その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ:僕の頭痛、君のめまい > 二話

二話です。

登場人物

新野真琴 : ショートヘアの女生徒で東堂本高校の二年生。頭痛持ち。頭痛の時に見る夢の中のヒカリと協力して精神侵略から守ることになった。

北御堂薫 : 真琴の親友で同級生、真琴のことが好き。基本冷静で優秀な女の子。

京町乙葉 : 生徒会長

佐藤充    : 副生徒会長

佐々木ミキ : 書記(1) 双子の姉

佐々木サキ : 書記(2) 双子の妹

上野陽子 : 剣道部部員








 体育館の床に、体が叩きつけられた低い音が響いた。
「大丈夫か?」
 倒れた男に、数人が駆け寄る。
「上野! 流石にやり過ぎじゃねぇか?」
 上野と呼ばれた剣士は、構えを崩そうとはせず、掛けられた言葉が全く耳に入っていないようだった。
「聞こえてんのかよ!」
 再度、問いかけたが、上野は構えたまま全く反応がなかった。
 この部員が倒れるまでに、数人が同じように打ち倒されていた。
 確かに上野は女子ではずば抜けて強かったが、この剣道部の男子達を打ち倒すほどの筋力や体格ではない。そういう意味でも何かがおかしかった。
 剣道着を着た男が竹刀をもち、間に割るように入って言った。
「どけ。俺がやる」
 ここには審判らしい人物はいなかった。
「郷田、よせよ、こんなの。もういいよ」
「上野さん、やめなよ!」
 周りにいた女子剣道部員も、上野に呼びかけた。しかし、その瞬間、上野の声がしたかと思うと、郷田への面が決まっていた。
 郷田が態勢を崩しているところに、続けざまに小手を打った。
「上野!」
「やめろって言ってんだろ!」
 打たれた郷田はしびれるのを耐えながら竹刀を構えようとすると、再び上野の高い声がして一足飛びに入って突きを放った。
「郷田!」
 郷田は仰向けに倒れた。
 危険な倒れ方だった。
「何だ、何をやっている」
 部活の顧問が用事を終えて体育館に帰ってきた。
「とにかく郷田を、救急車を」
 これまで無反応だった上野が、急に竹刀を手放し、先ほどまでとは別人のように、ふらふらと歩き始めた。
「上野?」
 郷田の防具を外している途中の顧問が、上野の様子に気がついた。
「上野、どうした」
 上野も膝をついたかと思うと、硬直したまま、うつ伏せに倒れてしまった。
 その後、救急車が複数台呼ばれ、騒ぎとなった。一部父兄も呼び出され、その日は緊急の教員会議が遅くまで行われた。
 これは東堂本高校剣道部始まって以来の事件となった。
 退学もやむなし、部活動に支障がでるだろうと思われた。しかし、上野本人が高熱のせいか記憶がないこと、幸いなことに郷田や他の被害があった部員達も大きな怪我がなかったこと。そういったことと、日頃の上野の部活内での状況を踏まえて、事を学校内のことで収めることになった。
 上野陽子は熱もあり頭痛がするということがあり、病院で精密検査を受けたりしていた。結局、一週間ほど学校を休んだのだが、特に異常も発見されず、次の週には学校に復帰した。
 郷田も脳の精密検査などで三日ほど入院したが、退院の次の日には学校に来ていた。
 それぞれが学校に戻ると、ほどなくその事件のことは誰も語らなくなっていた。

