っている美優を見ていたが、立ち上がらなかった。
「私荷物みてるよ。美優、行ってきて」
「えっ、だれもいないから大丈夫じゃない?」
「……」
 奈々は美優の視線に耐え切れずに、周りを見回した。
「ほら、家があるわけだし、だれかいるかもしれないし」
「大丈夫だよ。一人じゃバカみたいじゃない。一緒に行こうよ」
 美優はジャケットを脱がない奈々の手を引っ張って、立ち上がらせようとした。
「いいよ。順番で。ね、順番」
「わかった……」
 美優はあきらめたように手を放し、下を見ながら波打ち際の方に歩いて行った。
 奈々は膝をかかえてじっと美優を見ていた。
 ハツエが言ったのは、私のこういうところを直せ、ということなのかな。だから遊んで来い、って言ったのかな。
「きゃっ!」
 波打ち際でバシャバシャしていた美優が、急にひっくり返った。
「大丈夫?」
 奈々はジャケットを脱ぎ捨て、美優のもとに走った。
「ど、どうしたの? 何かいた?」
 しりもちをついたままの美優は、にっこりと笑った。
「何もいないけど、波で足を取られた」
 奈々に手を貸してもらって達がる美優。
「な…… なんだ、びっくりした…… !」
 その時、また大きな波が打ち寄せる。
 有段者の綺麗な足払いが決まったように、二人はひっくり返る。
 飛び散る波しぶき。
 奈々は顔についた海水を手で払いながら言う。
「しょっぱい」
「あははは!」
 美優が笑うと、奈々もつられて笑い始めた。
「海だから、しょっぱいよね」
 そうしている間にも、ザザーっと波がやってきて、二人の手足にぶつかりしぶきを上げる。
「うわっ、しょ、しょっぱいしょっぱい」
「あははは」
「面白いね。海って面白い」
 奈々は手を叩いて喜んだ。
 二人は、びしょ濡れになりながら笑いあった。



 亜夢は顔を両手で覆い、さっきの事を思い返していた。
 スピードを上げて山をおり、ハツエに追いつくかと思った一瞬、ハツエに気を取られ過ぎた。
 目の前に迫っている幹にぶつかる…… そんな距離だった。
『避けきれ……』
 慌てて顔の前に手を差し込み、クッションにしようと思うが、勢いが付きすぎている。
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 亜夢は大きく息を吐いてから、決断したように口を結んで坂に飛び込んでいく。極力足を突かないように、最小限の左右移動で下りていく。
 今度こそ……
 落ちるように加速する亜夢が、ゆっくりと障害物を避けて進むハツエの後ろ姿を捉えた。
「あむねえちゃん!」
「あっ……」
 ハツエの姿を気にし過ぎた亜夢は、正面にある木の幹に気が付かなかった。
「避けきれ……」
 避けきれない。亜夢は手を顔の前に出して、木の幹と顔の間のクッションにしようとした。
「バカ!」
 ハツエが叫ぶと、亜夢の体が一瞬で幹を回避して止まる。
『心が恐怖で支配され、超能力が使えないのか』
 亜夢は目を開いた。現実ではない暗闇の空間で、光に包まれた浮いているハツエと、同じように光に包まれている亜夢がいた。
 ハツエの姿は、子供のその姿そのままだった。
『プレッシャーがかかった状態で力が使えないと、取り返しのつかないことになるぞ』
『はい』
『亜夢、覚えておきなさい。非科学的潜在力を持つものがすべて今のお前ような反応を示すわけではない。怒りや恐怖を感じた時、でたらめに超能力を使うものもいる。木を破壊し、山を消し去っても自分が助かろうとする輩だ。そんな相手と出会ったら、お前は確実に|殺(や)られるだろう』
 亜夢は頭を下げた。
『その時はやられてもしかたありません』
『そのような輩に|殺(や)られてもいいじゃと? それは間違っている。そんな輩を野放しにしてはいかん。亜夢も、こころを正しく保つことで、そんな時にも|超能力(ちから)を使えるようになる』
『……』
 ハツエが宙を浮きながら近づいてきて、亜夢のおでこにキスをした。
『目を開けるんじゃ』
 亜夢が目を開くと、さっきいた坂の途中ではなく、ハツエの家の前の平らな場所に立っていた。
「あむのなかの、こわいきもちがなくなるまで、きゅうけいにするね」



「おねえちゃん、なにもかも忘れて遊んできてね」
 ハツエが言うと、美優はにっこりと微笑んで返事をした。
「はい」
 奈々も微笑んで、手を振った。
「行ってきまーす」
 奈々は少々緊張していた。美優と二人きり、という状況が怖かったのだ。奈々と美優は亜夢を通じての友達だったし、美優は転校してきてから日が浅い。亜夢やアキナとはちがって、二人きりになったり、話したりという機会が圧倒的に少なかった。
「……」
 何かを話そうとして、意気込んでしまい、頭の中が真っ白になった。
「どうしたの?」
 美優が振り返って奈々に話しかけた。
「あっ、な、なんでもない」
 しまった…… と奈々は思った。もっと上手に切り返せれば、ここから話が出来たのに。
「何考えてるんだろうね」
「えっ? いや、どうだろう」
「?」
 美優は立ち止まった。
「ハツエのことだよ。海で遊んで来い、だなんて。そんなことで|精神制御(マインドコントロール)に対抗できるようになるのかしら」
「あっ、それね。それ、私も考えてたんだ。どうやって? って」
