その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ: 非科学的潜在力女子

 その美優の触れた手が心地よかった。
 お互いに髪を洗い、流して、美優からシャワールームを出る。
 亜夢は少し熱くしたシャワーを頭から浴びながら、美優のテレパシーの違和感を考えていた。
 もし美優があのテレパシーを送ってきたのだとしたら…… 顔の筋肉や体が示す態度と、感情が完全に独立・分離していると思える。人に、そんな芝居が出来るものなのだろうか。
 そして一番重要なのは『ヒカジョ』と言ってくることだった。
 美優には言ってないし、バレてない、と思っていた。
 いや、もし、あのライダーが美優だったら…… 車椅子の人と美優が知り合いだったら…… まさか表通りの有名ブランドで買いものする美優が、裏路地の『みきちゃん』とかと知り合いだったら……
 どれも可能性が低くて、偶然が過ぎる。
 コンコン、とシャワールームのガラスを叩く音がする。
「映画とか見れるんだよ。早く上がってきて」
 亜夢はシャワーを止め、同時に違和感への考察をやめた。
 美優と同じように下着だけつけると、ベッドの上にのってリモコンを操作しながら映像メニューを眺めると、美優が、
「これにしよう」
 と言うので、亜夢はうなずいた。
 ホラー映画の終盤、連続する脅しと恐怖の繰り返しに、美優と亜夢は頬を寄せ、体を合わせていた。
 映画の中の主役が、エンディングを迎えてキスをするシーンに、美優も盛り上がったのか目を閉じて亜夢の方を向いた。
 亜夢はくちびるを当てる、というくらい軽いキスをして、体を離した。
 美優はうつむいた。
「わからなかった?」
 亜夢は美優の表情が暗いことが気なって、美優の腕に触れた。
「ごめん」
「それって|わかってて(・・・・・)の『ごめん』なの?」
「えっと…… 」
 美優に触れていた手を振り払われる。
「わかってるんでしょ? 言わないとダメなの?」
 背を向ける美優を、亜夢が振り向かせる。
「わかってる。私も好きだよ。美優。大好き」
「じゃあ!」
 亜夢は美優を強く抱きしめ、口づけをした。
 互いの唇が少し開いて、舌が出入りして唾液の交換をした。
 美優の口から吐息のような声が聞こえる。
 唇が離れ、亜夢が美優に覆いかぶさる。頬と頬が触れ、亜夢は美優の耳に語り掛ける。
「まだ決断がつかないの。美優の気持ちは受け止めたよ。だから私の気持ちも受け止めて」
「けど、悩むってことは…… スマフォのあの|娘(こ)」
「私の答えを急がないで欲しいの…… お願い」
 閉じていた亜夢の瞳から、美優の頬に涙がつたう。
「……うん。ごめん、亜夢」
「ありがとう……」
 亜夢の四肢と美優の四肢は絡まりながらも、限界の一線を保った。
 スマフォの振動が連続して、二人は体を離した。
 美優は亜夢に向かって、口に人差し指を立てて合図する。
「ママ? どうしたの」
 母親からの電話のようだった。 
 真剣な表情と、綺麗な言葉の受け答え。
 亜夢は美優との育ちの違いを感じた。
 電話を終えると、美優は大きくため息をついた。
「どうしたの?」
「急いで帰って来いって。車を迎えに行かせるって。だから、今日はこれでおしまい」
「そう……」
「亜夢は時間いっぱいまで居てもいいよ」
「美優がいないのに、残ってても面白くないよ」
「そう? 亜夢の支度を待ってられないかもしれないけど」
 美優は急いで服を着ている。
 亜夢も脱ぎ捨てた服を慌てたように拾って身に着ける。
 美優はあっという間に支度を整えて、部屋を出ていく。
「亜夢、ごめんね。支払いはするから心配しないで」

 ガラス張りの仕切りの先に、綺麗なくびれのラインが見える。
「綺麗なおしり……」
 亜夢はため息をついた。
 シャワーの音がし始めると、あっという間に水しぶきと蒸気で中の様子はぼんやりとしか見えなくなってしまった。
 干渉波キャンセラーであるヘッドホンを両手ではずした。
「女の子同士なんだから。意識し過ぎよ」
 亜夢は自分の頬を両手で挟むように叩き、服を脱いでベッドの上に畳んだ。
 ゆっくりと歩き、美優のいるシャワールームの扉を叩いた。
「私も入れて」
 美優は微笑み返した。
 扉が開くと、濡れてピカピカした美優の肌がまぶしかった。
「洗いっこしよう」
 鏡写しにしたように向き合った体。
 スポンジを使わずに、直接手にボディソープをつける。
 右手が左手、左手が右手。
 腕をずっと伝って、小さな肩の盛り上がりに触れる。
 お互いが鎖骨のあたりを洗いあうと、くすぐったいのか、口元がゆるむ。
「亜夢……」
 美優は亜夢のうなじのあたりに手を滑らせてくる。
 同時に体を引き寄せる。
 正面から体が触れ合い、亜夢の体は躊躇したように下がった。
「?」
「……」
 亜夢は美優の胸の上から脇の下をまわって、背中に触れた。
 同時に、引いていた体を元にもどした。
 亜夢は美優の体を強く引き寄せる。
「あっ……」
 亜夢は戸惑ったような表情を見せる。
 美優は首を振り、瞳を閉じて亜夢を見上げる。
 ぴったりと触れ合っている胸から、鼓動が伝わってしまうのではないか、と亜夢は思う。
 亜夢もゆっくりと顔を近づけながら目を閉じ、唇を重ねる。
『あなた、ヒカジョね』
 唇を離し、亜夢は目を見開く。
 美優はまだ口づけを待っているようで、そんなことを言った風ではない。
「……」
 美優の魅力的な唇を、口でなぞるようにキスをつづける。
 さっきのようなテレパシーは聞こえてこない。
 背中に回していた手を、少し下に、美優の腰から下がっていった。
『ヒカジョのクソが何やってんだ!』
 亜夢には、触れている美優の体や、見えている表情と、入ってきたテレパシーが一致しなかった。
「?」
 美優は不思議そうに亜夢を見つめる。
「ごめん、美優…… 背中を洗うから。後ろ向いて」
「どうしたの?」
「なんでもないよ。ほら、からだ冷えちゃうよ?」
 美優は背中を向けた。
 たぶん、かるく触れているだけなら聞こえてこないだろう。亜夢はそう考えていた。
 暖かいシャワーで流すと、美優が言う。
「交代しようか」
 美優は亜夢の背中に体を押し付けるようにして洗ってくる。
 当然のように胸に手を回してきて、押し上げたり、敏感な部分に指で触れてくる。
「あっ……」
『けッ、感じてんじゃねーぞ、ヒカジョの分際で』
 亜夢はハッとして振り返る。
 亜夢の表情をみると、美優がおびえたような顔になる。
「ごめん。違うの」
「流すね」
 美優はシャワーヘッドを亜夢の背中に向けた。
 丁寧に、優しく流してもらう。

「やった! これ大切にするね」
 美優の笑顔に、亜夢もうれしくなって笑った。
 美優は向かいの席にもどり、亜夢ももとの椅子にもどった。
 しばらくすると、注文した料理が運ばれてきて、二人は楽しく食事を進めた。
 食事のおいしさに亜夢は興奮し、夢中になって食べた。
 しかし、ドルチェが運ばれてきた頃、他のテーブルで会計をしているのを見て、亜夢は忘れていたことを思い出した。
「美優、ここ高いんでしょ? 私、これだけしかないの」
 テーブルに指で数値を書いた。
 美優はそれをみてうなずく。
「亜夢はそれだけ出してくれればいいよ。後はこっちでもつから」
「えっ、そんなの悪いよ!」
「しっ、声が大きい」
 席と席の間隔があいているから、他の席の声など気にならなかったのだが、亜夢の声は大きかったらしく、一斉に視線を集めてしまった。
 周りを見て、頭をさげる。
「ご、ごめん」
 美優は小さく笑った。
「それより亜夢はそのお金出しちゃって大丈夫なの?」
「明日のごはんは明日もらえるし、朝食はホテルのだから払わなくていいのよ」
 支払いを済ませると二人は店を出た。
 周りは、いい雰囲気の男女ばかりだった。
「亜夢、ちょっと話があるんだけど」
「なに?」
「ここじゃ話せないから、ここ入ろ?」
 美優は『ここ』と言われた場所に、男の人に肩を抱かれた女性が入っていくのをみた。
「ここって」
「ラブホテルだけど?」
「えっと……」
「あ、お金は気にしないでいいわ」
「そうじゃなくて、ホテルなら、私の止まってるところでも」
「狭いでしょ?」
「せまいけど…… って、どういうこと?」
「|理由(わけ)は後で。じゃ、入ろう」
 二人は勢いよく飛び込んだ。
 休憩と告げて料金を払い、指定された番号の部屋へと進む。
 扉を開けて入った先には、大きなベッド、ガラス張りの仕切りの先にシャワールームがあった。
 ベッドの枕元にはコンドーム。
「はぁ~ けっこう食べたね。お腹苦しいよ」
 美優はリラックスした感じで『ボン』とベッドに横になる。
「えっと、私こういうの慣れてなくて」
「歩くのに疲れたりすると結構入ったりするよ。追いかけてくる人を撒く時なんかも」
「追いかけられるの?」
「割とね」
 亜夢は美優をみて納得した。
 顔、スタイル、そしてお金持ち…… すべての要素が、追いかけたりする理由になる。
「話って?」
「そうだね。けど、時間あるからさ、シャワー浴びてもいい?」
「えっ?」
「亜夢の一緒に入る? 一人で入っても、どうせガラス張りだから、同じだよ」
「えっ、えっ?」
 亜夢の頭の中に、奈々のことが浮かんだ。
 奈々にアキナとのキスを問い詰めたのに、自分は美優ともっとすごいことをしようとしている。
 都心である、この場所からはテレバシーは通らない。
 だから後で言わなければ、バレることはない。
「あの、あの……」
「?」
 美優は体を起こして、亜夢の様子をじっと見た。
「そんなに考えるんなら一人で入っちゃうね。入りたかったら後できてもいいよ」
 上着を脱ぎ、ブラを脱ぎ捨て、スカートを下ろし、パンティは…… しっかり畳んでタオルの横に置いてから、シャワールームへ入った。

