その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ: 僕の頭痛、君のめまい

  
 北御堂は、カーテンごしに映る人影に自分の頼みごとを話していた。そして用件をすべて話し終えてから、
「ひとつ聞いてもいいかしら?」
 と言った。
 ワザワザ仕切りカーテンがある教室に呼びだし、カーテンの向こう側にプロジェクタを用意して陰をカーテンに写している。
 薫の両サイドにはミキとサキの姉妹が立って見張っていた。
 カーテンごしの人影は、スマフォ?のようなモノを使って、声色を変えて言った。
「どうぞ」
「何故、顔を見せてくれないのかしら」
「…」
「私はすでに書記の佐々木さんから聞いています。あなたは生徒会長さんですよね」
 と、薫は、追い打ちを掛けた。
 そして少し前に出るような仕草をすると、ミキとサキがカーテン側に進み出てきた。
 それだけしても、カーテンの先にいる人物は、そこから出てくることはなかった。そして、
「その質問には答えられません」
 と言い、
「とにかく、まずは上野さんがあなた方がなんとか出来る状態なのか、そうでないのかを見極めてもらいます。それに関してはお手伝い出来ます」
「 京町先輩、 よろしくお願いします」
 実名を出してきたことに動揺したのか、しばらく反応がなかったが、腕を組み直してからその影は言った。
「…ちがいます」
 カーテンの横から、こちら側を映していいるであろうカメラを向いて、薫は言った。
「とにかくお願いします」
 そして深く頭を下げた。
 薫は、真琴に事情を話した。
 上野の奇行の話、頭痛の話、それらは『ある筋から』依頼された、ということ。ある筋とは言ったが、品川さん関連だとは言ったので、運動部の部会かその上の生徒会しかなかった。
 話を聞いて、真琴はほぼ間違いない、という感じの対応だったのが、薫が釘を刺した。
「本当にただのストレスとかによる奇行だったり、脳の病気であった場合、目の前にいる真琴が一番危険に晒されるのよ」
 薫は両手を胸の前で組んで目を閉じた。
「ありがとう。そう言ってくれなかったら、疑いもせずに対応していたよ」
 真琴は薫の両手を包み込むようにして、言葉を続けた。
「いきなり危険なことにならないように身長に行動する。誓うよ」
 薫の表情は少し穏やかになった。
「それだけはお願い」
「竹刀なんかで叩かれたら腫れちゃうよね」
 やっぱり危機感が薄い感じがする、と薫は思った。この危機感のなさは、日本に暮らしているからなのだろうか、と思った。だからそういう強い危機感を求めてもしょうがないことなかも、自分がそこをフォローするしかないのだ、と薫は思った。
「それじゃあ、待ち合わせの場所に行きましょう」
 薫が言うと渡り廊下を歩き始めた。真琴はそれについてあるいた。
「どこなの?」
「体育館ということよ」
「ふーん?」
 こっちの要求通りに、器具類はどけてくれていると良いが、と薫は思った。頭痛になった場合、そのまま横になれる状況が必要と思って提案したものだった。
 だが体育用具がごろごろと転がっているとエントーシアンに支配されつつある上野がそれを使って物理的な攻撃をしないとも限らない。何しろ、剣道部の男子部員を倒したのだから。
「お待ちしておりました」
 体育館の入り口に立っていた 佐々木ミキとサキが言った。
「え? 薫、知り合いなの?」
「新野さんご協力ありがとうございます」
 確かこの双子は生徒会の書記だ、と真琴は思った。品川さんの話が広まったルートは生徒会ということか。
 体育館は、放課後の部活動で半面をバスケットボール部が、もう半面をバドミントンが使用していた。
 部外者の薫と真琴、生徒会の双子は邪魔にならないように端を通った。
 基本的に部活動をしているから、特別視線を集めることはなかったが、それでも何か異様に見えるらしく、薫や真琴の方を振り返る者がいた。
 そして体育用具室の扉にくると、薫は言った。
「何? この張り紙」
 双子の佐々木は何を尋ねられているか意味が判らなかったらしい。
「どういうこと?」
「秘密の活動の為、関係者以外18:00まで立ち入り禁止、と書いております」
「秘密の活動? ここに書いてあるのに?」
「確かに変だね。秘密、って誰にでも読めるところに書くものじゃないよ」
 真琴も薫の意見に賛成した。
「当然、私が外に立っておりますので、関係者以外はいれさせません」
 薫は少しめまいを感じた。
 アホの生徒会だ。カーテンごしにこだわる生徒会長は筆頭に、この学校の生徒会はアホばかりだ…
「じゃあ、この張り紙はいらないわ」
 薫はビリっと破って、貼られていた紙をサキに渡した。
「上野さんはこれから来るんでしょ?」
「書記のあなたが突っ立っている上に、あんな張り紙を見たら入ってくると思えない」
「そうだね。ボクもそう思う」
 佐々木サキが体育用具室のドアを開け、佐々木ミキが入った。ミキが、
「どうぞ」
 と言うと、薫と真琴も順に中に入った。
 そこには周りにマット、中央にエバーマットがしかれていた。その様子は、まるでプロレスかボクシングのリングのようだ。
「どこまで悪趣味なのかしら…」
 薫は目を閉じて頭に手を当てた。

