その時あなたは

趣味で書いている小説をアップする予定です。

カテゴリ:僕の頭痛、君のめまい > 三話

三話になります。

登場人物

新野真琴 : ショートヘアの女生徒で東堂本高校の二年生。頭痛持ち。頭痛の時に見る夢の中のヒカリと協力して精神侵略から守ることになった。

北御堂薫 : 真琴の親友で同級生、真琴のことが好き。冷静で優秀な女の子。

メラニー・フェアファクス : 北御堂の養育係、黒髪、褐色の肌のもつイギリス人

京町乙葉 : 生徒会長

佐藤充    : 副生徒会長

佐々木ミキ : 書記(1) 双子の姉

佐々木サキ : 書記(2) 双子の妹
 




 午後の授業も全て終わり、帰り支度をしたり、部活の用意をしたりしている頃、薫は真琴のところに来て言った。
「今日から護身術を学びましょう」
「え、今日なんかやるよ、って言ってたのって護身術のこと?」
「そう。武術の方が良いかとも思ったけど。それで公民館を借りれたの。学校の近くよ」
「場所まで用意して…… 結構本格的にやるんだね」
「真琴の為ですよ。真琴がやるんですからね」
 他人事のように話すので、薫は少し怒ったような顔になった。
「ということなんで、逆側から帰ります」
「うん」
 真琴は薫の後をついて歩き出した。
 実は真琴はこの事態の進行の速さについていけていなかった。何も準備が出来ない間に立て続けに戦わねばならず、ヒカリからも戦い方についてはイメージしろと言われるだけ。そもそも頭痛だけでも生きていくのに十分な障害だったのに、積極的に頭痛を選ばなければらなくなったのだ。
 以前から、ヒカリは異世界の精神であるということを教えてもらっていて、なおかつ自分を乗っ取るつもりはないことを聞いていた。だが、ヒカリが入って何かしようとすると、頭痛が起こることを知って、ヒカリはいつもすまなそうだった。
 この一連の事件ーー品川と上野の件ーーから考えると、ヒカリは結局向こう側の精神の警察のようなものなのかという感じだ。ヒカリは始めからこうなることが判っていて、もう何年も前から定期的に覗きに来ていたのだ。だが裏付けはなかった。
 何故ヒカリは真琴を侵略せず、ヒカリは同類と思われる【鍵穴】に入り込む精神体を倒そうと作用するのか。はっきり言ってもらった方がすっきりする。だが、もうしばらくは、真琴がそれを切り出すことも、ヒカリが説明してくれることもなさそうだった。
「ボク運動は全滅に近いからな……」
「でも覚えないと、この前みたいに」
 校門を出ると、大きい通り沿いを南に向かって歩いた。
「薫、山本昭二は何か判った?」
「ああ、どうして真琴のお祖父さんの名前がバレたか、ということ? まだ判ってないわ」
「実はボク母に聞いたんだ。どういう人だったのか、って」
「どういう人だった?」
「何かね、研究者だったらしいよ。死ぬ間際まで何かの実験をしてたんだって」
 薫はスマフォを確認して、角を曲がった。
「ここを入るみたいね」
「それでね。その研究の関係らしいんだ。ボクのお父さんが行方不明の理由」
「え!?」
 薫は立ち止まった。
「そうなんだ。お父さんの話につながってボクもびっくりしてる」
 真琴は薫を追い抜いて公民館の方へある来ながら、そう言った。薫も合わせて歩き出して言った。
「行方不明者が出る研究って…… いったいどんな内容なの」
「お母さんも良く判ってないみたい。判っていたのはお父さんだけ。お祖父さんのサーバーってやつはまだうちで動かしてるんだけどね」
「サーバー? それ触れるの?」
「うちにあるからね。触れるけど、どうして良いか分からないんだ。電源の入り切りの方法とかはメモが書いてあるけど」
「見させてもらえない?」
「良いよ。けどサーバーの触り方判らないから、お母さんがいる時が良いな。確実なのは火曜日かな」
 火曜日は母の務めている美容室の定休日だった。実際は週にもう一日、休みをもらっているのだが、シフト制で変るらしく真琴も休みを把握していなかった。