「どうやって? って言うのはないでしょ。泳いだり、砂浜でお城作ったりさ。浮き輪でプカプカ浮かんでたっていいじゃない。二人だから面白くないかもしれないけど、ビーチバレーとか。貝殻拾いとか……」
 奈々は苦笑いした。
「そ、そんなに遊ぶこと思いついちゃうんだ」
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「おねえちゃんと私も外に出るのよ」
 亜夢は自分の靴を履いてから、小さな靴を拾い上げると肩の上に乗っているハツエに履かせた。
「アキナおねえちゃん。ちょっと出かけてくるけどちゃんと勉強するのよ」
 ちょっと間があいて、暗い感じの返事がきた。
「はーい」
 玄関を閉めると、ハツエが|思念波(テレパシー)で伝える。
『それじゃ、訓練を始めるぞ』
「はい」

 亜夢の訓練は、山登りから始まった。
 ハツエを肩車したまま、家の前の山を上った。
 山には獣道のような、少し草がつぶれているような道しかなく、表面はでこぼこしていて平坦なところはなかった。
 なおかつ、ハツエに木の枝や草の葉を当てないように、かがんだり、迂回したりしなければならい。
『これ、たらたらと歩くな。走るんじゃ』
「無理です」
『お前には|非科学的潜在力(ちから)があるじゃろ』
 それまでにも超能力のアシストを使っていたのだが、いままで以上に力をつかい、小山の頂上まで登り切った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 ハツエの家が小さく見える。
「もうすこしやすんだら、くだりはもっとスピードだすのよ」
「無理です……」
 二階建ての家の十倍ぐらいの高さはあるだろう。
 それに下りの方が体の負荷は大きい。
 ハツエは家の方を指さす。
『このくらいの高さなら、一度にジャンプして下りればよかろう』
「あなたを肩車した状態でジャンプするのは無理です」
『やったこともないのに? 無理じゃと?』
「失敗すればあなたも危険なんですよ」
『わしは危険じゃないぞ。わし自身も|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)は使える。そもそも、もういつ死ぬかもわからんから、すこしぐらい無茶してもらってもかまわん』
「私一人でジャンプするのだとしても、です」
「……」
 ハツエはぴょん、と亜夢の肩から飛び降りて向き合った。 
『限界を作っているのは自分自身だということに気付くことじゃな。まずはわしと下りの競争をするか』
 ハツエは山の下に向き直って、かけっこのスタートの姿勢をとる。
「よおーい、どん」
 ハツエはぴょーんと飛び上がった。
 一度にしたまでジャンプはしないものの、かなり下まで一度に降りてしまう。
「ま、まって」
 亜夢も遅れてスタートするが、こわごわと腰が引けてしまっていて、スピードを出して降りていくことが出来ない。
 何度かハツエをまねて、飛び降りようとするが、|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)が逆に働いてしまい、スピードが殺されてしまう。
 亜夢がようやく下に降りた時、腕を組んでいたハツエが言った。
「やっときたね。じゃ、もういっかいやるよ」
 にっこり笑ったハツエが、ぴょんと飛び上がると、吸い付くように亜夢の肩の上に乗った。
「すたーと!」
「上りなら!」
 亜夢は力を使って、ぐんぐんと上っていく。
 さっきよりも大胆にショートカットし、早いペースで山を上がっていく。
『そうじゃ。自分で限界をつくるな。まだやれる』
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 ハツエが肩から降りると、まるでスキー板でも履いているように、スラロームしながら降りていく。
「いそいでおりてきて」
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「?」
 ハツエが指さすので、亜夢が体を回す。
「あそこで寝てるおねえちゃんを連れてね」
「……」
「いいからいくの。訓練なの」
「亜夢? どういうこと」
 奈々が困った顔で助けを求めてきた。
 亜夢は|思念波(テレパシー)でハツエに問う。
『なんの意味があるんですか?』
『疑問を持つな。二人をすぐに着替えさせて、海まで行かせるんじゃ』
『なんか別の言葉をください』
『疑問をもつな、と言ったろう』
 亜夢は視線を上から、奈々に戻し、言った。
「とにかく美優を起こして、すぐに着替えて、海に行って」
「……わかった」
 納得はしていないだろうが、とにかく奈々は美優を起こして、バッグを持って部屋に入って行った。
「次はおねえちゃん」
「私?」
 キッチンの椅子に座ってスマフォを眺めていたアキナは、自身の鼻を指さしてそう言った。
『バッグに教科書と宿題のプリントをいれてるじゃろ。授業の復習と、宿題をやらせるんじゃ』
 亜夢は肩の上のハツエを見るようにして、アキナに言った。
「えっと、教科書の復習と宿題のプリントをやりなさいって」
「え~せっかく海まで来たのに? 私も遊びたい」
 亜夢の上からアキナを指さすと言った。
「おねえちゃんは勉強。いい?」
「……」
「お返事は?」
「はい」
「よくできました」
 ハツエは亜夢の頭を叩いて、行先を指示する。
