その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ: 僕の頭痛、君のめまい



 小さな駅に、ホームの長さと同じぐらいの各停列車が止まり、中からどっと高校生が降りてきた。駅に停車する列車の本数は、取り立てて少ない訳ではなかったが、駅の近くにある学校へ始業時間ギリギリに間に合うという理由により、この列車は混雑していた。
 ここ堂本駅周辺の路地には綺麗にツツジが植えてあったが、今の時期となると、もう花も終わっていた。駅の北側には、森と呼べるほど広く、木々が生い茂る公園があり、南側に県立の東堂本高校があった。最寄りバス停から東堂本高校までの遠いことと、反対に堂本駅が極端に近いことから、多くの生徒が電車を使った。周辺には公園と高校しかないので、この駅の乗降客はほぼ東堂本高校の学生と教師となっていた。
 新野真琴は、東堂本学校に通う女子生徒の一人だった。電車から降りるなり、こう言った。
「始業に間にあう電車がこれしかないから、混むのはしかたないけど。皆よっかかってくるのは…どうなの」
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 板書する音が教室に響き渡っていた。
 それをノートに書き写す音も同じように聞こえてくる。
 優秀な生徒が多いのか、騒がせないほど教員が厳しいのかは判らないが、どちらにせよ国語の授業は静かに進んでいた。
「すみません」
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 真琴と薫が保健室に入った時には、品川は既に横になっていた。
 真琴はさっき品川がされていたような問診を受け、もう一つある方がのベッドの側へ入った。
 薫は教室に戻って報告するため、保健室の先生の判断を聞いてから、教室に帰って行った。
 真琴は、これから始まる戦いのの為に、品川のベッドを自分が横になるベッドに引き寄せようとした。しかし、キャスターにロックがついてるのか、ベッドは動かず、更にはギッ!と音がした。
「!」
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 体がフワフワと軽くなったように宙に浮き、上昇しながらぶつかりそうになる電線をかわす。
 電柱より高く上り、その電線越しに学校を見下ろしていた。
 見たことのあるような、それでいて知らないような風景が入り交じって見える。
 これは『リアル』ではないのだ、と真琴は思った。続きを読む
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 放課後の教室には、真琴と幼馴染の薫の二人きりしかいなかった。
「ごめん」
 というと、真琴は机に突っ伏して寝てしまった。それを確認するや、薫はスマフォを取り出し、ためらいもなく真琴とのツーショットを撮り始めた。
「そうね、ちょっとここがヒラっとしていた方が感じが出るかしら」続きを読む
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 薫と真琴は、普段なら駅まで歩いて電車を使って帰るのだが、薫がなにやら話があるから車で帰ろう、と言いだした。真琴も品川さんの事を話したかったので、薫の提案にしたがうことにした。
 薫は、何やら色々と家に電話して、ひとしきりその会話が終わって、スマフォをしまった。そして、
「ちょっと考えても、ある程度の時間品川さんと真琴が一緒にいなければならない、というのは普通のシチュエーションでは無理よね」
 と、腕を組んで考え込むように言った。
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 小さな庭のある一軒家の前についた。車から降りると、家事使用人のフランシーヌが出迎えてくれた。薫の家だった。
 彼女は両親から言われ、都心のマンションから通学可能な小中高一貫教育の学校に通わさせられるところだったのだが、薫が幼稚園で一緒になった真琴が気に入り、真琴と同じ小学校、中学校、高校と都度都度我が儘をいった。それに折れて、高校に入る際に、一軒家を購入し養育係のメラニーと暮らすことになった。家にはメラニーと家事使用人が二人同居していた。
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 居間のソファーは対面して座ることは出来なかったので、真琴と薫はソファに隣同士になって座っていた。
 薫は、メモ帳を持ってぐるぐると丸を書いてみたり、記号を書いてみたり、言ったことを書き留めてみたりしていた。
「明日、学校以外でなんとか出来る可能性は低いわね」 続きを読む
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 薫は、自分のももの上に寝転がる真琴の髪を撫でていた。真琴の寝息を少しでも聞き漏らさぬように、自分の息を極力殺していた。
 頬や、閉じたまぶたのまつ毛にもそっと触れてみたかったが、起きてしまうかもしれない、と思うと出来なかった。起きて、何か変な女だと思われてしまったら取り返しがつかない。 続きを読む
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 フランシーヌが食器の片付けを始めると、真琴は食器をまとめて自分で運ぼうとしたが、やはりフランシーヌから止められた。
「すみません。ここでは私が片付ける事になっておりますので」
「そう、だったよね…」 続きを読む
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 昨晩はメラニーの運転する車で家に送ってもらって帰った。
 母は『特別なお客様』のヘアメイクで、帰ってきたのは真琴より遅かった。
 出欠がとられたが、品川さんは予想通り欠席していた。真琴も特に頭痛がでることもなく、坦々と授業がすすんでいった。 続きを読む
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 真琴達が教室に入ってから、しばらくして品川がやってきた。
 真琴の電車がぎりぎりなので、次の電車で来たのでは授業が始まってしまう。品川が遅れて教室に入ってくるのは、朝練して部室で着替えてからくるだろう。
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 放課後、真琴と薫は一緒の帰り道、品川の事を話していた。
「あんなにはっきり掴んだのに、すぐには頭痛にならなかったね」
「何故なのか、とかそいうことをヒカリに聞いた?」
「ごめん、聞かなかった」
「…」
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 薫と真琴の作戦により、品川と真琴は国語の授業を抜け出して保健室にいた。
 真琴の肉体は昼間の保健室で、品川の寝ているベッドにいたが、彼女の精神は暗く、光のない空間にいた。
『ヒカリ! ヒカリ! どうすれば』
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 ヒカリの気配が消えた。真琴は、自分の頭痛が治まっていることに気がついた。
 勝った。
 近所の小学生とメディア交換したりしてヒーローものを見まくるような趣味がこんなところで発揮されるとは。 続きを読む
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二話です。