「じゃあ、明日の火曜日に」
「明日? うん…… いいけど」
 二人は公民館の前についた。
 鍵は開いていて、中には誰も居なかった。部屋の中に進んでいくと、しばらくして車の音が聞こえた。
 車から降りてくる人物を見て、真琴は言った。
「メラニー!」
「今日の講師よ」
 二人が部屋の中で待っていると、メラニーは運動着に着替えて入ってきた。その褐色肌の娘は、二人を前にニヤリ、と笑った後、
「かなり自己流ですが、私なりに役に立つ護身術をお教えします」
 と言った。
 真琴は、ちょっとビビっていた。 
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「これ昨日出来た痣(あざ)かな」
 隣で体育座りをしていた薫は、
「ああ、なんかそこ打ってたよね。相手が短刀を持っている時、その1だか2だかの時」
 と言った。
「あ、そうか、そうかも」
 真琴は膝の痣(あざ)をさすりながら、昨日のことを思いだしていた。
 教師がやって来ると、日直の生徒が言った。
「起立。気おつけ。礼」
「そのまま聞いてくれ」
 と教師は言った。
「これから今年の水泳の授業を始めるが、まず、自己申告で3つに分かれてくれ。全く泳げない、がここ、蹴のびが出来て25mは泳げない、がここ。25m以上泳げる、がことだ。さあ、分かれて」
 薫は教師の方へより、小声で言った。
「あの、先生。今年もプールの補習あるんでしょうか……」
「プールの補習か? 今年の人数と参加可能な人数によるな」
 薫は、大声で答えないでくれ馬鹿体育教師、と思った。
「ありがとうございます」
 とにかく25mまで泳げれば補習はなしだ、薫は拳に力を込めた。
 せめて真琴と一緒ならプールも楽しいのだが…… 実は真琴は運動全般ダメなのに、泳ぎだけ出来るのだった。どうやら子供の頃にスイミングスクールに通ったかららしい。逆に泳ぎ以外のスポーツ全般がダメな方が不思議なのかもしれない。
 全くつまらないプールの時間が始まった。とにかくこの長い髪が広がったりからまったりしないように気をつかう。水の中で恐怖に耐えながら目を開けなければならない。
 真琴の姿はどこにいるのかも判らない。
 だいたいスクール水着なんかを見て喜ぶのはおっさんだけだ。どうせ真琴の水着を見るのならビキニとか同じワンピース白くて透けそうなのとか、もっと食い込みがあるのとか……
 薫はどうしても浮かない体を恨みながら、苦痛でしかないプールの時間を過ごしていた。
 真琴は泳ぎが早い訳ではなかった。ゆっくりだが沈まずにずっと泳ぎ続けられる。その程度だった。
 薫は泳げない班で、バタバタやっているのをなんとなく羨ましく思っていた。体育のプールは自分のペースで泳いでいると、急げとかこうしろああしろで全く楽しくないのだ。好きなだけ水につかったり、足をバタバタさせている薫たちの方が気持ちよさそうに見える。
 それにしても、自分も胸がもう少しほしいところだ、と真琴は思った。薫はクラスでも大きい方なのに、自分は小さい方から数えた方が早い。
 大きければデブに見えてしまう子もいるが、薫はそんなこともない。着こなしが良いのかもしれないが、こうして水着を着てみると薫がどれだけくびれているのかが判る。
 はっきりしたプロポーションの差を感じて少し嫉妬を感じてしまう。まぁ、比較をするからちょっとさみしいだけで、真琴は自分の体のラインが嫌いではなかった。
 胸だってそんなに小さすぎる訳でもないし、おしりも大きすぎない程度だ。とにかく体型的にショートヘアが似合う、と思っている。自分のポイントはそこだ、と思っていた。
「新野、順番だぞ」
 ぼけっとしていた真琴に声を掛けたのは、隣のクラスの大塚美沙だった。
「あ、ごめん」
 男女別で体育の授業をする為、隣のクラスと合同なのだった。プールの時は、女子校のような雰囲気になる。