 
 新野真琴と北御堂薫は、いつものように二人で電車から降りた。が、いつもと違って、薫はどこからか見られているように感じた。振り返ったり、正面の人混みの中から視線を探すが、探しているうちにその感じが消えてしまった。
「どうしたの?」
「なんでもない…」
「そんなことないでしょ? ちゃんと言ってよ」
「…誰かこっちを見ていた気がする」
「どこだろう」
 真琴は周囲を見回すようにして、何か不審な動きをするものを探した。
「【鍵穴】を持つ人がまたでたのかな」
「見ただけで判るの?」
「ううん、判らない。けど、ヒカリが言うには、特定のところに入り込み易い、というのが、あるんじゃないかって」
「前に距離は関係ないっていってたよね。それなら、この近辺で出やすいってのは変なんだけど」
 距離とかそういう事とは別の、全く別のことが原因なのではないか、と薫は思った。真琴がヒカリと同居していることが関係している、と考えると納得が行く。何か、歪みが生じていて、この近辺の空間にいると【鍵穴】が開きやすいのかもしれない。
「特定のところ、が距離を意味するのではない、ということかしら」
「ボクが言い出したのに自分で判らなくなったよ…… とにかく気をつけよう」
 というと、二人はまた学校へ向って歩きだした。
 その後ろで、立ち止ってスマフォを見ていた生徒がボソっと言った。
「鍵穴…」
 素早くスマフォで指を滑らせ『鍵穴』と記録した。歩き出した二人との距離を確認し、距離を保って歩き始めた。
 教室に入った北御堂薫は長い髪をリボンでまとめていた。ゴムでしばる、とか、三つ編みではなく、リボンですることにこだわりがあった。
 ゴムでしばるには、髪が長すぎた。三つ編みにしろ、ゴムでしばるにしろ、かなり髪を痛めてしまう。だから、まとめる必要のある時だけ、リボンで軽くしばり、前に持ってくることにしている。
 薫はそうやって席に着く前にずっと髪を整えたり、しばったり、やり直したりしていた。そうやってやっている時、再び視線を感じた。
 教室の外に目線を配るが、それらしき姿はみつからなかった。登校時、そして今。さすがに、これは気のせいではないな、薫はそう思った。
 しばった髪を前にもってくると席に座って鞄を開いた。筆箱や必要なものを机に動かすと、真琴が薫の席にやってきた。
「どうかした?」
「また誰か見てたみたい」
「ボクも注意してみてたつもりなんだけど」
「…真琴じゃなくて、私を見てるってことかしら?」
 もし【鍵穴】の人間が狙うとしたら、それは真琴であるはずだった。ただ、相手が必ず【鍵穴】の関係者とは限らない。
 真琴が気が付かない、となると、薫側を監視している可能性も出てくる。
「学校だから、相手も生徒の可能性が高いでしょ? そんなに危ないことはないと思う」
 しかし、その後は二人は放課後になるまで、誰かに見られているようなことを感じることはなかった。真琴は、結局なんだったのか判らないまま、帰りの支度をしていると、薫が言った。
「真琴、今日なんだけど私ちょっと学校で用事が出来たの。先に帰って」
「どれくらいかかるの? 待ってようか?」
「本当にゴメン。今日は先に帰ってて」
 真琴は少し戸惑った。
「そお? なんか今日は不味くない?」
「遅くなるようならメラニー呼んで帰るから大丈夫よ」
 薫は安心させよう、と微笑んでみせた。
「…わかった。じゃあ、先に帰るね」
 不安は残ったが、薫の言うことだ、間違いはないだろう、真琴はバックパックを肩に掛けると教室を後にした。

 上野陽子は、例の事件の前後から頭痛に悩まされていた。実際は奇妙な夢もみるようになっていたのだが、その二つが関連するなどとは思っていなかった。頭痛がひどい時は、寝てしまうことで良くなる事だけが、彼女の中で繋がった事実だった。
 だから、休み時間のちょっとした時間でさえ、頭痛が酷いせいで寝てしまうことが多くなった。上野がそうして教室で寝ている時、友達の夏奈が声をかけた。
「陽子! 何寝てんの?」
「…な、」
 声にもならない返事に、夏奈は陽子の肩をポンポン、と叩いた。
 すると急に、上野は寝ていた上体をおこした。
「発車します。おつかまりください」
「えっ?」
「おもちゃの店エミィにお越しのたかたはこちらでお降り下さい」
 周りで、すこし笑いが起きた。
 これはどこかで聞いたような口調だった。おそらく、陽子の乗っているバスのアナウンスと同じだ。
「何ふざけてんの、そうじゃなくてさ」
「次は東堂本。東堂本。高校へはこちらでお降り下さい」
「陽子! 大丈夫?」
 クラスでは剣道部での騒ぎが思い返されたのか、怖がり出す生徒が出始めた。
「陽子!」
「…ああ、夏奈」
 上野は体を起こしたが、両手で頭を抱えるように抑えていた。
「夏奈、頭が痛くて寝てた」
「さっき変なこと言ってたよ。覚えてる?」
「…判らない。なんか夢を見てた気がするけど」
 夏奈が友達を呼んだ。
「陽子の様子おかしいから、先生に言ってきて。私は陽子の様子みてるから」
「うん」
「大丈夫だよ。ホント」
「頭痛なんでしょ? 休んでてよ」
 夏奈は上体を起こした上野を机で寝るように促した。上野もそれに従った。
 上野を扉の外から見ていた男は、下がったメガネを少し直してから、スマフォに指を滑らせた。
「頭痛…ね」
 スマフォには『上野・頭痛』とメモが残った。
 クラス担任が小走りに教室に来て、上野と話しを始めた。先生の話しぶりから、今日は上野を休ませることになりそうだった。
 メガネの男は、チャイムがなるとまた何か軽くメモをしてから、自分の教室へと戻っていった。
 その日の放課後、メガネの男は同じ学年の別のクラスの教室に行き、知り合いらしい女生徒と話しをしていた。
「なるほどね」
「報告はどういたしましょう」
「いつものように、あそこに上げといて」
「はい」
 男子生徒がずっと立ち尽くしていると、
「何故、そこに立っているの? 北御堂さんの方はどうなってるの」
「えっ? 朝の件で終わりかと… 上野さんの確認もありましたし…」
 メガネの男より背の高い女生徒がその会話に割り込んできた。
「妹が北御堂を監視しております」
 メガネの男と話していた、女生徒はメガネ男の方を見たまま言った。
「ほら、あなたがダメだから書記の佐々木がこんなことまでしてる。もう少し頑張ってください。今日はもう解散します」
 男は言った。
「明日からはどうしましょう。私は引き続き朝は北御堂さん、昼は上野さんの監視で良いのでしょうか?」
 女生徒は立ち上がっていたが、メガネ男子より頭一つ背が低かった。そして、また顔も見ずに答えた。
「あなたは上野さんを朝から監視しなさい。報告は1日ごとあそこに上げといて」
 長身の女が言った。
「こちらは北御堂をずっと監視します」
「お願いします」
 と、言った。両手で重そうに鞄を持ち上げると、小柄な女生徒は教室を出ていった。