 その時、亜夢はふと、美優の苗字を聞いていない、と思った。
「そうなんだ…… けど、美優の苗字って、私聞いてなくない?」
 亜夢が言うと、美優は少し怒ったような表情になった。
「あ、ごめん。私の苗字って言ってなかったけ? 私、|乱橋(らんばし)っていうんだ。乱橋亜夢」
「そういうことじゃないの……」
「……ごめん。いいたくないこともあるよね」
 しばらく、二人は何も話さなくなってしまった。
 案内されたテーブルにつくと、ウエイターがメニューを持ってきて、美優と亜夢に説明を始める。
 二人は食べたいものを選んで告げると、ウエイターはそのまま下がった。
 亜夢は何を言うか悩んだ末、口を開いた。
「その制服、カッコいいね……」
「そお? 昔は葵山学院も私服で通えたらしいんだけど」
「私服。それもそれでいいね。気楽で」
「そうよね。私はどっちかっていうと私服がいいけど、制服があった方が生徒が集まるらしいの」
「あ、なんかそんなはなし聞いたことある。制服じゃなかったって」
「けど、それ、相当昔よ。知ってるのはおばさんね」
 亜夢は清川の顔を思い出して笑った。
「亜夢んところはどうなの?」
「……」
「?」
「制服だよ。つまんない制服」
 細かいところを話すわけにもいかない。『みきちゃん』が知っていたように、どうやら制服の話から『ヒカジョ』だとバレることもあるようだからだ。
 亜夢は自分が振った話題がまずかった、と後悔した。
「写真とかないの?」
「……」
「?」
 亜夢は慌ててスマフォを探すふりをする。
「うーん。制服で写真とることないからなぁ」
「そうなんだ」
「ごめんね」
 と言って、亜夢はスマフォを机に置いた。
 すると、通知が来て待ち受け画面が表示された。
「!」
「あっ!」
 亜夢は慌ててスマフォをしまう。
「ご、ごめん。ちょっと見ちゃった。その制服なの?」
「えっと…… この|娘(こ)はナナって言って……」
 同じ学校かどうか、というところを言うか、言わないか、それともウソを言うか…… 亜夢は必死に考えた。
「友達なの」
「へぇ…… なんかそういうの……」
 さっきまで亜夢を見ていた美優の視線が、泳ぎ始めた。
「?」
「そういうのいいな」
「美優の待ち受け見てもいい?」
「あ、えっと、だめ。亜夢、そうだ。亜夢の写真撮っていいい? 一緒にならんだ写真」
「ん、いいよ」
 美優はスマフォを持って亜夢の横にくる。亜夢は席をひとつずらして美優に座らせる。
「こっちをバックにした方がいいね」
 店の中庭が見える窓をバックにして、写真をとった。
 何枚かの写真の中から、美優が選ぶ。
「これなんかどう?」
 亜夢は写真を見て、
「うん、いいね。そのスマフォの写真綺麗だね。私のなんか比べ物にならないわ」
「じゃ、これに決まり」
 美優はそう言うと、ささっとトリミングし、待ち受けの壁紙にその写真を設定した。
 亜夢に顔を寄せてきて、スマフォの画面を見せる。
「どう?」
「うん、いい感じ」

「これ、なんですか?」
「グラン・バットマンといいます。どうですか?」
「……えぇっ。無理そうです」
「そお? さっきの柔軟体操の様子をみているかぎり、これくらいできそうですけど。やってみましょう」
 亜夢は無理やり美優の近くに押し戻され、バーにつかまり足を跳ね上げる。
「な……」
 先生が近づいてくる。
「もう一度やってみてください」
 亜夢は顔をしかめながら、足を跳ね上げる。
「……もう一度」
 美優が笑う。
 亜夢がもう一度足をすばやく跳ね上げる。
「亜夢…… 殺気があるよ。これ格闘技じゃないんだから」
「!」
 先生が手のひらをポンと叩いた。
「そう。それが言いたかったんです。何か違う、と思ったんですが」
 亜夢の放課後は超能力を使って、上級生や同級生と組手のようなことをやっていた。どうしてもこういう動きに殺気が込められてしまうようだ。
「じゃ、こんどは足を上げて上体をつけてください」
 一瞬なら跳ね上がる足も、上げたまま状態を足に付けていくとなると痛みに負けて、超能力が使えない。
 先生は亜夢が『出来る子』だと思ったのか、しつこくフォローにくる。
「せ、先生。痛い! 痛い、イタイ、裂けまくります」
 一瞬驚いたような顔になり、場が凍り付いたかと思ったが、今度は急に笑い始めた。
「裂けるほど痛いかもしれませんが、裂け『まくる』っていうのは何なんでしょうかね」
 他の生徒もそれを聞いて笑い始めた。
「けど、これ裂けまくってます!」
 美優もお腹を押さえて笑った。
「面白い人ですね。けど、なんとか出来てますよ。うん、出来てます」
 先生はさらにバーレッスンを進めていく。
 亜夢も「無理です」と言いつつ、こなしてしまうために、他の生徒と同等に扱われてしまう。
「じゃあ、十分休憩にします」
 そう声がかかった時には、亜夢の全身から汗が吹き出ていた。
「きついよ、美優。バレエって、もっと可愛らしいものを想像してたよ」



 レッスンが終わり、亜夢は水を飲みに更衣室を出て行った。
 亜夢が使っていたロッカーは、きちんと閉まっておらず、中が見えていた。
 美優はふと、亜夢の外したヘッドホンを手に取った。
 スイッチを入れて頭に付ける。
「!」
 美優の表情が変わった。
 廊下の方で音がすると、美優は亜夢のロッカーにヘッドホンを素早く戻した。
「どうしたの?」
 美優の表情を見て、亜夢がたずねる。
「どうもしないわ」
「そ、そうならいいけど」
 二人は黙って帰る支度を終えた。
「今日の|夕食(ごはん)ってどこで食べるの?」
「この近くのイタリアン・レストラン」
 更衣室を出て、エレベータを使って降りた。
 二人はそのビルを出ると、街の人混みの中を歩き始めた。
 坂を上って小さな路地を入っていくと、緑白赤と横に並んだ旗が見える。
「あそこよ」
「わあ、なんか雰囲気あるね」
「そうでしょ? ここママの知り合いの人がやっているお店なの」
「なんかすごいね」
 美優が中に入り、亜夢も続いて入っていく。
 薄暗い感じで、高校生の二人で入るような店の雰囲気ではない。
 大人のデートに使うような雰囲気と、静かに溢れる高級感に亜夢は気圧されていた。
「こんなとこ、あたし来てもいいのかな」
「大丈夫よ、大騒ぎしに来たんじゃないんだし。お食事するところなんだから私達だって居ていいはずよ」
「あとさ、これ、つけてたらまずいかな」
 亜夢は右耳のあたりの、白いヘッドフォンを指さした。
「食べる時にはずせば…… いいんじゃない?」
「よかった」
 ウエイターが目の前に立ち止まり、一度後ろに戻る。そこで何か確認した後、再び二人の前に戻ってきた。
「美優様、こちらでございます」
「名前も告げてないのに、いきなり『美優様』だって」
「『美優』って名前で予約入れたから、しかたないじゃん」
 そこが聞きたいのではない、と亜夢は思った。さっき言っていたように知り合いのお店だから、顔で入れるのだ、と亜夢は思った。