  
「上野さんと戦う、っていう意味、伝わったの??」
 と真琴は薫に言った。
「判らなくなって来たわ」
「こちらへ」
 佐々木ミキが示した場所に二人は移動した。それは用具室についている小さな窓の横であった。
「カーテンに隠れてください」
「え?」
「体は隠れないよ?」
 薫と真琴は驚いたように言った。
「あの… その…」
 薫は生徒会長の命令なのだ、と悟った。
「ですから…」
「良いわ、すぐ来るんでしょ? ほら、真琴も隠れて」
 二人は小さいカーテンに顔だけ隠れるように包まった。
 薫は小声で言った。
「もっとこっちに来ないと隠れられないよ」
「顔だけ隠して何の意味があんの?」
「まあまあ…良いじゃないたまには」
 と言い薫は少しずつ真琴に体を押し付けていった。真琴は顔が近づいてしまうので、顔を横に向けた。
 すると、薫も横を向き、ついに頬がピタリとくっついた。
「何してんの薫!」
 真琴はつい大声を出した。
 いつもの悪ふざけが始まった、と思った。基本的にあまり触れ合うことがないせいかのか、一度こうなるとなんかふざけが過ぎる気がしていた。
 佐々木ミキが小さい声でたしなめた。
「お静かに願います」
 頬は離したのだが、今度は耳を噛むような勢いで話しかけてきた。
「いいじゃんいいじゃん」
 息が耳に掛かる。
「良くないよ!」
 さっき真剣に向き合わないと怪我をするようなことを言ったのは薫じゃなかったか、と真琴は思った。
「いい加減やめて」
「やめるよ。やめるよ。やめて良い?」
「いいよ」
「良いの、良いのそれなら続ける」
 カーテンを突然めくられた。
「楽しそうですね」
 二人はミキに見おろされされ、固まったように動かなくなった。
「いい加減にしてください」
「ごめんなさい」
 薫と真琴は同時に謝った。
 


 結局、カーテンのところは意味もない為、左右にある棚の影に分かれて隠れることになった。この狭い空間で、そこにいて隠れたことになるのか別だった。
 用具室には部活動の音だけが部屋に響いていた。
 何十分、いや数分だろうか、三人が黙って扉があくのを待っていた時、薫のスマフォが振動した。
 薫にメールが来ていたのだが、差し出し人がメラニーだったので、タイトルと数行だけだろうと思ったが、妙に変な内容で長かった。長かったので、すべてをよまないまま、『リンク』をチェックした。
 リンクには覚えのない相手の名前でメッセージがあった。『気をつけろ』それを読んで薫は不安になった。自分の電話帳データに細工され、それが同期されたのではないか、と考えた。メラニーからの不可解なメールの内容になにか引っかかるものを感じた薫は、もう一度メールに戻って内容を確認しようとした。
 その時、扉が開いた。
「どうぞ」
 佐々木サキが入るように促すと、上野が入ってきた。薫はメールの確認を後にして、スマフォをしまった。
「あれ? こんなに何もなかったでしたっけ?」
「今は別の用事で用具を出しているの。最初の用事が終わったら片付けを手伝ってもらうわ」
 生徒会長が入ってくるなりそう言った。
 サキは生徒会長が入るのを確認して再び扉を閉めた。
 薫は、この部屋の片付けを上野さんにやらせようとしているのか、と言うことに驚いてしまった。が、この用具室の道具を一時的に外に出すのにも、別の部活の生徒を使ったに違いない。それだけの権限があるので、上野をここに連れてくることができたのだ。薫は三年になったら生徒会長をやるも悪くない、と思った。なれるのかは別にして。
「では、言ったようにちょっと目隠しさせてもらうけど」
 というと、ミキは用意していたアイマスクを取り出して上野につけた。
「こっちにきて座ってください」
 そのままエバーマットに座るように手を引くと、上野は後ろ歩きにエバーマットに乗り、促されるまま足を放りだした格好で座った。
「ではお願いします」
 ミキが真琴に来るように手招きした。
「え?」
 小さい声で薫に言った。
「私もどうするか聞いてない! とにかく行って触れればわかるんじゃない???」
 薫も小さい声で言った。真琴はなんとなく頷いて、上野の方へ行った。
 真琴がエバーマットの上にあがり、上野のそばに行ったが、どうして良いのか戸惑っていると、生徒会長が言った。
「この生徒には頭痛に効果のあるマッサージをお願いします。先生」
 真琴は、声を出して良いものか悩んだ挙句、奇声に近い、高い声で返事をした。
「ワカリマシタ、イイデショウ」
 真琴はどこに触れるとマッサージのようになるかを考え、上野の首筋に触れた。肌が出ているところだけをするのも変に思われると思い、肩をもんでみたり、眉間からこめかみにかけて、触れたりした。
 真琴の中のヒカリの反応が現れた。
 真琴の頭痛が始まったのだ。
 上野も特に横になっていただけだったのに、額に汗が滲んできた。
 真琴は正座をした格好で上野の頭を膝にのせ、首に触れている状態で目を閉じた。上野はアイマスクの為に判らなかったが、眠っているように反応がなかった。
「うるさいな」
 薫はスマフォの振動に、忘れていたメラニーからのメールを思いだした。
 そしてスマフォを取り出すと、メラニーのメールをみた。どうやら『リンク』に加わったメンバーは、電話帳データがハッキングされたとかではなく、薫の父の指示に従ってメールを送ったことで追加されたものらしい。そのメンバーは信用に足る人物である、というところまでしか判らない、というのが父の伝言だったらしい。
 薫は、もう一度『リンク』を開いた。
『気をつけろ』
 さっきのメッセージだった。
 するとその瞬間、
『薫くん、真琴が危険だ!』
 と新しいメッセージが表示された。
「え?」
 真琴の方をみると、真琴の手が上野の首から離れてしまっていた。上野が上体を起こしてアイマスクを取り、真琴に襲いかかった。
「あぶない!」
 薫は棚の影から飛び出して真琴と上野のところに駆け寄った。
 真琴は反応ができず、エバーマットに倒されたままだった。上野が上着を脱いで真琴の上に馬乗りになり、脱いだ上着を真琴の首に巻いた。
「やめて!」
 そう言って、薫が体をぶつけに行ったが、上野は低い姿勢をとって威力をそいだ薫は上野の腕をとって引き剥がそうとした。
「手伝って!」
 薫は動揺したのか動けない生徒会長や佐々木に声を掛けた。三人掛かりならなんとかなるはずだ。上野が素手で締めるのではなく、上着を使ってきたところに、恐怖を覚えた。
 一つは本当に殺しにかかっているという意味、非力な女性が素手で首を締めてもなかなか死にはしない。道具を使って締めるのは危険だ。
 二つ目は真琴と直接接触してしまえ戦いは夢の中に入ってしまい、夢では真琴達が有利なことを知っている、という点だ。
 夢の中なら、上野、真琴、ヒカリが味方になるので上野の力を使えない分、相手は不利なのだ。
 三人のちからで首が締まることは回避出来そうだったが、真琴の上からは引き剥がせそうになかった。上着が首に巻き付いているのをなんとかしないといけない。
「真琴、真琴!」
 苦しそうな真琴が、声に反応してようやく目を開いた。
「上野さんに触って!」
 真琴が上野の手に触ろうとした時、上野はいきなり上体を激しく振った。
「痛い」
 佐々木と会長は、びびって手を離してしまった。薫は脇腹をひどく打ったが、上野の上着は離さなかった。
 真琴は上野が自分の上に乗っていることを理解し、太ももを触った。
 再び強い頭痛に襲われた。
 上野は太ももに置かれた手を払おうとするが、上着を薫に握られている為に手を離すことができない。肘で叩いたりどかそうとするのだが、出来ない。
「クソウ」
 上野が声を出した。一度上着を離して真琴の手を払おうとした瞬間、そのまま倒れてしまった。
 真琴顔の上に上野の腹がのったような格好になったまま、二人は動かなくなった。
「大丈夫?」
 佐々木ミキが下になっている新野が苦しいだろう、と考えて上野をどかそうとした。
「だめ!」
 薫はそれを止めた。
 上野と真琴が接触していないと戦えない。無理に上野をどかすと、その接触が絶たれてしまう。おそらく、その状態がさっきの凶暴な上野なのだ。
「と言っても、このままじゃ、真琴が苦しいのは確かね」
 リアルな肉体が苦しければ夢の中でも調子が悪かろう、という程度の考えだった。
「どういうことになっているか、簡単に話すわ。信じてもらえるか、判らないけど」
 薫は、生徒会長とミキにどうすると頭痛があって、どうすると夢を共有できるのかを話した。そこで戦って勝つことで、相手を侵略しようとしているものを追い出せる。
 生徒会長は終始無言で微動だにしなかったが、理解はしてくれているようだった。佐々木はうなずくことはあったが、見えている事実のみを把握したようだった。
「とにかく、服の上、とかではなくて直接肌が接していればよいのよね?」
「そうです」
「うーんと今は…… 二人、どこが接しているんですかね?」
 あれ? そういえばどこが接しているのか… と薫は思った。
「…まずはそこを確認しましょう」