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 新野が教室を出ていった後、北御堂薫は教室でスマフォを操作していた。薫の養育係であるメラニーからの連絡を読んだり、塾の通信教育のカリキュラムを進めたり、普段チェックしているファッションブログを読んだりした。一通りやることがなくなって、スマフォをスリープさせたかと思うと、パッと鞄をもち普段通りに下校を始めた。
 さすがに気配はみせないな、と薫は思った。静かにしていれば、逆に相手が動きだし、判るのではないか、と考えたのだった。だが、相手はそこで姿を見せなかった。ということは、暴力的なことをしようと思っている訳ではないのだ、と薫は考えた。
 普段通りに学校の通路を通って駅まで行き、電車に乗った。右にも左にもこちらを凝視しているような者はいない。スマフォとかで視線を変えている人もいなさそうだった。
 終点の街につくと、薫は試してみたい考えが浮かんだ。その考えのままに街を歩いていった。
 北御堂がついた先は、さびれた喫茶店だった。
 ドアを開けると、カウンターごしに頭が見えるか見えないかの背丈のマスターが静かに挨拶した。
 店内には薫以外に客がいない。
 予想通りだった。どうして客がいないのに店が維持出来るのかは判らないのだが、この店には客がいなかった。そして今日も他の客に出会うことなど微塵もおもわないまま、この扉を開けたのだった。
「ブレンドコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
 小柄なマスター、というかお爺さんは、ゆっくりとカウンターの向こうに消えていった。
 いつもと違い、薫は窓際に座った。
 ただ、この喫茶店は窓らしいまどではなく、ガラスのブロックを積み上げたような窓で、クリアに外が見えなかった。
 薫は、頭を上下左右に動かしながら、外で自分を見張っている人間がいないかを確かめた。
 ざっと見渡す限りを見終わると、マスターがブレンドコーヒーを持ってきた。意外と本格的で、良い香りのコーヒーだった。
 ここからじっくり外を監視すれば、相手を特定出来る、と薫は考えた。待っていれば、相手はイチかバチかで入って来るかもしれない。その時はこちらの勝ちだ。誰かに会うフリをして誤魔化すことは出来ない、まさか常連、という訳もないだろう。
 じっくり待っても相手が動かないなら、マスターに話して裏口から出てもよい、それなら尾行を撒けるだろう。
 北御堂はコーヒーを少し口に運びながら、何枚か外の様子を写真にとった。
 長身の女は、北御堂が喫茶店に入るのを見届けると、スマフォの『リンク』で姉に連絡した。応答が返ってきたのだが、果たしてその通りに実行して良いのか悩んだ。
 姉は、店に入って誰に会っているのか確かめろ、だった。さすがに見た感じからして客は少なさそうだし、北御堂と面識はないものの、制服なので同じ学校であることのみならず、学年まで判ってしまう。
 やはり出てくるところを待って確かめるしかない。建物の角から、チラチラと店の入り口を見ながら、姉にメッセージを送った。すると姉は『裏から逃げられたら困るから私もそっちに行く、位置を送って』と返してきた。
「え? 位置??」
 しかたなしに位置を送ろうとしたが、操作が判らずにアレコレとメニューを出したり、地図を出したりしたが、位置が送れずにどんどん混乱してしまった。
 薫は、ゆっくりとコーヒーを飲んでから、今度は角砂糖を一つ入れ、いつ溶け終わるとも判らないほどソっとかき混ぜた。特に砂糖を入れて飲む習慣があったわけでもないが、時間があったので、かき混ぜていれば暇つぶしになると思ったのだった。
 そしてふと、見づらいガラスブロックから外をみると、ビルの角で見覚えのある制服を着た女生徒を見つけた。間違いない、あれが視線の主だ、と薫は思った。見かけた女生徒がかなりの高身長なので、薫の記憶に残っていたのだ。
 スマフォのズームを効かせて、その女生徒の写真をとると、コーヒーは残したまま支払いを済ませ、外に出た。