 |あの場所の周辺があやしい(・・・・・・・・・・・・)、というだけだった。
 捜査の進展とはいえないレベルなのだ。
「うんと…… 具体的にはちょっと、わからないですが」
「なるほど。何か、直感的なものがあるのかな」
 亜夢はゆっくりとうなずいた。
「明日、署ですこし話を聞かせてくれ」
 警察署の近くの駅で降り、加山はホテルのロビーまで亜夢を送った。
「それじゃあ、明日、また中谷が迎えに来るから」
「はい」
「おつかれさま」
 会釈をして、加山が見えなくなると亜夢はロビーの時計を見た。
 まだ夕食にはかなり時間がある。一気に暇になってしまったのだ。
「あっ、そうだ!」
 亜夢は何か思い出したようにスマフォを取り出した。
 スマフォを見つめながらニヤニヤ笑いはじめる。
 メッセージアプリで盛んに指を動かしていると、亜夢のスマフォに通話が入った。
「|美優(みゆ)! そう、いきなり暇になっちゃったの」
『亜夢んとこに行くよ。私まだ用事あるけど、付き合ってよ』
 亜夢が「付き合うよ」と言うと、通話が切れた。
 しばらくすると、美優がホテルのロビーにやってきた。
「亜夢!」
 突き出した両手をくるくると振りながら、美優は走り寄ってくる。
「美優、良かったよ、早く会えるなんて思ってなかったから」
「ちょっと習い事があるから、それが終わるまで待ってて」
「うん」
「向こうの通りの先にあるから、一緒に行こう」
「習い事って、私そこ入ってもいいの?」
「見学ですって言えばいいよ。見学の子、割といるもん」
「へぇ」
「ほら、早く!」
 ニコニコしながら亜夢の手を引っ張る美優。
 亜夢も顔がほころんでいる。
 大きな通りを超えて、小さなブティックやら、大型のスポーツ用品店を過ぎると、角のビルを美優が指さした。
「あそこだよ」
 一階を見ると明るい色の派手な服が見えた。
 美優についてビルに入っていくと、外から見えたのは、水着やらレオタード、バレエのチュチュだった。
「かわいい」
「どれどれ? あ~ ちっちゃい子の服ってサイズだけかわいいよね。亜夢が着るとしたらどれがいいの?」
「えっ、こんな体の線がでるやつ、私の体じゃ、着れないよ……」
 美優は頭に手を当てて、亜夢との背を比べた。
 そのつぎに、腰のあたりをぎゅっと触ってきた。
「なっ……」
 ためらいもなく胸を触ってくる。
「えっ、なに? なに? 美優!?」
 美優は自分自身の胸を触っている。
「う~ん。私と大して変わらないじゃん。あ、そうだ! いいこと考えた。どうせ見学するなら、さ」
 美優が亜夢に何か話かけている。
 亜夢は困ったような顔をしたが、うなずいた。
 二人はそのビルの上の方のフロアに上がる。
 亜夢が下の通りを歩いている人が小さく見えた。
「本当に私もやるの?」
「張り切って着替えておいて、今更何言ってるのよ。先生にもいっちゃったもん」
「だって、私やったことないもん」
「みんな初めてやるときはやったことないの。私もそうだったから、心配ないよ」
 美優と亜夢が並んで立っていると、他の生徒がじろじろと亜夢に視線を向ける。
「なんでこっち見てくるのかな」
 小さい声で美優にきく。
「そりゃ、知らない人がくれば見るでしょう? 気にしなくていいわ」
 パンパン、と手を叩く音がして、そちらを振り向くと、先生が真ん中に立っていた。
 全員が整列して、頭を下げる。
「じゃあ、今日は二人組になってストレッチ、ストレッチが終わったら柔軟を始めてください」
 美優が亜夢の手をとって、手、足のストレッチを教える。
「痛たたた……」
「大丈夫、ちゃんと伸びてるよ」
 しばらく全員でストレッチをし、柔軟体操をした後、バーレッスンになった。
「乱橋さんでしたかしら」
「はい」
「乱橋さんは、まず皆さんがやるのを見て、出来そうだったらまねてやってみてください」
 生徒の人は皆、バーにつかまり足を跳ね上げる。

 亜夢はそう言って、別のカメラの映像を要求した。
「それなら、これかな……」
 中谷が切り替えると、車椅子の映像が映った。
「あっ、消えた」
「……ああ、このカメラの録画レートだと、ちょっとスピードが速いと消えたように見えるかも」
 中谷はおなじ映像を何度か繰り返すように操作したが、やっぱりどっちに動いたのかすら判定できない。
「そ、そんな。どっちに行ったかの見当もつかないじゃないですか」
「じゃあ、コンピュータで判別してもらうよ」
 中谷がノートパッドに指をするすると動かすと、画像と画像の間に何もないフレームが追加され、そこに映像が表示されていく。
「どこから映像を取り出しているんですか?」
「ここで補完しているのさ…… コンピュータが推測している、と言った方が分かりやすいかな?」
 亜夢の表情をみてとったのか、中谷はそうやって言い換えた。
「けど、消えたところはどうするんですか?」
「それも、前の画像の動きから予想をするんだよ」
 画像をみていると、一瞬車いすが止まる。いや、とまっているというか、車輪に『ブレ』がある。
「あっ」
 コンピュータが作り出した映像は、車椅子が上へ飛んでいくような映像だった。
 ものすごく早く、画像が強烈に『ブレ』ている。
「上?」
 中谷は首をかしげた。
 車椅子が浮く、わけない、というのが常識だ。
「もしかして」
 亜夢は映像の場所に立ち、空を見上げた。
 中谷は別の角度の映像を探し、車椅子が映っているものを見つけると、もう一度コンピュータで動きを予想させた。
 やはり同じように高速で宙に浮いている。
 亜夢は上空、ビルのへりをあちこち見つめた。
「中谷さん、ビルの屋上に監視カメラってないんですか?」
「屋上にあるとすると、屋上への出入り口をうつしたものしかないな。探してみるけど」
 亜夢が三人のところに戻ってくる。
 どこかのビルの屋根まで車椅子が飛んだ。とすれば、屋上にあるカメラに何か映るはずだ。
「そもそも屋上にカメラの設置がないみたいだね。残念だけど」
「けど、上に逃げたのは間違いないですよね」
 中谷は強くうなづいた。
「二つのカメラで、両方とも上空へ動いている、と推測しているからね。確度は高いよ」
「なら、それでいいです。車椅子ごと、この空間を飛ばせるとしたら、ものすごいことです。弾丸を弾いた力に匹敵するかも」
「さっきの車椅子の女が、例の事件とかかわりがある、ってことか」
 加山の声に亜夢はうなずく。
「初日に襲われたのもここでしたし、アメリカンバイクの人物、そして超能……非科学的潜在力を使う車椅子の女性がここに現れた。なにかここに非科学的潜在力を持った人物が集まる理由があるはずです」
 加山は遠くをみてぼやくように言う。
「……それがわかりゃ苦労しないんだよ」
 亜夢はすまなそうに頭を下げる。
 中谷はフォローしようと口を開く。
「確かに若干だが干渉波が弱いんだ。もっと徹底的に計測して、そいつらの居そうな場所を探そう」
「それよそれ。それ最初にやろうよ」
 清川が中谷に乗った。
「清川が手伝ってくれるの?」
「あたりまえじゃない。車を運転するから、中谷さんが記録をとって」
「いや、車じゃ早すぎる。清川にはアンテナを持ってもらって俺がパソコンで記録をつける」
「えぇ~~」
 清川は肩を落とした。
 加山は手を上げて言った。
「じゃあ、乱橋君を連れて俺は署に帰る」
「えっ?」
 亜夢は加山に肩を押されるように地下通路に消えていった。
「じゃ、アンテナを車に取りに行こうか」
「そこからなのね……」



 二人は地下鉄に乗り込む。
 空いた席を亜夢にゆずり、加山はその前に立ってつり革を握っている。
 加山は亜夢に言った。
「捜査は進展しているとおもうかね?」
 亜夢は戸惑った。
 正直、一切進展していないと思っているが、進展していない場合は『ヒカジョ』に帰らせてもらえないかもしれない。
「……えっと、それなりに結構進展しているような気がします」
「どこら辺が進展しているのかな」
 亜夢は思った。しまった、具体的なものはなにひとつわかっていない。
 さっき言った程度なのだ。

 清川もすぐに追いかけた。
「亜夢ちゃん、何かわかったの?」
「分かりません。まるで跡がなくなっていました」
「けど、こっちに走ってるじゃない」
「勘です。ヤマカン」
 清川は疲れたように立ち止まった。
 亜夢が振り返る。
「一緒に来てください。確かめたいんです」
 清川はうなずくと、亜夢の後を追った。
 二人は、以前数人に囲まれた、坂の途中にやってきた。
 亜夢が言う。
「私はちょっと目をつぶるので、周りを見ていて下さい」
「いいわ」
 亜夢は目を閉じて、道の上に手のひらを付けた。
 さっきのように何か痕跡がないかを感じ取ろうとしている。
 清川は車や、通行人などが亜夢にぶつからないように注意していた。
 聴診器をあてるように、移動しては手をあて、移動しては手をあてることを繰り返した。
「何かわかる?」
 亜夢は目を閉じて、腕を組んだ。
「……」
 亜夢は首をふる。
 清川は残念そうに肩を落とす。
「戻る?」
「はい」
 二人は坂を下り始めた。
 少し歩いた時に、亜夢のスマフォが震えた。
 歩きながら取り出すと、メッセージを読んだ。
「やった!」
「どうしたの? 何があったの?」
 笑顔を見せた亜夢の顔を見て、清川がたずねる。
「いえ、なんでもないです」
「なんでもないわけないでしょう? 教えてよ」
 寄ってこようとする清川を左手で制し、亜夢は片手でスマフォを操作してメッセージを返していた。
「だから、なんなの?」
「……秘密です」
 返し終わると、亜夢の表情はさっきまでの真剣な表情にもどった。
 キャンセラーをしっかり頭につけ、もといたカフェに向かって歩き始めた。
 二人がカフェに戻ると、加山と中谷が外で待っていた。
「どうだった?」
「見つかりませんでした」
「こっちは、カフェの防犯カメラ映像をコピーさせてもらった」
 中谷が亜夢に向かって「手がかりもなし?」と言って手を差し出す。
「ビルの外にでるまではあるのですが、出てちょっと進んだあたりで、あの車椅子の気配がなくなっています」
「あっ!」
 清川が言った。
「わかった。待っていた仲間の車に乗ったとか、そういうことじゃない?」
「そうかも納得がいきます」
「それなら、周りの防犯カメラに車が映ってるかもね」
 加山が中谷の肩を叩く。
「早く映像集めてこい」
「大丈夫ですよ。このパソコンから収集できます」
 加山が自らの額に手を当て、小さい声でつぶやくように言う。
「お前…… 大きな声でそういうことを言うな。警察でも許されることじゃないんだぞ」
「すみません。捜査が終わったら設定を戻しますから」
 中谷も合わせるように小さい声でそう返す。
「……ん? 車らしいものは映っていませんね」
 四人は立ったまま中谷の持つパソコン画面を食い入るように見ていた。
「本当だ。映ってませんね」と清川。
「あれ? 他のカメラとかで、車椅子自体は映ってますか?」