 真琴は、苦しい戦いを強いられていた。
「何故同じような戦いが出来ない? 同じものを思い出そうとしたのに」
 真琴は、品川と戦ったのと同じ話を思い出し、同じように勝つつもりだった。しかし、出てくる敵も違い、まったく思った通りに動かない。
 問いかけられたヒカリは、
「それは私にも判らない。これは単に記憶を再生するのは違う何かが働いているのだとしか」
「自分の意思や意識の世界ではないの」
「当然、意思や意識の世界だ。だが相手の意思や意識の世界でもある」
 上野をさらった敵は、昆虫を模した姿をしており、上空からの攻撃をする。真琴もジャンプしたりして対抗するのだが、空中での動きの自由度とスピードが違い過ぎ、歯が立たなかった。
「なんだ、こっちでも弱いじゃねーか」
 昆虫のような敵は続けた。
「前の奴が簡単に負けたから、精神世界では戦わないようにしてたんだが… 杞憂だったな」
 急降下して、変身している真琴にハサミのような角をぶつけてきた。衝撃で倒れて転がってしまった。
「うっ…」
 真琴は立ち上がれず、上体を起こすのみだった。左手で攻撃を受けた右肩を押さえた。
 敵は再び降下してきた。真琴は避けようとしたが、立ち上がれずに倒れてしまった。
 低い姿勢になったことが幸いし、敵の攻撃は当たらなかった。
「まずいよ。ヒカリ、何か方法はないの?」
「夢なのに何故コントロール出来ない?」
「ボク自在に夢を見れたことないんだよ」
「この前はうまくいったよ」
「出来ないんだよ、だからきいてるのに!」
 真琴は怒りがこみ上げてきた。
 がんばって勝つイメージを作ろうとしているのに、その通りにならない。真琴は力を振り絞って立ち上がった。
「馬鹿め!」
 バシッ、と大きな音がして火花が散った。角が真琴の体を痛めつけている。再び音とともに火花が散った。痛みが全身に走る。
 真琴は思いだしていた。子供もみる番組では血を描くことを避ける。ヒーロー達はその姿から血が流せないかわり、この火花でダメージを表現する、という決まりなのだ。
「表現の問題なんかじゃないよ…」
 自分の身に降り掛かっている事実としてこの痛みとダメージがある。夢とは言え、見ている時とは立場が違った。
「とどめだ!」
 昆虫怪人は首を左右に振り、角を真琴にぶつけた。右から素早く、左から戻し、同じところをしつこく攻撃した。
 ついに真琴は立ち続けられなくなり、地面に転がると、変身が解けてしまった。
「うあぁぁぁぁ!」
 なす術もなくやられてしまうのか、真琴は恐怖を感じた。
 