登場人物

新野真琴 : ショートヘアの女生徒で東堂本高校の二年生。頭痛持ち。頭痛の時に見る夢の中のヒカリと協力して精神侵略から守ることになった。

北御堂薫 : 真琴の親友で同級生、真琴のことが好き。基本冷静で優秀な女の子。

京町乙葉 : 生徒会長

佐藤充    : 副生徒会長

佐々木ミキ : 書記(1) 双子の姉

佐々木サキ : 書記(2) 双子の妹

上野陽子 : 剣道部部員








 体育館の床に、体が叩きつけられた低い音が響いた。
「大丈夫か?」
 倒れた男に、数人が駆け寄る。
「上野! 流石にやり過ぎじゃねぇか?」
 上野と呼ばれた剣士は、構えを崩そうとはせず、掛けられた言葉が全く耳に入っていないようだった。
「聞こえてんのかよ!」
 再度、問いかけたが、上野は構えたまま全く反応がなかった。
 この部員が倒れるまでに、数人が同じように打ち倒されていた。
 確かに上野は女子ではずば抜けて強かったが、この剣道部の男子達を打ち倒すほどの筋力や体格ではない。そういう意味でも何かがおかしかった。
 剣道着を着た男が竹刀をもち、間に割るように入って言った。
「どけ。俺がやる」
 ここには審判らしい人物はいなかった。
「郷田、よせよ、こんなの。もういいよ」
「上野さん、やめなよ!」
 周りにいた女子剣道部員も、上野に呼びかけた。しかし、その瞬間、上野の声がしたかと思うと、郷田への面が決まっていた。
 郷田が態勢を崩しているところに、続けざまに小手を打った。
「上野!」
「やめろって言ってんだろ!」
 打たれた郷田はしびれるのを耐えながら竹刀を構えようとすると、再び上野の高い声がして一足飛びに入って突きを放った。
「郷田!」
 郷田は仰向けに倒れた。
 危険な倒れ方だった。
「何だ、何をやっている」
 部活の顧問が用事を終えて体育館に帰ってきた。
「とにかく郷田を、救急車を」
 これまで無反応だった上野が、急に竹刀を手放し、先ほどまでとは別人のように、ふらふらと歩き始めた。
「上野?」
 郷田の防具を外している途中の顧問が、上野の様子に気がついた。
「上野、どうした」
 上野も膝をついたかと思うと、硬直したまま、うつ伏せに倒れてしまった。
 その後、救急車が複数台呼ばれ、騒ぎとなった。一部父兄も呼び出され、その日は緊急の教員会議が遅くまで行われた。
 これは東堂本高校剣道部始まって以来の事件となった。
 退学もやむなし、部活動に支障がでるだろうと思われた。しかし、上野本人が高熱のせいか記憶がないこと、幸いなことに郷田や他の被害があった部員達も大きな怪我がなかったこと。そういったことと、日頃の上野の部活内での状況を踏まえて、事を学校内のことで収めることになった。
 上野陽子は熱もあり頭痛がするということがあり、病院で精密検査を受けたりしていた。結局、一週間ほど学校を休んだのだが、特に異常も発見されず、次の週には学校に復帰した。
 郷田も脳の精密検査などで三日ほど入院したが、退院の次の日には学校に来ていた。
 それぞれが学校に戻ると、ほどなくその事件のことは誰も語らなくなっていた。