 大塚と真琴は隣のコースで、負けた方が腹筋5回をすることになっていた。
 全く問題にならない差がついて、真琴は負けた。プール端についた時には、大塚は既に上がっていて、上がろうとする真琴に手を貸してくれた。
「ありがとう? 大塚さん」
「……ああ、別に」
 真琴は今まで話したこともない大塚に手を貸してもらったことがとても気になった。
 真琴が腹筋をしている間に、大塚はクラスの友達らしき娘と話しをしながら行ってしまった。
 結局、大塚との接触はそれきりだった。
 最後の10分ぐらいは女子全員を2チームに分け、プールでバレーボールをして授業は終わった。
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 中居寺の駅を降りると、真琴はいつものように駅の階段を下りた。
 ただ今日は薫が家に来るので、気になっていたスイーツを途中で買って行きたいということだった。
 薫のことだから、この前雑誌に載っていた、なんとか、とか、テレビで評判のなんとか、という話しかと思っていた。
 一応、この中居寺周辺はそれなりにそういう話題がある街で、チェックしている人にとってはそれなりに楽しめるらしい。
 しかし今回は、歩いて行く方向が怪しい。
「薫、なんかこっちって、爺さんのところじゃない?」
「あ、分かった??」
「マジ? あの爺さんの店?」
 真琴の母も連れて行ったことがある喫茶店だが、とにかく毎回客がいない。どうして潰れないのかが不思議な喫茶店だった。
「あそこスイーツなんかあったっけ?」
「私の方が実は何度も行っているんだから、間違いないよ。真琴は楽しみにしてて」
 と薫は言った。
「なんかフツーの出来合いのものだったりしない?」
「可能はあるけど。それでも面白いでしょ?」
「え、まさか薫も知らないんじゃないの?」
「知ってるわよ。そこまで細かいところまでは知らないだけ。とにかく、今日はここで買うから」
 母も知っていて、話題が共有出来るのがあの店しかない、ということなのだろう。確かに一発ネタとしてはインパクトはあるかもしれないが……
 店の前につくと、薫は
「じゃここで待ってて」
 と言って中に入って行った。ちらっとあのマスターの顔が見えた。
「……」
 不安になるような、変に想像を掻き立てられる時間が始まった。
 何度思い出してみても、この店に『スイーツ』のショーケースなどというものは無かった。そう。そんなものは無かったはずなのだ。
 その悶々とした時は、薫が出てきたことで打ち切られた。
「お待たせ〜」
 薫は何か満足気だった。
 今日は真琴の家には母がいるので、バス停についた時に電話した。
「出れる? そろそろバス乗るよ」
「OK、バス停にいく」
 どうやら何か買い物を済ませておきたかったらしく、バスに乗る前ぐらいに連絡をくれとのことだった。
 バスに乗ると、7〜8分ほどで目的の停留所についた。真琴の母は買い物を済ませたらしくエコバックからネギやらが入っているのがみえた。
 マンションの共有口に入ると、真琴がテンキー式のロックを解除すると自動ドアが開き、エレベータで3Fまで移動した。
 母が入ると、真琴が扉を持って、
「どうぞ」
 と促した。
「おじゃまします」
 と薫は言って、靴を脱いで整えると、奥へと入った。
「お茶にしましょうか」
 と母が言い、薫が例の『爺さんの喫茶店』のスイーツを出してて盛り上がった。
 形は店の印象のようにどこか古い感じがするのだが、味は確かだった。チョコレートケーキは小ぶりだがかなりこってりとした甘みで、十分満足のいくものだった。フルーツを添えたプリンも上品な感じで美味しい。3人で一口ずつ分け合ったりしたのだが、どれも美味しかった。薫はケーキの呼び名が『ガトーショコラ』とか『プディング』などとは書かれていなかったところが、あの店っぽいっと言って笑った。