 生徒会長は腕を組んで、部屋の影にたっていた。薫と佐々木は、上野と真琴が重なりあっている状況を解き明かそうと、上野の脱いだ上着を取り、エバーマットが沈んでいて見づらいところを手でさぐったりしながら、確認を始めた。
 二人が動かいのだから、接触した状態であることは間違いない。ただ、この態勢だと真琴が苦しい。夢、であるなら肉体の影響があるはずだ、と薫は考えた。
「接触状況に問題がないなら、このまま上下逆にしてしまうといいんだけど」
 薫は、佐々木に言っても判らないだろう、と思いながらも、声に出して言った。
「きっと体にかかるストレスは夢に影響をしているはずよ」
 佐々木はうなずき、
「新野さんの手が上野さんの足に潰されるようにして接触しています。ここを抑えながらひっくり返せれれば…」
 薫も、上野のスカートを大胆にめくって確認し、
「そうね。この態勢からなら行けるかも」
 と言った。
「二人の頭の方を頼みます。私は真琴の手が離れないようにしながら回転を補助します」
 身長が高い佐々木は、自分の方が力がある、と思われたことが悔しかったが、上野さんの為にもやるしかなかった。
 佐々木は上野の脇の下から手をいれて引っ張る態勢を取って、
「じゃ、セーノでいきます!」
 と呼びかけた。薫はうなずいた。
「セーノ!」
 二人は力を合わせてうつ伏せだった上野の仰向けに、下敷きになっていた真琴を上野の上にうつ伏せに入れ替えた。
「ふーふー」
 佐々木は、力を出し尽くしたかのように足を放りだして座った。
 上野の伸ばした足の間に、真琴が入って足を抱え込んでいるような態勢だった。
 薫は、真琴の手がまだ上野の足に触れていることを確認した。しかし、真琴の頭が上野の体からずり落ちそうになっているので、真琴の脇に手を入れて真琴を持ち上げた。上野の腹の方へ頭を載せようと、ずりあげようとしたのだ。
 その時、薫にある考えがよぎった。
 ちょっと間違えば真琴の胸が触れる。
 手がすべった、とか言えば問題ない。この状況なら、言う必要もない。言った方が不自然かも。そんな感じで触ってしまおうか、と考え出してしまい、何も出来なくなった。
「手伝いますよ、北御堂さん」
 見かねた佐々木が立ち上がって近づいてきた。
 手を広げて制止し、
「大丈夫だから」
 そう言って、ぐいっと真琴の体を上にずらした。
 手を抜くときに、少し胸の方向にずれただけに終わった。薫は自分の優柔不断さを悔やんだ。
「あ、めくれちゃいましたね」
 佐々木が何かに気がついたように言った。薫がみてみると、真琴の頭が上野のブラウスをめくり上げており、お腹に顔をつけているような状態だった。
 薫は真琴の顔が見える側に周り、じっくりと観察してから、
「あ、あ、あ、そうね、で、でもこのままにしておきましょう。接触が増えている分には問題ないし」
 薫は、上野のお腹を自分のお腹とみなし、真琴の表情など、その様子を目に焼き付けていた。

三話になります。

登場人物

新野真琴 : ショートヘアの女生徒で東堂本高校の二年生。頭痛持ち。頭痛の時に見る夢の中のヒカリと協力して精神侵略から守ることになった。

北御堂薫 : 真琴の親友で同級生、真琴のことが好き。冷静で優秀な女の子。

メラニー・フェアファクス : 北御堂の養育係、黒髪、褐色の肌のもつイギリス人

京町乙葉 : 生徒会長

佐藤充    : 副生徒会長

佐々木ミキ : 書記(1) 双子の姉

佐々木サキ : 書記(2) 双子の妹
 




 午後の授業も全て終わり、帰り支度をしたり、部活の用意をしたりしている頃、薫は真琴のところに来て言った。
「今日から護身術を学びましょう」
「え、今日なんかやるよ、って言ってたのって護身術のこと?」
「そう。武術の方が良いかとも思ったけど。それで公民館を借りれたの。学校の近くよ」
「場所まで用意して…… 結構本格的にやるんだね」
「真琴の為ですよ。真琴がやるんですからね」
 他人事のように話すので、薫は少し怒ったような顔になった。
「ということなんで、逆側から帰ります」
「うん」
 真琴は薫の後をついて歩き出した。
 実は真琴はこの事態の進行の速さについていけていなかった。何も準備が出来ない間に立て続けに戦わねばならず、ヒカリからも戦い方についてはイメージしろと言われるだけ。そもそも頭痛だけでも生きていくのに十分な障害だったのに、積極的に頭痛を選ばなければらなくなったのだ。
 以前から、ヒカリは異世界の精神であるということを教えてもらっていて、なおかつ自分を乗っ取るつもりはないことを聞いていた。だが、ヒカリが入って何かしようとすると、頭痛が起こることを知って、ヒカリはいつもすまなそうだった。
 この一連の事件ーー品川と上野の件ーーから考えると、ヒカリは結局向こう側の精神の警察のようなものなのかという感じだ。ヒカリは始めからこうなることが判っていて、もう何年も前から定期的に覗きに来ていたのだ。だが裏付けはなかった。
 何故ヒカリは真琴を侵略せず、ヒカリは同類と思われる【鍵穴】に入り込む精神体を倒そうと作用するのか。はっきり言ってもらった方がすっきりする。だが、もうしばらくは、真琴がそれを切り出すことも、ヒカリが説明してくれることもなさそうだった。
「ボク運動は全滅に近いからな……」
「でも覚えないと、この前みたいに」
 校門を出ると、大きい通り沿いを南に向かって歩いた。
「薫、山本昭二は何か判った?」
「ああ、どうして真琴のお祖父さんの名前がバレたか、ということ? まだ判ってないわ」
「実はボク母に聞いたんだ。どういう人だったのか、って」
「どういう人だった?」
「何かね、研究者だったらしいよ。死ぬ間際まで何かの実験をしてたんだって」
 薫はスマフォを確認して、角を曲がった。
「ここを入るみたいね」
「それでね。その研究の関係らしいんだ。ボクのお父さんが行方不明の理由」
「え!?」
 薫は立ち止まった。
「そうなんだ。お父さんの話につながってボクもびっくりしてる」
 真琴は薫を追い抜いて公民館の方へある来ながら、そう言った。薫も合わせて歩き出して言った。
「行方不明者が出る研究って…… いったいどんな内容なの」
「お母さんも良く判ってないみたい。判っていたのはお父さんだけ。お祖父さんのサーバーってやつはまだうちで動かしてるんだけどね」
「サーバー? それ触れるの?」
「うちにあるからね。触れるけど、どうして良いか分からないんだ。電源の入り切りの方法とかはメモが書いてあるけど」
「見させてもらえない?」
「良いよ。けどサーバーの触り方判らないから、お母さんがいる時が良いな。確実なのは火曜日かな」
 火曜日は母の務めている美容室の定休日だった。実際は週にもう一日、休みをもらっているのだが、シフト制で変るらしく真琴も休みを把握していなかった。
「じゃあ、明日の火曜日に」
「明日? うん…… いいけど」
 二人は公民館の前についた。
 鍵は開いていて、中には誰も居なかった。部屋の中に進んでいくと、しばらくして車の音が聞こえた。
 車から降りてくる人物を見て、真琴は言った。
「メラニー!」
「今日の講師よ」
 二人が部屋の中で待っていると、メラニーは運動着に着替えて入ってきた。その褐色肌の娘は、二人を前にニヤリ、と笑った後、
「かなり自己流ですが、私なりに役に立つ護身術をお教えします」
 と言った。
 真琴は、ちょっとビビっていた。 