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 新野真琴と北御堂薫は、いつものように二人で電車から降りた。が、いつもと違って、薫はどこからか見られているように感じた。振り返ったり、正面の人混みの中から視線を探すが、探しているうちにその感じが消えてしまった。
「どうしたの?」
「なんでもない…」
「そんなことないでしょ? ちゃんと言ってよ」
「…誰かこっちを見ていた気がする」
「どこだろう」
 真琴は周囲を見回すようにして、何か不審な動きをするものを探した。
「【鍵穴】を持つ人がまたでたのかな」
「見ただけで判るの?」
「ううん、判らない。けど、ヒカリが言うには、特定のところに入り込み易い、というのが、あるんじゃないかって」
「前に距離は関係ないっていってたよね。それなら、この近辺で出やすいってのは変なんだけど」
 距離とかそういう事とは別の、全く別のことが原因なのではないか、と薫は思った。真琴がヒカリと同居していることが関係している、と考えると納得が行く。何か、歪みが生じていて、この近辺の空間にいると【鍵穴】が開きやすいのかもしれない。
「特定のところ、が距離を意味するのではない、ということかしら」
「ボクが言い出したのに自分で判らなくなったよ…… とにかく気をつけよう」
 というと、二人はまた学校へ向って歩きだした。
 その後ろで、立ち止ってスマフォを見ていた生徒がボソっと言った。
「鍵穴…」
 素早くスマフォで指を滑らせ『鍵穴』と記録した。歩き出した二人との距離を確認し、距離を保って歩き始めた。
 教室に入った北御堂薫は長い髪をリボンでまとめていた。ゴムでしばる、とか、三つ編みではなく、リボンですることにこだわりがあった。
 ゴムでしばるには、髪が長すぎた。三つ編みにしろ、ゴムでしばるにしろ、かなり髪を痛めてしまう。だから、まとめる必要のある時だけ、リボンで軽くしばり、前に持ってくることにしている。
 薫はそうやって席に着く前にずっと髪を整えたり、しばったり、やり直したりしていた。そうやってやっている時、再び視線を感じた。
 教室の外に目線を配るが、それらしき姿はみつからなかった。登校時、そして今。さすがに、これは気のせいではないな、薫はそう思った。
 しばった髪を前にもってくると席に座って鞄を開いた。筆箱や必要なものを机に動かすと、真琴が薫の席にやってきた。
「どうかした?」
「また誰か見てたみたい」
「ボクも注意してみてたつもりなんだけど」
「…真琴じゃなくて、私を見てるってことかしら?」
 もし【鍵穴】の人間が狙うとしたら、それは真琴であるはずだった。ただ、相手が必ず【鍵穴】の関係者とは限らない。
 真琴が気が付かない、となると、薫側を監視している可能性も出てくる。
「学校だから、相手も生徒の可能性が高いでしょ? そんなに危ないことはないと思う」
 しかし、その後は二人は放課後になるまで、誰かに見られているようなことを感じることはなかった。真琴は、結局なんだったのか判らないまま、帰りの支度をしていると、薫が言った。
「真琴、今日なんだけど私ちょっと学校で用事が出来たの。先に帰って」
「どれくらいかかるの? 待ってようか?」
「本当にゴメン。今日は先に帰ってて」
 真琴は少し戸惑った。
「そお? なんか今日は不味くない?」
「遅くなるようならメラニー呼んで帰るから大丈夫よ」
 薫は安心させよう、と微笑んでみせた。
「…わかった。じゃあ、先に帰るね」