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 学校の近況やらを一通り話し、おしゃべりを楽しんだ後、薫は切り出した。
「それで、今日来たのは真琴のお祖父さんの件なんですが」
「うん。入ってきた入り口の方にあった部屋なんだけどね。とにかくうるさいのよ。びっくりしないでね」
 何がうるさいのかは判らなかったが、薫は頷いた。
 真琴の母は椅子を離れて玄関の方へ歩いていった。トイレやお風呂がある側の反対のドアを開けると、ファンの風切り音が聞こえてきた。
「確かに凄い音ですね」
「冬は良いんだけど、それ以外はずっとエアコン入れっぱなしなんだよね」
 真琴もそう言いながら中に入った。
 パソコンレベルのサーバーでは無かった。ラックが2つ立っていた。そして一方にはサーバーやストレージが並んでおり、もう一方にはむき出しの基板に回路が見えた、その中にはグリーンの液体に漬けられているものもあった。
「……」
「見たいって人、あんまりいないから良く分からないんだけど? 想像していたものだった?」
「……一部はそうですね」
「やっぱ、薫はすごいね」
 薫は首を振った。
「触っても良いものってありますか?」
「……確か、引っ越しする時にここを触れっていうマニュアルみたいのはあるのよ。触っていいものかは判らないけど、それの通りにはやったことがあるのよ」
「それって、ボクがまだ小さかった頃だよね?」
「そうね」
「どんなものか、見せて頂いてもよいでしょうか」
 ラックを開けて、クリアファイルを取り出した。何か印刷した紙が何枚かまとまっていた。
「これのはずよ」
「すみません」
 手渡された紙に描かれている画面コピーを見る限り、一般的なパソコンで使用するOSのようだった。これならある程度触っても問題になったりしないだろう、と薫は思った。
 ページをめくると、何かアプリが実行されているような画面になっていた。そのアプリについては一切触れないように、とある。お祖父さんはそのアプリが重要であることが言いたいらしい。
 薫は軽く流れを追った後、
「画面を見てもいいですか?」
「良いわよ。で、これ、何をやっているのか、判る?」
「いえ、そこまでは……」
 画面を開くと見慣れたOSの画面上に、先ほどの停止・開始のマニュアルに載っていたアプリが動作していた。
「え!?」
「どうしたの薫?」
「『リンク』の画面みたいなところがあるわね」
「それだけじゃないんです…… 私の『リンク』に送られたメッセージが……」
「じゃあ、これが山本昭二の正体?」
「あなた達、何言ってるの?」
 おそるおそる、薫はスマフォを取り出し、『リンク』の画面を出した。
「どういうことか、ちょっと確かめます」
「こっちで書いたのが、ここに表示されればそういうことだよね?」
「うん」
 このサーバー上の『リンク』画面が薫の『リンク』を同じものなのかを確認する為にメッセージを書いた。
『あなたは、新野真琴の家のサーバーで動いているアプリですか?』
「薫、なんでそんな質問形なの? 応答したらこわいじゃん!」
「送信するね」
 送信。
 サーバーの画面に薫が書いたメッセージが表示された。
「へぇ……」
 真琴の母はメッセージがサーバーに表示されたことを見て、そう言った。
 そして……
『私はアプリか、と言われれば、その通りだね』
 アプリはメッセージを解釈して応答してきたのだった。
 真琴は思わず後ずさり、壁に背中をつけて言った。
「え!? どういうこと…… 気持ち悪いよ!」
「多分、ボットの類ね。それにしても『ライン』上で動かすなんて……」
 趣味が悪い、と言いかけてやめた。この場で言うべきことではなかった。実際に、こういうショートメッセージのSNSでボットを動かすことはよくあることだった。ただ、今回のように本当の人間のように振る舞うと気味が悪い。