 美優と奈々が着替えている部屋を開けろ、という。
「入るよ?」
 亜夢がそう言って扉を開ける。
 ハツエの頭が鴨居(かもい)に当たらないように、亜夢が姿勢を下げる。
『美優の方が胸は大きいようじゃの』
 ハツエが亜夢にだけ|思念波(テレパシー)で話しかける。
「なっ……」
『美優の着ておる上品で大人っぽいワンピースは体形も正確にもマッチして似合っとるようじゃ。奈々は大きさはないが、形のよい胸ときゅっと上がったお尻がよいの。それを強調するようにビキニを着ているというのは確信犯的なものを感じるのぉ』
 美優と奈々は亜夢の顔が赤くなるのを不思議そうな顔で見ている。
「えっと…… 水着、似合ってるよ」
 二人は同時に返事した。
「ありがとう」
 美優も奈々も亜夢と同じように頬が赤くなった。
『なんじゃ、おぬしらはどういう関係なんじゃ』
 亜夢はハツエの問いを無視した。
「美優、準備できたら行こうか」
「あ、大丈夫よ」
 美優は水着の上にスウェットをひっかけた。奈々も大きめのジャケットを羽織る。
「いってらっしゃい。気を付けて」
「おねえちゃん、なにもかも忘れて遊んできてね」
 亜夢はハツエが言う意味が分からなかったが、二人はにっこりと微笑んだ。
「はい」
「行ってきまーす」
 玄関で二人を見送ると、ハツエが言った。
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 駅を越えて、少し山を登ると、少しだけ南に向いたゆるい傾斜があって、そこにログハウスが立っていた。
 ハツエが扉に手をかざすと、内側でロックが回る音がした。
「ほら、はいっていいよ」
 ハツエが靴を脱ぎ散らかして家に入っていく。
 パチパチと、飛び跳ねるようにスイッチをいれると、部屋の灯りがついた。
「広い」
「天井高い」
「いいでしょう、ハツエのお家」
 金髪の少女は両手を広げてそう言った。
 美優がソファーのあたりに立って、「ここに座ってもいい?」と訊くと、ハツエが「いいよ」と答える。
 大きくため息をついて美優がソファーに腰かける。
 奈々は窓の近くに行くと、カーテンを大きく開き、窓の外の景色を眺めた。
「海が見えるのね」
 ハツエは跳ねるようにして、奈々の方に行き、「反対側は山も見えるよ」と言ってそっちの窓まで連れていく。
「ほんとだ。こっちの景色は落ち着いていていい雰囲気ね」
 台所の方へ入り込んだアキナが言う。
「冷蔵庫開けてもいいか」
 ハツエが走って冷蔵庫に向かと、「いいよ、と言って観音開きの扉を一度に開く。
「おっ、ミルクもらってもいい?」というと、ハツエは「あたしも飲む」と言ってコップを二つ出した。
「他に飲みたい人いるか?」
 奈々は外を見るのに夢中、美優は疲れたのかソファーで目を閉じている。亜夢は部屋の真ん中で立って二人を見ていた。
「亜夢はいる?」
 亜夢は首を振る。
 透明なコップに白いミルクが並々と継がれる。もう一つのコップには半分ぐらい。
 ハツエは半分のミルクをグイッと飲み干し、流しにコップを置くと、亜夢のところに行った。
「おねぇちゃん、どうしたの?」
 亜夢は腰を落として、ハツエと目線を合わせた。
 ハツエの口に白い髭のようにミルクがついていて、亜夢はそっとハンカチでぬぐった。
「ハツエちゃん。精神制御されないような、何か良い方法はない?」
「おねえちゃん、ちょっとまじめすぎない?」
 ハツエはそう言ってから|思念波(テレパシー)を使って、亜夢だけに付け加える。
『何事も、オンとオフが大事なんじゃぞ』
『それはわかります。けど、この連休しか時間が』
 ハツエはソファーで目を閉じている美優に目をやる。
『コントロールされとるのは、あの|娘(こ)じゃったの。あの娘と窓際の娘は、まず、自らの|非科学的潜在力(ちから)を解放する必要がある』
 亜夢は美優と奈々の姿を見た。
『いままでできなかったことが突然できるようになるんでしょうか?』
『なる。だからここに連れてきたんじゃろうが?』
『校長が何か術を教えてくれるだろうということでした』
『素質があるからヒカジョに通っとるんじゃろ』
 ハツエは、馬跳びをするように亜夢の頭を飛び越えた。
 おどろく亜夢が振り返るまもなく、もう一度じゃyんぷして、亜夢の首を股に挟んだ。
「おねえちゃん、かたぐるまして」
 亜夢は、ふらつきながらそのまま立ち上がった。
 ハツエが指さす方に歩く。
「おねえちゃん」
 奈々は窓から海を見ている。
「海を見てるおねえちゃん」
 ハッとして奈々は振り返り、亜夢の上にいるハツエに驚いた表情を見せた。
「な、なに? ハツエちゃん」
「海で遊んできなよ」
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「(テレパシーで言っていることと、口でしゃべれることが違うから、亜夢がハツエが少女の体を|精神制御(マインドコントロール)しているんじゃないかと疑っているみたいだ)」
 ハツエは言った。
「亜夢ちゃん、そこの藪草を刈ってみて」
 亜夢は手をかざすと、言われた通り藪草を払った。
「う~んと、手で、こうやって」
 ハツエは左手で草を引っ張り、右手を刀のようにして刈る仕草をする。
 亜夢は藪草に近づくと、左手で束ねて持ち、右手を一閃した。
 そこからばっさりと草が切れて、亜夢は藪草を放り投げた。