   
 東堂本高校では、ある噂が広まっていた。帰ろうする生徒に、校舎の陰から名前を問う者がでるというのだ。
 名前を言えば助かるのだが、名前を言わないと、竹刀を振り下ろしてくる。それは名前を言うまで、追いかけられ、続けられるというのだ。
 竹刀だけではなく、剣道の防具をつけている為、顔をはっきりみたものがなく、誰とは判らなかったが、剣道部の連中にはその犯人の察しはついていた。
 犯人はおそらく上野だった。
 先日の頭痛で帰った時以来、部活には休部願いが出されていた。上野の才能を知っている顧問の先生は、の休部願いを保留していたが、その噂が耳にはいると、本格的に問題が起こる前に何か解決策はないかと考えはじめた。
 問題が学校ないにとどまっている為に、うかつに警察ごとにも出来ず、怪我をしたりなどの具体的な被害と犯人の特定が出来ていないことから、いきなり上野を処分することも出来なかった。
 噂、というレベルで教員会議で口にされた後、生徒会長と副会長が剣道部の顧問のところにやって来た。
「上野さんのことは私達に任せてください」
「何のことだ」
「上野さんが竹刀を振り回しているかもしれないんでしょう?」
 生徒会長である女子生徒は言った。
「京町。憶測でそういうことを言うんじゃない」
 メガネを掛けた男子生徒が言った。
「確証はまだなくても、それしか考えられませんからね」
「佐藤もだ」
 そして教師は扉を指し示し、
「そういうのは憶測だ。いいからこの件に生徒会は関係ない。余計なことも言うな。生徒が混乱する」
 と言った。そして立ち上がって、
「さあ、こっちも会議があるから、そろそろ下校してくれ」
 と言って京町と佐藤に迫った。
 二人は教師にぶつからないように、そろそろと後ずさりした。
「本当にくだらないことを詮索している間があるんなら、勉強してくれ。学生の本分ってやつだ」
 と職員室の外まででると、教師は一歩さがり、
「気を付けて帰れよ」
 とだけ言って戸を閉めた。
 二人は職員室の方を向いたまま話し出した。
「会長。どうしましょう」
「まぁ、予想通りね。どうせ解決なんて出来ないんだから、こちらの考え通りすすめるだけよ」
「北御堂を呼びますか」
「話は早い方がいい。呼ぶなら二人共呼んで」
 と言って、生徒会長は踵を返した。

 佐々木は、スマフォの操作に悩んでいた。地図を表示させたことはあったが、位置を他人に送ったことがなかったのだ。こまっていると、肩を叩かれた。
「位置情報を送ろう、としているのかしら?」
 佐々木は右に目線を動かすと、スマフォを覗き込んでいる東堂本の女生徒が目に入った。
 見覚えのある姿。自分が尾行していたターゲットの姿だった。
「え、え、え、え…」
「動揺しずぎです。何をしていたのかを認めるようなものですよ、ミキさん」
「私はサキですサキ。ミキは姉」
「ごめんなさい。サキさん。それで私になんのようかしら」
 結局、薫が操作して姉に位置情報を送り、合流した姉と妹、薫は寂れた喫茶店に入った。
「そういう訳なの」
 薫は言った。
「状況はどんどん悪化しています」
 おそらく上野は、真琴を探し、竹刀を持って放課後の学校をさまよっているのだ。先に真琴を帰しておいて良かった、と薫は思った。ただし、上野が【鍵穴】だった場合だ。そうでなかったら、竹刀を持った狂人に、無力の女子生徒を立ち向かわせることになる。
「協力出来るかもしれませんが」
「かもしれない?」
 と、身を乗り出してきた双子は、言葉だけでなく、その動きもシンクロしていた。
「出来ないかもしれません」
「どういうことです?」
 エコーしたかのように双子がそう言った。
「品川さんの話と同じとは限らないでしょう! だいたい、どんな根拠でそんなことを頼んでいるんです?」
 薫は興奮気味にそう言った。無駄に真琴を危険な目に合わせることは出来ない。
「頭痛、異常行動。今私達が考えられる解答は新野さんと品川さんの話しぐらいなんです。助けてください」
「品川さんの話は、半分夢ですよね…」
 薫は、少し事実を捻じ曲げて言った。
「確認する為、皆さんに協力をお願いするかもしれません。結果がこちらの範囲外のものであれば、それ以上の対応はこちらには無理です」
 双子は顔を見合わせた。
 その場で判断のつかないことがあったら、連絡しろ、と言われていた事態だ、と二人は確信し、ある人物に連絡をとった。
 