 不安は残ったが、薫の言うことだ、間違いはないだろう、真琴はバックパックを肩に掛けると教室を後にした。
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 上野陽子は、例の事件の前後から頭痛に悩まされていた。実際は奇妙な夢もみるようになっていたのだが、その二つが関連するなどとは思っていなかった。頭痛がひどい時は、寝てしまうことで良くなる事だけが、彼女の中で繋がった事実だった。
 だから、休み時間のちょっとした時間でさえ、頭痛が酷いせいで寝てしまうことが多くなった。上野がそうして教室で寝ている時、友達の夏奈が声をかけた。
「陽子! 何寝てんの?」
「…な、」
 声にもならない返事に、夏奈は陽子の肩をポンポン、と叩いた。
 すると急に、上野は寝ていた上体をおこした。
「発車します。おつかまりください」
「えっ?」
「おもちゃの店エミィにお越しのたかたはこちらでお降り下さい」
 周りで、すこし笑いが起きた。
 これはどこかで聞いたような口調だった。おそらく、陽子の乗っているバスのアナウンスと同じだ。
「何ふざけてんの、そうじゃなくてさ」
「次は東堂本。東堂本。高校へはこちらでお降り下さい」
「陽子! 大丈夫?」
 クラスでは剣道部での騒ぎが思い返されたのか、怖がり出す生徒が出始めた。
「陽子!」
「…ああ、夏奈」
 上野は体を起こしたが、両手で頭を抱えるように抑えていた。
「夏奈、頭が痛くて寝てた」
「さっき変なこと言ってたよ。覚えてる?」
「…判らない。なんか夢を見てた気がするけど」
 夏奈が友達を呼んだ。
「陽子の様子おかしいから、先生に言ってきて。私は陽子の様子みてるから」
「うん」
「大丈夫だよ。ホント」
「頭痛なんでしょ? 休んでてよ」
 夏奈は上体を起こした上野を机で寝るように促した。上野もそれに従った。
 上野を扉の外から見ていた男は、下がったメガネを少し直してから、スマフォに指を滑らせた。
「頭痛…ね」
 スマフォには『上野・頭痛』とメモが残った。
 クラス担任が小走りに教室に来て、上野と話しを始めた。先生の話しぶりから、今日は上野を休ませることになりそうだった。
 メガネの男は、チャイムがなるとまた何か軽くメモをしてから、自分の教室へと戻っていった。
 その日の放課後、メガネの男は同じ学年の別のクラスの教室に行き、知り合いらしい女生徒と話しをしていた。
「なるほどね」
「報告はどういたしましょう」
「いつものように、あそこに上げといて」
「はい」
 男子生徒がずっと立ち尽くしていると、
「何故、そこに立っているの? 北御堂さんの方はどうなってるの」
「えっ? 朝の件で終わりかと… 上野さんの確認もありましたし…」
 メガネの男より背の高い女生徒がその会話に割り込んできた。
「妹が北御堂を監視しております」
 メガネの男と話していた、女生徒はメガネ男の方を見たまま言った。
「ほら、あなたがダメだから書記の佐々木がこんなことまでしてる。もう少し頑張ってください。今日はもう解散します」
 男は言った。
「明日からはどうしましょう。私は引き続き朝は北御堂さん、昼は上野さんの監視で良いのでしょうか?」
 女生徒は立ち上がっていたが、メガネ男子より頭一つ背が低かった。そして、また顔も見ずに答えた。
「あなたは上野さんを朝から監視しなさい。報告は1日ごとあそこに上げといて」
 長身の女が言った。
「こちらは北御堂をずっと監視します」
「お願いします」
 と、言った。両手で重そうに鞄を持ち上げると、小柄な女生徒は教室を出ていった。