「これ昨日出来た痣(あざ)かな」
 隣で体育座りをしていた薫は、
「ああ、なんかそこ打ってたよね。相手が短刀を持っている時、その1だか2だかの時」
 と言った。
「あ、そうか、そうかも」
 真琴は膝の痣(あざ)をさすりながら、昨日のことを思いだしていた。
 教師がやって来ると、日直の生徒が言った。
「起立。気おつけ。礼」
「そのまま聞いてくれ」
 と教師は言った。
「これから今年の水泳の授業を始めるが、まず、自己申告で3つに分かれてくれ。全く泳げない、がここ、蹴のびが出来て25mは泳げない、がここ。25m以上泳げる、がことだ。さあ、分かれて」
 薫は教師の方へより、小声で言った。
「あの、先生。今年もプールの補習あるんでしょうか……」
「プールの補習か? 今年の人数と参加可能な人数によるな」
 薫は、大声で答えないでくれ馬鹿体育教師、と思った。
「ありがとうございます」
 とにかく25mまで泳げれば補習はなしだ、薫は拳に力を込めた。
 せめて真琴と一緒ならプールも楽しいのだが…… 実は真琴は運動全般ダメなのに、泳ぎだけ出来るのだった。どうやら子供の頃にスイミングスクールに通ったかららしい。逆に泳ぎ以外のスポーツ全般がダメな方が不思議なのかもしれない。
 全くつまらないプールの時間が始まった。とにかくこの長い髪が広がったりからまったりしないように気をつかう。水の中で恐怖に耐えながら目を開けなければならない。
 真琴の姿はどこにいるのかも判らない。
 だいたいスクール水着なんかを見て喜ぶのはおっさんだけだ。どうせ真琴の水着を見るのならビキニとか同じワンピース白くて透けそうなのとか、もっと食い込みがあるのとか……
 薫はどうしても浮かない体を恨みながら、苦痛でしかないプールの時間を過ごしていた。
 真琴は泳ぎが早い訳ではなかった。ゆっくりだが沈まずにずっと泳ぎ続けられる。その程度だった。
 薫は泳げない班で、バタバタやっているのをなんとなく羨ましく思っていた。体育のプールは自分のペースで泳いでいると、急げとかこうしろああしろで全く楽しくないのだ。好きなだけ水につかったり、足をバタバタさせている薫たちの方が気持ちよさそうに見える。
 それにしても、自分も胸がもう少しほしいところだ、と真琴は思った。薫はクラスでも大きい方なのに、自分は小さい方から数えた方が早い。
 大きければデブに見えてしまう子もいるが、薫はそんなこともない。着こなしが良いのかもしれないが、こうして水着を着てみると薫がどれだけくびれているのかが判る。
 はっきりしたプロポーションの差を感じて少し嫉妬を感じてしまう。まぁ、比較をするからちょっとさみしいだけで、真琴は自分の体のラインが嫌いではなかった。
 胸だってそんなに小さすぎる訳でもないし、おしりも大きすぎない程度だ。とにかく体型的にショートヘアが似合う、と思っている。自分のポイントはそこだ、と思っていた。
「新野、順番だぞ」
 ぼけっとしていた真琴に声を掛けたのは、隣のクラスの大塚美沙だった。
「あ、ごめん」
 男女別で体育の授業をする為、隣のクラスと合同なのだった。プールの時は、女子校のような雰囲気になる。
 大塚と真琴は隣のコースで、負けた方が腹筋5回をすることになっていた。
 全く問題にならない差がついて、真琴は負けた。プール端についた時には、大塚は既に上がっていて、上がろうとする真琴に手を貸してくれた。
「ありがとう? 大塚さん」
「……ああ、別に」
 真琴は今まで話したこともない大塚に手を貸してもらったことがとても気になった。
 真琴が腹筋をしている間に、大塚はクラスの友達らしき娘と話しをしながら行ってしまった。
 結局、大塚との接触はそれきりだった。
 最後の10分ぐらいは女子全員を2チームに分け、プールでバレーボールをして授業は終わった。