  
 北御堂は、カーテンごしに映る人影に自分の頼みごとを話していた。そして用件をすべて話し終えてから、
「ひとつ聞いてもいいかしら?」
 と言った。
 ワザワザ仕切りカーテンがある教室に呼びだし、カーテンの向こう側にプロジェクタを用意して陰をカーテンに写している。
 薫の両サイドにはミキとサキの姉妹が立って見張っていた。
 カーテンごしの人影は、スマフォ?のようなモノを使って、声色を変えて言った。
「どうぞ」
「何故、顔を見せてくれないのかしら」
「…」
「私はすでに書記の佐々木さんから聞いています。あなたは生徒会長さんですよね」
 と、薫は、追い打ちを掛けた。
 そして少し前に出るような仕草をすると、ミキとサキがカーテン側に進み出てきた。
 それだけしても、カーテンの先にいる人物は、そこから出てくることはなかった。そして、
「その質問には答えられません」
 と言い、
「とにかく、まずは上野さんがあなた方がなんとか出来る状態なのか、そうでないのかを見極めてもらいます。それに関してはお手伝い出来ます」
「 京町先輩、 よろしくお願いします」
 実名を出してきたことに動揺したのか、しばらく反応がなかったが、腕を組み直してからその影は言った。
「…ちがいます」
 カーテンの横から、こちら側を映していいるであろうカメラを向いて、薫は言った。
「とにかくお願いします」
 そして深く頭を下げた。
 薫は、真琴に事情を話した。
 上野の奇行の話、頭痛の話、それらは『ある筋から』依頼された、ということ。ある筋とは言ったが、品川さん関連だとは言ったので、運動部の部会かその上の生徒会しかなかった。
 話を聞いて、真琴はほぼ間違いない、という感じの対応だったのが、薫が釘を刺した。
「本当にただのストレスとかによる奇行だったり、脳の病気であった場合、目の前にいる真琴が一番危険に晒されるのよ」
 薫は両手を胸の前で組んで目を閉じた。
「ありがとう。そう言ってくれなかったら、疑いもせずに対応していたよ」
 真琴は薫の両手を包み込むようにして、言葉を続けた。
「いきなり危険なことにならないように身長に行動する。誓うよ」
 薫の表情は少し穏やかになった。
「それだけはお願い」
「竹刀なんかで叩かれたら腫れちゃうよね」
 やっぱり危機感が薄い感じがする、と薫は思った。この危機感のなさは、日本に暮らしているからなのだろうか、と思った。だからそういう強い危機感を求めてもしょうがないことなかも、自分がそこをフォローするしかないのだ、と薫は思った。
「それじゃあ、待ち合わせの場所に行きましょう」
 薫が言うと渡り廊下を歩き始めた。真琴はそれについてあるいた。
「どこなの?」
「体育館ということよ」
「ふーん?」
 こっちの要求通りに、器具類はどけてくれていると良いが、と薫は思った。頭痛になった場合、そのまま横になれる状況が必要と思って提案したものだった。
 だが体育用具がごろごろと転がっているとエントーシアンに支配されつつある上野がそれを使って物理的な攻撃をしないとも限らない。何しろ、剣道部の男子部員を倒したのだから。
「お待ちしておりました」
 体育館の入り口に立っていた 佐々木ミキとサキが言った。
「え? 薫、知り合いなの?」
「新野さんご協力ありがとうございます」
 確かこの双子は生徒会の書記だ、と真琴は思った。品川さんの話が広まったルートは生徒会ということか。
 体育館は、放課後の部活動で半面をバスケットボール部が、もう半面をバドミントンが使用していた。
 部外者の薫と真琴、生徒会の双子は邪魔にならないように端を通った。
 基本的に部活動をしているから、特別視線を集めることはなかったが、それでも何か異様に見えるらしく、薫や真琴の方を振り返る者がいた。
 そして体育用具室の扉にくると、薫は言った。
「何? この張り紙」
 双子の佐々木は何を尋ねられているか意味が判らなかったらしい。
「どういうこと?」
「秘密の活動の為、関係者以外18:00まで立ち入り禁止、と書いております」
「秘密の活動? ここに書いてあるのに?」
「確かに変だね。秘密、って誰にでも読めるところに書くものじゃないよ」
 真琴も薫の意見に賛成した。
「当然、私が外に立っておりますので、関係者以外はいれさせません」
 薫は少しめまいを感じた。
 アホの生徒会だ。カーテンごしにこだわる生徒会長は筆頭に、この学校の生徒会はアホばかりだ…
「じゃあ、この張り紙はいらないわ」
 薫はビリっと破って、貼られていた紙をサキに渡した。
「上野さんはこれから来るんでしょ?」
「書記のあなたが突っ立っている上に、あんな張り紙を見たら入ってくると思えない」
「そうだね。ボクもそう思う」
 佐々木サキが体育用具室のドアを開け、佐々木ミキが入った。ミキが、
「どうぞ」
 と言うと、薫と真琴も順に中に入った。
 そこには周りにマット、中央にエバーマットがしかれていた。その様子は、まるでプロレスかボクシングのリングのようだ。
「どこまで悪趣味なのかしら…」
 薫は目を閉じて頭に手を当てた。