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 新野が教室を出ていった後、北御堂薫は教室でスマフォを操作していた。薫の養育係であるメラニーからの連絡を読んだり、塾の通信教育のカリキュラムを進めたり、普段チェックしているファッションブログを読んだりした。一通りやることがなくなって、スマフォをスリープさせたかと思うと、パッと鞄をもち普段通りに下校を始めた。
 さすがに気配はみせないな、と薫は思った。静かにしていれば、逆に相手が動きだし、判るのではないか、と考えたのだった。だが、相手はそこで姿を見せなかった。ということは、暴力的なことをしようと思っている訳ではないのだ、と薫は考えた。
 普段通りに学校の通路を通って駅まで行き、電車に乗った。右にも左にもこちらを凝視しているような者はいない。スマフォとかで視線を変えている人もいなさそうだった。
 終点の街につくと、薫は試してみたい考えが浮かんだ。その考えのままに街を歩いていった。
 北御堂がついた先は、さびれた喫茶店だった。
 ドアを開けると、カウンターごしに頭が見えるか見えないかの背丈のマスターが静かに挨拶した。
 店内には薫以外に客がいない。
 予想通りだった。どうして客がいないのに店が維持出来るのかは判らないのだが、この店には客がいなかった。そして今日も他の客に出会うことなど微塵もおもわないまま、この扉を開けたのだった。
「ブレンドコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
 小柄なマスター、というかお爺さんは、ゆっくりとカウンターの向こうに消えていった。
 いつもと違い、薫は窓際に座った。
 ただ、この喫茶店は窓らしいまどではなく、ガラスのブロックを積み上げたような窓で、クリアに外が見えなかった。
 薫は、頭を上下左右に動かしながら、外で自分を見張っている人間がいないかを確かめた。
 ざっと見渡す限りを見終わると、マスターがブレンドコーヒーを持ってきた。意外と本格的で、良い香りのコーヒーだった。
 ここからじっくり外を監視すれば、相手を特定出来る、と薫は考えた。待っていれば、相手はイチかバチかで入って来るかもしれない。その時はこちらの勝ちだ。誰かに会うフリをして誤魔化すことは出来ない、まさか常連、という訳もないだろう。
 じっくり待っても相手が動かないなら、マスターに話して裏口から出てもよい、それなら尾行を撒けるだろう。
 北御堂はコーヒーを少し口に運びながら、何枚か外の様子を写真にとった。
 長身の女は、北御堂が喫茶店に入るのを見届けると、スマフォの『リンク』で姉に連絡した。応答が返ってきたのだが、果たしてその通りに実行して良いのか悩んだ。
 姉は、店に入って誰に会っているのか確かめろ、だった。さすがに見た感じからして客は少なさそうだし、北御堂と面識はないものの、制服なので同じ学校であることのみならず、学年まで判ってしまう。
 やはり出てくるところを待って確かめるしかない。建物の角から、チラチラと店の入り口を見ながら、姉にメッセージを送った。すると姉は『裏から逃げられたら困るから私もそっちに行く、位置を送って』と返してきた。
「え? 位置??」
 しかたなしに位置を送ろうとしたが、操作が判らずにアレコレとメニューを出したり、地図を出したりしたが、位置が送れずにどんどん混乱してしまった。
 薫は、ゆっくりとコーヒーを飲んでから、今度は角砂糖を一つ入れ、いつ溶け終わるとも判らないほどソっとかき混ぜた。特に砂糖を入れて飲む習慣があったわけでもないが、時間があったので、かき混ぜていれば暇つぶしになると思ったのだった。
 そしてふと、見づらいガラスブロックから外をみると、ビルの角で見覚えのある制服を着た女生徒を見つけた。間違いない、あれが視線の主だ、と薫は思った。見かけた女生徒がかなりの高身長なので、薫の記憶に残っていたのだ。
 スマフォのズームを効かせて、その女生徒の写真をとると、コーヒーは残したまま支払いを済ませ、外に出た。
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 東堂本高校では、ある噂が広まっていた。帰ろうする生徒に、校舎の陰から名前を問う者がでるというのだ。
 名前を言えば助かるのだが、名前を言わないと、竹刀を振り下ろしてくる。それは名前を言うまで、追いかけられ、続けられるというのだ。
 竹刀だけではなく、剣道の防具をつけている為、顔をはっきりみたものがなく、誰とは判らなかったが、剣道部の連中にはその犯人の察しはついていた。
 犯人はおそらく上野だった。
 先日の頭痛で帰った時以来、部活には休部願いが出されていた。上野の才能を知っている顧問の先生は、の休部願いを保留していたが、その噂が耳にはいると、本格的に問題が起こる前に何か解決策はないかと考えはじめた。
 問題が学校ないにとどまっている為に、うかつに警察ごとにも出来ず、怪我をしたりなどの具体的な被害と犯人の特定が出来ていないことから、いきなり上野を処分することも出来なかった。
 噂、というレベルで教員会議で口にされた後、生徒会長と副会長が剣道部の顧問のところにやって来た。
「上野さんのことは私達に任せてください」
「何のことだ」
「上野さんが竹刀を振り回しているかもしれないんでしょう?」
 生徒会長である女子生徒は言った。
「京町。憶測でそういうことを言うんじゃない」
 メガネを掛けた男子生徒が言った。
「確証はまだなくても、それしか考えられませんからね」
「佐藤もだ」
 そして教師は扉を指し示し、
「そういうのは憶測だ。いいからこの件に生徒会は関係ない。余計なことも言うな。生徒が混乱する」
 と言った。そして立ち上がって、
「さあ、こっちも会議があるから、そろそろ下校してくれ」
 と言って京町と佐藤に迫った。
 二人は教師にぶつからないように、そろそろと後ずさりした。
「本当にくだらないことを詮索している間があるんなら、勉強してくれ。学生の本分ってやつだ」
 と職員室の外まででると、教師は一歩さがり、
「気を付けて帰れよ」
 とだけ言って戸を閉めた。
 二人は職員室の方を向いたまま話し出した。
「会長。どうしましょう」
「まぁ、予想通りね。どうせ解決なんて出来ないんだから、こちらの考え通りすすめるだけよ」
「北御堂を呼びますか」
「話は早い方がいい。呼ぶなら二人共呼んで」
 と言って、生徒会長は踵を返した。