『そのままじゃ』
 亜夢の手の、小指側の側面が、金属のように変質していた。
「?」
 アキナが美優と奈々の為に、ハツエの言ったことを同時に口にすることにした。
 アキナが説明し終わり、全員が理解したところでハツエが話を進めた。
『儂が小さくなったのは、この亜夢が見せた肉体を変質させた力と同じ』
「けど、若返ることなんてできないわ」
『これは若返っているのではないわい。肉体の密度を変え、形を変えただけじゃ。結果、子供に見えるがの』
「どういう意味?」
『老化するとどうなるか知っているか? 肌は皺だらけ、胸の脂肪は削ぎ落ちる。骨ですら中がスカスカになってくる』
 ハツエは声をだしていないが、アキナの声に合わせてパクパクするので、しゃべっているかのように見える。
『非科学的潜在力を使うにあたって、それは非常に都合が悪かったんじゃな。例えば風を起こして体を飛ばすにしても、骨や筋力が耐えられないからじゃ』
「で?」
『どうしても|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)を使わねばならん時に、こうやって体の密度を変え、自分のチカラにたえれるようにしとったんじゃが。ある時、長期間この体形をつづけた時後、元の体を忘れてしまっての。体を元にもどせなくなったんじゃ』
「長時間…… って、始めから忘れる気満々だったんじゃない?」
 亜夢はさっきまで金属のようだった自分の手を見つめた。
 確かに、元々の体のイメージが頭からなくなったら、この手も元に戻せないだろう。
『やんどころない事情が続いて、まあ、一か月はこの姿をしてたかのぅ』
「そんなに…… なにがあったんです?」
『超能力者の独立運動があったのは知っとるかの?』
 美優が手を上げる。
「あっ、知っています。二年くらい前でしたっけ」
『独立運動の一番激しい時、儂は運動の犠牲者を救う為に戦った』
「独立側として、ですか」
『いや、どちらでもない。運動の犠牲者となってしまう弱気者の為じゃ。つよい超能力者や、強力な兵器から子供や動けない人々を助ける仕事をしておった』
「子供の姿をしているのは分かったとして、なぜ子供が難しいことをしゃべれないの? 体が考えているんでしょう?」
『理由は儂もわかってないんじゃ。この子供の体でも、過去の記憶は思い出せる。じゃが、いざ話す時には、体の影響をうけているんじゃ。心と体は別物のようでありながら、別物ではない部分があるということかの』
「よくわかりません」
『体側から脳をアクセスするのに、体側が使いこなせる範囲までしか使いこなせない、という表現でわかるかの。|思念波(テレパシー)なら体の制限を受けずにすべてにアクセスできるんじゃが』
 また美優が手を上げた。
「あ、なんとなくわかりました」
「おねえちゃんが一番頭いいのね」
「そんなことないと思うけど。ありがとハツエちゃん」
 ハツエはニコニコっと笑った。
「これでいい? じゃ、みんなハツエのおうちに行こう」
「はい」
 亜夢も奈々も笑顔でそう答え、歩きだした。
 アキナは黙って立って考えていたが、「まあいいいか」と独り言を言うと、先に行ってしまった四人を追いかけた。



 
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「そんなわけないじゃん。あの子が、急に、『そうじゃの』とかババアみたいな話口調になるってこと?」
 美優は肘をまげて手を上向きに広げ、ありえないわ、と言わんばかりのゼスチャーをする。
 亜夢は美優に向かって言う。
「美優。『ハツエ』かどうかは、私にもわかんないよ。けど、美優を救ってくれるなら、どっちでもいいじゃん」
「亜夢……」
 美優は感動して亜夢と見つめあう。
 奈々が少女の方を向いて、言う。
「そこが大事だよね」
 アキナが髪の毛をかき上げながら言う。
「もう一度本人に確かめればいいだろ」
 四人は横並びに歩いてハツエを名乗る少女に近づいた。
 立ち止まると、一拍おいて亜夢が前に出ると言った。
「『ハツエ』さん。|精神制御(マインドコントロール)に対抗する方法を教えてください」
 美優が亜夢の手を引いて言う。
「(いきなりなに言ってんの)」
 ハツエを名乗る少女の、お菓子を食べる手が止まった。
「おねぇちゃん達、あたしを『ハツエ』だとおもうの?」
 全員がバラバラではあったがうなずいた。
「へぇ…… それなら、けいこしてあげてもいいよ」
「けいこ?」
 ハツエはうなずくと、美優を指さして言う。
「このおねぇちゃん、くろい人影がみえるもん。けいこすれば、はらえるよ」
「なんの『けいこ』?」
 亜夢が腰をかがめてハツエにたずねる。
「だって、おねぇちゃん達、みんなヒカジョでしょ。けいこっていうのはヒカジョのチカラのことよ」
 亜夢が振りかえる。
「ヒカジョのチカラって?」
「|非科学的潜在力(ちょうのうりょく)のことでしょ」
 奈々がそう答えると、ハツエは笑いながらうなずいた。
「そう、その、ひかがくてきせんざいりょくのこと」
「ハツエちゃん非科学的潜在力、使えるの?」
 亜夢が聞くと、その場にいた全員に|思念波(テレパシー)が届く。
『使えるに決まっとるじゃろうが。これから、おまえらを指導するんじゃから』
 ハツエは微笑んだままだった。
「えっ?」
 美優と奈々は何が起こったか分からなかった。