 中居寺の駅を降りると、真琴はいつものように駅の階段を下りた。
 ただ今日は薫が家に来るので、気になっていたスイーツを途中で買って行きたいということだった。
 薫のことだから、この前雑誌に載っていた、なんとか、とか、テレビで評判のなんとか、という話しかと思っていた。
 一応、この中居寺周辺はそれなりにそういう話題がある街で、チェックしている人にとってはそれなりに楽しめるらしい。
 しかし今回は、歩いて行く方向が怪しい。
「薫、なんかこっちって、爺さんのところじゃない?」
「あ、分かった??」
「マジ? あの爺さんの店?」
 真琴の母も連れて行ったことがある喫茶店だが、とにかく毎回客がいない。どうして潰れないのかが不思議な喫茶店だった。
「あそこスイーツなんかあったっけ?」
「私の方が実は何度も行っているんだから、間違いないよ。真琴は楽しみにしてて」
 と薫は言った。
「なんかフツーの出来合いのものだったりしない?」
「可能はあるけど。それでも面白いでしょ?」
「え、まさか薫も知らないんじゃないの?」
「知ってるわよ。そこまで細かいところまでは知らないだけ。とにかく、今日はここで買うから」
 母も知っていて、話題が共有出来るのがあの店しかない、ということなのだろう。確かに一発ネタとしてはインパクトはあるかもしれないが……
 店の前につくと、薫は
「じゃここで待ってて」
 と言って中に入って行った。ちらっとあのマスターの顔が見えた。
「……」
 不安になるような、変に想像を掻き立てられる時間が始まった。
 何度思い出してみても、この店に『スイーツ』のショーケースなどというものは無かった。そう。そんなものは無かったはずなのだ。
 その悶々とした時は、薫が出てきたことで打ち切られた。
「お待たせ〜」
 薫は何か満足気だった。
 今日は真琴の家には母がいるので、バス停についた時に電話した。
「出れる? そろそろバス乗るよ」
「OK、バス停にいく」
 どうやら何か買い物を済ませておきたかったらしく、バスに乗る前ぐらいに連絡をくれとのことだった。
 バスに乗ると、7〜8分ほどで目的の停留所についた。真琴の母は買い物を済ませたらしくエコバックからネギやらが入っているのがみえた。
 マンションの共有口に入ると、真琴がテンキー式のロックを解除すると自動ドアが開き、エレベータで3Fまで移動した。
 母が入ると、真琴が扉を持って、
「どうぞ」
 と促した。
「おじゃまします」
 と薫は言って、靴を脱いで整えると、奥へと入った。
「お茶にしましょうか」
 と母が言い、薫が例の『爺さんの喫茶店』のスイーツを出してて盛り上がった。
 形は店の印象のようにどこか古い感じがするのだが、味は確かだった。チョコレートケーキは小ぶりだがかなりこってりとした甘みで、十分満足のいくものだった。フルーツを添えたプリンも上品な感じで美味しい。3人で一口ずつ分け合ったりしたのだが、どれも美味しかった。薫はケーキの呼び名が『ガトーショコラ』とか『プディング』などとは書かれていなかったところが、あの店っぽいっと言って笑った。

 学校の近況やらを一通り話し、おしゃべりを楽しんだ後、薫は切り出した。
「それで、今日来たのは真琴のお祖父さんの件なんですが」
「うん。入ってきた入り口の方にあった部屋なんだけどね。とにかくうるさいのよ。びっくりしないでね」
 何がうるさいのかは判らなかったが、薫は頷いた。
 真琴の母は椅子を離れて玄関の方へ歩いていった。トイレやお風呂がある側の反対のドアを開けると、ファンの風切り音が聞こえてきた。
「確かに凄い音ですね」
「冬は良いんだけど、それ以外はずっとエアコン入れっぱなしなんだよね」
 真琴もそう言いながら中に入った。
 パソコンレベルのサーバーでは無かった。ラックが2つ立っていた。そして一方にはサーバーやストレージが並んでおり、もう一方にはむき出しの基板に回路が見えた、その中にはグリーンの液体に漬けられているものもあった。
「……」
「見たいって人、あんまりいないから良く分からないんだけど? 想像していたものだった?」
「……一部はそうですね」
「やっぱ、薫はすごいね」
 薫は首を振った。
「触っても良いものってありますか?」
「……確か、引っ越しする時にここを触れっていうマニュアルみたいのはあるのよ。触っていいものかは判らないけど、それの通りにはやったことがあるのよ」
「それって、ボクがまだ小さかった頃だよね?」
「そうね」
「どんなものか、見せて頂いてもよいでしょうか」
 ラックを開けて、クリアファイルを取り出した。何か印刷した紙が何枚かまとまっていた。
「これのはずよ」
「すみません」
 手渡された紙に描かれている画面コピーを見る限り、一般的なパソコンで使用するOSのようだった。これならある程度触っても問題になったりしないだろう、と薫は思った。
 ページをめくると、何かアプリが実行されているような画面になっていた。そのアプリについては一切触れないように、とある。お祖父さんはそのアプリが重要であることが言いたいらしい。
 薫は軽く流れを追った後、
「画面を見てもいいですか?」
「良いわよ。で、これ、何をやっているのか、判る?」
「いえ、そこまでは……」
 画面を開くと見慣れたOSの画面上に、先ほどの停止・開始のマニュアルに載っていたアプリが動作していた。
「え!?」
「どうしたの薫?」
「『リンク』の画面みたいなところがあるわね」
「それだけじゃないんです…… 私の『リンク』に送られたメッセージが……」
「じゃあ、これが山本昭二の正体?」
「あなた達、何言ってるの?」
 おそるおそる、薫はスマフォを取り出し、『リンク』の画面を出した。
「どういうことか、ちょっと確かめます」
「こっちで書いたのが、ここに表示されればそういうことだよね?」
「うん」
 このサーバー上の『リンク』画面が薫の『リンク』を同じものなのかを確認する為にメッセージを書いた。
『あなたは、新野真琴の家のサーバーで動いているアプリですか?』
「薫、なんでそんな質問形なの? 応答したらこわいじゃん!」
「送信するね」
 送信。
 サーバーの画面に薫が書いたメッセージが表示された。
「へぇ……」
 真琴の母はメッセージがサーバーに表示されたことを見て、そう言った。
 そして……
『私はアプリか、と言われれば、その通りだね』
 アプリはメッセージを解釈して応答してきたのだった。
 真琴は思わず後ずさり、壁に背中をつけて言った。
「え!? どういうこと…… 気持ち悪いよ!」
「多分、ボットの類ね。それにしても『ライン』上で動かすなんて……」
 趣味が悪い、と言いかけてやめた。この場で言うべきことではなかった。実際に、こういうショートメッセージのSNSでボットを動かすことはよくあることだった。ただ、今回のように本当の人間のように振る舞うと気味が悪い。