  
「上野さんと戦う、っていう意味、伝わったの??」
 と真琴は薫に言った。
「判らなくなって来たわ」
「こちらへ」
 佐々木ミキが示した場所に二人は移動した。それは用具室についている小さな窓の横であった。
「カーテンに隠れてください」
「え?」
「体は隠れないよ?」
 薫と真琴は驚いたように言った。
「あの… その…」
 薫は生徒会長の命令なのだ、と悟った。
「ですから…」
「良いわ、すぐ来るんでしょ? ほら、真琴も隠れて」
 二人は小さいカーテンに顔だけ隠れるように包まった。
 薫は小声で言った。
「もっとこっちに来ないと隠れられないよ」
「顔だけ隠して何の意味があんの?」
「まあまあ…良いじゃないたまには」
 と言い薫は少しずつ真琴に体を押し付けていった。真琴は顔が近づいてしまうので、顔を横に向けた。
 すると、薫も横を向き、ついに頬がピタリとくっついた。
「何してんの薫!」
 真琴はつい大声を出した。
 いつもの悪ふざけが始まった、と思った。基本的にあまり触れ合うことがないせいかのか、一度こうなるとなんかふざけが過ぎる気がしていた。
 佐々木ミキが小さい声でたしなめた。
「お静かに願います」
 頬は離したのだが、今度は耳を噛むような勢いで話しかけてきた。
「いいじゃんいいじゃん」
 息が耳に掛かる。
「良くないよ!」
 さっき真剣に向き合わないと怪我をするようなことを言ったのは薫じゃなかったか、と真琴は思った。
「いい加減やめて」
「やめるよ。やめるよ。やめて良い?」
「いいよ」
「良いの、良いのそれなら続ける」
 カーテンを突然めくられた。
「楽しそうですね」
 二人はミキに見おろされされ、固まったように動かなくなった。
「いい加減にしてください」
「ごめんなさい」
 薫と真琴は同時に謝った。
 