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「山本昭二……か…… 薫ちゃんは知ってたっけ? 私も結婚前は新野じゃなくて『山本』聖子。これは私のお父さんの名前ね」
「つかぬことをおたづねしますが、いつお亡くなりになったんですか?」
「そうね。2年前になるわね」
 薫は、イヤなことに気がついた。
「それ、確かですよね?」
「ええ。確かよ」
 薫は怖くなって真琴にくっついた。そして黙っているのが怖くなって真琴に言った。
「真琴。『リンク』って作られてまだ1年ぐらいなんだよ。つい一月前に1周年記念やってたから覚えてるんだけど」
「やだ! もうやめて!」
「この一年このサーバー誰も触ってないんだよ!」
 薫はその言葉で少し冷静になれた。
 触らなくてもアプリの更新は出来る。リモートアクセスしてくる人物なり、そういう開発者がいるだけのことだ。
 例えば、行方不明の真琴の父親とか。
 薫はやはりそれを口にすることは出来なかった。死者がこれを動かしている訳がないからだ。だから、この事を変に驚く必要はない。
「この動作自体は問題ないよ」
「どういうこと?」
「誰かの遠隔……」
 言い掛けてやめた。遠隔操作って、それも良くないことだ、それも怖い話しだ。誰かが、私達の『リンク』を監視していて、その上このサーバーを乗っ取ってここから発信しているのだ、としたら。
「確か、この線…… うん。抜いてみるよ。これで止まると思う」
 薫は見ていたマニュアルに外部接続の線をつなぐ手順があったことを思いだし、ラックから外部へのネットワークの線を外した。
「これで外部からの操作は出来ないはず」
「でも……」
 真琴が指指したところに、メッセージが表示された。
『回線を切らんでくれ』
 当然、薫の『リンク』には表示されない。
『信じれんだろうが、これは遠隔制御じゃない』
 薫は驚かなかった。この程度なら始めから組まれたAI(人口知能)で可能だ。薫はキーボードからサーバー上の『リンク』に書き込んだ。
『良く出来た AIね』
『 AIではない。左のラックにあるアンテナで人格を受信している。プログラムされたものではない。頭脳と意識そのものだ』
「薫、何をしているの?」
『お祖父さんは亡くなったのよ』
『肉体というアンテナがなくなったが、ここに同じようなアンテナが生成されている。だから私はまだここにいる』
『バージョンを表示しなさい』
『だからソフトではない』
『お祖父さんの名前を騙るのはやめなさい』
『ふざけるな! 真琴、聖子いるか!?』
「なに、どうしたのお祖父ちゃん」
「聞こえないわ。耳がある訳じゃないの」
 薫は真琴にキーボードを示し、場所をかわった。
『ボクだよ』
『真琴か? 薫くんが私を疑っているようだ。とにかく、さっきのケーブルをつけてくれ。私は AIじゃないんだ。本当だ』
『ボクは信じる』
 ケーブルをつけようとした真琴の手を薫が掴んだ。
 真琴は薫の顔を見た。
「やっぱり、ちょっと専門家を呼んでからの方が良いと思う」
「どうして? これ、きっとお祖父ちゃんだよ」
「サーバーが乗っ取られているだけのような気がするんだよ」
「違うよ、ウィルスとかじゃないよ」
「薫ちゃん。申し訳ないけど今回は家のことなので。私が判断します」
 新野聖子は、真琴がもっていたケーブルを外部接続ポートにつなぎ直した。
「はい、今日はおしまい」
 薫は良かれと思ってしたことが、二人を傷つけてしまった、と思った。でも、このままでは良くない、ともまだ思っていた。
「ごめんなさい。勝手な判断で……」
『ありがとう』
 オンラインを確認しかたように、メッセージが表示された。
『薫くん、まだ私を疑っていると思うが、まずは君の父親に電話して尋ねてみるといい。山本昭二とは何者なのか』
 それは、サーバーの画面と薫の『リンク』に同時に表示された。
「パパに聞けってこと? 一体、どういうこと……」
 薫は泣きそうな顔になりながら、サーバー部屋を出た。
「……」