 亜夢がアキナと顔を見合わせ、
「じゃろうが、って言った」
「うん。漫画みたいな老人の語尾だった」
 ハツエは四人に向かって歩きだしたと思うと、すり抜けて、坂上へ歩き出した。
「おねぇちゃん達、こっちよ。下にあるお家はハツエのお家じゃないの」
「ハツエさん。なんで子供言葉?」
 亜夢が走ってハツエの前に回り込む。
「まさかハツエさん。あなたこの小さい子供の|精神制御(マインドコントロール)をしているんじゃないでしょうね」
 美優と奈々は、なんのことを言っているのか、意味がわからないようだった。
『この心と体の関係は、後で説明する。美優がされたように、|儂(わし)がこの体を乗っ取っている訳ではないぞ。この体は正真正銘|儂(わし)のじゃよ』
「じゃあ、なぜ、口にするときは子供の言葉なんですか?」
 ハツエは腕を組んで仁王立ちした。
『わからんやつじゃの』
「(亜夢とハツエちゃんは、なにやってるの?)」
 二人の様子を見て、奈々がアキナに問いかける。
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 亜夢がようやくバックからお菓子を探し出す。
 ハツエが笑顔になって両手を伸ばすと、美優が亜夢からお菓子の箱を取り上げる。
「あっ!」
「ハツエちゃん。このお菓子あげるから、しばらくここで待ってて。おねぇさん達だけでお話したいの」
「あたしのお菓子!」
 ハツエと名乗る少女が飛びついて取ろうとするのを、美優は箱を高く上げて阻止する。
「あげるから、お約束できる?」
 ハツエと名乗る少女はうなずく。
 美優は少し待ってから、箱を手渡す。
「(ちょっと、こっちにきて)」
 美優に言われて、三人は道の曲がり角まできた。
 ハツエはさっそく箱を開けてお菓子を食べている。
 その様子を確認した美優が切り出す。
「みんな、あの子がハツエだと思うの?」
「えっ? だって本人がそう言ってるじゃん」
 亜夢はそのハツエを名乗る少女を指をさしてそう言う。
 美優はあきれたような顔をする。
「あんな小さい子が|精神制御(マインドコントロール)の対抗策を知っているとでも?」
「まあ、私達よりは若いわね」
「奈々。若いなんてもんじゃないでしょ? 幼稚園の年長さんか低学年の小学生ってところじゃない」
 アキナが挙手をする。美優が指さす。
「はい、ハツエなんてシワシワネーム、お年寄りにしかつけないんじゃない?」
「だから……」
 美優はうつむいてため息をつく。
 顔を上げると、捲し立てるように言った。
「校長が頼りにするぐらいの人物が、あんな小さな子供だと思えない。だからあの子が自分をハツエと言っているのはウソで、あの子のお母さんとかおばあちゃんのことじゃないかってこと。私は、あの子にお願いしても直接|精神制御(マインドコントロール)対抗策を教えてくれるとは思えないの。だいたい、なんで皆はあの子が『ハツエ』だと思ってるの?」
「だって」
 美優は亜夢に顔を近づける。
「だってなに?」
「本人が『ハツエ』って言っているじゃん」
 美優は肩を落とし、うつむいた。
 そしてゆっくりと声を出した。
「だぁ、かぁ、らぁ~ それ、不自然でしょ? あの子は自分が『ハツエ』だって、騙っているのよ」
「奈々、かたるってなんだ?」
「嘘をつくという意味よ」
 美優はアキナと奈々のやり取りを聞き、自身のおでこを手で押さえた。
「じゃあ、誰も疑わないの?」
 そう言ってから三人の顔を順番に見ていく。
 亜夢は何も言わない。
 アキナは腕組みをして首をかしげている。
 奈々は…… 美優の方を見て…… 口を開いた。
「確かに変は変だよね」
「奈々、ありがと。良かったよ、私だけ頭おかしいのかと思った」
 すると、アキナが同調した。
「冷静に考えればそうかもな」
「アキナ、私の言ったことが理解できたのね」
「バカにしないでよ」
 そう言うと、ぷいっとそっぽを向いた。
「亜夢はどう?」
 亜夢は『ハツエ』と言っている少女の方を見ていた。
 少女は聞こえているのかいないのか、ニコニコ笑顔で、お菓子を食べながら亜夢に手を振っている。
「あの子が『ハツエ』さんだと思う。容姿はともかく」
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「大丈夫だよ。もうしないから。出てきて? お話しよう?」
「出て行かない」
 美優と亜夢は顔を見合わせた。
 奈々は顎に指を当てて、何か考えているようだった。
 亜夢がそれを見て奈々にたずねる。
「(何かアイディアある)」
「(やってみていい?)」
 全員がうなずいた。
「私、奈々っていうの。この子は亜夢、こっちの子が美優。最後のおねぇちゃんはアキナっていうのよ。お名前は?」
 名前を聞き出そうという作戦か、と三人は思った。
 名前が分かれば呼びかけやすい。
 四人はそれぞれ藪の動きをじっと見ていた。
「ハツエよ」
「えっ?」
 四人は再び顔を見合わせた。
「ハツエだって」
「ハツエって、校長の言っていたあのハツエ?」
「ハツエって、お婆さんだと思っていたんだけど。だって私達の先輩なんでしょ」
「確かに声は若いけど、出てきたらお婆さんかもしれないじゃん」
「……」
 亜夢は一人、藪を向いてたずねた。
「ハツエさん。私達、あなたに相談があるんです」