「山本昭二……か…… 薫ちゃんは知ってたっけ? 私も結婚前は新野じゃなくて『山本』聖子。これは私のお父さんの名前ね」
「つかぬことをおたづねしますが、いつお亡くなりになったんですか?」
「そうね。2年前になるわね」
 薫は、イヤなことに気がついた。
「それ、確かですよね?」
「ええ。確かよ」
 薫は怖くなって真琴にくっついた。そして黙っているのが怖くなって真琴に言った。
「真琴。『リンク』って作られてまだ1年ぐらいなんだよ。つい一月前に1周年記念やってたから覚えてるんだけど」
「やだ! もうやめて!」
「この一年このサーバー誰も触ってないんだよ!」
 薫はその言葉で少し冷静になれた。
 触らなくてもアプリの更新は出来る。リモートアクセスしてくる人物なり、そういう開発者がいるだけのことだ。
 例えば、行方不明の真琴の父親とか。
 薫はやはりそれを口にすることは出来なかった。死者がこれを動かしている訳がないからだ。だから、この事を変に驚く必要はない。
「この動作自体は問題ないよ」
「どういうこと?」
「誰かの遠隔……」
 言い掛けてやめた。遠隔操作って、それも良くないことだ、それも怖い話しだ。誰かが、私達の『リンク』を監視していて、その上このサーバーを乗っ取ってここから発信しているのだ、としたら。
「確か、この線…… うん。抜いてみるよ。これで止まると思う」
 薫は見ていたマニュアルに外部接続の線をつなぐ手順があったことを思いだし、ラックから外部へのネットワークの線を外した。
「これで外部からの操作は出来ないはず」
「でも……」
 真琴が指指したところに、メッセージが表示された。
『回線を切らんでくれ』
 当然、薫の『リンク』には表示されない。
『信じれんだろうが、これは遠隔制御じゃない』
 薫は驚かなかった。この程度なら始めから組まれたAI(人口知能)で可能だ。薫はキーボードからサーバー上の『リンク』に書き込んだ。
『良く出来た AIね』
『 AIではない。左のラックにあるアンテナで人格を受信している。プログラムされたものではない。頭脳と意識そのものだ』
「薫、何をしているの?」
『お祖父さんは亡くなったのよ』
『肉体というアンテナがなくなったが、ここに同じようなアンテナが生成されている。だから私はまだここにいる』
『バージョンを表示しなさい』
『だからソフトではない』
『お祖父さんの名前を騙るのはやめなさい』
『ふざけるな! 真琴、聖子いるか!?』
「なに、どうしたのお祖父ちゃん」
「聞こえないわ。耳がある訳じゃないの」
 薫は真琴にキーボードを示し、場所をかわった。
『ボクだよ』
『真琴か? 薫くんが私を疑っているようだ。とにかく、さっきのケーブルをつけてくれ。私は AIじゃないんだ。本当だ』
『ボクは信じる』
 ケーブルをつけようとした真琴の手を薫が掴んだ。
 真琴は薫の顔を見た。
「やっぱり、ちょっと専門家を呼んでからの方が良いと思う」
「どうして? これ、きっとお祖父ちゃんだよ」
「サーバーが乗っ取られているだけのような気がするんだよ」
「違うよ、ウィルスとかじゃないよ」
「薫ちゃん。申し訳ないけど今回は家のことなので。私が判断します」
 新野聖子は、真琴がもっていたケーブルを外部接続ポートにつなぎ直した。
「はい、今日はおしまい」
 薫は良かれと思ってしたことが、二人を傷つけてしまった、と思った。でも、このままでは良くない、ともまだ思っていた。
「ごめんなさい。勝手な判断で……」
『ありがとう』
 オンラインを確認しかたように、メッセージが表示された。
『薫くん、まだ私を疑っていると思うが、まずは君の父親に電話して尋ねてみるといい。山本昭二とは何者なのか』
 それは、サーバーの画面と薫の『リンク』に同時に表示された。
「パパに聞けってこと? 一体、どういうこと……」
 薫は泣きそうな顔になりながら、サーバー部屋を出た。
「……」
 真琴はどうして良いか判らず、画面の電気を消して部屋を出た。
 すれ違いに薫が鞄を持って玄関に戻るところだった。
「ごめんなさい。今日は帰ります」
「また明日」
「じゃあ」
 薫のしぐさがいつもよりゆっくりとみえるのは、涙がこぼれてしまうからではないか、と思うほどだった。
 フロアを歩いてエレベータに乗ると、薫は涙をこぼした。
 自分のしたことを説明出来なかったことや、相手のことを考えなしに行動してしまったこと、色々な思いがこみ上げてきた。
 とにかく早く家に帰って、メラニーが入れてくれるホットミルクを飲みたかった。そして父親に話を聞きたかった。