 真琴はどうして良いか判らず、画面の電気を消して部屋を出た。
 すれ違いに薫が鞄を持って玄関に戻るところだった。
「ごめんなさい。今日は帰ります」
「また明日」
「じゃあ」
 薫のしぐさがいつもよりゆっくりとみえるのは、涙がこぼれてしまうからではないか、と思うほどだった。
 フロアを歩いてエレベータに乗ると、薫は涙をこぼした。
 自分のしたことを説明出来なかったことや、相手のことを考えなしに行動してしまったこと、色々な思いがこみ上げてきた。
 とにかく早く家に帰って、メラニーが入れてくれるホットミルクを飲みたかった。そして父親に話を聞きたかった。
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 新野真琴は、中居寺駅のホームの三番目の柱のあたりにいた。ただ、目的の電車がくるまでは、まだ2時間も前だった。
 真琴は昨日の薫がとった言動を、母と話し合った。母はお祖父さんの研究を真琴にも薫にも話していない状態であれを見せたことを後悔していた。
 あれを単純にAIとみている学者もいるし、そうではなくて脳組織のアンテナ的な機能を模したものだ、という解釈もある、ということ。それを理解出来る人間はまだお祖父ちゃんと行方不明の父しかいないらしい。
 結局、そういうことはどうでもいい、と真琴は思った。薫のように危険物だと判断するのが、一般的には間違っていない、ということが、真琴と母はすぐには判らなかったことが悔しかった。普通の人やこういう技術の理解がある人、人によってお祖父ちゃんの残したものが、敵にも味方にも見えるのだ、ということだ。
 そして、薫も真琴もお互いがそれをどう思っているか、わかり合わないままああいう言動をしてしまったこと……
 薫の顔を思い出して涙がこみ上げてきた。真琴は上を向いて泣かないように我慢した。
「新野、どうした?」
 どん、と肩を叩いてきた為に、我慢していた涙が頬を伝って落ちた。
「泣いてんのか…… すまん」
 ボヤけて見えなかったが、聞き覚えのある声だった。ハンカチで目を抑えて顔を上げると、それが大塚美沙だと判った。
「ううん、別にいいんだ」
「なんかあったんだ」
「まあね」
「そうだよな。そういうことあるよな。仕方ないよ。なかなか判り合えないんだよ。全部言わないとな。考えていることを声出して。そんな気がするよ」
 何故突然こんなことを言ってくるのか判らなかった。真琴は混乱した。
「何を言ってるの?」
「いや、一般論だよ。一般論。結構見た感じで言ってくる人いるじゃん」
「う、うん」
「私が不良だと決めつけてものをいってくるんだよ」
「そうだね」
 真琴は実は私もそんな風に思ってたよ…… と思いながら、そう答えていた。
「私、不良はヤダよ。格好はそんな風にみえるかもしれないけどさ。本当に不良とかって呼ばれてたって、本当に犯罪とか悪いことしている人なんていないんだ。同じ集団のごくごく一部がしてれば、全体をそう言う風に言われちゃう」
 すごく真剣な瞳で見つめてくるな、と真琴は思った。なぜ突然こんな本気を見せられているのかは理解出来なかったが。
「同じ学校の生徒だから馬鹿なんだろう、と思われるのと一緒だね」
「そうなんだよ。同じ制服を着ていたって、色んな人間がいる。だから、そんなことを気にするべきじゃない」
「うん。ボクもそう思う」
 大塚美沙は、右手を出して握手を求めてきた。真琴は戸惑いながら、右手を出した。出したか出していないか、少し曖昧な距離に手を出していたが、美沙が真琴の手を取りにくるような形で握手をした。
 真琴はなんとなく、頭痛が起こりはしないか、と思った。それは、美沙表情が何かを試しているかのように見えたせいだった。しかし、真琴の中のヒカリも現れないし、他に変わったことも何もなく、そのまま握手は終わった。
「良かった。きみに分かってもらえて」
 美沙は明るい笑顔を見せた。
「さあ、電車が来た。新野、一緒に学校に行こうか」