「(ちょっと、いきなり何言ってんの亜夢)」
 そう言ってアキナが亜夢のそでを引く。
 ガサガサ、と音がして、藪の中から飛び出してくる人影があった。
 小さく、黒く、弾丸のように宙を|回転(ロール)し、四人の頭を飛び越えて、亜夢の後ろに着地した。
 ゆっくりと立ち上がる姿は、亜夢たちの三分の一ほどの背丈の、女の子だった。
 肩紐になっている黒いワンピースに黄色い靴。金髪に黒いカチューシャ。
 両手をお尻のあたりで回して立っている。
「外国人?」
「ハツエちゃん?」
 両手を後ろにした姿勢のまま、上体を突き出して言う。
「相談ってなに?」
「あの、この|娘(こ)が|精神制御(マインドコントロール)されてしまっているんです」
 亜夢が美優の両肩に手を置いて、押し出すようにした。
「この|娘(こ)を助ける方法を教えてください」
「よろしくおお願いします」
「お願いします」
 亜夢のお願いに、奈々とアキナが同調したように言った。
 美優はいぶかし気な表情を浮かべる。
「ちょうだい」
 ハツエを名乗る女の子は、右手だけ前に出した。
「?」
「飴とか、チョコレートとか持ってないの?」
 亜夢は背負っていたバックを下して中を探し始めた。
「(亜夢、ちょっとまって)」
 美優が亜夢を制し、全員に手招きをして集めた。
 五人が道の真ん中で輪になって顔を見合わせる。
「(どうしたの美優)」
 美優は全員の顔を見回して、ハツエと名乗る少女を見つける。
 美優はだまったままさらに道を戻る方向を指さし、小声で言う。
「(向こうで話そう)」
 三人の動きにハツエと名乗る少女がついてくる。
 美優は困ったような表情。
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 全員があちこちを見回す。
 見えるのは山と、海。そして無人駅。海方向にジグザグに降りていく道。
 山の上の方へ行く、やはり同じようにジグザグした道があった。
 建物は、駅周辺に物置小屋のようなものが一つ。
 眼下の海岸には、いくつか家らしき屋根がいくつか見えた。
 全員が海岸の方を見る。
「あそこに『ハツエ』がいるのかな」
 奈々がそう言うとアキナがそれを受けて答える。
「居なくても、人がいるなら話は聞けるんじゃない?」
「ここ降りるの?」
 美優が呆れたようにそう言った。
 駅から見た感じだが、かなりの高さを降りて行かなければならない。
 もしそれが無駄足となれば同じ高さを上って帰って来なければならないわけだ。
 アキナはトランプを取り出して言った。
「ババ抜きして負けたひと……」
「ジャンケンで負けたひ……」
 反応したように亜夢が言っていた。
「じゃ、どっちで決めるかジャンケンで……」
 奈々がアキナと亜夢の間に入ると、言った。
「……もう。いいわよ。私が下りて聞いてくる。もしわかったら電話する。同時に上も探しててよ?」
 奈々は小道を進んでいった。
「奈々、危ないよ。『ハツエ』がどんな人か分からないんだから」
「|超能力(ちから)に対抗する手段を知っているひとなら、きっといい人だよ」
 道が曲がっていて、すぐに奈々の姿が見えなくなる。
 亜夢が慌てて追いかける。
「いや、万が一ってこともあるし、道中でなにかあるかも。私もついて行く」
「亜夢がいくなら、私もいく」
 と、ほとんど同時に美優が亜夢の後を追う。
 一人になったアキナはしばらく考え、周りを見渡す。
 美優の姿も見えなくなって、誰もいなくなるとアキナも走り出した。
「おいてかないで!」



 アキナが追いついた時、それとなく奈々が言う。
「あのさ…… 全員来たら意味ないんじゃない? 『ハツエ』が上に居たら無駄足なんだよ?」
「いやいや、最初から全員で動けばよかったんだよ。やっぱり心細いじゃん」
 道の周りは藪になっているし、道は曲がりくねりながら下っているため、極端に見通しが悪い。亜夢がそう言うのも根拠があるように思えた。美優が亜夢に賛成、という風に体を寄せて言う。
「蛇とかも出てきそうだよね」
「おねぇちゃん」
 突然、あたりの藪の中から声がした。
 四人は立ち止まると、獣道のような小さな通路の方を見つめた。
「?」
 ガサガサ、と音がして、藪が揺れた。
「おねぇちゃん」
 声は聞こえるが、姿は見えない。
 亜夢が揺れたあたりの藪に手をかざすと、空気の流れを使って左右に開いて、何かいないか確かめる。
「怖いよ~」
 また同じ声がそう言った。亜夢が呼びかける。
「どこにいるの?」
 亜夢は、あたりのあちこちに手をかざして、風を起こして声の主を居場所を探す。
「いないね……」
「おねぇちゃん、風を吹かせるから怖いよ」
「!」
 亜夢は自分のしたことでその子を怖がらせてしまったと思い、胸に手を当て、頭を下げた。
「ごめんね。怖かった?」
「……」
 美優が言った。
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「なんじゃ、聞かんうちに諦めるか?」
 亜夢は口を開いた。
「校長。昨日、美優がまた|精神制御(マインドコントロール)されちゃったんだ。美優にも|非科学的潜在力(ちから)があるんだから、その|精神制御(マインドコントロール)に対抗できるはずなの。知っていたら方法を教えてくれないか?」
「……言葉遣いが酷いのぅ」