 新野真琴は、中居寺駅のホームの三番目の柱のあたりにいた。ただ、目的の電車がくるまでは、まだ2時間も前だった。
 真琴は昨日の薫がとった言動を、母と話し合った。母はお祖父さんの研究を真琴にも薫にも話していない状態であれを見せたことを後悔していた。
 あれを単純にAIとみている学者もいるし、そうではなくて脳組織のアンテナ的な機能を模したものだ、という解釈もある、ということ。それを理解出来る人間はまだお祖父ちゃんと行方不明の父しかいないらしい。
 結局、そういうことはどうでもいい、と真琴は思った。薫のように危険物だと判断するのが、一般的には間違っていない、ということが、真琴と母はすぐには判らなかったことが悔しかった。普通の人やこういう技術の理解がある人、人によってお祖父ちゃんの残したものが、敵にも味方にも見えるのだ、ということだ。
 そして、薫も真琴もお互いがそれをどう思っているか、わかり合わないままああいう言動をしてしまったこと……
 薫の顔を思い出して涙がこみ上げてきた。真琴は上を向いて泣かないように我慢した。
「新野、どうした?」
 どん、と肩を叩いてきた為に、我慢していた涙が頬を伝って落ちた。
「泣いてんのか…… すまん」
 ボヤけて見えなかったが、聞き覚えのある声だった。ハンカチで目を抑えて顔を上げると、それが大塚美沙だと判った。
「ううん、別にいいんだ」
「なんかあったんだ」
「まあね」
「そうだよな。そういうことあるよな。仕方ないよ。なかなか判り合えないんだよ。全部言わないとな。考えていることを声出して。そんな気がするよ」
 何故突然こんなことを言ってくるのか判らなかった。真琴は混乱した。
「何を言ってるの?」
「いや、一般論だよ。一般論。結構見た感じで言ってくる人いるじゃん」
「う、うん」
「私が不良だと決めつけてものをいってくるんだよ」
「そうだね」
 真琴は実は私もそんな風に思ってたよ…… と思いながら、そう答えていた。
「私、不良はヤダよ。格好はそんな風にみえるかもしれないけどさ。本当に不良とかって呼ばれてたって、本当に犯罪とか悪いことしている人なんていないんだ。同じ集団のごくごく一部がしてれば、全体をそう言う風に言われちゃう」
 すごく真剣な瞳で見つめてくるな、と真琴は思った。なぜ突然こんな本気を見せられているのかは理解出来なかったが。
「同じ学校の生徒だから馬鹿なんだろう、と思われるのと一緒だね」
「そうなんだよ。同じ制服を着ていたって、色んな人間がいる。だから、そんなことを気にするべきじゃない」
「うん。ボクもそう思う」
 大塚美沙は、右手を出して握手を求めてきた。真琴は戸惑いながら、右手を出した。出したか出していないか、少し曖昧な距離に手を出していたが、美沙が真琴の手を取りにくるような形で握手をした。
 真琴はなんとなく、頭痛が起こりはしないか、と思った。それは、美沙表情が何かを試しているかのように見えたせいだった。しかし、真琴の中のヒカリも現れないし、他に変わったことも何もなく、そのまま握手は終わった。
「良かった。きみに分かってもらえて」
 美沙は明るい笑顔を見せた。
「さあ、電車が来た。新野、一緒に学校に行こうか」
「いや、ボク、薫を待ってるんだ」
「薫…… ああ、あの子。なんとなく判るよ、あの子、新野の親友? なの?」
「親友…… だよ。そう親友」
「そう……」
 大塚の瞳に暗い影が映った、ように思えた。真琴には良く判らなかったが、とにかく黒く、マイナスなイメージのなにか。
「じゃあね。先に学校に行ってるよ。早い列車は空いていて気持ちいいよ。新野も今度乗ってみるべきだ」
 笑顔でそう言って列車に乗り込んだ。
 そして真琴の方を見ないようする為か、ホームと反対側を向く席に座った。
 少しだけ気まずい時間が流れた後、電車は出発した。

 それからずっと駅にいた真琴は、電車を何本か見送った。途中で朝ごはん代わりにスナック菓子を食べたり、英単語の暗記をしたり、読みかけの小説を読んだりして薫を待った。
 その間には何人もの知り合いや友人に声を掛けられた。しかし、何しているの、以上に深くは突っ込まれなかった。突っ込まれても、何故こんな早くから待っているのか、答えられなかったが。
 いつもの時間になると、髪をリボンで結んだ薫がやってきた。いつもは歩く時はリボンを解き、電車や授業の時にリボンを結んでいた。
「今日は来る時からリボン結んで来たんだね」
「うん。なんか面倒だったから」
 薫の目は赤かった。余り寝ていないようだった。それは真琴も同じだった。
「昨日のことなんだけど」
 薫は言った。
「父が、何かやっぱりすごい研究の成果だって言ってた」
 薫は心のなかで続きを言わずに飲み込んだ。『ただ、やっぱりまだ他に理解出来る人がいないから、とも父は言っていた』
「だから、あれはきっと真琴のお祖父ちゃんなんだよ。それなのに私、危険だ、とか。酷いこと言って。本当にごめんなさい」
「あやまるのはこっちの方だよ。薫がどういう意味で、どういうことを考えて危険だ、と言っているのか、判ってないのに頭ごなしに否定して。ボクと母と二人から言われて、薫は辛かったよね。本当に薫の気持ちが判ってなかった」
 二人は泣き出した。
 何か、溜まっていたものを吐き出すように抱き合って泣いた。
 駅のホームで泣くのは恥ずかしい気持ちもあったが、時間帯的に東堂本高校の連中が多いのが救いだった。同じ年代なら理解してくれる、二人はそんな気がしていた。
 お互いの肩の上に、涙がこぼれ落ちていた。ハンカチで抑えていたが、抑えるより早く涙は右から左からこぼれていた。
 出し切ったように泣いた後、折り返しの電車が入線してきた。
 いつもより列の後に並んだ二人は、電車に乗るのに苦労した。最後は、戸口から出そうになる薫を、真琴が片手で引っ張り込むような状態で乗り込んだ。
「ありがとう」
 薫は小さい声で真琴に言った。
 薫の顔が真琴の耳元にあったので、いつものおふざけが始まるか、という事が頭をよぎったが、この心境でそんなことをするはずもなかった。
 二人はそうして体を合わせながら電車で揺られていた。
 途中の駅は真琴達の反対側のドアが開き、少し降りて混雑が緩和されたので、真琴は引き寄せていた手の力を抜いた。
 互いの顔が見れるくらいの距離が出来たせいか、薫が話した。
「今日はどうする?」
「ああ、護身術の事?」
「場所は同じところを取ってあるわ」
「やるよ。ボクもそのつもりだったし」
「良かった。けれど、今日は先に行っててもらえる?」
「何かあるの?」
「生徒会から呼ばれているの」
「ああ。あれのこと? スケジュール空けといてって話」
「たぶんそうだと思う」
 薫は少し間をあけてから言った。
「真琴も大丈夫だよね?」
「うん。お母さんにも言っといた」
 そんな調子に、徐々にだったが、二人はいつもの会話に戻っていった。

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