「いや、ボク、薫を待ってるんだ」
「薫…… ああ、あの子。なんとなく判るよ、あの子、新野の親友? なの?」
「親友…… だよ。そう親友」
「そう……」
 大塚の瞳に暗い影が映った、ように思えた。真琴には良く判らなかったが、とにかく黒く、マイナスなイメージのなにか。
「じゃあね。先に学校に行ってるよ。早い列車は空いていて気持ちいいよ。新野も今度乗ってみるべきだ」
 笑顔でそう言って列車に乗り込んだ。
 そして真琴の方を見ないようする為か、ホームと反対側を向く席に座った。
 少しだけ気まずい時間が流れた後、電車は出発した。
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 それからずっと駅にいた真琴は、電車を何本か見送った。途中で朝ごはん代わりにスナック菓子を食べたり、英単語の暗記をしたり、読みかけの小説を読んだりして薫を待った。
 その間には何人もの知り合いや友人に声を掛けられた。しかし、何しているの、以上に深くは突っ込まれなかった。突っ込まれても、何故こんな早くから待っているのか、答えられなかったが。
 いつもの時間になると、髪をリボンで結んだ薫がやってきた。いつもは歩く時はリボンを解き、電車や授業の時にリボンを結んでいた。
「今日は来る時からリボン結んで来たんだね」
「うん。なんか面倒だったから」
 薫の目は赤かった。余り寝ていないようだった。それは真琴も同じだった。
「昨日のことなんだけど」
 薫は言った。
「父が、何かやっぱりすごい研究の成果だって言ってた」
 薫は心のなかで続きを言わずに飲み込んだ。『ただ、やっぱりまだ他に理解出来る人がいないから、とも父は言っていた』
「だから、あれはきっと真琴のお祖父ちゃんなんだよ。それなのに私、危険だ、とか。酷いこと言って。本当にごめんなさい」
「あやまるのはこっちの方だよ。薫がどういう意味で、どういうことを考えて危険だ、と言っているのか、判ってないのに頭ごなしに否定して。ボクと母と二人から言われて、薫は辛かったよね。本当に薫の気持ちが判ってなかった」
 二人は泣き出した。
 何か、溜まっていたものを吐き出すように抱き合って泣いた。
 駅のホームで泣くのは恥ずかしい気持ちもあったが、時間帯的に東堂本高校の連中が多いのが救いだった。同じ年代なら理解してくれる、二人はそんな気がしていた。
 お互いの肩の上に、涙がこぼれ落ちていた。ハンカチで抑えていたが、抑えるより早く涙は右から左からこぼれていた。
 出し切ったように泣いた後、折り返しの電車が入線してきた。
 いつもより列の後に並んだ二人は、電車に乗るのに苦労した。最後は、戸口から出そうになる薫を、真琴が片手で引っ張り込むような状態で乗り込んだ。
「ありがとう」
 薫は小さい声で真琴に言った。
 薫の顔が真琴の耳元にあったので、いつものおふざけが始まるか、という事が頭をよぎったが、この心境でそんなことをするはずもなかった。
 二人はそうして体を合わせながら電車で揺られていた。
 途中の駅は真琴達の反対側のドアが開き、少し降りて混雑が緩和されたので、真琴は引き寄せていた手の力を抜いた。
 互いの顔が見れるくらいの距離が出来たせいか、薫が話した。
「今日はどうする?」
「ああ、護身術の事?」
「場所は同じところを取ってあるわ」
「やるよ。ボクもそのつもりだったし」
「良かった。けれど、今日は先に行っててもらえる?」
「何かあるの?」
「生徒会から呼ばれているの」
「ああ。あれのこと? スケジュール空けといてって話」
「たぶんそうだと思う」
 薫は少し間をあけてから言った。
「真琴も大丈夫だよね?」
「うん。お母さんにも言っといた」
 そんな調子に、徐々にだったが、二人はいつもの会話に戻っていった。
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