 佐々木は、スマフォの操作に悩んでいた。地図を表示させたことはあったが、位置を他人に送ったことがなかったのだ。こまっていると、肩を叩かれた。
「位置情報を送ろう、としているのかしら?」
 佐々木は右に目線を動かすと、スマフォを覗き込んでいる東堂本の女生徒が目に入った。
 見覚えのある姿。自分が尾行していたターゲットの姿だった。
「え、え、え、え…」
「動揺しずぎです。何をしていたのかを認めるようなものですよ、ミキさん」
「私はサキですサキ。ミキは姉」
「ごめんなさい。サキさん。それで私になんのようかしら」
 結局、薫が操作して姉に位置情報を送り、合流した姉と妹、薫は寂れた喫茶店に入った。
「そういう訳なの」
 薫は言った。
「状況はどんどん悪化しています」
 おそらく上野は、真琴を探し、竹刀を持って放課後の学校をさまよっているのだ。先に真琴を帰しておいて良かった、と薫は思った。ただし、上野が【鍵穴】だった場合だ。そうでなかったら、竹刀を持った狂人に、無力の女子生徒を立ち向かわせることになる。
「協力出来るかもしれませんが」
「かもしれない?」
 と、身を乗り出してきた双子は、言葉だけでなく、その動きもシンクロしていた。
「出来ないかもしれません」
「どういうことです?」
 エコーしたかのように双子がそう言った。
「品川さんの話と同じとは限らないでしょう! だいたい、どんな根拠でそんなことを頼んでいるんです?」
 薫は興奮気味にそう言った。無駄に真琴を危険な目に合わせることは出来ない。
「頭痛、異常行動。今私達が考えられる解答は新野さんと品川さんの話しぐらいなんです。助けてください」
「品川さんの話は、半分夢ですよね…」
 薫は、少し事実を捻じ曲げて言った。
「確認する為、皆さんに協力をお願いするかもしれません。結果がこちらの範囲外のものであれば、それ以上の対応はこちらには無理です」
 双子は顔を見合わせた。
 その場で判断のつかないことがあったら、連絡しろ、と言われていた事態だ、と二人は確信し、ある人物に連絡をとった。
 
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