「やったぁ!」
 と、清川が手を叩いた。
「!」
 亜夢が何かに気付いて振り返った。
 誰もいない。
 いや、カウンターの陰から、車いすに乗った長い髪の女性が現れた。
 店内は込み合っているのに加え、椅子と椅子の間が狭すぎて、その女性の車いすは通ろうとする周囲に何度も当たった。
 店員がその女性の後ろにたって、女性の車いすを押し始めた。
 車いすは、清川の後ろで止まった。
「ここ、開けて」
「お客さま、申し訳ありま……」
 清川は二の腕あたりを強く叩かれた。
「どいて」
 店員は無言で清川に頭を下げた。
「……」
 清川はおとなしく立ち上がり、椅子をもって下がった。
 亜夢はその女性の目を見ていた。
 しばらくすると、ゆっくりとキャンセラーをはずして、首にかけた。
 中谷と加山は亜夢とその女性を交互に見やった。
「申し訳ありません、こちら相席とさせてください」
 亜夢たちには、そう言って、かがんで車いすの女性に言った。
「ご注文いただいたお飲み物をおもちしますね」
「早くして」
 そう言うと車いすの女性は、髪を払うように後ろに送った。
「何見てるの?」
 亜夢はじっと車いすの女性を睨んでいる。
「睨んだって無駄よ。乱橋亜夢」
「!」
 亜夢の座っていた椅子が後ろに吹き飛んだ。
 椅子が飛んできたところにいた客が驚いて騒ぎ始める。
 しかし、まるでそうされることが判っていたかのように亜夢はその場に立っていた。
「非科学的潜在力?」
 清川がそう言うと、車いすの女を睨みながらうなずく。
 中谷は懸命にパソコンを操作している。何かを計測しようとしているのか、検索しようとしているのか。
「|宮下加奈(みやしたかな)」
「そうよ。それがどうしたの?」
 亜夢はそっと拳を前に突き出す。
「亜夢ちゃん止めて!」
 清川が叫びながら、亜夢の拳を押し返す。
「ここで力比べなんかしたら、大勢の人が怪我をする」
 今、そのことに気が付いたように亜夢が言う。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「ふんっ!」
 車いすの女、宮下は清川の背中に頭突きをした。
 単なる頭突きではない。
 超能力のアシストが入っている。清川と亜夢、二人はさっきの椅子のように吹き飛ばされた。
 二人の体が、あちこちのテーブルにぶつかり、飲み物や食事がぶちまけられた。
「加山さん!」
 清川が言うと、加山が手錠を使って宮下を捕まえようとする。
「顕在力では捕まえられないわ」
 かるく払うように腕を動かすと、加山がバック転するかのようにひっくり返された。
 車いすをくるり、と反転させると、モーターでもつけているかのようなスピードで車いすが走り出す。
 注文していた男女に接触し、転ばせてしまう。
 宮下は気にもとめず、そのまま店の外へ出て、猛スピードで走り去ってしまった。
「加山さん、加山さん!」
 中谷が倒れている加山を抱き起し、呼びかける。
 亜夢が走り出して、店の入り口で加山と中谷を振り返った。
 清川が走って追いつくと、加山と中谷は、うなずいた。
「亜夢ちゃん、追いかけよう!」
 亜夢もうなずいた。
 亜夢と清川は店の外にでると、車いすが走っていった方へ走った。ビルの外に出ると、亜夢が目を閉じてアスファルトに手を当てた。
「……」
「わかる?」
 亜夢はしばらく手を置いていた。そして立ち上がり、寺の方向へ走り出した。

「もう一つ前のも見えるはずだよ。見てみる?」
 中谷はスライダを器用に動かすと、前のビルに入ろうとする場面になった。
 映像が、激しく動くと、ビルの角に何者かが隠れた。
「これです」
 パッと停止させると、また同じようにピンチアウトし、アイコンを叩くと、詳細な映像が現れる。
「あっちを向いているけど、さっきの人物と同じだね」
 中谷の言葉に全員がうなずく。
「どうせこの近辺の聞き込みなんだから、この人のことも聞いてみよう。いいですよね、加山さん」
「……」
 加山は腕組みをしている。
 なかなか返事がないので、たまりかねて清川が言う。
「それはまた後で考えることにして、食事頼まない? 店員さんずっとこっちを見てるし……」
 中谷が亜夢にメニューを手渡し、もう一つを加山の前に広げて見せる。
 清川がパラパラとメニューをめくっては悩んでいる。
「乱橋さん決まった?」
 ゆっくり指さしたのはラーメン・チャーハン・餃子『フルセット』だった。
 食事が運ばれてくると、亜夢が真っ先に食べ終わった。
 おそらく、フルセットはラーメン餃子を頼んだ中谷の2倍、担々麺を頼んだ清川の3倍はあっただろう。
「そんなに食べて、太らないの?」
「……」
 亜夢は自分のおなかを見つめた。
「そんなことはないです……」
「体重は?」
 清川は亜夢に耳を近づける。
「え~、やっぱり痩せてるよ、だってこの身長でしょ?」
「そんなことは……」
「やっぱり、ちょうの……」
 そのまま何を言おうとしているのか、加山が察知し、清川の口に手をあてた。
 あわあわ、という言葉が終わると、加山は手を放した。
「うかつだぞ」
 清川は手を合わせて謝った。そして、
「……非科学的潜在力のおかげなのかしら?」
 と、言い換えた。
「確かに、使うと実際に体を動かすよりずっと消耗しますよ」
「へ~」
「結局、何かをするときのエネルギーって同じなんですよ。私が風を起こしてコップを飛ばしたとします。それは扇風機でコップを持ち上げるのに、、どれくらいの電力を消費するのか、ってことと同じなんです。手でつかんで持ち上げるよりずっとエネルギーを消費する。そういうことなんです」
「なんか、納得できる感じがする」
 そう言いながら中谷は一生懸命メモをしていた。
「じゃあ、そのキャンセラーがなかったら?」
「それだけでも、ものすごく疲れると思います。これだけノイズがかかっていてもヒカジョは、そのなかでやっぱり何かを見ようと、読み取ろうとしてしまうので……」
 またメモを取った。
「ふぅん」
「さあ、行くか?」
 加山が言うと、全員がうなずいた。
 次の聞き込み先では、亜夢のパトレコに映っていたアメリカンバイクのライダー、フェイスマスクの人物についても聞き込みした。
 だが、事件当日の目撃情報や、そのフェイスマスクの人物についてもなかなか証言を得れなかった。
 ビルのフロアを上ったり下りたりし、可能な限り強力してくれる人全員の話を聞いた。
 中小企業や、大手の企業の分室、出張所があり、文房具店から本屋、花屋、短時間の間に、あらゆる職業、職種に触れたような気がした。
 その間、全員で注意しながら、フェイスマスクの人物が現れないか見ていた。しかし、こちらが注意しているのに気付いたのか、フェイスマスクの人物は現れなかった。
 そうやって何件もの聞き込み調査を進めていると、加山が時間を見て言った。
「どっかお茶でも飲んで、休憩するか」
「加山さん……」
 中谷が心配そうな声を出す。
「どっか具合でも悪いんですか? 絶対そんなこと言い出さないと思ってました」
「俺だって疲れたときはお茶ぐらいするさ」
 亜夢達は、聞き込みの途中で何度か通りすぎたカフェに戻ってきた。
 皆は席に座って、それぞれが頼んだコーヒーや紅茶、スイーツを食べ始めた。
「加山さん、これって経費じゃおちないんんじゃ……」
「これくらい俺がおごる」