 結局、カーテンのところは意味もない為、左右にある棚の影に分かれて隠れることになった。この狭い空間で、そこにいて隠れたことになるのか別だった。
 用具室には部活動の音だけが部屋に響いていた。
 何十分、いや数分だろうか、三人が黙って扉があくのを待っていた時、薫のスマフォが振動した。
 薫にメールが来ていたのだが、差し出し人がメラニーだったので、タイトルと数行だけだろうと思ったが、妙に変な内容で長かった。長かったので、すべてをよまないまま、『リンク』をチェックした。
 リンクには覚えのない相手の名前でメッセージがあった。『気をつけろ』それを読んで薫は不安になった。自分の電話帳データに細工され、それが同期されたのではないか、と考えた。メラニーからの不可解なメールの内容になにか引っかかるものを感じた薫は、もう一度メールに戻って内容を確認しようとした。
 その時、扉が開いた。
「どうぞ」
 佐々木サキが入るように促すと、上野が入ってきた。薫はメールの確認を後にして、スマフォをしまった。
「あれ? こんなに何もなかったでしたっけ?」
「今は別の用事で用具を出しているの。最初の用事が終わったら片付けを手伝ってもらうわ」
 生徒会長が入ってくるなりそう言った。
 サキは生徒会長が入るのを確認して再び扉を閉めた。
 薫は、この部屋の片付けを上野さんにやらせようとしているのか、と言うことに驚いてしまった。が、この用具室の道具を一時的に外に出すのにも、別の部活の生徒を使ったに違いない。それだけの権限があるので、上野をここに連れてくることができたのだ。薫は三年になったら生徒会長をやるも悪くない、と思った。なれるのかは別にして。
「では、言ったようにちょっと目隠しさせてもらうけど」
 というと、ミキは用意していたアイマスクを取り出して上野につけた。
「こっちにきて座ってください」
 そのままエバーマットに座るように手を引くと、上野は後ろ歩きにエバーマットに乗り、促されるまま足を放りだした格好で座った。
「ではお願いします」
 ミキが真琴に来るように手招きした。
「え?」
 小さい声で薫に言った。
「私もどうするか聞いてない! とにかく行って触れればわかるんじゃない???」
 薫も小さい声で言った。真琴はなんとなく頷いて、上野の方へ行った。
 真琴がエバーマットの上にあがり、上野のそばに行ったが、どうして良いのか戸惑っていると、生徒会長が言った。
「この生徒には頭痛に効果のあるマッサージをお願いします。先生」
 真琴は、声を出して良いものか悩んだ挙句、奇声に近い、高い声で返事をした。
「ワカリマシタ、イイデショウ」
 真琴はどこに触れるとマッサージのようになるかを考え、上野の首筋に触れた。肌が出ているところだけをするのも変に思われると思い、肩をもんでみたり、眉間からこめかみにかけて、触れたりした。
 真琴の中のヒカリの反応が現れた。
 真琴の頭痛が始まったのだ。
 上野も特に横になっていただけだったのに、額に汗が滲んできた。
 真琴は正座をした格好で上野の頭を膝にのせ、首に触れている状態で目を閉じた。上野はアイマスクの為に判らなかったが、眠っているように反応がなかった。
「うるさいな」
 薫はスマフォの振動に、忘れていたメラニーからのメールを思いだした。
 そしてスマフォを取り出すと、メラニーのメールをみた。どうやら『リンク』に加わったメンバーは、電話帳データがハッキングされたとかではなく、薫の父の指示に従ってメールを送ったことで追加されたものらしい。そのメンバーは信用に足る人物である、というところまでしか判らない、というのが父の伝言だったらしい。
 薫は、もう一度『リンク』を開いた。
『気をつけろ』
 さっきのメッセージだった。
 するとその瞬間、
『薫くん、真琴が危険だ!』
 と新しいメッセージが表示された。
「え?」
 真琴の方をみると、真琴の手が上野の首から離れてしまっていた。上野が上体を起こしてアイマスクを取り、真琴に襲いかかった。
「あぶない!」
 薫は棚の影から飛び出して真琴と上野のところに駆け寄った。
 真琴は反応ができず、エバーマットに倒されたままだった。上野が上着を脱いで真琴の上に馬乗りになり、脱いだ上着を真琴の首に巻いた。
「やめて!」
 そう言って、薫が体をぶつけに行ったが、上野は低い姿勢をとって威力をそいだ薫は上野の腕をとって引き剥がそうとした。
「手伝って!」
 薫は動揺したのか動けない生徒会長や佐々木に声を掛けた。三人掛かりならなんとかなるはずだ。上野が素手で締めるのではなく、上着を使ってきたところに、恐怖を覚えた。
 一つは本当に殺しにかかっているという意味、非力な女性が素手で首を締めてもなかなか死にはしない。道具を使って締めるのは危険だ。
 二つ目は真琴と直接接触してしまえ戦いは夢の中に入ってしまい、夢では真琴達が有利なことを知っている、という点だ。
 夢の中なら、上野、真琴、ヒカリが味方になるので上野の力を使えない分、相手は不利なのだ。
 三人のちからで首が締まることは回避出来そうだったが、真琴の上からは引き剥がせそうになかった。上着が首に巻き付いているのをなんとかしないといけない。
「真琴、真琴!」
 苦しそうな真琴が、声に反応してようやく目を開いた。
「上野さんに触って!」
 真琴が上野の手に触ろうとした時、上野はいきなり上体を激しく振った。
「痛い」
 佐々木と会長は、びびって手を離してしまった。薫は脇腹をひどく打ったが、上野の上着は離さなかった。
 真琴は上野が自分の上に乗っていることを理解し、太ももを触った。
 再び強い頭痛に襲われた。
 上野は太ももに置かれた手を払おうとするが、上着を薫に握られている為に手を離すことができない。肘で叩いたりどかそうとするのだが、出来ない。
「クソウ」
 上野が声を出した。一度上着を離して真琴の手を払おうとした瞬間、そのまま倒れてしまった。
 真琴顔の上に上野の腹がのったような格好になったまま、二人は動かなくなった。
「大丈夫?」
 佐々木ミキが下になっている新野が苦しいだろう、と考えて上野をどかそうとした。
「だめ!」
 薫はそれを止めた。
 上野と真琴が接触していないと戦えない。無理に上野をどかすと、その接触が絶たれてしまう。おそらく、その状態がさっきの凶暴な上野なのだ。
「と言っても、このままじゃ、真琴が苦しいのは確かね」
 リアルな肉体が苦しければ夢の中でも調子が悪かろう、という程度の考えだった。
「どういうことになっているか、簡単に話すわ。信じてもらえるか、判らないけど」
 薫は、生徒会長とミキにどうすると頭痛があって、どうすると夢を共有できるのかを話した。そこで戦って勝つことで、相手を侵略しようとしているものを追い出せる。
 生徒会長は終始無言で微動だにしなかったが、理解はしてくれているようだった。佐々木はうなずくことはあったが、見えている事実のみを把握したようだった。
「とにかく、服の上、とかではなくて直接肌が接していればよいのよね?」
「そうです」
「うーんと今は…… 二人、どこが接しているんですかね?」
 あれ? そういえばどこが接しているのか… と薫は思った。
「…まずはそこを確認しましょう」