「えっ? そこ?」
「それに、いまさっき|非科学的潜在力(ちから)に|超能力(ちから)で対応するな、と言ったはずじゃがな。理解してはくれんのかな」
 亜夢が身を乗り出した。
「それじゃあ、|非科学的潜在力(ちから)じゃない方法でもいいよ。とにかく、美優が|精神制御(マインドコントロール)から逃れられる|術(すべ)が知りたいんだ」
「……」
 亜夢の真剣さは周りにも、校長にも伝わっていた。
「……」
 黙ったまま校長は立ち上がって、窓から外を見る。
「確かに|精神制御(マインドコントロール)は良くないのぅ」
 校長は何か思いあぐねているようだった。
 ゆっくりとあるきながら話しだした。
「わしには洗脳やら、マインドコントロールを解くすべを知らん。ましてや|超能力(ちから)を使えんのだから、西園寺に降りかかる災厄の大きさや深刻さなど、とうてい理解できんだろう」
「えっ?」
「じゃが、過去に自分ではどうにもならないことや、自由を取り上げられたようなことは経験しちょる。それを何倍かにしたもの、と考えれば、今の西園寺が、どんなに辛く苦しいことかは想像出来る」
「……」
「わしには|術(すべ)を教えることができんが、知っているかもしれない人物を教えることは出来る」
 亜夢が立ち上がって、校長に詰め寄る。
「それは誰ですか?」
「ここにはおらん。週末は連休になってるから尋ねるといい。話はしておく」


「着いたね」
 着いたのは眼下に海が見える無人駅だった。
「汽車に乗るは久しぶりで嬉しかったけど、もうお腹いっぱいって感じだな」
 アキナがそう言うと、奈々が言う。
「帰りも乗るんだよ」
 それを聞いて、疲れた、という感じにアキナは顎を上げてしまう。
「亜夢、ここ、海沿いじゃなくて、山って感じだね」
「……」
 美優の問いかけに亜夢は答えなかった。
「亜夢?」
「呼んでるんだぞ、亜夢」
 アキナが言うが、亜夢はじっと海の方を見ている。
「亜夢どうしたの?」
 奈々が亜夢の手を取ると、ようやく意識が戻ったように
「あ、ごめん。校長の言ったことを思い出してた」
「なんのこと?」
「この駅で降りて『ハツエ』を訪ねろって言ってた。『ハツエ』って言われてるだけで、住所とか、そういうの一切なかった。電話番号もしらないって」
「えっ?」
 奈々がビックリして、「いまの聞いたよね」と言わんばかりにアキナと美優の方を振り返る。
「じゃ、ここから先どうするの?」
 アキナがそう言う。
 亜夢は腹をくくったように、
「私達でその『ハツエ』を探すしかない」
 と手を広げてみせる。
「ちょっとまって、探すったってここ周りに家とかある?」
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「なんで?」
「亜夢にはいろいろやらされるからな。寮の部屋の掃除とか、教室の掃除とか、プール掃除とか」
「掃除ばっかりじゃない」
「今まで、そういうのじゃんけんで決めてたけど、それをババ抜きにすれば全部あたしが勝ったはず」
「逆に全部負けてたの?」
 と美優が言うと、ゆっくりとアキナはうなずく。
「それもどうなのって思うけど……」
「あっ、美優。馬鹿にした。ゆっとくけどね、一対一のジャンケンは亜夢に勝てないから。めっちゃ動態視力いいのよ」
「動態視力? 見て逆を出すの?」
 美優はあきれたような顔で亜夢を見る。
 亜夢はまだ手元のトランプを見つめている。
 奈々が苦笑いしながら、美優に答える。
「ちょっとずるいよね。けどそれはみんな同じ条件だから……」
「まあ、手の振り方とか癖で見抜くのとかわらない、っちゃ変わらないけど」
 美優は気が付いたように人差し指を立てる。
「あ、じゃあ、ババ抜きだって考えを読めば?」
「それがそうはいかないんだよ」
 アキナが言う。
「私は全然変なことを考えてれば亜夢がいくら読もうとしても読めないのはわかってるから」
「?」
「じゃあ、私達の考えは?」
「伝えようとしているなら読めるかもしれないけど、なんでもかんでも人の考えが分かるわけじゃないのよ」
「へぇ」
 美優は納得したようだった。
 四人は連休を利用して、海沿いの村に行く途中だった。


 話は小林達が襲ってきた翌日に戻る。
 亜夢達四人は、空き地で男たちと喧嘩しているのを通報され、亜夢は校長室に呼び出されていた。
 皺だらけだが、誰より姿勢がいい白髪の老人、非科学的潜在力女子学園の校長はいつものように生徒を叱っていた。
「|非科学的潜在力(ちから)を使って、|超能力(ちから)で解決している限り、君たちはいつまでたっても社会に出ていけない。この片田舎から羽ばたけないんじゃぞ。確かに相手が悪い。復讐のために武器まで持ってきている。だが、それを超えるような武器で対抗してはいけないんじゃ。わかるな?」
「……」
「分かるな?」
 老人の語気が強まった。
「はい」
「声が小さい」
「はい!」
 老人は一人一人に紙を配ると言った。
「そこに反省文を書いてきなさい。反省文を見て、理解していない、と思った者は、もう一度ここに呼びだして説明する」
 亜夢が言う。
「それパワハラ……」
 人差し指を盾て左右に振った。
「違う。これは教育じゃ」
 亜夢は、むすっとして校長を睨んだ。
「亜夢、あれ聞いてみてよ」
 横に座っていた美優がそう言った。
「……」