 亜夢はキャンセラーを外してあたりの様子を感じ取ろうとしていた。
「乱橋さん、誰かいたの?」
 黙って、と言わんばかりに、亜夢は目を閉じ、制止させるように手を上げた。
 中谷も、加山もあたりを見回すが、こっちを監視しているような見張っているような人物は見つけられなかった。
 亜夢が目をあける。
「……」
「どうだった?」
 小さく首を振った。
 そして干渉波キャンセラーをしっかりと頭に付けなおす。
「中谷。次に行こう」
 パソコンを開くと、中谷は別のビルを指さした。
 次は、飲食店だった。
 調理場の裏口からでると、騒ぎになったあたりがバッチリ視野にはいる。
 一人一人にあたっていくが、当日はシフト外だったりするために、なかなか目撃情報は得られなかった。
 いくつかあった話は、もうパトカーが来て現場検証をしている段階ので気づいたというものだった。
「後で思い返せば、あれが拳銃の音だったんだ、って程度で。たいして印象には残っていないんです」
 それら一言一言、清川は一生懸命にメモを取っていた。
 対して中谷はパソコンをずっと操作していた。会話を打ち込んでいたわけではないようだった。
「ありがとうございました」
 加山が礼を言うと、時間を見てから
「じゃあ、ここでお昼いただくか」
 と言った。
 亜夢は小さく『えっ』っと言ったが、中谷も清川も反論しなかった為に、そのまま店の正面に回って客として店内に入った。
 入り口に入るとき、亜夢は視線を感じて振り返った。
 じっと亜夢の方を見ていた。
「あっ……」
 フェイスマスクをして、表情はほぼ見えない。
 大通りで亜夢と|超能力(ちから)比べをした人物だった。
 亜夢は一人で行動するな、という言いつけを守るため、清川の腕を引っ張った。
「あそこ!」
 言うと、その人物は見えなくなっていた。
「あれ?」
「どうしたの? 乱橋さん」
「昨日のライダーが」
「もしかして、最初にこっちをみていたのも?」
 亜夢はだまってうなずいた。
「確証はないですが」
「……」
 亜夢と清川も加山と中谷の座る席につくと、昨日の話をした。
 中谷がパソコンのキーボードを叩きながら、亜夢にたずねる。
「そのライダーは超能力者で間違いないんだよね?」
「パチーンて、すごい音だったんだから、間違いないよ」
「清川に聞いたんじゃなくて、乱橋くんにきいてるんだけど」
「間違いないです」
「乱橋くんに付けていたパトレコの映像をちょっとみてみることにしようか」
 ノートパソコンを机の端に置き、全員が見えるように向きを変えた。
 キーボードの手前のパッド部分をちょん、と叩くと画像が再生された。
 この店の入り口が映り、ぐらっと画面が揺れると、正面にフェイスマスクをつけた人物が映る。
 中谷の指がちょん、と動く。
 映像が止まった。
 中谷がバッドの上でピンチアウト操作をすると、その人物が大きく映る。
「粗いな……」
「待っててくださいよ。動画だから前後のデータから補完できます」
 アイコンをちょん、と叩くと大きな粒で表示されていた映像が、段々と詳細な映像に変わる。
「……やっぱり」
「昨日のバイクの人だね」
 店の人がたまりかねて注文を取りに来た。
「ちょっと取り込み中なんだ」
 加山が店員を帰す。

「やっぱり、この近辺で何かありそうだな」
 清川がたずねると、住職は快く答えてくれた。
 住職が言うに、そのバイクは息子さんのものだという。
 息子さんの写真も見せてくれたが、昨日載っていたライダーとは似ても似つかないような体形だった。
 念の為、息子さんは今ここにはいないが、戻ってきたら連絡してくれることになった。
「うちのが何かやらかしたんでしょうか?」
「いえ、あの、そういうことでは」
「……」
 亜夢は外に見えるバイクを見つめた。
「それならいいんですが」
「すみませんが、また捜査の為車を置かせてください。すみませんが、よろしくお願いします」
 清川はそういうと、亜夢を連れて外にでた。
「なんかちょっと違うのかな……」
「……」
 亜夢はバイクのハンドルに触れてみる。
 もし、昨日の超能力者が乗ったものなら、何かが分かる、と思ったのだ。
「どう?」
 清川が小さい声でたずねる。
 首を振る亜夢。
 残念、という表情の清川。
「どうなんだい?」
 加山と中谷も様子を見に来ていた。
「わからないです」
「今度はそのパトレコで記録できるから」
 そういって、中谷は亜夢の肩をポンと叩いた。
 亜夢はうなずく。
「じゃ、聞き込みに行こう。初めに言った通り、今日は絶対四人で行動するぞ」
 三人は加山に向かってうなずいた。
 坂を下りていき、カメラを仕掛けたビルへ向かうと、加山は言った。
「今日は周辺のビルの聞き込みだ。中谷、リスト」
 中谷がパソコンで周囲のビルに入っている会社のリストを出し、建物順のフロア順に並び替えた。
「じゃあ、そこから行きますか」
 中谷が指示したビルへ全員で向かった。
 自動ドアを抜けて、入ろうとした瞬間、亜夢はビルの角からの視線を感じた。
 パッとそこを見ると、角に隠れてしまった。
「乱橋さん」
 立ち止まっている亜夢の手を清川が引っ張った。
「どうしたの?」
「……」
 亜夢は干渉波キャンセラーを外して首にかけ、じっと目を閉じた。
「乱橋くん」
「ちょっとまってください。誰かが……」
 清川と中谷が自動ドアを出て、あたりを探した。
「どうだ?」
「誰もいません」
「不審な感じの人は見当たりません」
 清川も中谷も誰も見つけられずに戻ってきた。
 亜夢は目を開くと、
「すみません。聞き込みを続けましょう」
「大丈夫なの?」
「……」
 キャンセラーをしっかりつけると、亜夢は小さくうなずいた。
 そのフロアは美容院等へ商品を卸す商社だった。
 フロアスペースの八割くらいが倉庫として使われていて、残りの二割に営業員の机があった。
「朝必要な商品を車につんだら、夕方まで帰ってこないからなぁ」
 そういう感じで、あまり有効な目撃情報はつかめなかった。
「そうですか、あの発砲事件の時も同じでしょうか」
「う~ん。おそらく」
 社員は皆そんな感じの反応だった。
 聞き込みが終わると、加山がお礼を言って、全員がビルから出た。

「ん……」
 制服を着た学生が歩いている。
「(みゆちゃんの高校……)」
 和洋ごちゃまぜになった皿を端から口に入れながら、通りを歩く学生を目で追っていた。
 学生たちは慣れているのか、亜夢の視線などは全く気にとめずに歩いていく。
 かなりの人数が歩いてきたせいか、亜夢は外をみるのを止め、食事に集中し始めた。
 和食を中心に食べ物を取り直して、席に戻ってくる。
 ホテルの従業員が呆れ気味に笑って見ている。
 亜夢がごはんを食べ終わり、ゆっくりとコーヒーを飲んでいるとホテルの従業員が近づいてきた。
「(食べすぎたかな……)」
 亜夢は一人ごとを言って従業員の方から、目をそらした。
「お客様、お知り合いの方が……」
「亜夢!」
 と呼ぶ声がする。すると、従業員の後ろから、葵山の制服を着た女子高生が手を振る。
「|美優(みゆ)ちゃん!」
「どうしたの、ここに泊まってるの?」
 ホテルの従業員はスッと下がっていく。
 亜夢の中で、無機質なビジネスホテルの喫茶店が、まるであの大通りの高級ブランドショップに変わったかのように見えていた。
 美優は、スッと椅子を引き亜夢の正面の席に座る。
「そうなのここに泊まっているの…… そうさ…… じゃなかった。ちょっと事情は話せないんだけど」
「へぇ、そうなんだ! それと、亜夢っていくつなの? 学校は? それとも会社勤め?」
「16歳だよ。学校は…… 学校には行ってるんだけど……」
 亜夢の表情ははれない。
 ヒカジョ、に通っている、とは言い出せない。
 それはイコール自分が超能力者、と宣言しているのと同じことだからだ。
「やっぱり! 私も、おない歳だよ。なら、同じ学年だね…… あっ、学校始まるから、私、そんなにゆっくりしてられないんだ。『リンクID』教えるから、放課後会おうよ!」
 美優のキラキラした笑顔に、亜夢もふっきれたように笑顔になる。
 亜夢がスマフォを渡すと、美優は素早くIDを入力する。
「うんっ! 連絡するから!」
 美優は慌てて去っていく。
 亜夢は見送ると、すぐにスマフォで『リンクID』にメッセージを打ち込む。
『また会えてすごくうれしいよ! しかも、こんなに早く会えるなんて』
 亜夢はコーヒーを飲み干すと一度部屋に戻った。
 制服のシャツだけを着て、下は昨日を同じデニムのパンツにする。
 昨日中谷に渡された、缶バッチ状のパトレコ、を肩のしたあたりに付ける。
 鏡を見ている亜夢の顔が、自然とほころんだ。
「だめ! 捜査協力なんだから気合いれないと」
 パチッと頬を叩く。瞬間はきりっとした表情になるのだが、またにやけてしまう。
「あぁ、早く午後にならないかな……」
 その時、電話がなって、フロントに清川が来ていると告げられる。
 亜夢はキャンセラーの位置を整えると、部屋を出た。
 清川と一緒に警察署につくと、加山と中谷が待つ部屋に入る。
 そこで、今日の捜査について告げられる。
「昨日、清川と乱橋くんで聞き込んだそうだが、あのビル周辺で聞き込みを行う。現場を見てそうなところを順番に回ろう」
 確かに、あのビルの上から見るよりは、周囲のビルからの方が見やすいだろう。カメラだけでは分からないことも、人に確認すれば分かるかもしれない。今までの経緯からも、あの周辺に超能力者がいるのは間違いないだろう。
 亜夢と清川は声をそろえて返事をした。
『はい』
「今日は勝手に行動しないぞ、乱橋くん。絶対に四人で回る」
「……はい」
 車に乗り込み清川が運転する。亜夢は加山と中谷に挟まれるように後ろに座る。
 いつものようにお寺の駐車場に車を回した。
「あっ!」
 亜夢は大声を上げた。
 それに反応して、清川も大声を上げた。
「あっ、あのバイク!」
「二人とも、車の中では静かに頼むよ」
 中谷が言う。
 亜夢と清川の視線の先には、大型のアメリカンバイクが止まっていた。
 清川は車を止めると、そう言って飛び出す。
「住職に聞いてくる!」
 亜夢はぐいぐいと中谷を押し出して、清川を追った。
「このバイクがなんなの?」
「昨日のと同じって、ことじゃないのか?」
 加山が中谷と反対側から降りると、そう言った。
「ああ、あの喧嘩になったっていう…… えっ?」

 小さい声で清川に囁く。
 男が軽く目線を送ったこと気づき、清川は言われた通り周りを見渡す。集まってきている野次馬達の視線が分かる。
「(わかったわ)」
 清川は亜夢の腕を引き、パトカーの後部座席へ誘導した。
 乗り込むと、パトカーは静かに署へ向かって発進した。