 真琴は、苦しい戦いを強いられていた。
「何故同じような戦いが出来ない? 同じものを思い出そうとしたのに」
 真琴は、品川と戦ったのと同じ話を思い出し、同じように勝つつもりだった。しかし、出てくる敵も違い、まったく思った通りに動かない。
 問いかけられたヒカリは、
「それは私にも判らない。これは単に記憶を再生するのは違う何かが働いているのだとしか」
「自分の意思や意識の世界ではないの」
「当然、意思や意識の世界だ。だが相手の意思や意識の世界でもある」
 上野をさらった敵は、昆虫を模した姿をしており、上空からの攻撃をする。真琴もジャンプしたりして対抗するのだが、空中での動きの自由度とスピードが違い過ぎ、歯が立たなかった。
「なんだ、こっちでも弱いじゃねーか」
 昆虫のような敵は続けた。
「前の奴が簡単に負けたから、精神世界では戦わないようにしてたんだが… 杞憂だったな」
 急降下して、変身している真琴にハサミのような角をぶつけてきた。衝撃で倒れて転がってしまった。
「うっ…」
 真琴は立ち上がれず、上体を起こすのみだった。左手で攻撃を受けた右肩を押さえた。
 敵は再び降下してきた。真琴は避けようとしたが、立ち上がれずに倒れてしまった。
 低い姿勢になったことが幸いし、敵の攻撃は当たらなかった。
「まずいよ。ヒカリ、何か方法はないの?」
「夢なのに何故コントロール出来ない?」
「ボク自在に夢を見れたことないんだよ」
「この前はうまくいったよ」
「出来ないんだよ、だからきいてるのに!」
 真琴は怒りがこみ上げてきた。
 がんばって勝つイメージを作ろうとしているのに、その通りにならない。真琴は力を振り絞って立ち上がった。
「馬鹿め!」
 バシッ、と大きな音がして火花が散った。角が真琴の体を痛めつけている。再び音とともに火花が散った。痛みが全身に走る。
 真琴は思いだしていた。子供もみる番組では血を描くことを避ける。ヒーロー達はその姿から血が流せないかわり、この火花でダメージを表現する、という決まりなのだ。
「表現の問題なんかじゃないよ…」
 自分の身に降り掛かっている事実としてこの痛みとダメージがある。夢とは言え、見ている時とは立場が違った。
「とどめだ!」
 昆虫怪人は首を左右に振り、角を真琴にぶつけた。右から素早く、左から戻し、同じところをしつこく攻撃した。
 ついに真琴は立ち続けられなくなり、地面に転がると、変身が解けてしまった。
「うあぁぁぁぁ!」
 なす術もなくやられてしまうのか、真琴は恐怖を感じた。
 


 生徒会長は腕を組んで、部屋の影にたっていた。薫と佐々木は、上野と真琴が重なりあっている状況を解き明かそうと、上野の脱いだ上着を取り、エバーマットが沈んでいて見づらいところを手でさぐったりしながら、確認を始めた。
 二人が動かいのだから、接触した状態であることは間違いない。ただ、この態勢だと真琴が苦しい。夢、であるなら肉体の影響があるはずだ、と薫は考えた。
「接触状況に問題がないなら、このまま上下逆にしてしまうといいんだけど」
 薫は、佐々木に言っても判らないだろう、と思いながらも、声に出して言った。
「きっと体にかかるストレスは夢に影響をしているはずよ」
 佐々木はうなずき、
「新野さんの手が上野さんの足に潰されるようにして接触しています。ここを抑えながらひっくり返せれれば…」
 薫も、上野のスカートを大胆にめくって確認し、
「そうね。この態勢からなら行けるかも」
 と言った。
「二人の頭の方を頼みます。私は真琴の手が離れないようにしながら回転を補助します」
 身長が高い佐々木は、自分の方が力がある、と思われたことが悔しかったが、上野さんの為にもやるしかなかった。
 佐々木は上野の脇の下から手をいれて引っ張る態勢を取って、
「じゃ、セーノでいきます!」
 と呼びかけた。薫はうなずいた。
「セーノ!」
 二人は力を合わせてうつ伏せだった上野の仰向けに、下敷きになっていた真琴を上野の上にうつ伏せに入れ替えた。
「ふーふー」
 佐々木は、力を出し尽くしたかのように足を放りだして座った。
 上野の伸ばした足の間に、真琴が入って足を抱え込んでいるような態勢だった。
 薫は、真琴の手がまだ上野の足に触れていることを確認した。しかし、真琴の頭が上野の体からずり落ちそうになっているので、真琴の脇に手を入れて真琴を持ち上げた。上野の腹の方へ頭を載せようと、ずりあげようとしたのだ。
 その時、薫にある考えがよぎった。
 ちょっと間違えば真琴の胸が触れる。
 手がすべった、とか言えば問題ない。この状況なら、言う必要もない。言った方が不自然かも。そんな感じで触ってしまおうか、と考え出してしまい、何も出来なくなった。
「手伝いますよ、北御堂さん」
 見かねた佐々木が立ち上がって近づいてきた。
 手を広げて制止し、
「大丈夫だから」
 そう言って、ぐいっと真琴の体を上にずらした。
 手を抜くときに、少し胸の方向にずれただけに終わった。薫は自分の優柔不断さを悔やんだ。
「あ、めくれちゃいましたね」
 佐々木が何かに気がついたように言った。薫がみてみると、真琴の頭が上野のブラウスをめくり上げており、お腹に顔をつけているような状態だった。
 薫は真琴の顔が見える側に周り、じっくりと観察してから、
「あ、あ、あ、そうね、で、でもこのままにしておきましょう。接触が増えている分には問題ないし」
 薫は、上野のお腹を自分のお腹とみなし、真琴の表情など、その様子を目に焼き付けていた。

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