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 美優を|精神制御(マインドコントロール)するヤツの姿を見ている。亜夢はそう確信した。
「奈々、そいつが見えたら近づかないで」
「けど、助けないと美優が可哀そう」
「……」
 急に亜夢は首を掴まれた。
「や、ヤバい。い、息が……」
 亜夢は美優と唇を重ねていた。
 美優の耳を引っ張って亜夢が言う。
「こら。何をする」
 美優はにっこりと笑う。
「感謝の気持ちを体で示しただけだよ」
「ほお。感謝するなら、こっちの奈々に感謝しな」
 亜夢は立ち上がって、奈々を美優に突き出す。
「えっ?」
「ありがと、奈々♡」
 亜夢の足元で女子同士の濃厚なキスがかわされていた。
「連中が起き上がる前に寮に帰ろう」
「はぁい」
 美優と奈々が立ち上がり、空き地を出ていく。亜夢の後に、アキナが出てきて袖を引く。
「どうしたのアキナ?」
「亜夢に感謝の気持ちを体で伝えたい」 
「キスならゴメン」
 亜夢が手を合わせて頭を下げた。
「えっ……」
 それきり、寮に戻るまでアキナはずっとうつむいていた。 



 亜夢、美優、奈々、アキナの四人は、汽車に乗っていた。汽車と言っても、蒸気機関車ではなかった。長距離を移動する列車のことだ。
「トランプ飽きた」
 と美優が言って、手札を膝の上に置いた。
「後、どれくらいかかるの?」
 美優はスマフォで確認する。
「おっ、後一時間を切ったよ」
「え~~」
 美優の絶望的なその声を聞いても奈々は笑顔だった。
「じゃあ、美優、おせんべ食べる?」
「おせんべ糖質でしょ」
「豆もあるよ」
「甘いからおなじよ」
 亜夢は真剣にアキナの手札から一枚を選んでいた。
「……」
 決意したように左から二番目を、勢いよく引き抜く。
 アキナが、ニヤリ、と笑う。
 引き抜いたトランプを持つ手が震えている。
「な、なんで戻ってくるの、あんた……」
 可愛らしい絵柄のジョーカーがそこにあった。
 美優が呆れたように言う。
「こんなにババ抜きやったの初めてだよ」
「わ、私も、こんな屈辱初めてだよ」
 アキナが勝ち誇ったように言う。
「亜夢がこんなにババ抜き弱いとはな。もっと早く知っておけば良かった」
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 消えて行かない土埃に男は震えた。
 亜夢が指をさすと、静止していた土埃が意志をもったかのように男をめがけて飛んでいく。
 たまらず目を閉じる男。
「お、おぼえてろ!」
 ろくに開かない目でバイクにまたがり、アクセルを開ける。
「あっ、危ない!」
 段差に気付かず、バイクが転んでしまう。
 さらしの男は路面になげだされる。
 そのまま動かない。
「やばいかな……」
 そう言った瞬間、男はパッと立ち上がって走って逃げて行った。
「ふぅ。これで終わりかな」
 奈々が亜夢の背中にくっついている。
「怖い……」
「奈々。大丈夫だよ、死んでないし、起き上がってきてもすぐやっつけるから」
「違うの。美優の後ろ」
「あっ、美優、大丈夫?」
 倒れたままの美優にかけよる。奈々が、激しく腕を引っ張る。
「どうしたの、奈々?」
「ほら、見えない? 美優のすぐそば」
 回りを見回しながら亜夢は、美優を抱き起す。
「美優、大丈夫?」
 美優が声に反応してゆっくりとまぶたを開けると、亜夢はその瞳の中にいた。
『なに?』
 亜夢はその暗闇の中でそう言った。言ったというより、|思念波(テレパシー)を送った。
『お前は、この前のヒカジョだな。すると、さっきのは違う誰か、ということか』
 亜夢が送られてきた|思念波(テレパシー)の方向を探すと、空間の裂け目に、目だけが見えていた。
『あ、あの時の…… あんた、何が目的なの。もう美優に干渉しないで!』
『目的を聞かれて答えるのは小悪党さ。知りたいなら勝手に調べてみるんだな』
 スッと、裂け目が遠ざかって行く。
 亜夢は走って追いかけるが、近寄る気配もない。
『待て!』
 暗闇がどんどん小さくなり、亜夢が瞳の表面浮かび上がった。
 美優の瞳だけではなく、鼻が見え、髪やあご、おでこが見えてきた。どんどんと上昇して、自らの体に帰ってくる。
「!」
「亜夢、亜夢! しっかりして」
 奈々の声が聞こえた。
「奈々、どうしたの?」
「どうしたの、はこっちのセリフよ。亜夢が連れていかれるような気がしたから、何度も呼んだのに、まるで意識がないみたいだったから、びっくりして……」
 奈々が亜夢の背中で泣き始めた。
「良かった。帰ってきたのね。良かった」
「……」
 なんだろう、と亜夢は考える。さっきの瞳の中に入った感覚が奈々にも分かったのだろうか。
「ごめん、心配かけて」
「うん、大丈夫。今度は美優」
 念の為、亜夢は美優の鼻と口に頬をよせて、呼吸を感じた。
「美優? 起きて、美優。返事して」
「もうあの人は見えないから大丈夫だと思う」
 亜夢は振り返る。
「奈々?」
 きょとん、とした表情の奈々に亜夢が話しかける。
「奈々が、さっきから見ているのはなに?」
「美優にまとわりついていたの。闇に包まれていて、姿ははっきりしない。亜夢もその闇に包まれ始めたから……」
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