 署に戻ると、清川と亜夢は通りでの状況を細かく話した。
 清川が立ってホワイトボードを指さして話していると、部屋の扉が開いた。
「あ、中谷さん」
 亜夢が言うと、中谷は小さく手を振り返す。
「清川、捕まったんだって?」
「中谷さん、おつかれさまです」
 そういう警官に向かって、中谷は軽く敬礼する。
「武田くん、ありがとう。どう? そろそろ報告書書けそう?」
 男はホワイトボードを振り返ってしばらく見つめてから、中谷に向き直って言う。
「書けます」
「じゃ、清川さんは残るとして、乱橋くんは解放していいんだろ?」
 武田はうなずいた。
「乱橋くん、もう帰っていいって。ホテルまでは僕が警護するから」
 亜夢は立ち上がった。
 それを見て、清川が止めに入る。
「ちょっと! 警護なら私が行きます。私なら部屋までだって……」
 武田が清川の腕を押さえた。
「武田、サンキュー!」
 中谷は亜夢を押し出すようにして、部屋を出た。
 警察署をでると、亜夢が言った。
「あの…… 警護とか大丈夫ですから」
「ロビーまでだから我慢して」
 中谷は前後左右を見回しながら、亜夢の横を歩く。
 信号を渡り、ホテルまでずっと同じ調子で警戒している。
 ホテルに入ると、ロビーに座った。
「乱橋くん。明日の朝もここで僕か、清川がくるのを待って」
「えっ?」
「完全に狙われていると思うよ。だから、警戒するにこしたことはない」
「けど、私をどうしようと……」
「それは分からない。倒すつもりなのか、仲間に引き入れるつもりなのか…… バイクのヤツが今回の捜査の犯人か、そうじゃなくても関係者かもしれないし」
 中谷は、思い出したように指を立て、上着のポケットに手を入れた。
 とりだしたものをテーブルに置いた。
「缶バッチ?」
「いや、これはパトレコと同じものだよ。部屋の中でする必要はないけど、部屋を出るときはして。全体をぎゅっと押せば警察に連絡が出来るようになってる…… あっ、今、押しちゃダメだよ」
 中谷はスマフォを取り出し、その缶バッチが撮影している映像を見せた。
 亜夢は手にとってぐるっと見回す。どんな角度まで映るのか、とか、どこがへこんで押せるのか、とかを確認した。基本的な作りは缶バッチのようなものだった。ただ絵柄はなにもない黒で、しっかり衣服について動かないように工夫してあった。
「部屋に置いておくときはこうやって」
 中谷は亜夢から缶バッチを受け取ると、ピン側を上にして伏せた。
「これなら何も映らないから」
 スマフォの映像も何も映らなくなった。
 亜夢はうなずいた。
 中谷が伏せたままスッとそれを差し出す。
 そのまま仕草でそれを付けるように指示する。
 亜夢も無言でそれを服に付けた。
「それじゃ、また明日」
「おやすみなさい」
 中谷は手を振ってホテルから出て行った。
 亜夢はフロントにいるホテルの従業員に会釈をして、エレベータフロアへ向かった。
 部屋に着くと、亜夢は服につけていた缶バッチを外して、机に伏せておいた。
「……監視カメラ替わりに、ここに……」
 亜夢はそういうと、上着をハンガーにかけ、缶バッチをハンガーにかけた服の肩につけた。
 そのハンガーごと、扉の方を向けて壁のフックにかけた。
 
 翌朝、亜夢はゆっくりと一階へ下りた。
 朝食があるといわれていたので、ホテルのカフェに入った。
「キーを拝見します」
 ホテルの従業員が亜夢が見せたキーをチェックして書き留める。
「バイキング形式になっております。朝食は八時半までとなっております」
 奥を見ると、品数は少なかったが、彩もあっておいしそうに見えた。
 会釈をして亜夢は一通り皿にもって奥の席についた。
 一面のガラスからは、通りが見えている。

 亜夢はキャンセラーを外して清川に渡す。
 真剣な表情の亜夢と対照的に、ライダーは目が笑ったように見える。
 来い、と言わんばかりに指先で手招きする。
 亜夢はカチン、ときて、全力でライダーへ向かって走り出した。
 超能力のアシストが入る。
「消えた……」
 清川は口を開けたままそういった。
 バンっ、と再び大きな破裂音がした。
 今度は、ライダーが亜夢の拳を両手で押さえた。
 通りの反対側を歩いていた人が立ち止まり、亜夢たちの方を見る。
「マズイ……」
 清川は慌てて署に連絡した。
 遠巻きに人だかりができ始めていた。
「喧嘩か?」
 人々が集まってきた様子や、清川の様子を見たのか、ライダーは振りかぶっていた拳をスッと下した。
「……」
 亜夢は構えた拳をどうしていいかわからなくなった。
 そしてライダーを追った。
「待て!」
 亜夢が腕を捕まえたと思った瞬間、ライダーは体操選手のように前方倒立回転した。
 戻ったところで、弾けるように蹴ると空中で体をひねりながら飛んだ。
 柵を超えて、停車していたアメリカンバイクにそのまままたがった。
「!」
 体操選手のそれ、というより、特殊撮影した映像のように不自然だった。
「……」
 ドルッ、と大きなエンジン音がすると、音が連続しながらバイクは加速し、通りの先に消えていった。
「亜夢ちゃん、平気だった?」
 清川が亜夢の右手を取って確かめるようにして言った。
 亜夢は急にこめかみのあたりを押さえた。
「痛いの?」
 亜夢は清川が持っている白いヘッドホンを指さした。
「あっ、ごめん」
 清川がそっと亜夢の頭につけてあげると、歪んだような表情がいくらかましになった。
「さっきのボクシングのような”あれ”なんなの?」
 と言って清川は拳と拳をちょんと、ぶつけるような恰好をした。
「……ヒカジョの連中なんかと、超能力の力比べをするときによくやるんです」
「力比べ」
「プロレスとかだとこう指を絡めてどっちの力が強いかやるみたいに」
「へぇ…… あ、ちょっと待って」
 大きなサイレンの音が近づいてくる。
 どうやら大通りをパトカーがやってきたようだった。
 清川はそれを見ると柵を超えて道路に出ると、手を振る。
「清川さん。通報だと、喧嘩だって聞きましたけど、何があったんです?」
 若い男の警官が出てきてそう言った。
「逃げられちゃった」
「はぁ…… それで、ナンバーとかは分かりませんか?」
「あっ、あたし、勤務アケだから、パトレコつけてないんだよね」
「目で見て覚えてくださいよ。車種とかもわかりませんか?」
 亜夢が柵を飛び越えて近づき、警官に言った。
「大型のアメリカンバイクです。昼間もこの通りにいました」 
 若い男の警官は亜夢を足先からなめるように見てから言った。
「こちらはどなた?」
「捜査協力者よ」
 もう一度、足先から体全体を確認された。
「バイクの相手も、捕まえるようなことは出来ません。今後のこともあるので注意しておく、ぐらいになりますが。あなたがもう一人の喧嘩の当事者ですね?」
 男は厳しい目つきになった。
「署の方で事情をお聞かせいただけますか」
 清川が割って入る。
「だから、彼女は加山さんが連れてきた捜査協力者だって」
「(清川さん。周り見てください)」

「お腹が減るんです」
「若いから太らなくてうらやましい」
 清川が会計を済ませると、テーブルに戻ってきた。
「さあ、行きましょうか」
「はい」
 大通りへ進み、とちゅうで歩道橋を上がった。
 清川は立ち止まって、通りを見ている。
 車のライトがキラキラと光りながら、歩道橋の下を流れていく。
「綺麗ですね」
「すごい排ガスが出てるけどね」
「都心の人のまつ毛が長いのってそのせいだって聞きました」
「……それって都市伝説?」
「よくわかりません」
 清川が指をさした。
「あそこの店のことでしょ?」
 亜夢は清川に顔を寄せて、指さしている方向を確かめた。
 大きなガラスで囲まれた、綺麗な店。
「そうですそうです」
 清川と亜夢は歩道橋を反対側へ進んで下りた。
 しばらく歩くと、大きなガラスの建物が見えてきた。
「クライノートってブランドよ。ヨーロッパの王族へ宝飾品を提供していたって言われる古くからあるブランドね」
「へぇ」
 清川が何かに気付いて、振り返る。
 大きなエンジン音が聞こえてきて、路肩に止まった。大型のアメリカンバイク。
 清川がそっちをじっとみていると、亜夢が振り向く。
「あっ、昼間のバイク」
「えっ、なんて?」
 エンジンを切って、ライダーが柵を乗り越え、まっすぐ亜夢の方へやってくる。
「何、誰?」
 清川が両手を広げてライダーを制すと、半帽をかぶったライダーはホコリを飛ばすように小さく手を払う。
 それに合わせて、清川が見えない力で飛ばされる。
「清川さん!」
 清川の状況を目で追うが、それ以上にライダーの接近に注意がそがれる。
 かけていたゴーグルをヘルメットへずらす。
「あんた! 何するの!」
「……」
 一瞬、消えたかのように速度を上げ、亜夢に接近すると、拳を突き出す。
「いたっ……」
 亜夢はかろうじて手の平で拳を押さえる。
 ライダーはフェイスマスクで口元を覆っていて見えない。
 その手を引くと、今度は逆の側の足が亜夢の腹を狙う。
 吸いつけられるようにその足に両手が添えられる。
 バチン、と大きな音がする。
 手ではない何かと、足ではない何かが衝突したのだ。
「なにっ……」
 フェイスマスクのせいで、くぐもったようなライダーの声に反応したが、亜夢もキャンセラーを付けているせいで良く聞こえない。
「ちがう、キャンセラーのせいで……」
 ノイズが聞こえない替わりに、相手の様子もはっきり見えない。
 邪魔されないが、超能力が発揮しにくいのだ。
 目の前のライダーは超能力者に違いなかった。それも、かなり使える人物だ。
 スッと拳を差し出す。亜夢も同じように拳を出し、チョン、とそれに合わせる。
「行くぞ!」
 ライダーが引き、タメをつくってから拳を突き出してくる。
 亜夢もそれに合わせるように体を引いてから、拳をぶつける。
『この人は|超能力勝負(あいさつ)を知っている……』
 力の勝負。
 これによってお互いの能力測るのだ。
 バンっ、と大きな破裂音がして、ライダーと亜夢は拳が衝突したであろう空間を中心にはじけ飛んだ。
 亜夢は清川が転んでいるところまで、ライダーは止めていたバイクのある柵まで。
 距離的にはほぼ同じ。
「清川さん、これ持っててください!」

「もしかしたら男性なのかもよ」
 清川が面白がったような目つきになった。
「き、気持ち悪い!」
「男の人が持って帰って嗅いでるとか、気持ち悪いわね。ましてや今亜夢ちゃんがはいている下着はもともとその男の人が……」
「えっ、ちょっと、変なこと言わないでください。私、ちょっと部屋に戻ります」
「あっ、待ってよ、そんなことあるわけないじゃない」
「清川さんが悪いんですよ。なんか痒くなったような気がします。耐えられません」
「私もいくわ」
 エレベータに亜夢が乗り込むと、清川も乗ってきた。
 亜夢はフロアのボタンを押せずにいた。
「何階?」
「いえ、あの、清川さん…… 出てもらえませんか?」
「いいじゃない」
「お願いです」
 清川はうなだれてエレベータから出ていった。
 亜夢は目的のフロアの2フロア下を押し、次に目的のフロアを押した。
 2フロア下に着くと、エレベータのドアが開いて閉じるのを待った。
「(これでいいかな)」
 そして自分の部屋のあるフロアに着くと素早く部屋にはいった。
 亜夢は着替えを手にしてバスルームに入ると、下着を脱ぎ、コンビニ袋に入れた。
「(もうこれは履けないな……)」
 前日の分もコンビニ袋にいれ、亜夢は買ってきていた新しいものに履き替えた。
 着替え終わると、ドアスコープから外を確認した。
 音を立てないように部屋をでると、エレベータへ走った。
 エレベータを呼び出すと、フロントへ下りた。
 清川はさっきいたロビーのソファーに座っていた。
「清川さん、お待たせしました。ごはんでも食べにいきましょう」
「……そうね。今日は一緒にご飯食べるのところまでで我慢する」
 亜夢は小さい声で言う。
「(明日でも部屋に入られたら困るんですけど)」
「なんか言った?」
 首を振った。
「何が食べたい? 加山さんから夕食代預かってるから何でも行けるわよ」
「えっ、いったいいくらあるんですか?」
 清川はポケットからお札を一枚取り出し、目の前に広げた。
「五千円」
「なんか現実的ですね……」
「そおよねぇ~ もっと奮発してもいいわよねぇ~」
 清川はそっとポケットにお札を戻した。
 そして手を左右に動かしてから、縦に動かし、言った。
「大通りの方のお店はさすがにきついから、この通りにあるお店にしてね」
 二人は大通り近くまで歩いて、ステーキをを出すお店に入った。
 亜夢は清川にこの通りを帰る女子学生の話をした。
「警察署の近くの学校?」
「はい。いっぱい歩いていたんで気になっちゃって」
「|葵山(あおいやま)学園かなぁ。けど、あそこ制服じゃないはずだけどな」
「えっ、制服じゃない学校ってあるんですか?」
「ここら辺は制服ない学校も結構あるよ」
「へぇ、そうなんですか。あ、話は変わるんですけど、こんなマークのブランドって何ですか? そこの大通りにあったんです」
 亜夢は美優がいた店のマークを指で作って見せた。
「えっ? なんだろう? あそこはほとんどのブランドはあるけどねぇ~ 食べ終わったら散歩がてら行ってみる?」
「あ、そうですね。いいですね。いろいろ教えてください!」
 亜夢は清川の手を握った。
 すると清川がその手に手を重ねて握り返し、うつむいた。
「ど、どうしたんですか?」
「私は、今…… 感動しています。亜夢ちゃんから手を握ってくるなんて」
「あ、あの、もう手を離してもらえませんか?」
 清川が顔を上げて『にたぁ〜』と音がでるほどとろけた笑顔を見せる。
「ひっ!」
 亜夢は思わず顔をそむける。
「お待たせしました」
 料理が運ばれてきて、清川はようやく手を離した。
 亜夢は自分の分をあっという間に平らげると、清川が食べれない、と言って残した半分以上あるステーキもあっさり食べてしまった。
 加山からもらった金額に余裕があるのを知ると、デザートを四つ頼み、清川が一つ食べる間に残りの三つを胃に収めた。
「すごい食欲ね」

「亜夢ね。おぼえたわ。よろしく、亜夢」
 右手を差し伸べてくる。
 白くて、細くて、綺麗な指。
 亜夢は手を出していいのか躊躇する。
「?」
「みゆ、どうしたの?」
 通りの方に止まっている、黒い車のガラスが下がる。
「みゆ、ここにはあまり止めておけないのよ?」
 亜夢は慌てて手を出して握手する。
「亜夢、ごめん。今日はこれで。またね!」
 見かけ通りのやわらかい指。ちょんと触れて少しだけ上下に振った、一瞬の握手だったが、亜夢はぼーっとしてしまった。
 手を振りながら道路に止まっていた黒い車に乗り込む。
 運転手がそのドアを閉め、運転手が乗り込む。
 こっち側の窓から美優が顔を出していう。
「またね!」
 車がゆっくり動き出す。
「……またね、みゆ!」
 動いていく車に向かって、亜夢はかろうじてそれだけ言えた。
「(なんだろう…… あの|娘(こ)、なんなんだろう……)」
 亜夢は胸に手を当て、びっくりしたような表情をしていた。
 そしてしばらく車が去った方向をみつめて立っていた。
 亜夢は、大通りの反対車線から視線を感じた。
 大型のアメリカンバイク。黒い半帽のヘルメット。大きくて真っ黒いサングラス。黒いフェイスマスクで表情は何もわからない。
 サングラスの奥の瞳が見えないため、顔の方向的には亜夢の方を見ているような、見ていないようにも思える。
 亜夢が見ていることに気付いたのか、またがっていた人物はエンジンをかけた。
 ものすごい爆音。通りを歩いている人々もびっくりしたようにバイクに振り向いた。
 そして、その爆音をとぎらせずに走り去ってしまった。
 亜夢は思い出したようにスマフォで時間を見ると、ゆっくりとホテルの方へ歩き始める。
「もうこんな時間」
  
 亜夢はホテルの部屋に戻ると、干渉波キャンセラーをしていたせいか、そのまま寝てしまっていた。
 寝返りをしているうちに頭からキャンセラーが外れると、直接頭に入ってくるノイズで亜夢は目を覚ます。
「うぁっ…… またやっちゃった……」
 目をつぶったまま、手探りでキャンセラーを頭に付け戻す。
 ようやく脳に静寂が戻ると、お腹が鳴った。
「……腹減った」
 まくら近くにおいてあったスマフォを見ると、夕食をとってもいいくらいの時間だった。 
『プルプルプル……』
 突然鳴り響く音に、亜夢は慌てて音源を探した。
 テーブルの上にある電話機だった。
 とっていいものか悩んだが、清川のことを思い出して、受話器をとった。
『フロントです。清川様というお方がお会いしたいとのことですが……』
「あ、はい、どちらですか?」
『お部屋に伺いたい、とおっしゃってますが。お部屋をお伝えしてよろしいですか?』
「……今、フロントですか? こちらから向かう、と伝えてください」
 亜夢は受話器を置くと、靴を履き替えてフロントへ下りた。
 亜夢が左右を見渡していると、手を振る女性がいた。
「亜夢ちゃん、こっち」
「(そうだった)」
 続けてつぶやく。
「(勤務終わってるから、|化粧(メイク)が違うんだっけ……)」
 ロビーのソファーに近づくと、清川は亜夢の持っていたキーを手で触り、
「何号室?」
 と聞いた。
「あっ、ごめんなさい」
 亜夢はキーについてるプレートを隠した。
「えっ、部屋番号ぐらいいいじゃない? どうせ加山さんに聞けば分かるんだし」
「あっ、そうです…… けど……」
 亜夢は目を伏せた。
「さっきは遊び行ってもいいって言ってくれたのに」
「うんと、けど、ちょっと、あの」
「部屋番号、教えてくれる?」
 亜夢は清川の視線をそらした。
 ロビーの天井を見たり、反対側の壁をみたりしながら「えっと、あの」と言葉をつないだ。
「あっ、そうだ。私の下着、間違えて持って帰ったとか、そういう話ありませんか? もう二つもなくなっているんです」
「……う~ん、あれっきり何も反応ないわね。署の女性は皆あの書き込み見ているはずだけど」
「そうですか」

「ちっ」と亜夢が言った瞬間、背中に誰かにぶつかった。
「あっ!」
 尻もちをついている女子高生がいた。
「ご、ごめんなさい」
 亜夢が手を伸ばすと、女生徒は素直にその手に捕まった。
「ありがと」
 強い手ごたえがあって亜夢が引き起こすと、女子高生はスカートのホコリをはらった。
 それが終わると、顔を上げて亜夢を見た。
 長い髪をポニーテールにしていた。
 瞳は大きく、二重だった。さっき通りすぎた|娘(こ)達と同じ制服、同じように短いスカート。
 亜夢はその|娘(こ)に都会っぽい精錬された雰囲気を感じた。
「あの子たちの言うことなんか気にしない方がいいよ」
 そう言って亜夢に微笑んだ。
「あれっ? どこかで」
 亜夢がそう言った時には、女生徒は女子高生の流れの中に消えて去ってしまった。
『どこかであった気がする』という言葉を亜夢は飲み込んだ。
「かっこいいなぁ……」
 どこにいるのかわからないが、去っていた方向をみながら独り言を言った。
 後から後から歩いてくる学生が、ぶつかりそうになっているのがわかる。
 亜夢はその流れに逆らうように歩いて、小さなカフェを見つけ、そこに入った。
 カフェで食事をしながら、外の学生の流れを見ていた。
 カフェの中にも、同じ制服を着た子が数名いた。
 その学校に興味を持った亜夢は、キャンセラーを外し首にかけた。
「……だって」
「不眠症か…… 不眠症ってさ、超能力者がよくなるんだってウワサだよ」
「えっ、美優が超能力者だっていうこと?」
「完全にイコールじゃないけどさ。可能性はあるんじゃない」
「(美優…… どこかで……)」
 亜夢は誰にも聞こえないような小さい声でつぶやいた。

 大通り沿いに立っている世界的なアパレルブランド。
 ガラス張りの建物の中に、キラキラ光っているような、若くて綺麗な娘が服を見ている。
 さらに奥から、テレビでしか見たことのないような、綺麗に髪をアップにまとめた、妙齢の女性が…… おそらくその若い娘の母であろう…… 店員と話しながら、ちらちらと娘の方を見ている。
 モデルのようなスタイルの金髪の女性がその店のドアを開けると、中の声が聞こえてくる。
「みゆ、欲しい服はきまりましたか」
 ガラスのドアの角度のせいか、その声がはっきりと亜夢の耳に聞こえる。
 店内にいたキラキラ光っているかのような娘がその声の主…… 髪をアップにした女性に振り向く。
 そして、何かに気付いたように亜夢の方に視線を向ける。
 亜夢と娘の視線があった。
 すると、その娘が少し微笑んだ。

「そうだ、さっきのあの|娘(こ)」
 今度ははっきり聞こえるような声を出してしまった。
 亜夢はとっさに口に手を当てた。制服を来た娘達は、話をやめ、ゆっくりと亜夢を見てから、また話をつづけた。
「はぁ…… (なんであの時気づかなかったんだろう)」
 小さい声で亜夢は自分に言い聞かせるように言った。
 都心に来て、初めてみるようなキラキラした世界の中にいる、キラキラした女の子、それが|美優(みゆ)だった。
 しかも美優が超能力者かもしれないなんて…… 亜夢はあまりの展開に気持ちを抑えられないでいた。
 すぐにでも出て、この通りを追いかければ……
 残りのパンを口に詰め込み、ストローをはずして氷ごと口に流し込むと、キャンセラーをしっかりと付けて店を飛び出した。
 カフェのあたりでは、制服の女生徒の流れはなくなっていて、亜夢はそのまま走り出した。
 ホテルのあたりまで戻っても制服の子は見当たらない。
 そのまま走っていくと、地下鉄の駅の入り口までやってきていた。
 その先にも制服の子はいない。
「(この下?)」
 階段を駆け下りていくと、改札の向こうに何人かの制服の女生徒が見えた。
 亜夢は改札内には入れないから、平行してどこかにいないか探すが、ホームはさらに下にあるらしく、他の女生徒を見つけることは出来なかった。
 亜夢はぼんやりとしばらく地下を歩いていると、自分の位置を見失っていることに気付いた。
「(えっ、迷った?)」
 とにかくまっすぐ歩いていると、案内図が出てきたが、案内図を見てもどこから入ったのかが分からないため、まったく役に立たなかった。
「(とにかく地上に出よう)」
 すぐ近くの階段をのぼって地上に出た。
 そこは大通りの例のブランドショップが並ぶ場所だった。
 並木からの木洩れ日で、自分の服に模様が描かれたように見える。
 すこし歩くと、ガラス張りのブティックが見えた。
「(ここ、美優がいたところ)」
 亜夢はうっとりとした表情で、横を向いて歩いていると、不意に声をかけられた。
「さっきの」
 ビクッと全身が震えて、正面を振り向いた。
「美優?」
「えっ? あなた私のこと、知ってるの?」
 さっきの制服の|娘(こ)が、紙袋をさげてそこに立って、亜夢を指さしている。
「えっ、あ、いや、あの……」
「どこで調べたのかな? いや、いいや。あなたの名前を教えて。それでアイコでしょ?」
「あ…… |亜夢(あむ)です。|乱橋(らんばし)亜夢」
 ポニーテールの、キラキラした女の子は、おどおどした亜夢を見て微笑んだ。

 加山のスマフォと清川のパトレコを接続する。
 パスワードの入力画面になったところで、加山は清川にスマフォごと渡す。
「ほら、パスワード入れろ」
「あの、おトイレいったりしたので、今は勘弁してください。署に戻った映像提出しますから」
「ダメだ」
 加山が清川をにらむ。
 清川は亜夢の顔をちらっと見やる。亜夢は祈るように手を合わせている。
 清川の視線に気づいたのか、加山が亜夢を見る。
「乱橋くん、もしかして君が清川くんに?」
「……」
 合わせていた手を、背中にまわして、亜夢はぎゅっと口を結び、加山の質問に答えない。
「清川、指を出せっ」
 加山はパッと清川の手を掴むと、スマフォに指を押し付けた。
「なっ……」
 指紋認証機能をつかったのだ。
「ここまでの映像はこっちで引き取らせてもらうぞ」
「プ、プライバシーの侵害……」
「映像は移動させて消しておくから大丈夫だ」
「……」
 清川が半べそをかいているをの見て、亜夢が抱きしめる。
「(こっちが先にコピーしてあるんですよね)」
 亜夢が清川の耳元で囁くと、清川は小さくうなずく。
 亜夢は清川の肩を抱きながら、加山の後ろを二人で歩いた。
 しばらく歩いていると中谷が追いついてきたが、何か雰囲気を感じ取ったように、静かに後ろをついてきた。
 パトカーを駐車しているところまで戻ってくると、加山が言った。
「今日の捜査はここまでだ。乱橋くんは今日からはホテルの方で宿泊になるから、昼食をとったら清川くんに付き添ってもらって、荷物をもってチェックインしなさい」
「……」
 亜夢はムッとしたまま答えないので、かわりに清川が返事をした。
「わかりました」
 中谷が住職のところへ挨拶して帰ってくると、パトカーは署へ向かって走り出した。
 署につくと、清川と亜夢は仮眠室においてある亜夢の荷物を取りに入った。
 チェックが終わると清川が亜夢をつついた。
「なんですか?」
「さみしいなぁ……」
「まだ捜査は打ち切られたわけじゃないから、明日も会えますよ」
「亜夢ちゃんの部屋に遊び行ってもいい?」
 そう言われて、何か考えているようだった。
「ごめんごめん。なんか変なこといっちゃったかな?」
「……すこしなら。いいですよ」
「うん、もちろんだよ。じゃあ、ちょっと帰りに寄るね」
「時間が分かったら先に知らせてください。お風呂入ってるかもしれないんで」
「わかった。じゃ、アカ教えといて」
 亜夢と清川はアカウントの交換をした。
 署を出ると、清川は警察署の通りの向かいにある、ビジネスホテルへ案内した。
 ロビーでの受け付けを手伝うと、部屋の前まで行った。
「ありがとうございました。今日はすこしゆっくりします」
「そうするといいわ。警察署で寝泊まりなんてゆっくりできなかったでしょうから、横になって疲れをとるといいわ」
 帰るかと思って扉を開けたまま待っていると、清川は立ち止まった。
「加山さんだけど、捜査のじゃまをしようとしているんじゃない、と思う」
「……」
「根拠はないけど。だから信じて捜査に協力してね」
「……」
 清川は軽く手を振ると、エレベータの方へ歩き始めた。
 亜夢は部屋の扉を閉め、荷物を置くと、靴を脱いでキャンセラーを付けたままベッドに横になった。
「はぁ……」
 天井を見つめているうち、亜夢は寝てしまった。
 
 
 寝返りを打った時にキャンセラーが外れたのか、亜夢は酷い頭痛とともに目が覚めた。
「うわっ……」
 スマフォを見ると3時を回っていた。
 お腹が鳴って、昼を食べていないことに気付く。
 清川はまだ勤務だ。
 どこで何を食べるか全く思いつかなかったが、とにかくロビーに出て、鍵を預けると通りを歩き始めた。
 向かいから女子高生が固まって歩いてくる。
 短いスカート、無造作に下した髪、色はついていないが、ピカピカした唇。
 ヒカジョの連中とは違う、と亜夢は思った。
 その女子高生から視線を感じた。
 どの|娘(こ)が見ていたとはわからなかったが、すれ違いざま「ダサ」と言われた。
 亜夢が振り返ると、三人が横目でこっちを見ていた。

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